03-07:届かぬ先のあと一歩
精霊喰い。それは、数多の精霊種を食らって生きる昆虫型魔物に付けられた蔑称。
複数の虫種を混ぜ合わせたかのような見た目を持つこの魔獣は、精霊以外で腹を満たせず、且つ栄養すら取れないという欠陥の持ち主である。
さも、精霊を殺すという名も無き意思の具現化か。
食い散らかされた精霊は数知れず、自然界の化身を数多く屠り、貪ってきた怪物。
出生地も生活環境も、凡そが詳しく解明できていない。
そんな謎に包まれた異形は、今再び世界に現れた。
───過去に一度、たった一度だけ魔王と精霊喰いは会敵している。
それは魔界が統一されていなかった混沌の時代。
王位につかず、配下を作らず、気の知れた友人らと自由気侭な諸国漫遊と洒落込んでいたカーラ。唐突にふっと湧いた退屈を紛らわせようと精霊樹を引き抜いて椅子にしようと画策し、実行しようとしたその時、かの精霊喰いとマッチングしてしまったのだ。
結末は言わずとも、カーラの圧勝。
砕かれた甲殻と散らばった肉片、青白く光る体液が目に良くない光景を尻目に、怯える精霊樹を根っこから引き抜いたカーラは惨劇の場を去った……
当時の顛末はこのようにあっさりとしたものだ。
その破壊尽くされた虫の死骸は、後日素材欲しさで現場に出向いたドミナが確認しに行ったが、肉片どころか血すら残っていなかったという。
野生に食われたか、大地に取り込まれたか。
不思議だなぁと思いながらも、ドミナの関心は他の話題に移り、そこで終わってしまった。
……そこで終わったのが、良くなかった。
もし、この死んだ筈の精霊喰いが、実はあの状態で生きていた、なんてことがあったとして。王に負けてから、密かに精霊を喰い続けていたとして。
誰にも同一個体だとバレずに、不死だとバレずに、世界が崩壊しても生き残っていたとしたら。
繁殖も増殖もせず、食だけを考えて生きていたら。
それは、どんな、どんな化け物になるだろうか。
◆◇◆◇◆
仄暗い大洞窟に反響する、虫特有の不快な鳴き音。これが風情ある音なら大歓迎なのだが、生憎と目の前の虫には理解できない分野であるらしい。
不快感に苛まれながら、ボクたち四人は土の精霊を救わんと精霊喰いを相手する。
【ギョッギョェー! ギョギョッギガルギョ、ガ!】
「会話でも試みてんの? やめろ? 気持ち悪さで弁当が不味くなるんだけど」
「そのお弁当どっから出した???」
山登りと洞窟探索で空いた小腹にと思って……
とごってそりゃ影からだが。取り敢えず卵焼きから食べようと箸に触れたら一絆くんに手を押えられた。
なに? 邪魔なんですが。目に影打ち込むぞ。
「この非常時に飯食おうとすんのやめろ?」
ドドドド正論。でも世界がびっくり帰ろうとボクの相手じゃないんだもんコイツ。
なんかデカいけど。なんか強そうだけど。
どーしても種としての垣根は越えられてないから、所詮は精霊にしか脳がない雑魚よ。ボク目線では。
「それ誰製? 私が作ったのじゃないよね?」
「それ気にするか普通」
「お前たちいい加減集中しろ!!! 一人一人脳の奥に直接雷刺されて焼き焦がされたいのか!!?」
「それは死にますぶちょー」
「軽率に殺そうとしてくるじゃん」
「ごめんなさい」
珍しくキレられたから遊ぶのはここまで。ボクらの緩さは強大な緊迫感の前には勝てなかったようだ。
出処不明の弁当を影にしまって、と。
……これ、ホントに何処で拾ったんだっけ。マジで無意識で拾ってんな多分。
ま、いーやいーや。現実逃避であの虫いじめよか。
まずは結構キノコの部分齧られてる精霊ちゃんから引き剥がすか。多分手足よりそこが一番美味かったんだと思う。
「洞月くん、敵の弱点は知ってるか!?」
「そこまでは知らない。文献だとだいたい頑張ったら撃退できましたってのばっかだし」
「なんだと?」
「あ、でもかの魔王は一撃で粉砕したって話だよ?」
「全然参考にならん」
事実を述べたまでなのに。そもそも先制攻撃されて全部避けて内側から爆散させただけだから、相手の攻撃は知ってるけど的確な弱点は知らないんだよ。
……うん、ごめんね?
