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03-12:魔鳥の娘は今日も征く


 ───某日深夜。

 惣闇色の夜に彩られたアルカナの摩天楼の空の上、雲にも手が届きそうな遥か高空にて。

 二人の戦乙女が、真夜中の密会を始めていた。


「ねぇねぇ飛鳥姉さん、彼氏できた?」

「殺す」

「年齢=彼氏いない歴……」

「それ全世界の特定の女子を敵に回すからやめなさい殺すわよ」

「殺意たっかぁ」


 夜天に佇んでいるのは、天使を彷彿とさせる純白の翼を背中から生やした女子高生───琴晴日葵。

 そして、念力で空に浮かぶ捜査官───燕祇(くつろぎ)飛鳥。


 本来は禁止されている非戦闘時の異能飛行の規則を平然と破る二人は、かつて同じ屋根の下、家族として共に暮らしていた仲だ。

 年齢的には飛鳥が長女で、日葵と真宵が次女三女。

 養子入りした順番だと飛鳥の方が遅かったのだが、今その話は横に置いておく。


 現在は仕事の関係上と秘密保護の観点で異能特務局近隣にあるアパートに荷物を置き、なんだったら多忙すぎて職場缶詰住み込み難生活を余儀なくされている飛鳥が、実家となった都祁原邸に帰ってくる機会は減り、姉として彼女たちの前に立つ機会も減った。

 望橋一絆が養子入りしてからは、更に帰省できずに会う回数は激減している。


 それほど多忙になっているというのが真実だが……


 兎に角、そんな関係性の二人が今、なにを思ってか異能を使ってまで夜の空の上に集まっている。


「いやぁ、それにしても良い景色だね♪ 規則を破ってまで見る夜景って、なんでこんなにも綺麗なんだろ? ふっしぎぃ〜! 姉さんはどう思う?」

「さぁ? 私はもう見慣れてるから、なんともね」

「あれま。もしかしだけどて率先して破ってる……? 飛鳥姉さん守らせる側なのに? なんで?」

「……………仕事ってね、ストレス溜まるのよ」

「あっ……」


 思わず社会の闇を垣間見た日葵は、一筋の冷や汗を流しながら口を噤む。

 元勇者とて社会人では無い。

 書類仕事なんてしたこともなければ、王族相手でも媚びへつらわなかった日葵には、姉の苦労が根本的に伝わっていない。

 大変だなぁなどと他人事に頷いてるだけだ。


「で? 例のブツは?」

「はいはーい、ひまひまデリバリーでーす。王来山の雪街せんせーから誓いの指輪を……」

「返品ね」

「ちょ、マジで投げ返さないで???」


 さて本題。今回二人が集まったのは情報媒体である指輪の受け渡しの為である。

 王来山学院の国語教師、雪街好栄と協力者の関係を築いている飛鳥。どういう訳か二人の都合のいい日が作れないからという理由で、本当にどういう訳なのか日葵が間に入って受け渡す事になったのだ。

 安全性や信頼性はどうなっているのだろうか。


 小一時間程悩んだ日葵は、結局考える事をやめた。


 お届けの品は青い色のリングケース。

 その箱を日葵がふざけながら渡すと、飛鳥は真顔で投げ返した。


 危うく垂直降下で地面にキスするところだった。


「んも〜! これ中に入ってるのお仕事のなんでしょ? もっと大事に扱いなよ……、はい」

「ふふっ……はいはい、確かに受け取ったわ」


 からかい混じりの笑みを浮かべる飛鳥は、今度こそリングケースを手のひらの中に収めた。

 内心直に渡してくれればと思いながら箱を弄ぶ。

 片や教師、片や捜査官。どちらも多忙な身であるとはいえ、こういう手段はあまり取るべきではないのまろうが……今回ばかりは仕方ない。

 情報交換において無関係の人間を介するのは非常にリスクが高いが、今回使われた方法はもし盗まれても奪われても支障は無い、という確固たる根拠から来る自信の現れでもある。

