03-09:思ったより世間は狭い
エーテル界域から帰った日の放課後。一応保健室で諸々の検査を受けて、異界から病原菌やらやべーのを持ってきてないかを確かめて……
授業全ブッパ→気楽な放課後ティータイムをボクはキメている。
「補習なくて良かったぁ〜。ま、課題は山ほど出されたんだけど……はぁ」
「ぶっちゃけ、学院なんて通わなくてもね」
「それ言ったらおしまいじゃない?」
互いに学院への愚痴を吐き、労いに貰ったチョコを摘みながら日葵とチェスを嗜む。前世、勇者と一緒にクソやば空間に閉じ込められた時に作った暇潰しの道具だったけど、壊れてなくて良かった。
あと意外と奥が深くて面白い。ハマるのも頷ける。
色はやっぱりボクが黒で日葵が白。
デザインも魔王軍っぽさと楽園軍っぽさを最大限に引き出す意匠だと思う。ボクすごくない?
勝利の天秤はボクの方に傾いている。ふふん。
「んー、今からでも将棋にしない?」
「勝てる試合を選ぶな。これだから極東由来の焼け跡村育ちは……」
「軽率にタブー引っ掻いてくんのやめようよ」
「お前の人生を狂わせたのはー?」
「真宵ちゃんだねぇ……うん、あの時の本気の殺意を持ち込んで来た方がいいかな? アルカナの一つや二つ消し滅ぼしてあげるよ。真宵ちゃんのついでに」
「お前前職忘れた???」
盤外戦術でお互いのトラウマや黒歴史を刺し合って牽制しながら遊戯を進める。
あ、やばい。なんか押されてきた…まずいな……
こっからどうやって勝利に持ち込むか。やるんなら完全勝利だよね。中途半端な勝ちほどつまらないモノはないと断言しよう。
さーて、勝つぞ〜!
───Five minutes later(〜某スポンジ風)
「なん……だと……」
「ふふん、やっぱり最後に勝つのは勇者なんだよ」
「魔が降りて死ねばいいのに……」
「それ降りてくるの真宵ちゃんじゃん」
「はー、やらやら」
まんまと出し抜かれて負けてしまった。顔を覆って敗北の味を噛み締め、勝利の証を写メっている日葵を無視して盤ごと影の中に沈める。
証拠が無ければ勝ったとは言えないよね、げへへ。
「まよちゃんさぁ〜」
「何をどうしようとボクの自由だ!」
「かっこわるぅ」
「るっさい殴るぞ」
───トントントン
「………」
「………」
そう性格の悪い嫌がらせをしていると、部屋の扉を誰かがノックする音が聞こえた。
思わず日葵と二人で顔を見合わせる。
だってここは滅多に使われない空き教室。わざわざ来る人なんてそう居ないし、職員室でもないのに叩く人もそうそう居ない。
「……どーぞー?」
疑問符を頭に乗せたまま日葵が入室を促すと、声が聞こえたのか静かに扉が開く。
「えーっと……雪街せんせ?」
「こんにちは。楽しそうな声が聞こえたと思えば……おサボり二人組じゃない」
「サボってないよ。合法だよ」
「あはは……こんにちは先生」
入ってきたのは国語教師、雪街好栄。授業をすると必ず一回は教科書を床に叩きつける変人の一人だ。
教材を小脇に抱えた先生の表情は、何かしら揶揄う気満々の笑みである。
「今日は朝から大変だったらしいわね。お疲れ様」
異能部での活動を労ってくれた雪街先生は、何故かボクたちの頭を撫でてくる。
あの、小学生じゃないんですけど。 やめて?