お詫びに頑張って精霊喰いをぶち殺して差し上げますね。
「ま、中は軟らかいんで。まずは甲殻剥がしですね」
そういってボクは、蟲の眼球に影を突き刺した。
【ギョギィア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!?】
汚い悲鳴を上げて眼を抑える精霊喰い。甲殻破壊と唄いながら真っ先に複眼おめめ狙ったボクって、もしかして外道だったりする?
……ま、それに続いて目に攻撃する女二人も同じもんだろ。
「あ〜、確かに……目は、守れないよね!」
「悪いな精霊喰い。流石にその行為は見逃せない……大人しく、討伐されてくれ」
「流石にあんなジャンプは無理だわ……」
跳躍と急接近でもう片方の眼球に光の剣を突き刺す日葵と、雷で構築された槍を放って貫通、目そのものを貫通粉砕する玲華部長。
これで両目失明ですねお疲れ様でした。
無数にある蜘蛛足で目元を覆う精霊喰いは、奇声を上げながら地面をのたうち回る。
青い血がぶしゃぶしゃと吹き出てて痛そうだ……
「こっち来い、危ないから! な?」
『ウッ……ヒグッ……』
「わ〜!!? 泣くな泣くな! あっあっ涙が! 大粒の涙が俺の頭に!?」
「なにあれすごい」
「力持ちになったなぁ、かーくん」
「思ったより強くなってね?」
と、その隙に一絆くんが土の精霊を回収。泣いてるおっきな女の子の手を必死に引っ張り、半ば背負う形でこちらに運んできた。
うーん何気に剛腕? ゆーしゃ式訓練の賜物なの?
しくしく涙を流す精霊ちゃんは洞窟の隅、相手から遠ざけるように避難させる。
というか涙デカイな? 一絆くんの頭水没したが?
【ギョギッ、ググギィア゛ァ゛ァ゛……!!!】
……精霊観察の邪魔が入った。耳を劈く異音の方へ視線をやれば、奇声を上げながら肉を隆起させる精霊喰いの姿が。
具体的に言うと眼球の場所。なんか逆再生みたい。
お、お〜? お? キミそんな高再生能力持ってたんだね?
「再生したね」
「再生……だね」
「再生したな」
「再生、かぁ」
思わず死んだ目で視力復活を見届けてしまった。
これには全員びっくり。いや、再生持ちってのよりその速さに一絆くん以外は驚いている。他の空想とかよりもハイスピードで再生しやがったそコイツ。
なにあの速度。全盛期過ぎたボクとトントンの再生速度をお持ちなんですのね?
蟲で高速再生持ちとか一番面倒な類だと思うんだ。
「これでは眼球削りも得策ではないな……」
「……甲殻も再生すると思います? あれも再生したら手に負えませんけど」
「試すしかないだろうな……行くぞ」
「おっす!」
黒色の金属光沢を持つ、見るからに硬そうな甲殻の破壊、か。一絆くんレベルの異能持ちだと一筋縄ではいかなさそうだけど、今ここにいる女子三人ならなんとかなる……かな?
試しに胸郭とか破壊してみるか。1箇所を徹底的に集中攻撃して甲殻も再生するのか否か。
……甲殻って、硬質化した肉の一部だった気もするけどなぁ。
【ギョッ!! ギャギョルギョギョ!!!】
ま、一先ずこっちに吶喊して突撃してくるおっきな虫さんを迎え撃つとするか。
善は急げ……ってことで、始めます。
「んー、えいっ。<天弓・裁きの光剣>」
「来んな来んな臭いんだよ───<暗寧の一刺し>」
「再装填───<雷槍>!!」
光で形成された弓より射出される剣と、影を這って突き刺してくる惣闇色の棘、そして的確な投擲により胸部の中心へ命中する雷で作られた槍。
どれも人間に当たれば普通即死間違いなし!
