03-10:健康優良児ですが、なにか?
───施設全域に漂う消毒液の匂いと、誰かからの見舞い品として置かれた花の匂い。
点滴の水音、間隔を空けて鳴り続ける心電図の音。
窓の向こうに見える緑と青。何処までも白く、他の色を排除した眞白の箱庭。
滑らかな波を、荒ぶる波を、沈む波を映す黒い箱。
それが、ボクの脳裏に色濃く残った───前々世の大半を費やした病室での記憶。
病弱なこの身を無理にでも生かし続けた、白い棺。
どうしても。どうしても。この胸を掻き毟るあの日抱いた忌避感は、生まれ変わってもボクには受け入れられない。受け入れ難い。受け入れたくないモノだ。
人ならざるモノとしての感覚が、病院という空間を揺蕩う死の空気を無理矢理勘づかせる。
人が死ぬ音が、イヤでもこの耳に聴こえてくる。
転生して転生して、人に戻った今も、宿った想いは変わらない。
……まぁ何が言いたいのかと言うとだね。
「イヤだ! 病院なんかで検査なんて無意味無価値だよ必要性皆無だよ! うちには悦ちゃんいるじゃん全部任せて診断させりゃーいいじゃん! 低コストじゃん! なんでそこまで頭回らないの? 病院なんて死にかけかヨボヨボかぐちゃぐちゃの有象無象が寄ってたかって集会所してるだけの場所じゃんボク行きたくない!」
「拒絶反応強すぎで草」
病院が嫌いすぎるって話だ。
今ボクは、絶賛病院へ検査しに行くを駄々を捏ねてまで拒否っている。
なんだったら病院の目の前で転がっている。
ここで全力を出さないと色々死ぬ。異能部としての尊厳とか価値とか諸々が無意味に木っ端微塵するから絶対に行かせちゃいけないんだ……!
だってそこって犯罪組織の幹部が運営してるし。
行ったら高確率で日葵=昔脱走した実験体(実はそう)だってバレるし。
なんだったら一絆くんの存在自体あぶねぇし。
あーもう、情報収集能力ちゃんとしてくんない!?
つーかエーテル界域に行った影響を調べるなら悦の研究室でなんやかんやすりゃいいじゃん……
「どうしたんだ幼児退行して……」
「頭のネジ逝ったか? だったら尚の事診てもらうべきだと思うが」
「ん。真宵。行くよ」
「やだー!!」
こう言う時に理由を言えない辛さよ。アイツ正体は異能結社の幹部で、魔王軍の精鋭なんだぜー! なんて告げた暁には何故ボクも知っているのかを尋問される未来しか見えない。
くっ、ここで暗躍してる弊害が……!
恥ずかしいけど、今のボクができる最大限の妨害が駄々こねしかないのだ。
いつもの脳みそ書き換えちゃえ〜は使えない。
実は昨日、ドミィに封印された。何の前触れもなく頭撫でられたかと思ったら「えいっ☆」ってシールを貼る感覚で魔法を仕掛けられた。具体的には使おうとするだけで脳みそが内側から炎で焼かれるらしい。
は? なんつーもん仕掛けてんだ? 殺す気か???
能力封印がボクの地雷だってわかっての所業とか、ドミィ以外のクソボケがやったら許さないどころか親族諸共消し炭にするレベルだ。
なんでボクあんなんと親友やってんだ……?
明日には解けるって言ってるけど、信憑性の欠片もないんですが……
鬱々とした気分でわざわざ綺麗にした床を転がっていると、覚悟を決めた表情の日葵に抱き上げられた。
は?