無言の抗議で頭皮攻撃は止められた……んだけど。
何処か懐かしそうに教室の中を見渡すのはどういうわけなんですかね。そういう懐古、思い出に浸るのは別にいいんだけどボクの前でやらないでほしい。
と、ボーッと先生の様子を眺めて愚痴っていると、いきなり先生は鞄を漁り初めて、何かを取り出した。
んー、なにそれ。
「……そういえば貴女たち、飛鳥の妹だったわよね」
飛鳥。うん、同名の血の繋がらぬ姉ならいるけど。異能特務局の空が飛べて年齢イコール彼氏いない歴のヒステリック女と同一なら当人ですけど。
……いや、そうねその通りよ、じゃないですよ。
そこは訂正させろよ。アンタそれでも教師か? なに学生時代につるんでた仲だったりする?
ちょうど良かったと言わんばかりに物を渡される。
「これ、渡しといてくれない?」
そう言って先生に渡されたブツは、藍色のケース。手のひらに収まる程度の大きさのそれは、どう見ても婚約を誓う時に渡すアレにしかボクには見えない。
日葵はどう思う? ……やっぱりそうだよね?
疑惑の目線を向けると、深々とため息をつかれた。教師だろ。可愛い生徒に優しくしろ?
「勘違いしないでちょうだい。あの猫被りとはただの腐れ縁よ。貴女たちみたいな関係じゃないわ」
「偏見」
「やっぱりそう見えます?」
「お前マジなんなの?」
変態にチョークスリーパーを決めながら雪街先生に箱の中身の説明を促すと、「大人の秘密よ」と適当に返されてしまった。
そして締められている日葵に手渡した。
何故ボクじゃない。
「洞月だと自分のものにしそうだから、琴晴、貴女が直接渡しといてくれる?」
「は、はーい」
「偏見やめろよ」
「お噂はかねがね……」
「どんな噂だよ」
気分を害されながら一先ず日葵を解放。必死に腰を叩かれたからちょっと痛い。先生からの評価はかなり頭にくるが、否定できない心がある為何も言えない。
ボクにとって約束とお願いは破るモノなので……
確かにそうなると日葵に渡すのが正解だ。やっぱり先生だな。よく人を見ている。
……断言されるのは気に食わないけど。
「ま、大したもんじゃないわ。生憎とお互いの時間が合わないのと、ポストとか使う訳にもいかないから、こういう手段を取ってるんだけど」
「なら、早めに届けますね」
「ありがとう、助かるわ……ホント、仕事って嫌ね」
「やめればこの仕事」
冷めた目で言えば、あら心外と言った顔で───…
「これでも誇りがあるのよ。誇りがね……あ、埃」
いや最後。まるで二つが同列みたいな扱いで情緒がおかしくなりそうだ。
なんで駄洒落に持っていった?
気になっても黙ってろよ……わざわざ口に出すなよ同音異字がややこしくなるだろ……
「あはは……お、時間ヤバい?」
「んー、いや平気でしょ。今日中はヤバい仕事なんて入ってこないだろうし。サボろサボろ」
チャイムが鳴る。放課後の部活開始目安、と言ったところか。
「サボりは許さないわよ…… ごめんなさいね、二人の時間取っちゃって。異能部の仕事、頑張って」
「はーい! 雪街先生、また明日!」
「ばっばーい」
「……レフライ先生に告げ口しときましょ。挨拶一つまともにできてないって」
「性格悪いぞ!!」
ボクの恫喝に笑い声を返しながら、先生は教室から去っていった。ムカつく。明日の授業覚えとけよ……影で足掴んで転ばしてやるからな……
ささやかな嫌がらせを企画しながら、ボクらも渋々教室を出る。雪街先生の後ろ姿を意味もなく見送ってから廊下を歩き始める。
朝っぱらから働かされたのだ。部活も気楽な遊びであって欲しい。
「……あのさ、これやっぱりリングケース、だよね」
「指輪入れるヤツ? 確かに見た目はそれっぽいけど、どーせUSBでも入ってるんでしょ」
「え、なんで?」
「常套句だから」
