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03-06:終わった世界の一欠片








───たすけて たすけて …… だれか たすけて








 二つの世界を繋ぐ穴、《洞哭門(アビスゲート)》───遺憾ながら魔王の遺物だの残滓などと呼ばれているそれは、一度潜れば助かる見込みはない。

 そう言われてしまう程、未知に溢れた空間である。

 ゴーレムたちの波を掻き分け、穴の向こう側を進むのはボクたち四人の急造突入チーム。


 目的は隣接する異世界、エーテル界域へ。

 なんと神室政権下の異能部では初の侵入だ。大抵は特務局が界域調査をする為、これは本当に珍しい。

 本来なら正式な手続きが必要だが、今回はゴーレム異常暴走という問題を解決する為に突入を余儀なくされた。

 皆の為、特に一絆くんの成長の為だ……仕方ない。ボクは心を魔王にして精霊を虐めてやったのだ。

 その結果がこれである。


 よく余計な事してる〜ってみんなに言われるけど、ちゃんとボク、悪役っぽいでしょ?

 これならあの邪神もある程度満足するだろう。

 ……といっても、魔王時代にやった悪業で満足してくれなったから、今もこうして三度目をニューゲームしてるんだろうけど。

 ホント、神ってのはよくわからんないね。いやまあわかりたくもないけどさ。


 穴に足をかけて乗り込んでいく石塊たちを横目に、前へ前へと進んでいく。


「なんも、ねぇ……な、ここ」

『〜〜』

「……おまえら、こんな危なそうなとこ通って地球に来たのか?」

『〜♪』

「ふーん……」


 そう、虚空の通り道は、なんにもない白一面の異常空間であった。

 困惑した様子の一絆くんの気持ちは大いにわかる。

 ……やっぱここ、ボクと日葵のトラウマ、容赦なく刺激してくんな。あの日の黒い記憶が蘇る……

 ん? あー、何の話かって? いつか話すよ、昔話。


「無視されてんね……」

「……そういうモノだって思った方が良さそう」

「同感だ。増援は彼らに任せて、先に進もう」

「ぅお、足はっや……」

「ん〜……かーくん、背負おっか?」

「いやあのな? 何度も言うけど、俺にも男の意地ってのがあってだな?」


 何も無い亜空間、此方には見向きもせずに前進するゴーレムの波に抗って奥に進む。一見ただ白いだけの空間にしか見えないが、ボクや日葵にも見えない壁や床のような概念があるらしい。