でも異能持ちなら体内魔力でギリ耐えられる───程度の威力の連撃は、見事精霊喰いの胸郭を穿った。
破壊。露出された肉と血管は、何処か人間臭い。
【ギィィ……!】
汚い唸り声を雑に聞き流しながら、よくわからない青い血を撒き散らす精霊喰い。胸を掻き毟るヤツは、イライラした視線をこっちに向けてくる。
うーん、イライラしてんのはこっちなんだが?
逆ギレと逆ギレのイカれたハーモニーを作らんとしたその時、肉が露出した胸の甲殻が再生した。やっぱ再生するよね、うん、知ってた。
……でも、その速度は目よりも遅い。硬いからか?
肉泡が出て結合、再生する光景は慣れなきゃイヤなモノである。
取り敢えずもっかいイジメとこ。えい、はい転倒。
「甲殻破壊→肉貫通→心臓破壊のプロセスはどうよ」
「最短距離だね。眼球からの脳は?」
「再生に間に合うかわかんないよ。甲殻の方が比較的治るのが遅いし」
「それもそっか……って、かーくん!?」
「は?」
なんか目を逸らした隙に一絆くんが特攻してる件。
困惑する日葵、ちょっとキレるボク、何をしてるんだと止めにいく部長。そして、光る杖の中で応援する精霊たち。土の精霊は体育座りで静かに観戦中……
ぇ、なにが始まるんです?
無謀な突撃をかました一絆くんは、なんと転倒から起き上がろうと緩慢な動きで立ち上がった精霊喰いの蜘蛛足に向けてバールのようなモノを振るい───…
「オラァ!!」
勇ましい掛け声と共に、脚を一本降りやがった。
「ん、ん〜? なにしてんの? あいつ」
「なんだか望橋くん強くなってないか? 私が知らない間に一体なにが……あと何故何も言わずに突撃したんだ?」
「あ、私が鍛えました。教え通りですね」
「おまえだったのか」
そこで後輩の急成長にびっくり関心しちゃう先輩は置いといてと。
てかおまえのせいなの? 報連相無視も? え?
あ、手の一つとしては教えたんだ。じゃあやっぱりおまえのせいじゃん。
精霊による攻撃を封じられた一絆くんには、渡したバールでヒットアンドアウェイでもしてもらおうなんて適当に考えてたんだけど、マジでやりやがった。
なんで? しかも普通に成功させて帰ってきたし。
ただでさえ硬そうな脚を……まぁ、そのバールって魔神鉄っていう鉱石で造ったモノだから、破壊ぐらいはできるだろうけど……でもそれ、手に凄い衝撃来てたりしない? 絶対してるよね?
「仕方ねーから今日はこの辺にしといてやる」
「なに豹変してんのキミ」
「流石かーくん。私の教えを忠実に守って……でも、ここで発揮する必要なかったよね? というか怒ってるの? 大丈夫? 精霊ちゃんの扱いにキレちゃった?」
「なんだ、その……相談には乗るぞ?」
「揃いも揃って失礼な人達だな」
いやホントなにしてんの? どうしたって困惑の方が勝つよ? 確かに隙をついて近付い上に攻撃くわえたのは褒めるべきだろうけどさ……
マジでどうした?
こっちに戻ってきた一絆くんが「報連相をしろ」と説教している横で話を聞いてみると、こんな返答が返ってきた。
「いや、実はここに来る前から声が聞こえててさ」
What's? 声? Why? ボクらにはなんにも聞こえてないんですけど?