ま、どうやら二人は友達らしいし。なにかしら情報交換でもしてるんでしょ。特務局もだけど、そういう機関が外部に協力者を作るのはタブーだけど当たり前だもん。
特に気の知れた友人、中でも信頼の強い相手を共にするのはリスクがあるけど楽でいい。鳥姉はかなりのガサツだからこの手法を取ったのだろう。
……そういや雪街先生って異能部のOBだっけ。
成程、特務局側としても利点があり、信用性があるのか。
まぁ……他人を介して渡すのはどうかと思うけど。
「ま、速達で届ければ?」
「うん、そうする。にしても真宵ちゃん、信頼されてないんだね……」
「なんでわざわざ刺してきたの?」
「チェス盤……」
「あーあー聴こえなーい」
悪いのは百こっちだけど、一々滅多刺しにくるのもどうかと思う。
◆◇◆◇◆
迷子にならず部室に辿り着いた頃には、他の面々が既に集まっていた。
「おせーぞ二人共。授業全部サボって何処行ってたんだよ」
「デート♪」
「違う」
会話の一つ一つにツッコミを入れていくと面倒うでキリがない。だから早々に切り上げて一絆くんが座るソファの空いてる位置に腰を落ち着ける。
どうせ遅く来たところで、みんな戦闘とか関係なく話に夢中になってるじゃないか。
……思ってたけど、キミって意外と真面目だよね。
いつもの面子で横並びになって、ほっと一息。
「そういや精霊どうなったの」
「勿論俺預かり。お前らが来る前に契約自体は終わらせたぜ」
「マ? 見せてよ土の子」
「UMAかな?」
そういう事はボクら監視の元やって欲しいのが本音なんだけど、まぁいいや。土の精霊は引っ込み思案の臆病者……年代重ねた多世先輩のようなものだ。
大して危機感を抱く必要性はない。
「いいぜ、ほら……って、あー、すまん。顔だけでも良いから出てこれるか?」
『……ぅ〜』
「え、ちっさ」
一絆くんの呼び掛けに答えて、杖の宝珠からきのこ頭がゆーっくり出てきた。
何故か、小さい。あんなに大きかったのに。
……杖に身体が収まるぐらい小さくなってないかなこれ。どういう原理……?
ビクビク震える様は可愛らしいが……マジで先輩の擬人化にしか見えん。
「契約したら小さくなったんだよな」
「……それ、キミの力量不足で精霊に負担がいってるとかじゃないの?」
「その懸念はある。なんだったら一番濃厚」
「わーお……」
と、取り敢えず一絆くんと契約した精霊はサイズが小さくなるって覚えとこう。うん。
現在の一絆くんの手持ち精霊は光と水と土の三体。
ここに先日不法侵入した炎がいずれ混ざるとして、考えられる可能性は一つ。
……全属性コンプリート、あるんじゃない?
転生してから早16年、精霊を見るのは今年が初。んでもって今年は何故かある意味豊作だ。
一絆くんの存在に、能力に共鳴しているのか。
ここまで来たら風とか雷とか闇の精霊も来るんじゃないかな……
これで星の精霊が仲間入りしたら……面白いね☆
「多分もういないけど」
「ん? 真宵、なんか言ったか?」
「んーん。独り言」
ま、暫くは一絆くん強化して楽しみますか。無駄に長い人生、楽しく終わらせなきゃ意味無いからね。
……暇だな。他の子たちの話でも盗み聞きするか。
「おい涼テメェ! さり気なくオレの塩ポテト奪ってんじゃねぇーよぶん殴るぞオラァ!!」
「いでェッ!? もう殴ってる殴ってるッスよ!!?」
「あ〜、これが罪の味、でござるか。美味美味」
「これがハンバーガー……!」
茉夏火恋、丁嵐涼偉、影浦鶫、宝条くるみの四人は仲良く机を囲んで某ファーストフード店のファミリーセットを食べている。
ポテトの取り合いから始まった大乱闘、学院に来て初めて食べるハンバーガーの味に悶える者達……
うーん元気。微笑ましくなる光景だ。
というか鶫ちゃんとくるみちゃんはハンバーガーを食べた事がないの? マジで世間慣れしてないのな……
で、ボクら以外の二年たちは?
