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01-05:急募、百合を枯らす方法


 森林公園での空想狩りを終え、保護が決まったウンディーネを学院の研究部に送った後。血や死体の事後処理を政府管轄の清掃課に任せたボクたちは、学院に戻って来ていた。

 本音を言うなら、この後もボクは仕事だから、早く帰りたいんだけどね。


 報告会というか締めとか、別にこんな時間にしなくても良いと思うんだけど。もう19時過ぎてんのよ。

 まぁ、汚染されたウンディーネの件があるから仕方ないとはいえさ。

 ……やっぱり殺しておくべきだったか。


 ウンディーネの保護は特務局が超スピードで許可を出してきて、学院に管理を押し付けてきやがった。

 対空想の機関に、空想生物を保護する空きがないと文句を言われたから、泣く泣くそうなったとか。

 真偽は不明である。大人の難しい話は嫌いだ。


「おっ、雫ちゃんだ。学級委員のお仕事?」

「いいえ。暇だったから、今日の授業の復習よ」

「真面目すぎて眩しい」

「この私の目が眩む……!?」


 不真面目なボクと日葵の目を潰したのは、一足先に部室に帰って来ていた同級生。

 うちのポンコツ部長の妹、神室雫(かむろしずく)ちゃんだ。

 玲華部長よりも色素の薄い青色……いや、水色の髪をポニーテールにした美少女。優しい雰囲気の姉とは正反対の、冷たい雰囲気を纏うお嬢様。

 周りに対して、かなり冷たい態度をとってるけど、俗物的な発言が多いせいでかなり親しまれているのは当人以外が知っている。

 こんな高嶺の花が、小声で「お金欲しい…」と呟く姿は、浅ましさを感じる前に何処と無く背徳感を感じさせてくる。

 ボクは変態じゃないからわからないけど、そういう界隈の人には扱いやすい女の子である。

 ……この前、詐欺に引っかかりかけて危うく借金を背負う嵌めになりかけたらしい。ヤバくねこの子。


 あと、異能のせいで可愛いもの扱いされている。


 ……それにしても、暇な時間を勉強に費やすとか、筋金入りの真面目だね。

 もうちょっと肩の力抜こうよ。いや、何がなんでも姉に追いつきたい気持ちは分からなくもないけど。


「雫ちゃん雫ちゃん……勉強教えて」

「真宵に教えてもらいなさいよ」

「なんか無視されてるんだよね」

「そうなの?」

「え? ボクの知り合いにそんな人居ないけど……」

「私の存在抹消!?」


 うーん、雫ちゃん、なんだか元気ないな。憂いを秘めた目をしておる。これは解決してあげなきゃ。

 ずっと騒がしい淫乱ピンクは無視だ。永久無視だ。


「どうしたん、元気ないよ?」

「……お姉様が殆ど消し飛ばしたのよ」

「わぁお。なるほどね」


 14区での戦闘、オーガの群れの戦闘は玲華部長の手で呆気なく一掃されたらしい。雫ちゃんも弱いなりに頑張ったみたいだけど、倒せたのは僅か三体。

 これでは、気落ちするのも仕方ない。

 ……毎回、任務の度に気落ちしてる気がするけど。


 でも貴女、異能部的な基準ではそれなりに上澄みではありますよ? 異世界基準だと低いけど……

 三体倒せてるのも十分だと思いますけどね?


 姉との強さに憧れる妹、神室雫は今日も今日とて英雄への劣等感を募らせているようだ。憧れのお姉様に少しでも近付きたいんだね、わかるよその気持ち。

 それはそれとしてもっと曇ってくれ。拗らせたシスコンの先をボクは見たいんだ。見てみたいんだ。

 ……なんか性格最悪の愉悦野郎みたいだ。でも見たいのは事実なんだよなぁ。

 別に破滅の道とかでも何でもないしね。


 うーん、やっぱり根は屑だ。流石ボク。


「真宵ちゃん、趣味悪いよ」

「黙れ変態。なんの事かわからないし近付くな」

「んもぅ、ごめんってば〜!」


 背中に抱きついてきた日葵を無理矢理引き剥がす。

 ……あ、無視できなかった。何たる不覚。おいこら勝ち誇ったような顔をするんじゃない。殴るぞ。


 さりげなくボクの心を読むという異能関係ない技巧を晒してくれた日葵は置いといて、雫ちゃんのお悩み解決と行きましょう。

 個人的にはしなくて良いと思ってるんだけどね?


「玲華部長の異能は、神域到達の力なんて言われてるからねぇ……眩しいよね、色んな意味で」

「えぇ。目が眩んじゃうわ……追いつけるかしら」

「努力は実を結ぶって言うからね。大丈夫さ」


 わぁ、この一言で目に光が戻った。チョロくね?