「真宵ちゃん、もう諦めよ? 色んな意味で……もう、覚悟は決めたから。ね?」
「………………………………………そう」
なんかもう……うん、そうだね。諦めた。わざわざ抱き上げる必要性はあるのかなーとか、そこまで顔を近付ける意味はあるのかなーとか、小声とはいえ周りに疑問を持たせる発言はどうなのかなーとか……
色々思うとこはあるけど、今は黙っておいてやる。
八碑人への懸念点が一番高い日葵が覚悟決めたって言うんなら、もうボクから言うことは無いよ。
……一絆くんの異邦人案件は気にしなくていいかもしれない。特務局も異能部もわざわざ並行世界出身の人間ですとは伝えなだろうし。
逆に伝えてたらちょっと正気を疑う。
「うわっ、急に落ち着くな!」
すっ……と駄々こねを止めて真顔になると、真隣で哀れみの視線を向けてきていた一絆くんにびっくりされた。
まるで胡瓜を見た猫のよう。
「そんな跳ねる?」
「さっきまで恥ずかしげもなく床転がってたのに突然真顔になってお姫様抱っこされてたらそうなるだろ」
「怒涛の弁明で草生えるんだけど」
「……落ち着いたのなら早く行くぞ。検査そのものはすぐに終わるからな」
「診察も検査も全てが憂鬱要素なんだよ」
痺れを切らした部長の催促に大人しく従い、日葵の抱っこからは逃げて渋々病院へと、自分の足で入る。
本音を言うとイヤにイヤを重ねてイヤなんだが……
ここは日葵の覚悟と、十連ガチャで欲しかった季節限定キャラを引き当てた一絆くんの豪運を信じよう。
あと異能部自体の幸運さも。
もう異能部に関しては別にいいや。気付けなかった自分たちの愚かさを噛み締めるがいい。
はぁ……どうして誰も相手が悪名でいっぱいな異能結社の幹部だって気付かないわけ?
日本一の病院とはいえ、なんで誰も疑問に思わないわけ。アイツ普通に幹部会議とか表に出てるから、調べようと思えば出てくるだろうに……
うちの最強ハッカー陰キャは何してんのマジで。
まさかこれが結社の、いや彼の情報操作能力とでも言うのか……?
『鬼灯総合病院』の外観は、至って普通の清潔感のある白い施設のモノで、地下秋葉原にある魔道塔のようなキモイ造形の建物ではない。
いやいや入った室内も普通すぎて逆につまらない。
こんなThe普通な病院で働いてるのか、アイツ……
総勢13人の学生集団がやって来たせいでどうでもいい視線がウザイほど飛んでくるが、全て無視無視。中には異能部だと気付いて一番有名な部長にサインを貰おうとか話してるヤツらもいるけど、そういうのもぜーんぶ無視。
パパっと診察券とか色々取って、早く呼ばれんかな呼ばれたくないなと思いながら座って待つ。
ふわぁ……ねむ。
「あー、おやすみ真宵ちゃん。要らない心配かけさせすぎちゃったし……寝ててもいいよ」
「……閃いた。犯罪者大放出キャンペーン……」
「特務局の人達が頑張ると思うけどなぁ」
「そう……」
今更ながら名案だと思ったんだけど、そういう時は大人が出しゃばってくるか……言い方悪いな、これ。
えーっと違うの。別に大人を悪く言うつもりなんて微塵もない。子供よりも最前線に立って頑張る姿勢は見習いたいぐらいだ。うん、擁護完了。
豚箱にいる知ってる犯罪者共解放しよっかな〜とか思ったけど、やめとこ。うん。過労死寸前の可哀想な大人たちを労る気持ちでやめておこう。
……今はお言葉に甘えて寝よう。
予約したとはいえ、既にかなりの患者が今か今かと検査の時間を待っている。加えてうちは13人。ボクが呼ばれるのは到底先の話だろう。
なら日葵の膝を枕にして寝てしまおう。少しぐらい仮眠を取ったって誰にも怒られやしないだろう。
んん……三十分経ったら起こして……おやすみ……
「……真宵の奴、なんであんな焦ってたんだ?」
「ん〜とね、あんま病院にいい思い出ないからだね。気にしすぎって言われたらそこまでなんだけど……」
「ふーん……」
ハハッ草生。一絆くんに焦りバレてて腹抱えたわ。
◆◇◆◇◆
───そんなおやすみタイムから時は経ち、現在。
「診察は最後なんだな」
「みたいだよ〜あ、呼ばれた」
「行ってらー」
健康診断も兼ねているからか、色々と面倒な検査を重ねてから医師に診察してもらう形式だった。そんでもって実はもう、診察以外の検査はぜーんぶ終わってたりする。寝て起きてパパーッと進行させた。
うん、爆速で終わらせてカットだ。
大して捻り所のない検査風景なんて、知っても価値ないっしょ。