 ……こんな空間を渡って来るとか、魔物ってのは暇なんかね。

 穴の反対側に辿り着かないとか、出入口である穴が突然閉まって永久封印〜とかいう心配とか恐怖とかはないんだろうか。

 ないんだろうなぁ〜あったらもっと慎重だろう。


 ……穴が空いたら本能的に、無意識に飛び込むよう精神に干渉されている可能性も否めないけど。


「閉じたらどうなるんだろうね」

「検証してみる?」

「物騒な事を話すなお前、た……ど、どうしたんだ? 二人とも顔が怖いぞ……?」

「「いや別に」」

「は、はぁ……?」

「出たよ偶に見える闇」

「闇言うなよ」


 閉じたらトラウマ発症からの死を覚悟してるから。

 冗談で言ったけど洒落にならない。後で謝っとこう自分の為にも。両方抉っていては話にならない。

 あ、閉門防止は既にしてある。

 だいぶ運任せになるが……万が一があってもボクの異能で書き換えるから問題ない。


「あ、部長。通信できてます?」

「ん? あぁ、今確かめ……」

『───…ザザッ─…────ザッ、ザザッ───』

「……ダメみたいだな。やはり電波妨害されている」

「空間の特徴かな〜」

「なんで様当然って顔してんだよお前ら二人」

「そんなもんでしょ」

「そんなもんなのか……?」


 副部長と多世先輩に繋がる通信機は、どうやらこの通り道ではゴミに等しいらしい。縁を繋ぐお守りとか途切れ途切れの音声を聴くラジオ程度には使えるか。

 ま、あっちに着いたら繋が……る、かなぁ。

 流石に試したことないからわかんないや。ドミィが作ったものなら平気だろうけど……


『あ、僕は見えてるし聞こえてるよ?』


 びっくりした……無言で肩跳ねらせたよ今。

 そういやそうだった。目も通話も繋げたままだった失念失念……これ通信料大丈夫かな。国際通話の扱いになるんかな、これ。専門の人ちょっと来て。

 同行者三人には悦と接続したまま、とは言ってないから、そのまま継続とする。

 理由? 通信機材の独占ですが何か。


『こっちはてんやわんやだよ〜。眼鏡くんは怒髪天で通信機叩いてる。あれ修理すんの僕なんだけど……』

「この際グレードアップすれば?」

『闇ちゃんのじゃないからヤダ』

「こやつめ」

「作って?」

「混ざってくんな」

「えー」


 さり気なく会話に混ざってきた日葵を蹴落とす。

 あのさ、【否定虚法(ネガ・オーダー)】で誤魔化してるのにどーして気付くのかな。キミも異常なのかい?

 ……一絆くんもチラチラ見てないかこれ。

 なに、本当になに。これまさか効いてないってオチだったりする?


 んなわけないよね〜ないって言え。死活問題だぞ。


『あ、僕こっちで忙しいから。一応繋げたままにしとくけど……なにかあったら呼んで?』

「片目こっちにあるけど」

『そしたら増やせばいいじゃん』

「サイコか?」


 サイコだったわ。なんで術を止めるって発想ないのなんで増やす方向に行くの?

 目を増やすのは仙人だけでいいんだわ……


「───あれか?」

「でっすね〜……かーくん、杖の準備、できてる?」

「おぅ、バッチリだ」


 と、そろそろ終点か。

 通り道はそこまで長くはない。二つの世界の距離が近くなってるのもあるが、二分もかからずに反対側に空いていた穴まで近付くことができた。

 見た目は何の変哲もない虚空の裂け目だ。

 この出口、あちら側から見れば入り口、から彼らは渡ってくるのだが……心做しか、増援の数が減っきているように感じる。というかもう入ってきてない。

 限界を迎えてきたのか、それとも……

 てか、門が四つだからこっとも四つ空いてるんだと勝手に思ってたけど、そんなことないみたい。やっぱり謎である。


「何があるのか、何が起きるか、その一切が不明瞭な異界、それがエーテル界域だ。全員、慎重に行くぞ」

「はい」

「はーい!」

「りょ〜」


 元気な声を返して、ボクたちは世界を飛び越えた。




















































「……幻聴、か?」










































◆◇◆◇◆






 エーテル界域。本来なら地球とは交わらない、物理距離では測れない遥か遠くに存在するこの異世界は、紆余曲折と研究の甲斐あって、今は“界域”などと呼ばれている。

 現在地球こと新世界に点在する異界の一つとして、それも“世界型の異界”という括りに定義されている。

 ま、要するにとんでもパワーで成り立つ場所扱い。

 部屋型の異界とか施設型の異界とか、どこのホラーだよって感じの空間が、世界空想化(エーテルアウト)という現象で各地にできているのだ。

 その一つとして、エーテル世界は数えられている。


 ……便宜上は、の話だが。


「ここが……異世界?」


 茫然と呟く一絆くんを尻目に、眼前に広がる光景にボクは目を細める。

 高台、と言える位置から見えるのは絶景だ。

 どこまでも広がる草原、鬱蒼と広がる森、地平線の先まで流れていく清らかな川、遠くまで連なる山々。

 小動物系の魔物が長閑に暮らす光景もよく見える。

 自然に溢れたこの大地を、絶景と言わずしてなんと言おうか。


 まぁ、どうしても違和感ができるんだけど。


「なぁ、日葵」

「言いたい事、なんだかわかるけど……いいよ」

「じゃあ遠慮なく言うな? なんかあそこ途切れてね? どー見ても大地が連続してないし、なんか浮島が遠くに見えるんだが? どー見ても空に浮かんでんだが?」

「うん、見たまんまだねぇ」

「いつ見ても慣れんな……」


 そう、彼の抱いた疑問は正しい。

 ここから見える景色は、全て異常の一言に尽きた。彼の言葉通り大地はバラバラで、どう見ても空が同じ高さにあるようにしか見えないのだ。

 川は大地の端まで行けば滝となって、下の虚空へと流れ落ちている。かつて大陸だったここは空に浮かぶ切り立った大地となり、切り離された山は島となり、更には海さえも巨大な水塊となって浮かんでいた。