 再度自分を納得させて、飛鳥は手の中の箱を見る。


 指を折り曲げて箱を撫で、一通り確認を終えてからゆっ…くりと箱の蓋を開いた。


「……そう。そうなったわけね」


 秘密を開いた飛鳥は、自嘲気味に笑う。

 リングケースの名に偽りはなく、中には赤色の光を灯らせた宝石を着飾った指輪が入っていた。


 どこからどう見ても、結婚指輪にしか見えない。


「……ふーん?」


 真宵の適当な推測で、箱の中にはUSBメモリなどの情報媒体が入っていると思っていた日葵は、見た目はなんの変哲のない指輪を見て更なる疑問を抱く。

 これではただの結婚指輪を横流ししただけだ。

 指輪自体に魔力を感じるわけでも、内部に情報など記されているようにも見えない。


 それに加えて姉の表情。何故そんな顔をするのか。


「……その指輪、なんなの?」


 赤色に煌めく宝石を指さして、その指輪に何かしら意味があると踏んだ日葵は、答えてくれないこと前提で飛鳥に問う。

 機密事項だ。普通答えてくれるわけがない。


 だが……


「ふふっ……いいわよ、別に。指輪の意味ぐらいなら教えてあげるわ」

「……意味?」


 ニヤリと笑って、飛鳥は赤色の指輪を天に掲げる。


「私は好栄との情報交換ではね、頻繁に指輪を使って伝えあってるの。第三者から、傍から見たらおかしいでしょうけど……言うなれば思い出の再現かしら」

「それで?」

「そう急かすんじゃないわよ……この情報媒体で肝になるのは、指輪に嵌められた石の色よ」

「……赤色だね?」

「えぇ」


 相槌を挟みながら、月光に照らされた指輪を見る。

 飛鳥の親指と人差し指に摘まれた赤い石の指輪に、不思議と目が吸い込まれる。


「色は大まかに分けて三つ。藍色と翡翠、そして赤」


 指輪を持っていない方の手を掲げて、更に指が三本立てられる。

 そうして勝たられるのは、色の意味。

 藍色の宝石は異常なし。観察すべきと定めた対象になんの動きも見られない時。

 翡翠色の宝石は注意。対象に気付かれた時の報告。

 