「あと俺、精霊いじめ地雷みたい」
そっかぁ、成程ね? 精霊の嘆きに同調したのか……
「っと、今はそれどころじゃあないな。望橋くんには後で話があります」
「あー、はい。すみません」
「じゃ、さっさとお説教の時間作ろっか」
「雑に処理るか。ほら来いよゴミ」
【ギュィィィ……!】
こっちに戻ってきた一絆くんの頭を小突きながら、向かってくる精霊喰いに再び攻撃。精霊との詳しい対話内容とか怒った経緯とか、それも後で聞こう。
それなりに広い空洞の中を駆けて跳ねて飛んでくる異形昆虫から距離を取る。
あ、酸性液飛ばしてきた。ウザ。溶かすなよ地面。
「かーくん、さっきみたいにまだ動ける?」
「あー、嫌がらせにしかならねーだろうけど、余裕で叩きに行けるぜ。隙があればな」
「じゃ、皆で袋叩きにするよ。反撃には気をつけて」
「わかった……その前にこの担ぎ方やめないか?」
「それはヤダ」
俵担ぎにされてる男なんて見なかった。いいね?
「部長、あの甲殻強度なら別々に攻撃しても致命傷は与えられると思うんだけど」
「ふむ……それもいいな。痛みも三倍だ」
「頭の悪い回答ですよそれ」
いくら大量の精霊を貪ってきた精霊喰いとはいえ、相手は勇者と魔王、そして現代のドラゴンスレイヤーだ。オマケに新米精霊術師がいるとはいえ、分が悪いことに変わりない。
例え、全盛期の三割しか力を使えなくとも。
例え、聖剣の不所持で全力が出せなくとも。
ボクらが負ける道理なんて、ここにはないのだ。
「かーくん行くよ!」
「おう!」
日葵と一絆くんが狙うのは精霊喰いの脇腹。甲殻に守られてはいるが、脇腹を刺されて人が死ぬように、致命になりやすい箇所だ。
狙うのは急所。ボクは心臓部、部長は頭部を狙う。
一絆くんに持たせたあの魔神鉄製のバールのようなものっていう名目の武器なら、あの程度の甲殻は簡単に破壊できる。実際脚折ってるし。実証済だ。
蜘蛛足、とは言うが見た目がそんな感じなだけで、脚の数は普通に八本以上ある。踏み出せば自分の足を踏んで自爆しそうなイメージしかないが、精霊喰いは器用に前進。
それどころか回し蹴りだの飛び膝蹴りだの、やけに人間みたいな技を繰り出してくる。いや異形っぽさ満載の動きに変わってるけどさ。
で、その足技に加えて精霊喰いは拳も舌も羽も全部使って攻撃してくる。
なんか拳でクレーター作るわ、爪で引き裂くわ。
舌はやけに鋭くて突き刺しにくるわ、酸性のやばい体液かけてくるわ。
挙句の果てには羽が異能を切り裂きやがる。
おまえ、もうただの魔獣じゃねぇよ。改造版か?
「今更こっちを脅威と認識したのか……動きが激しくなってきたな」
「だとしたら気付くの遅すぎでしょ」
「自信でもあったんじゃない?」
「俺はおめーらの自信に末恐ろしさを感じてるよ」
「なんで???」
気軽に会話しているように見えるが、空間を巧みに使った猛攻を交わしながらの会話である。誰も息切れしてないのは流石と言ったところか。
あ、一絆くんは俵担ぎされてるから除外ね。
も〜、さ、 本気になったんだか知らないけどさ……めんどいなぁ、ホントに。
洞月真宵としてセーブして戦うの大変なんだぞ?
「こーなったらゴリ押しだ! ゴリ押ししかないんだよわかったねかーくん!! わかったらその真っ黒バールいっぱいぶんぶんして!」
「SAN値大丈夫か? ま、任せんしゃい。オラァ!」
宣言通り、一絆くんはボク手製のバールをぶんぶん振り回して脚を降り、手を叩き、羽による斬撃を払い除け、絶舌の一撃を正面から跳ね返した。
……これら全て、日葵に抱えられながら、だ。
提案した方もアレだけど、真面目にそれを実行して成果を上げる一絆くんも大概アレだな?