一応エーテル界域に行った影響を測る意味わからん検査もあったけど……あれだ、MRI検査みたいなのに寝転んで機械の輪を潜っただけだ。
で、今は診察待ち。
受付のうるせー音声が日葵を呼んでしまったので、今のボクは手持ち無沙汰。実は他の面々はとっくの昔に呼ばれていて、残っているのはボクと一絆くんだけだったりする。
日葵大丈夫かな。勇者だってバレないだろうか。
「どっちだ……次はどっちだ……」
「ボクが最後なわけないだろ。一絆くんは戸籍もはい通院歴もない、ないない尽くしなんだから最後だって決まってるじゃん。多分誤魔化されてるだろうけど」
「そういやここ異世界だったわ」
「嘘だろキミ。大丈夫? 脳みそ染まってない?」
「心配の仕方おかしくね?」
背もたれが低すぎる椅子に二人並んで腰掛け、今か今かと呼ばれるのを待つ。いつの間にかチキンレースになっていたが、特に気にしてはいけない。
楽しければいいんだ。道理的にはボクが先だから、競うもなにもないんだけど。
───望橋一絆さん、診察室までお越しください。
「……俺だったようだなぁ!!」
「病院ではお静かに、だよ」
「唐突に裏切んのやめてくんねぇか?」
結局残ったのはボクだった。何故。特務局手作りの戸籍はあっても並行世界産の人間を最後に持ってくと思ってたのに……!
なに、まさか最後に呼ばれる人はなにかしら検査に引っかかった重病人って噂はホントだったの?
殺人する度に幻覚見る身としては確かにだけども。
つーか八碑人くんは精神検査でその事知ってるから今回は別に関係ないか。
……にしても最後、最後か。イヤな予感するなぁ。
つかはよ呼べや。他の子らもう終わって待ってるんですけど?
───洞月真宵さん、診察室までお越しください。
呼ばれちゃったお。さてさて、何言われるんだか。場合によってはぶん殴ってやる……
と、決意を固めて診察室に入る。そこには想像通り白衣を着た色黒のターバン男、鬼灯八碑人が椅子に腰掛けてボクを待っていた。
……補佐のナースとかはいないんだな。
「やぁ。非健康児」
「いきなり? そんなにボクの身体ってボロボロなの?てか今回は何が引っかかったん?」
「心電図」
「それは知ってる」
気心の知れた間柄とはいえ、入室してすぐ、それも笑顔で言われるような筋合いは無い。毎回思うけど、このボクを健康にできないお医者さんサイドに問題があるでしょ。
心電図に異常、ってのは生まれた頃からある宿命と言っても過言ではない。
カルテ片手に診察を進める八碑人は、色々とボクに指示を出し始める。
「はい、口あけて」
「んあ……」
「……はい、閉じていいよ。次はお腹と背中見るから服を捲ってくれ」
「いやーんハレンチー」
「おや、モルモットがお好みかい……?」
「やめてけろ」
聴診器が入るように上着を軽く捲りながら巫山戯た冗談を言うと、青筋を浮かべる八碑人に怒られた。
「……これ必要ある?」
「ないねぇ。でも、ここにも無いどこにも無い筈の、君の心臓の鼓動が聴こえたら……ふふ、わくわくするだろう?」
「そうかなぁ……」
傍から見たら異常な会話だろうなぁ。心臓が無いだ鼓動が聴こえないだの、普通はありえないし。
胸を押す聴診器は、胸の間の不自然な窪みに沈む。
押される胸骨が、その奥に何も無いという違和感を強調させる。
───そう、ボクには“心臓”が……ない。
正確にはあるんだけども、この身体に入ってない。レントゲンを撮って確認して診ても、不自然な空洞が広がっているだけ。
何をどうしてどう見ても、心臓は確認できない。
でも血は流れているのだ。胸部中心の虚空へ向けて血は流れ、やがてその虚空から全身へと血が送られていく。
鼓動なんて、自分のモノは聴いたことがない。
この世に生を受けたその日から、ボクには心の器が備わっていない。
「……やっぱりダメだね。現代科学でも魔女の法でも解明できない心臓の所在なんて、ある種のオーパーツにも程があるよ」
「そういうもんだって。求めても解は無いよ」
首を振って聴診器を戻す八碑人に諦めるよう促し、溜息混じりに足を組む。調べたって無駄無駄無意味。そんなのボクにだって、ドミィにだってわからないんだから。
時間の徒労。何をやったって探したって、何処にも無いんだから───
まぁ、誰が持ってたのかはわかってるんだけど。
勇者が滅ッッしたからもう復活しないだろうなんて安直な思考はできない。だって核を貫かれたボクがこうして転生してるんだし。
そう考えると、あのエーテル世界崩壊の“元凶”たるアイツも……うーん、神って転生するのか……?