 異常。エーテル世界はこんなんじゃなかった。

 魔界はともかく、人間の世界───“現界”はこんなもんじゃなかった筈だ。


 ……魔法震災による滅び、魔女の再構築の結果か。


 世界崩壊のタイムリミット。それを知った魔王軍は残りの命を好きなだけ使い潰さんと暴れ回った。勝手に滅びるのなら、滅ぼされるのなら、自分たちの手で終わらせたいと彼らは、私たちは戦火を振り撒いた。

 仕掛けた戦争は魔王軍のほぼ勝利。

 最後の最後で邪魔が入ったり魔法震災が起きたりでこうなったが……まぁ、存在してるだけマシだろう。

 当初の予定では欠片も塵も残さないつもりだったんだから。


 あのドミナがどういう気持ちで地球を再構築して、本人曰く“ついで”でエーテル世界を形あるものに戻したのか。

 いつ考えてもわからないが、わかりたくもない。

 ま、どっちにしろ滅んでるから別にいいよ。何故か魔物が生活してたり、こっそりエルフや魔族の僅かな生き残りが生活してたりしてるようだが……

 魔王でなくなったボクがとやかく言うことではないだろう。


 にしても一絆くん落胆してない? そんなに異世界を感じさせる風景が御所望だったのかい? なら今度ボク自ら見せてあげるよ……すんごいの見せてやるから。


 と、脱線脱線。話を戻して……うーん、精霊どこ?


「あれ、かーくん。なんか光ってない? その杖」

「……やっぱ幻覚じゃないよな? 微妙に光ってるよなこの杖」

「後ろにぺいっ!てしてみ?」

「なんだその擬音……はぁ〜? なんで? なぜゆえ? 謎に発光強まったんだけど?」

「……いるんじゃないか? 精霊が」

「【架け橋の杖(アルクロッド)】は精霊探知機だった……?」

「否定材料がないなぁ」


 彼の異能を信じるなら、どうやら精霊は背後にいるらしい。

 ……後ろにあるのは山。んでもって中腹に穴。

 洞窟か? あんな綺麗にぽっかりま〜るく空いた謎の洞窟ん中に精霊さんいるんです? ひきこもりか?


 多世先輩呼ぶ? 陰キャ同士で仲良くしてもらう?


「これからキミのことセンサーって呼ぶね」

「いじめっ子かよ。あ、すまんいじめっ子だったわ」

「魔界に引きずり落とすぞ」

「初めて聞く脅し文句なんだが?」

「まぁまぁ。ほら行くよ山登り……真宵ちゃん、登山道具もってない?」

「常備してるわけないじゃん」


 あとボクの影は四次元ポケットじゃない。

 登るにしても登山道具なしで登ってきたから流石に持ってないわ。影の中に入れたことなど一度もない。

 諦めて学生服のまま登山しような。

 ……王来山の制服は『工房』と呼ばれる魔道具店の職人が手掛けた、いわゆる特注品だ。身体回りの気温や湿度を調整する魔法が永続付与されている。

 もうこの時点でだいぶファンタジーだが、異能部に支給される戦闘併用学生服は耐衝撃や強度倍増などが永続付与された更なる特注品なのである。服の見た目はどちらも同じなのだが、性能がだいぶ違うのだ。

 流石は日本一の名門校といったところか……

 それでも暑い時は暑いし、寒い時は寒いけど。


「日葵、敵性生物の気配はするか?」

「ん〜、私別にそこまで探知能力高いわけじゃないんですけど……ま、大したのはいませんね」

「角が生えたリス……?」

「オッカムじゃん。あの角いい毒薬になるんだよ」

「はいはい危ない話しないの。あのリスはこっちから攻撃しなければ襲ってこないから、そのまま無視ね」

「おけ、わかった」

「進むぞ」


 険しい山道、名も無きけもの道を登っていく。途中顔を見せる空想たちには目を向けず、ただ只管に。

 威嚇されたり警戒されたりはするが、全て無視だ。

 奇襲されても跳ね除けられる自信はあるが、相手にするのが面倒臭い。時間も心もとないし……


 あ、オッカムの基本攻撃は突進貫通からの毒殺だ。


「あの門、閉じないようにしてもらったって真宵から聞いたけど……ホントに大丈夫なんかよ」

「うちのドミィを信じろ」

「なんでもできんだな、あいつ……」


 知ってることはだいたいできるのがアイツの強みだからね……未知の探求の為に禁足地に突入した挙句、そこに住まう化け物と友好関係を築いたり名を与えたり暮らしたりするぐらい頭のおかしい女だ。