「で、赤の意味は───要警戒。対象に動きあり」


 好栄から飛鳥へ送られた赤い宝石。その輝きが意味するのは、彼女たちの調査対象が不穏な動きを見せたということ。

 湧き上がる嫌な予感に、日葵は冷たい汗を流す。


「それって……」

「……安心しなさい。貴女が思い浮かべるような悪い情報ではないわ」

「な、なんのことかなぁ〜???」


 一瞬真宵が黒彼岸だという証拠でも出たのか焦った日葵であったが、暗にそれは違うと訂正されて僅かに安堵する。

 無論、真宵の異能がある限り、黒彼岸である真実がバレる可能性はゼロに等しいのだが。

 ……裏社会で動いてる疑惑は隠せていないけれど。


「言える範囲で言うなら……そうね、学院側に問題があるってところかしら」

「結構な情報だと思うけど……へぇ……」

「……詮索はするんじゃないわよ」

「わかってますよ〜」


 ヘラヘラと笑う日葵は信用ならないが、言わないと一度約束させれば言うことはない。それを知っている飛鳥は、溜息を零すもののそれ以上文句は言わない。

 真宵にも言わないことを約束させ、話を続ける。


「ん〜、なにかしら警戒した方がいい?」

「その必要性は無いわ。普段のバカみたいな自然体で十分よ」


 ───手を汚すのは、私のような大人だけでいい。


「……酔狂な人」

「……なにがよ」

「ふふっ、特に意味の無いつぶやきです! 左から右に聞き流しても生きてけるよ!」

「この秘密主義め……」

「あはは」


 どこかしら自分と似ている姉に、日葵はほんの少し嬉しくなった。


 ……さて、そろそろお開きの時間である。


「じゃ、もう要件は無いから───帰るね!」

「えぇ……わざわざありがとう。言う必要はないかもだけど、気を付けて帰るのよ」

「はーい! 飛鳥姉さんもお仕事頑張ってね」

「勿論よ」


 日葵は背に展開したままだった借り物の羽を大きくはためかせ、更に空高く飛翔。そのまま白い線を空に描きながら飛び去った。

 嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった。

 そんな戦闘機のように飛び去っていく妹を見送った飛鳥は、呆れたように言葉を零す。


「相変わらず喧しい奴ね」


 角のある言い方だが、その声音は一転して優しさに満ちていた。


「……さて」


 見送りを終えた飛鳥は未だ浮いたまま。再度指輪を夜空に掲げて、その赤い煌めきを瞳に映し始める。

 先程までの堅い表情を、より引き締めて。

 これから起きるであろう最悪の未来を思い描いて、事態収束の為に様々な計略を脳裏に描いては消していく。


「……クソっ、やっぱり足りないわね」


 舌打ちを一つ。未だ捜査が始まって数ヶ月。集めた情報はまだまだ少ない。そもそも事態が発覚したのも最近の話なのだ。

 学院内部にとある犯罪組織の内通者がいる。

 それは生徒側でなく───飛鳥が学生時代からあの学び舎に居た人物である事は、ほぼ確定している。

 裏切り者の候補は幾つかあるが……最有力とされる候補もまた、複数。


「はぁ……厄介な」


 異能特務局はその特質上、どうしても後手に回る。

 未曾有の犯罪を事前に食い止めるのも、その情報が入ってから迅速に対応できたからに過ぎない。

 その過程がスムーズでなければ、全て無意味。

 学院に蔓延る異変を解決せんと、飛鳥は今日も頭を悩ませている。


 信頼できるのは養父と親友、そして元担任だけ。


 ……その恩師たちも、可能性としては疑わなくてはいけないという嫌な猜疑心。

 それら全てが飛鳥の心を責め立て、掻き毟る。


「……すぅ〜……はぁ〜………」


 焦る飛鳥だったが、深呼吸をして平静を取り戻す。


「えぇ、そうよ。焦りは禁物。捜査は地道に、情報は確実に……学院の膿は、私が切り落とす」


 今まで以上に捜査網を広げ、学院教師全員の経歴を洗い直して……より捜査を進展させていく。

 親友である好栄には今まで同様手伝ってもらおう。

 立ち位置的に彼女の協力は必要不可欠だが、同時に彼女の身にも危険が迫る。

 だが、己に並び立つ友を信じて、飛鳥は任せる。

 お互いできることを、できる範囲を、協力し合って解決していく。


 それは異能部で戦っていた時と同じだ。


「……やっぱり日葵と真宵にも手伝ってもらおうかしら」


 実は特務局の調査でも出自が不明の二人に頼るのは部署的に難しいかもしれないが……

 疑惑があっても、国に貢献していることは確かだ。

 例え真宵が裏社会でなにかしら動いていて、一切の証拠がなくて追及できなくても、まぁなんとかなるだろう。


───いや、なんとかしてみせる。二人の姉として、私が全て色々解決してやる。今に見てろ。ギャフンと言わせて「罪帳消しにしてください」ってあの真宵をギャン泣きさせてやるんだから。

 多分アイツはすぐに泣くから。私知ってるもの。

 局長が養父と一緒になって秘密裏に何か企んでいるようだが、そんなもの無視して私が真っ先にアイツの秘密を暴いてやるんだから……!

 ついでに“鳥姉”呼びもやめさせてやる……!