「うん、やっぱり望橋くんすごい強くなってないか? お前たちは一体どんな訓練を……?」
「監修はひまちゃーなんで……ボクも知らない……」
ボクを巻き込むな。熱めの風評被害だ。
「───よし、届いた!」
逃げられ続け、避けられ続けられ。忸怩たる思いを抱きながら早数秒……遂に、巨大昆虫の懐に日葵たちは潜り込む。
慌てて拳を振るう精霊喰いだったが、担がれたままバールを振るう一絆くんの攻撃で退けれられる。
そうして作られた隙を、日葵は見逃さない。
精霊喰いの硬い脇腹に恐れもなく軽く触れ、気軽な雰囲気で異能を使う。
「ちょ〜っと痛いけど、我慢してね───歌唱短縮、繋ぎ止めよ───<天の聖枷鎖>」
【ギィィ……ッ!?】
「体の中に異物があったらさぁ…… 再生なんて、普通無理だよね。虫さん、ここからどーするの?」
日葵の手から射出されたのは、光り輝く鎖の群れ。ゼロ距離で勢いよく突き刺さる鎖は、一撃で甲殻を破壊、更には乱回転して体の肉を抉りながら進行する。
肉を食い破る鎖は、対象者の抵抗をものともせず、無慈悲に身体に穴を開け───反対の脇から飛び出た鎖が、不自然な形で硬直、精霊喰いを固定した。
鎖の動きはさながら電動ドリル、ってとこかな。
身体の内側を意図も容易く破壊されるという激痛。そんなもの絶叫しそうなものだが、以外にも精霊喰いは痛みに耐えている。
意外と我慢強いな。その藻掻きもいつまで続くか。
というか原理どーなってんだあの鎖。手を離しても消えずに残って空中に突き刺さってんだけど。
空中にヒビ入って虫を固定とか、絵面すごいな。
で、この鎖のおかげで精霊喰いの動きは大きく封じられた。手足でもごうにも鎖の強度が高く、傷ついた脇腹を修復するのも異物があるせいで不可能。
再生しようとしたら鎖と肉が結合して酷い事になること間違いなし。
こりゃもう詰みだね。後はボクと部長が二方向からトドメを刺したら、ジ・エンドだ。
「ぶちょー、潰すよ」
「あぁ。同時にやろう───せめてもの慈悲だ。息を詰まらせる前に終わらせてやろう」
「それホントに慈悲かなぁ」
鎖からの脱出を図ろうと藻掻く精霊喰いに、部長と二人で飛びかかる。
歯軋りのような音を立てながら唸る精霊喰いの姿は滑稽の一言に尽きる。目の前で嘲笑いたくなる衝動を抑えて、確殺に向けた攻撃を再開する。
部長と一緒に同時攻撃だ。再生すらさせない、ね。
ボクの担当は心臓部。硬い装甲事、命を搾り取る。
恐らくここが一番分厚い。命を司る箇所を他の何処よりも守りに行くのは、生き物として当たり前の思考であり生態である。
それを貫く、なんて大任を任されてしまった。
……久々に、アレ使うか。魔力練り上げて、っと。
「生憎と、確かな死ってのはプレゼントできないけど───ちょうどここに、とっておきの十字架がある」
精霊喰いの背に立ち、うるさい羽を影で縛り上げた上にへし折り、再生阻害で影の棘を傷口に突っ込んで固定。揺れる足場にものともせずに闇を集める。
影を通してゆらりと立ち上る惣闇色の不思議な煙。
それを手で掴み、物質化した煙状の闇を一つの形に作り替えていく。
そうして顕現したのは、漆黒の十字架……の、剣。
「<孤独の黒十字>」
モチーフは所謂ケルト十字。金属素材を糸のように非常に細かくして巻いたり編んだりして模様を作る、なんていう細金細工のフィリグリー装飾をふんだんに使い、十字架の短い部分を持ち手に、長く伸びている部分を刃として作り上げた、魔王の専用武器。
つまり、十字架をまんま剣に流用した魔剣である。
単純に見た目の美しさを追求した結果、美術品って言われても謙遜ないレベルの美麗なモノが出来上がってしまった。本片手に作ったけど、センス高くない?