 まぁ、正味を言うなら、肉体変化系の雫ちゃんでは追いつくなんて到底不可能だろうけど。

 神室玲華はその異能故に“神速の英雄”とまで呼ばれているのだ。ボクが魔王していた時代、世界でも優に通じる実力を彼女は持っている。

 それをわかっていても、この子は追いたいのだ。


 こんな何気ない一言でも充分だなんて、今時の娘は単純で扱いやすいね。でもまぁ、皆ももっと褒めてあげなよって思う。雫ちゃんはさ、褒められるだけでも嬉しくなっちゃうんだぞ! ほらほら、弱音を少しだけ吐かせてみただけで、こんなにも顔色良くなったぞ。ちょっと応援しただけで嬉しそうだぞ。

 なんてチョロインなんだ……これはカモになる……


「……ありがとう、真宵」

「どういたしまして♪」


 どんどんシスコン拗らせてくれ。そしてあの英雄が弱体化してくれれば尚良。

 その時はキミのおかげだよって言ってあげたい。


 ボクの邪な考えを読み取ったのか、隣に立つ日葵の視線が痛くて苦しいが無視だ。気の所為だから。

 そんな目で見ないでくれるかなぁ? ……ん???


「私だけを見て?」

「ヒェッ……」


 なんだ、ただのとち狂ったヤンデレかよ。怖っ。


 ハイライトを失った目で見てくる親友の視線から逃れる作業に没頭しながら、今度は玲華部長と廻先輩の会話にも耳を傾ける。ふむふむ。

 弥勒先輩、そのコーラはどこから出したんです?


 コーラのお裾分けを頂きながら、意気消沈する廻先輩の懺悔を聞く。

 こっちもお悩み相談室か? メンタル平気か異能部。


「すまん、俺の不手際だ。場所は特定できても、数まで正確に特定できないのは良くないな……」

「そう気落ちすることはない。そこから先は、現場の私たちの仕事だからな。皆もそう思うだろう?」


 玲華部長がボクたちに「ほら励まして!」って目で訴えてきた。確かに、廻先輩気落ちしてるしね。

 そんなに気にせんでも良いだろうに。仕方ない。

 寝たフリをしてボクが近付くのを待っている日葵は無視して、弥勒先輩と雫ちゃんと目を合わせて頷く。

 うん、やろっか。せーの。


「ん。廻のせい」

「廻先輩が悪いと思います」

「すぴー……」

「クソメガネ」


「減給」


「ん。廻は最高」

「廻先輩のぶんもボクたち頑張ります!」

「尊敬してます!」

「良いセンスしてると思うわ」


 教訓。副部長の機嫌を損ねてはならない。


「はぁ……この女ども……」

「ふ、くふっ、ふふ……ははははは!!!」

「笑うな玲華!!」


 呆れたように天井を見上げる廻先輩と、腹を抱えて爆笑する玲華部長。

 それに釣られる様に、雫ちゃんと日葵も笑う。

 基本的に表情が動かない弥勒先輩はわからないが、何処と無く楽しそうな雰囲気を纏っている。

 ボク? これの何が面白いのかわからないけど、周りに合わせて笑ってます。

 協調性って大事だよね。


「ふぅー……ん、んん。ところでなんだが」


 と、笑いが伝染した所で、シュンと真面目な空気を纏ったに玲華部長が、バッサリと笑いを打ち切る。

 うん、切り替えが早い。


「例のウンディーネ、とやらは……研究部にいるんだな?」

(えっ)ちゃんはもう帰ってたんで、顧問に任せました」

「そうか、わかった。あちらに任せっきりになるのではなく、私たちでも救う手がかりを見つけ出そう。これも、異能部の仕事の一環だからな」

「はーい! ほら、真宵ちゃんも」

「……はいはい」

「わかったわ」

「ん。任せて」

「資料庫の文献も探るだけ探るか?」

「そこは君の采配に任せるよ」


 仕事が増えた。あぁ……ただの汚いスライムですと嘘を吐けば良かった。今更ながらの後悔。

 はぁ、ウンディーネ関係は後悔しかしてないな……

 もうこれは厄ネタです! 地雷ですよこれは!