要するに、ボクの心臓を持ってったのは神って話。
……ボクだけじゃないけどね。
「ふふ、それで諦めるような研究者じゃない事など、君が一番知ってるだろう?」
「……そうだね。でも解剖はやめてよ」
「おや、言う前に断られてしまった」
メスを掲げながら言うんじゃない。ガキの頃マジで解剖しだしたの許してないからなボク。
手術跡を残さない手腕は買うけどさ……はぁ……
なんで前世の部下に解剖されてんだボク。あれか? 下克上ってヤツ?
カルテに色々と書いていく八碑人を横目に、溜息を一つ零す。
つーかもう診察終わった? まだ? はよ帰らせて?
「さて、エーテル界域に立ち入った事による悪影響は確認できなかった。だから日常生活に不備はない筈だよ。と言っても、ある程度の経過観察は必要だねぇ」
「……実際、界域行ったせいで悪いことあんの?」
「……まぁ、あるよ。ほら、三百年前の魔法震災後の直近に起きたパンデミック……あれ、魔力がなかったこの星にエーテル世界がぶつかったせいでもあるし」
「成程ね? また傍迷惑な話だね」
口ではそう言うが、内心焦りぱっな懺悔の気分だ。
地球とエーテル世界がごっつんこしたの、そもそもボクが生きていたのが、世界崩壊の元凶を討滅できていなかったのが、勇者が魔王を殺せていなったのが。
あらゆる要因が重なって魔法震災が起きたのだ。
……非常に申し訳ない。三百年も前のやらかしとは言え、詫びじゃすまないレベルの話じゃない。
明日ぐらいに慰霊碑とか、お参り……するかぁ……
「ところで聴きたい事が一つあるのだけれど……まだ時間大丈夫かな?」
「良いけど……なに?」
「───琴晴日葵。キミと同居しているという少女。彼女について」
「………」
来た。
「あの子、僕の元から逃げた実験体じゃないかい?」
バレテーラ。疑問調に見えて実際は確信を抱いてる目付きはもう詐欺でしょ。
んん……まぁ下手に誤魔化さないでいいか。
高確率で勘づかれると思ってたけど、やっぱりかぁ日葵ってばよく印象に残る子なのね……
「否定はしないよ」
「そうかい……十年前の施設焼失から行方不明だった実験体が、今や異能部のエースとはねぇ……」
「キミの研究所燃えすぎじゃない?」
「気の所為だねぇ」
なにやら感慨深く頷く八碑人にほんの少し違和感を胸に宿しながら、会話を進める。
「で? どうすんの。日葵のこと……ボクごと処す?」
ニヤリと笑いながらそう問えば、八碑人もあくどい笑みを浮かべて対抗してくる。
そして始まる無言の時間。互いに一言も喋らない。
……なに、笑顔勝負? 無表情デフォだったボクへの当てつけか何かか?