無論、切れ味も最高の高。オリハルコンで作られたリビングゴーレムをナマス切りできる。
魔剣としての特性は……ま、まだ秘密にしとこう。
そう、この魔剣なら───この程度、楽に殺せる。
「部長」
「あぁ」
背中側、つまり心臓の裏側に刃を突き立て、準備を完了させたその時、部長の方も殺す準備ができたようだ。
精霊喰いの眉間に足を下ろして、舌先に雷球を乗せ動かしたら感電させるぞと脅している。
なんだったらもう日本刀眉間に突き立ててたわ。
【グ、ギギャ……】
「残念ながらこれで終わりだ。ターンエンド、だったかな?」
ん〜、ちょっと違う気もするけど……ま、いっか。
うっすらと複眼に涙を浮かべる精霊喰いにトドメを刺さんと、ボクたちは突き立てていた刃を一瞬浮かして……
「「じゃあな」」
魔剣を、雷刀を、生き物の急所に突き刺し、殺す。
【ギィィィィィギャァァァァァァアア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!!!?】
眉間を貫き奥へと刺さる刃、脳を揺さぶる雷電流。更には心臓を十字架が穿ち、微塵の逸れもなく命の動力源を両断した。
再生阻害には振動が最適だったりする。
知識としてそれを知っている部長と、実体験として知っているボク。そして同じく殺る側の実体験として知っている日葵が共同で精霊喰いの再生を食い止め、二度と起き上がれないように切り刻み始める。
うん、そう。三人で切り刻み始めた。無言で。
「うわぁ……」
肉一片、部位一つ一つに分けて解体していくさまを見た一絆くんに、ガチ目のドン引きされるのも仕方なかった。
いやここまで分解されれば普通再生できんのよ。
ボクだったら微粒子レベルまで塵にされても時間をかければ再生できる。流石に人間の今じゃ無理だけども。
【ガッ、ギッ…………ァ………………ァァ…】
おー、お? へぇ、なに、この状態でも鳴けるんだ。
「もっと念入りに切ろ。潰そ」
「だね。あ、グロ注意だよ〜」
「もう遅いと思うんだが……」
「望橋くん、考えちゃダメだ」
できるだけ青い血を被らないように、作業のように精霊喰いを処理する。これパックに詰めて昆虫食として売り出しても謙遜ないなもう。
辟易してる一絆くんには悪いけど、諦めて?
部長なんて悟り開いたかのような顔してやがるぜ。先に斬り始めたの部長なのにね。
……ここまでやってしまえば、もう何もできまい。
あとは肉片を袋詰めにするか瓶詰めにするか悩む。頑丈さを求めるなら瓶詰めかな。いや万が一億が一再生した時に破裂……逆に肉圧縮で死じゃね?