「私の液体って体積とイコールじゃない? ならここで太ってみたら使える液体も増えるんじゃないか、って思うのだけど……どう?」
「うーん却下。迷うまでもなくダメだよ?」
「よねぇ……」
こっちはこっちでカオスだった。太れば異能の力が強くなると頭の悪い発言をしている雫ちゃんと、その発想の実践を全力で止めようとする姫叶くんの図だ。
どうしてそんな考えに至ったのか……
流石に同級生が肥満体型になって液体化するのは見たくないかなぁ。
一絆くん達と一緒に遠い目をしてしまった。
「よ、予約できました〜、はい…」
「ご苦労。本当なら界域入りした今日受けさせるのがベストだったんだが……」
「ん。仕方ない」
「この際だ、部員全員の健康診断も兼ねてしまおう」
「……それもそうか。枢屋、追加だ」
「ぇっ!? わ、わかりました……」
三年生たちは……ん、予約? あー、わかった。これ明日の予定勝手に決められたヤツだな。
健康診断? えーやったよ。方舟でやったよボク。
振り回されている先輩には悪いけど、ボクの分だけ予約取り消してくれないかな。
一緒に盗み聞きしてた日葵が携帯の予定表を開く。
「……なんかもう入ってる」
「ハッキングされとるやんけぇ」
「俺もだ……マジか……」
三人で各々確認すれば、ボクの端末にも書き覚えのないスケジュールが書いてあった。
多世先輩勝手にハッキングしてて草。ゆるさんぞ。
……電子端末に情報入れとくのやめとこ。黒彼岸のあれこれが漏れたら死ねる。
てか鬼灯総合病院にて診察……? ぇ、ほーずきぃ?
知人っていうか上司っていうか、犯罪組織の幹部に同名の持ち主がいますね。鬼灯八碑人って言うんですけど。
……確かに、表の立場で総合病院を営んでたな。
思わず横へと振り向くと、一絆くんを挟んで日葵と目が合った。
この植物系の苗字の持ち主が誰なのか、勿論彼女も知っている。前世色々あってぶち殺した蠍のモノだと日葵はわかっている。
だから通わなかった。近付かなかった。
ある種の気まずさもあるが、勇者であると八碑人にバレる危険性に怯えたのもある。
聖剣がない今、どうしても日葵は弱くなる。
今までの界域に行った後の検査では、特務局にある医務室でなんとかなってたんだけど……
そういや歳で引退したんだっけ。お疲れ様です。
あ、だから明日やるんだ。後任のお医者さんはまだ研修中〜ってのを聴いた覚えがある。
人手不足が過ぎないか?
「……ま、なんとかなるでしょ」
「……なるかなぁ」
魔王軍随一の話が通じる蠍だから、多分大丈夫だと思うけど、用心はしとくべき……かな。
【否定虚法】……は、ドミィにまたドヤされる。
うーん、あ、ボクってば準幹部の中でもお気に入り扱いっぽいからそれ利用して不問にさせるか?
「皆、注目! 明日、総合病院で検査を受ける。生憎と強制参加、界域に行ってない者も全員だ」
「異能部としての健康診断もやってもらう予定だ」
「サボったら罰として……そうだな、教師陣に頼んで課題を倍増させてもらうからな」
「げぇ」
「卑怯ではござらんか?」
「病院は嫌なのです……」
……や、担当医がアイツになるとは限らない。
希望を持って祈ろう。疫蠍くんが鬱鬱になる結社のお仕事でいませんよーに!
先輩たち大丈夫だよね? 相手は異能犯罪者だよ!
きっと直感でこの先生はダメだ! 病院を変えよう! とかやってくれるって、ボク、信じてるから!
「担当はあの名医、Dr.八碑人に頼んどいたぞ」
終わった───…