結局睨み合えたのはたったの数秒。
次第にボクの目つきが鋭くなった上に面倒臭さから殺意が滲み出た気がするけど、多分気の所為。何故か八碑人のおでこに冷や汗っぽいのが垂れてきてるのもきっと気の所為。
いやお前、小娘一人に怯む性格じゃないだろ……?
若干漏れ出た殺意も魔王っぽさはないと思うから、そういう勘づきも無いと思うんだけども……
取り敢えず無駄な争いやめない? 会話しようぜ。
「はぁ……はぁ……最近前線に出てないからかな……思ったより鈍くなってたみたいだねぇ……」
「言うほど?」
「あのねぇ、少しは考えてみたまえ」
「何を」
「屋内で筆を取る学者たる僕が、あらゆる面において現役のプロである君に勝てるわけないだろう」
「卑屈すぎない?」
剣呑な空気に耐えきれかった八碑人は、これ幸いと話題をすり替えて雑談にシフトさせ始めた。
いつもの飄々とした態度はどうしたんだ疫蠍……
壁に埋め込まれたウォーターサーバーからコップに注いだ冷水をがぶ飲みする八碑人は、まるで手負いの獣を相手した後の戦士のような表情をしていた。
何故。
というかキミそんな言うほど弱くなかったでしょ。死徒の末席とはいえ、普通に戦えるヤツだったでしょうが。
……そんな言うほど鈍ったの? ふーん……?
「鍛えたら?」
「研究の合間にできる方法なら良いんだけど……何かあるかい?」
「ドーピング。得意でしょ?」
「もっとこう無いのかね。確かに専売特許だけども」
魔薬ドーピングでオーバードーズ死したもんね……
「……話を逸らし過ぎたね。先に此方の、僕の見解を伝えよう。琴晴日葵の件に関しては、あまり手を出したくない……というのが本音のところだ」
「成長した実験体とか、調べたくなるモノでは?」
「それは肯定するよ。だけど、彼女相手だと此方へのリスクの方が高すぎるんだ」
聞き捨てならない台詞が聞こえた。リスク……か。
「……何がどうリスクなの?」
「───琴晴日葵の内側は不思議な事に、他の人間と比較すると異常な箇所があってねぇ。十年前はそこにあったのに、今回の検査でそれは見つからなかった」
「………」
「そう、まるで……黒彼岸、君の心臓と同じように」
やっぱり暴かれてる。
勇者リエラ。リエラ・スカイハートの転生体である日葵には、ボクと同じように心臓に空洞がある。
同じように血が流れ、不自然に虚無が空いている。
その穴が何時できたモノのか、日葵本人すら心臓を失くしたその日を認知できていない。ボクと違って生まれた時にはあったらしいとは聞いてたけど……
そうか、十年前、孤児院に居た時はあったのか……
二人揃って心臓を持たない居所がわからないとか、イヤすぎる共通点だな。
「形容するなら、君も彼女もブラックボックスだよ」
失礼な。神妙な表情で言い放たれたので、ムカつく想いを拳に乗せてそのモノクル叩き割ろうかな……
「さて、そろそろお開きにしようか。君の友達たちも待っているようだしね……ほら」
「……監視カメラとか趣味悪いよ」
「ここ、僕の城なので」
指差すモニターを見れば、確かに異能部の皆が同じスペースに集まって談笑している。
……病院の中だから、静かに喋ってるみたいだ。
約一名、監視カメラをジッと見てるんだけども……
「うーんと、アレこっちが見てるってわかってるって目線だよね……どういう知覚能力を……?」
「流石ボクの日葵。怖い」
「本格的に交友関係を改めた方が良いと思うけれど」
「もう無理かなぁ……」
やっぱり勇者は勇者だった。なんでわかるんだよ。
「……取り敢えず、異能部のカルテは此方で使ってもいいかい?」
「何故わざわざ許可を? 別にいいけど」
「そうかい。いやなに、今の異能部は黒彼岸の管轄、という考えでね」
「……あー、まぁ気にしないでいいよ」
そういやスパイみたいな扱い、いや認識に固定させてるんだった。
別に異能部のデータを解析してもボクは構わない。
彼ら彼女らは特段特筆すべき要素は……ないことはないけど、彼に漏れても問題はないのばかりだ。
ま、悪用されても今後の教訓扱いすればいい。
相手が幹部クラスの異能犯罪者だと知らなかった、調べなかった彼らが悪いんだから。
異能とか色々調べられても文句は言えないだろう。
「……他のヤツらにはバラさないでよ? 後が面倒」
「わかったよ」
釘を刺しながら椅子を立って八碑人に背を向ける。
あっちもあっちで診察カルテの整頓やら診療器具の消毒を始めたので、無防備に背を向けても問題な……
……うん?