うん、ここは第三の選択肢、壺詰めにしよう。
影から規範的な壺を取り出して、肉片をひとつずつトングで入れていく。うーんなんか蠢いてんな……
ドミィへのプレゼントにでもするか。珍品だし。
日葵と部長にも手伝ってもらい、切り刻んだ肉片を壺の中に捨て、じゃなくて放り込んでいく。
「あれ……」
「ん? どしたの」
「なんか……少なくね?」
「……確かに」
「……ふむ」
集めている肉片の数が、ほんの少しだけ足りない。壺の中身は異空間に繋がってるけど、放り込んだ量があまりにも少ない。
何処に行った? 誰かガメたか? いやそんな馬鹿な。
三人で辺りを観察。これといって異常は見えない。
「ほ〜ら、もう怖ぇのは死んだから。安心しろって。泣きやもうぜ? な?」
『ゥ〜……』
周りを見渡せば、そこにいたのは土の精霊を必死に慰めている一絆くんたちしかいない。齧られたキノコの部分が痛そうだ。
……あそこ、神経繋がってんのか。初めて知った。
精霊の杖使えばあの傷なんて治るでしょ多分。
と、平和な光景から無言で視線を切った、その時。
───彼の足元の近く、地面が不自然に隆起した。
「ッ、かーくん!!!」
さ迷わせた視線の先には、無防備な一絆くんの背を狙わんと土から伸びる───真っ青で薄気味悪い色の触手が一本。
気配も殺意も、捉えられるモノは何も感じられず。
触手の側面には紅い虹彩の瞳があり、虚無を携えて此方を眺めていた。
まんまとボクたちの隙をついた触手───肉片から再生したのだろう精霊喰いが、そこにいた。
戦闘は終わったという根本的な油断が招いた危機。
おかしい。何故生きている。あの状態から、何故。
血溜まりの下に亀裂でもあったのか、そこに潜って逃げた肉片が集まって、結合したのが……アレか。
意思とかどーなってんだ。虚無ってるけど……
原理もタイミングも不可解だが、事実ヤツはそこに触手となって生きている。
冷静にそう分析するボクは、現実に思考を戻す。
「あっ……」
耳を劈く悲鳴に気付き、振り向いた一絆くんは今更命の危機に気付いて目を見開く。
本当に今更だ。死は目と鼻の先、もう目の前に。
きっと今頃、彼の視界はスローモーションになっているだろう。
駆け寄って触手を屠らんとする日葵たちだったが、その行く手を阻むように地面から現れた触手の大群によって邪魔されてしまう。
あの数を捌くのは、今の日葵じゃ難しい……かな。
「かーくん! 逃げて!!!」
……あぁ、やっぱり。全然、苦しくならないや。
ボクの心は勝手に諦念を浮かべて、目の前の死を、彼の、望橋一絆の死を受け入れんとしている。
そう、無自覚……いや、自覚はしているのか。
洞月真宵として生まれてから自覚した、自分自身の愚かな欠点。
それは、親しい者の死すら悲しめない、壊れた心。
どーしようもなくなった、壊れた心を自覚する。
あーあ。ダサいなぁ。身体が動かないや。日葵たちみたいに駆け寄って、助けに行こう……なんて、考えすら頭に浮かばない。
浮かんでも、動こうって言う意思がそこにはない。
……こんなに壊れてたっけなぁ、ボクって。
こういう時に出る“人外”としての思考が、今はただ煩わしい。
少ない時間とはいえ、同じ屋根の下で生きた青年の最後を、せめて最後まで見ようと目を凝らす。
どうせ助からないと諦めて。
勇者でも英雄でも、無理なことは無理なのだと心の底から諦めて。
ボクとは違って、彼を助けんと駆ける二人も目に。
……不思議、変だな。何故かボクの視界まで段々とスローモーションになってきた。
必死の形相で駆ける日葵も、ボクにはゆっくりで。
雷速で、衝撃波を出しながら進む部長すらも、この目にはゆっくり映る。
尋常じゃないスピードで動く触手は、先端を鋭利に尖らせ、駆け寄る二人を無視して一絆くんを狙う。
土の精霊が抱擁して守ろうとするが、それも遅く。
触手一本、身軽になった精霊喰いの攻撃速度には、あの勇者と竜殺しすら届かない。
絶望した表情で絶句する一絆くんは、死への恐怖で思わず目を瞑る。
何とか心臓を守ろうと彷徨う手をクロスさせても。
土の精霊が守ってくれたお礼にと、彼の身代わりになろうとしても。
【────!】
『〜〜〜〜〜〜〜!!』
「望橋くん!!」
「あーもうッ! 間に合えッ──!」
「…………」
やっとこさで触手の群れを蹴散らした日葵と部長のあと一歩は、ついぞ届かず。
「……っ、ぐ………」
精霊喰いの触手は、遂に一絆くんの胸へと───…
「あっぶなー! で、ござる!!」
届く寸前に。一本の苦無が、触手を貫いていた。
本来ならこの場に居ない筈の彼女の武器。特徴的な喋り方の後輩。特定条件下であれば、完全に己の気配を消せる稀代の暗殺者。
思いもよらぬ突然の登場に、思わず目を見開いた。
「ついて来てたのか……」
───影に潜むくノ一、影浦鶫。
土の精霊の影から飛び出た彼女が、窮地を救った。
影から飛び出た彼女は、眼球全てに苦無を投擲して攻撃、青い血濡れで怯む触手から一絆くんを担いで遠ざかる。
反対側の空いた手で土の精霊も担いだ。え、マ?