 先程日葵に関わるなと言った宣言は、飛鳥の頭から遠くに吹き飛んでいる。そう、忘れられていた。


「ふふっ、もう何もかも私が全部解決してやるわ……今に見てなさい……!」


 決意を新たに、飛鳥は夜天に浮かぶ月を睨んだ。


 ───輪郭の歪んだ満月は、まるで特務局の奮闘を嘲るように、嗤っているようだった。


「なにあれ不気味」


 スーツの袖で目元をゴシゴシ擦る。もう一回見る。


 やっぱり月の輪郭が歪んでいるように見えた。

 映像が乱れた時の不具合のように、地球を見下ろす満月に異常が起きている。

 最初は疲労や寝不足による幻覚を疑った飛鳥だが、何回見ても変わらず月は歪んでいる。


 丸いのに丸くない……言いようの無い不安に駆られ飛鳥は眉を顰める。


世界空想化(エーテルアウト)───観測室からなんの報告もないってことは気にすることないと思うけど……」


 地球が徐々に異世界に塗り替えられていく。そんな非現実的な現象に、今のところ明確な対抗策はない。見ていることしかできない。

 丘の上の村が一夜にして異世界の森に変わったり、数日前まで何も無かった平原に滅んだ国の残骸が現れ占領していたり……地球のモノがエーテル世界のモノに置き換わって、塗り変わっている……

 そんな対応しようのない悲劇に、世界は追われている。


 歯痒い思いを抱く飛鳥は、これから起こるであろう世界の結末を想像して、歪んだ月から視線を切る。


「そろそろ帰りますか……」


 今はまず、自分ができることを。

 優先順位を履き違えない。世界を救える力は自分に無いことを理解している飛鳥は、悔やむ気持ちを胸に押し留めて目を瞑る。

 燕祇飛鳥は異能特務局のエースという自負がある。

 自信の異能に驕っていた時期もあるにはあったが、己の手では解決できない事象が多すぎて彼女は大人になった。


 ならざるを得なかった。


「───【魔速飛翔(バードストライク)】」


 発動したままだった異能の名を呼び、能力の制度を向上させる。


 この数分の間ずっと、飛鳥は念動力の性質を帯びた魔力を全身に張り巡らせたまま飛んでいた。

 自分が触れたモノを浮かして動かす、飛ばす異能。それが燕祇飛鳥の異能───【魔速飛翔(バードストライク)】。

 通常異能で空を浮いたり飛んだりする場合、魔力の消費スピードは普段よりも異常なまでに跳ね上がる。

 だが、飛鳥の異能そのデメリットを持たない。

 とある義妹の意図せぬ魔改造、六年以上同じ空間で過ごしたことによる魔王の影響で魔力消費の激しさを克服しているのだ。無論、飛鳥本人の技量と努力もなければここまで仕上がらなかっただろう。

 これは魔王軍の幹部陣営にも同じことが言える。


 気に入った相手を無意識に強化する。とある魔女はこれを魔王固有のおかしな魔力による副反応であると提唱している。


 そういった理由で、飛鳥は魔力消費を一切考えずに空を飛び、物体を浮かせ、万能にも近い制圧力を誇る異能を手に入れた。

 ……流石に限度というモノはあるが。

 異能特務局エースという呼び名は嘘偽りなく、この新世界における上位の実力者たちに名を連ねている。真宵の干渉だけでは辿り着けない境地に飛鳥は立っている。


 ……だというのに、驕れない程プライドを潰された飛鳥の苦悩は、最早計り知れないモノがある。


「余計なことをしてくれる内通者の調査、私の異能の可能性の拡大、強化、報告書の作成と添削と提出……あ゛ぁぁ〜〜〜やることが、多い!!!」


 人目を気にせず怒号を上げた飛鳥は、超加速で飛行速度を上げ、特務局の壁に激突するまで止まらないのであった。


 尚、この時の飛鳥は六徹目の過労状態であった事を補足しておく。


「───いっだあぁぁぁぁぁいぃッ!!?」

「何事!? …は!? 飛鳥先輩!? 敵襲かってぐらい馬鹿でけぇ音したんだけど!?」

「るっさい敬語ぉ!!! 見んじゃないわよ!!」

「これは、また……」

「あーもう。修繕費が……ぅ、俺の監督責任……」

「情緒不安定ですか〜? すっげぇ笑いたい。笑お」

「あすかぁ、降りてきて〜」

「お前さん達、随分と深夜テンションだね。さっさと寝るか潰されるか、好きな方を選びな」

「「「寝ます」」」

「婆さんが最強……」


 ……飛鳥の無鉄砲さは、妹譲りなのかもしれない。


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