「……ねぇ」
「……なんだい?」
「あれなに」
振り向きざまの視界に入ったモノに既視感を感じたボクは、思わず八碑人に問う。
薬品棚って言うのかな。それの上に置かれたモノ。
「天使の輪?」
「あぁ……それは、なんて言えばいいのかな……」
円形の台座の上に乗った金色の輪と、それに生えた純白の双翼。輪は鏡のようにこちらを向いており、穴から何かが見つめているかのような錯覚を抱く。
……魔導具、だよねこれ。絶対置物なんて代物じゃないよね……天使の輪とか絶対いわく付きじゃん……
これがなんなのか聞いてから帰ろう。
「神性の端末である天使。彼女たちの共通能力である言霊の魔法───そう、【天使言語】。アレの機能の一端を再現する目的で作った物……の、試作品だよ」
「……試作品。具体的には何ができんの? これ」
「キミの同僚たちがなんの疑問も抱けずにこの病院に来れたりするよ」
「…………………………は?」
ちょっと待って。
「うん、もっと踏み込んで言うなら…… 不特定多数の認識を一つだけ書き換える事ができるんだ」
「……限定的な認識改変ってとこか」
「そういうことだ。いやぁ、不出来な代物だよ本当」
つまり、この魔導具を使ったせいで、異能部の皆はボクと日葵を除いて八碑人が犯罪者であると気付けなかったのか……
いや、これは特務局もか。となると……
「不特定多数だから、国内全土もいけるってこと?」
「……くくく」
「うわぁ、殴りたいドヤ顔」
そりゃあ繁盛するわけだ。
異能結社幹部の疫蠍こと鬼灯八碑人と、総合病院を経営する鬼灯八碑人がイコールに結びつかないから、誰もその異常さに気付けないんだ。成程ね。
要するにボクと似たような事してるってわけだ。
「一つ文句を言うとすれば、起動したら最後、二度と別の命令を打ち込めないのが欠点だね」
「……充分凶悪だけどね。まったく。キミらしい」
日葵の異能も元を辿れば疫蠍の実験成果だもんね。
そりゃあ彼が使えないわけがない。能力の仕組みを解明して構築して改竄して再現したのは控えめに言って偉業だと思うよ。
わざわざ口には出して言わないけども。
「ま、相変わらずのマッドさで安心したよ。ある意味鈍ってないことも確認できたし、これで帰るね」
「あぁ、お疲れ様」
「はぁ〜……やっと帰れる」
「敢えて伝えてなかったけども、肺と肝臓が黒くなり初めてるから、気をつけるようにね」
「素敵じゃん。ボクの色だ」
「君の同居人二人には制限させるよう前もって伝えておいたから」
「根回し早くなぁい?」
退室前に再びターバン野郎を振り向けば、苦笑いで肩を竦めらた。
ムカついたのでモノクルを割っておいた。
悲鳴? 聞こえませんでしたねぇ……ま、取り敢えず助言に沿って暫くは断酒と禁煙に励むとしよう。ボクは偉いからね。ちゃんと医者の言うことは聞くよ?
ほんの少しだけだけど!
何日持つかなぁ。そこまでヘビーじゃないからまだ平気だと思うけど……
ま、明日から頑張るからまずは一服、宜しくて?
「……うん? 認識改変???」
待って待って? 日葵もそれ使えるってこと……?
え?