◆◇◆◇◆






 ───部活動終了後の、学院からの帰り道。

 学院近くに広がる住宅街、電灯で照らされる夜道を日葵と共に歩く。

 家はこの住宅街の中にある。

 家主というか養父が学院のトップだから、必然的に学院の近くに家が建てられた。

 お陰で登下校は楽だ。前々世とは大違いである。


 ふと、足が止まる。家の前、明かりがついていない誰もいない我が家の前で。

 日葵ちゃんが、ボクの方を振り向いた。

 周囲に人の気配、魔の気配、ボクたち以外になにもいないことを確認してから、日葵は言葉を紡いだ。


「真宵ちゃん」

「んー? なにかな、日葵ちゃん」

「まだ、続けるの?」


 何の脈絡もなく、続投か否かを告げる日葵の言葉。知識や情報が足りない第三者視点から見たら、彼女が何を言ってるのかわからないだろう。

 ボクも一瞬コイツ何言ってんのって顔になった。

 でも、このタイミングってことは……恐らく、アレについてのことだろう。


 夜な夜なボクが裏でやっている悪業の話。

 もしくは自殺行為のことか。……いや、今回は前者の話だな。

 玄関前で話すなって言いたいけど、これからボクは裏の仕事でそのまま出かけるから、仕方ないね。


 さて、答えは……まぁ、これでいいだろう。


「やめないよ。あの子が潰えるその日まで」


 ───我らが母星、地球が空想溢れる世界になってから、おおよそ三百年。

 この魔都には、古き時から根付く闇が存在する。


 その名も『メーヴィスの方舟』。異能結社として、新世界全土に名を轟かせる、最古の闇組織。

 ボクが率いる“裏部隊”が席を置く、魔の巣窟。


 ───かつてのボクが魔王になる前、小さな頃からボクに従僕していた四天王の一人。

 王を思って造り上げた、あの子の悪感情の集大成。


「もし、たらればの話になるけれど……ボクの、私の寵愛を一身に受けたあの子の計画が成功すれば……

 私は、このくだらない世界に別れを告げられる」


 洞月真宵は死を願っている。死にたがっている。


 ずーっと昔から。それこそ前々世、病に伏せていたあの時から。

 魔王に転生してからも、人間に戻ってからも。

 あの千年旅を経験してからは、より一層。


 ボクは、今も尚、己の死を、終焉を願っている。


 前世が終わった三百年も昔、あの日に一度は叶った願いだとしても、この想いは絶えていない。

 生きているだけで、ボクの希死念慮は湧き上がる。

 願いというものは、無限に出てくるもの。

 ボクの場合、その全て、大半が───己の死に帰結するというだけで。


「なぁ日葵───いや、勇者リエラ。()は未来なんてつまらないモノに期待しない。していない。

 する必要がないんだ。最早無意味。全てが無価値。

 だが……あの子の計画だけは見届けたい。あの子がそうあるべしと望むなら、私はそれを受け入れたい」


 方舟の最終目標は秘匿されている。ただ、新世界をめちゃくちゃにする、とだけ伝えられている。

 そう、滅茶苦茶になる。この世の全てが、終わる。

 万が一の低確率で、あの子の計画が成功すれば。


 魔王として、ボクは、私は、その終わりを見届けなければならない。

 受け入れなければならない。


 受け入れたいんだ。あの子が齎す、魔王の終焉を。


「貴様ならわかるだろう? 人類の夢を背負った者よ」


 世界を救う為に抗い、犠牲を積み重ねた女に問う。


 人の夢に殉じた、一度は世界を救った女へと。


 懇願に聞こえただろうか。この魔王が珍しく弱さを見せていることを、キミは侮るだろうか。

 この苦しみを、想いを理解してくれないだろうか。 


 でも、現実は非常で。お互いの意見が、勇者と魔王の信念が合致しないことを、ボクは知っている。


 苦しそうな、悲しそうな顔で、キミは答えた。


「あんまり、わかりたくないよ───カーラちゃん。私はね、幸せになりたいんだ。貴女と、一緒に。

 今世こそ何にも阻まれず……生きたいと思ってる」


 ……ほら、キミは否定する。そうやって、また私を生き地獄に堕とすんだ。

 確かにキミと生きるのは、悪くないけれど。それを肯定するのは、なんだか悔しくて。

 だから、ボクは否定する。内なる想いも全て全て。

 わかってほしいけど、ボクたちの欲求は相反する。

 生きたいが故に抗った勇者と、死にたいが故に悪の道に走った魔王。

 勇者と魔王の生死への想いは、常に常に平行線。

 この生存欲求と希死念慮だけでなく、本質からしてボクたちは相容れない。


「くだらない。キミと生きてなんになると言うんだ」


 異世界の空を黒く染め上げ、滅びゆく世界を自らの手で終わらせようとした、〈黒穹(こっきゅう)の魔王〉カーラ。

 それがボク。邪な想いを内に隠す、洞月真宵。


「私がそれを望むから。そうでありたいと願うから」


 黒塗りの天蓋を切り裂いて、滅びゆく世界を自らの手で救おうと抗い続けた、〈明空(あけぞら)の勇者〉リエラ。

 それが彼女。聖なる心を身に宿す、琴晴日葵。


 名前からしても、その性質は正反対。前世も今世もなんでこんなに長くつるめているんだろうか。

 そして、この問答は、今日が初めての話ではない。

 何度も何度も、互いに否定しあって、今も尚。


 でも、この子は、馬鹿正直にこの手を掴んで来る。何度も何度も嫌だって言ってるのに。

 さっさと突き放して、お別れして欲しいのに……


「それに、ね。もし、もしまた本当に、カーラちゃんが心から死にたくなったら───」


 ……あぁ、本当に。なんでキミは、こんなにも……


「───今世も私が……殺してあげる」


 ボクが欲しい言葉を、そんなあっさりくれるんだ。









































「それはそれとしてさ、この定期的な問答やめてくれないかな? メンタルが死ぬんだけど」

「愛の再確認、かな」

「心の底からやめて欲しい。切に願う。マジで」

「必死でワロタ」

「わかった。枕元に新鮮な首が欲しいんだね? 任せてくれよ。今日の任務は殺しだからさ!」

「ごめん!!! それだけは勘弁して!!!」

「いってきまーす」

「待って待って!! 待って!!!」


 この後、コイツのせいで標的の余命が少し伸びた。


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