身長差エグイのによく持てんな……一絆くんだって平均体重ぐらいあるのに……
まぁ、とにかく。
傍観者気取りで眺めていたボクですら察知できない隠密性の高さは、今こうして遺憾無く発揮されたわけだ。
……よかった。本当に。
そう安堵する資格なんてないけどさ。助かってから手のひら返すのもアレだけどさ。
この安堵だけは本物である、と。ボクは信じたい。
「つぐちゃん!?」
「何故ここに……聞きたい事はあるが、ありがとう! 助かった! そのまま望橋くんを守ってくれ!」
「了解でござる!」
ホント、いつから混ざってたんだか。一絆くんから死が遠ざかる事に安堵する傍ら、そんな資格ないのになぁと自嘲するボクは、嫌悪感を胸の奥に押し戻す。
鶫ちゃんは多分、一絆くんの影の中にずっといたんだと思う。
トドメの局面にも姿を現さず、息を潜め、可能性の危機を回避する為に隠れ続ける凄まじい忍耐力。
全てが賞賛に値する。自称くノ一は伊達じゃない。
追いついた日葵と部長は根元から断つように触手の破壊活動に勤しみ始めた。
なんなら切った先からボクの壺に放り込んでる。
……あれ、おかしいな。投げ渡した記憶なんてどこにもないんだけど……
「あ、ありがとう影浦……」
「気軽に鶫で良いでござるよ〜。拙者も先輩には色々興味あるんで、死なれると困るんですわ」
「……興味?」
「そりゃあもう色々と♪」
なにかしら腹に逸物抱えたヤツしかいないのかな?
「うちの子になにしてくれちゃってるの? もしかして魔物って再生能力高くなると頭パー♪ になっちゃうのかな? あっもしかしてだけど……不死だったりする? だとしたらどーして皆不死になると頭パッパラパーになっちゃうのかなぁ。不思議だね。ね、真宵ちゃん」
「嫌味? 嫌味だな絶対」
「お前たち駄弁ってないで動け。早くコイツが二度と起き上がれんようにするぞ」
「「はーい」」
もう金輪際見たくないわあのキモ虫。確殺だ確殺。
わんちゃん不死の生き物になって立ち上がってくるかもだから、二度と朝日拝めんようにしよ。
と、思っていたら。
なにやら不穏な気配。また新手かと振り向いたら、悪い顔した鶫ちゃんと一絆くんがいた。
……逃げよっかな、これ。
「望橋殿、GO!」
「まーよーいテメェ無視しやがったなこんちくしょうこれでも食らいやがれ!」
「はわわ」
あーっあっあっ一絆くんさん!? いやあの危ないのボーッと眺めてたの謝るから頬つんつんやめて!?
やめてもらて!!
高速つんつん痛いから貫いちゃうから許して!!
見捨てたの謝るから! ごめんて!! というか非道に気付いてたのねよく見てますわね貴方!!!
この後、めちゃくちゃ詫びの顔面ケーキキメた。
まおまよ裏話:
精霊喰いくんちゃんは【悪性因子】でちょっとだけおかしくなってるよ。
一回死んだ後、逃げなかったのもこれが原因だよ。
もう正常な判断なんてできないぐらい、ちっぽけな脳みそを壊されちゃってんだね。
脳みそ齧ってなければ、狂うことなかったのにね。
だれのせいなんだろうね。