 あの狂った精神性には感服すら覚える。

 ま、取り敢えず困った時はドミナに頼めばたいていどうにかなるって話だ。


『お礼に素材集めと実験台(モルモット)になってもらうけどね!』


 やっぱり頼るのはやめた方がいいかもしれない。


「……ここか」


 ん、もう着いた?

 地面を見ながら歩いていたボクは、何処か重々しい部長の声に顔を上げる。そこには汗一つ垂らさず山の中腹まで辿り着いた部長の姿が。

 まぁボクも日葵も汗、出てないんですけど。

 一絆くんだけだよ、しんどそうなの。最近日葵から手解きを受けてるみたいだけど、まだまだなのかな?


 さて、そんなこんなで目的地に到着だ。


 ……いや、洞窟だから第二ステージがあるのか……序盤も序盤だった。早く帰りてぇ〜。


「かーくん、反応まだある?」

「ちょー光ってる。なんなら向こうに引っ張られてる気までするわ」

「それヤバくね?」

「敵性精霊の可能性は?」

「そこまでは……」


 ん〜。ま、進めばわかるでしょ。敵なら一絆くんの経験値の肥やしになってもらえばいい。味方になるって言うんなら、まぁ戦力増強に使えるから良し。

 天然石ゴーレムを量産できる精霊だから、結構優良だとは思うんだけど……


「ピカッてできるか?」

『〜〜♪ ……〜〜〜〜ッ!!』

「おぉ……サンキュ。あ、金平糖食うか?」

『!!! 〜〜〜♪♪♪』

『!? 〜! 〜〜!』

「あーこらこら、お前にもやるから。ポカポカ叩くな喧嘩すんな。ほれ」

「緊張感ないなぁ〜かーくん私にもちょーだい?」

「ふふっ、和むな」


 和むな。そこは叱れよ部長。もっと見せてくれって促すんじゃない。ホントそういうところだぞ。


 最近できることが増えてきた?らしい光の精霊は、手のひらサイズの光球を生み出して灯りを作ってくれた。少々心許ないが、充分見えるので問題なし。

 ……あ、人数分くれるの? ありがと。


 先頭はやっぱり部長。暗くてジメジメした、イヤな空気のする洞窟の中を、灯りに従って前進する。


「ゴーレムが……いないな」

「力尽きた?」

「……ゴーレムの行進ってさ、もしかして精霊なりのSOSだったりするか?」

「んな馬鹿な」

「かーくんは想像力豊かだな〜あはは。多分正解」

「じゃあなんで苦笑すんだよ!」

「ふむ……皆、少しスピードをあげるぞ」

「あーい」


 不思議な事に、洞窟内から命の気配はしなかった。

 あれほどいたゴーレムたちも、界域に入ってからは完全に音沙汰無し。蝙蝠が天井にぶら下がっていたり、ヤモリが壁を這っていたりすることも無く、本当に何もいない。

 地下水が流れる音と、天井からの水滴……

 あとは洞窟特有のカビ臭さ。うーん、普通の洞窟。なんの変哲も無い……もうちょっと異世界しよ?


 ちょっと残念な気持ちになりながら、洞窟を……


 お?


「……ふむ」

「……行き止まり?」

「え、もう?」

「なんでだ?」


 辿り着いた先にあったのは、石の壁でした。ここで行き止まり? そんなバナナ……なんかあるだろこれ。

 幻覚……ではないな。実体はある。

 まず最初に道を間違ったとかじゃなくて幻覚を疑うあたり、だいぶ異世界に毒されてんなボク。

 んー、あーこれアレか。壁作られてんのか?


「これ偽物だね」

「あ〜思わず幻覚疑っちゃったけど、これ貼り直した感じ?」

「疑い方おかしくねぇか?」

「擬態が上手いな……」


 ゴーレムといい自然とマッチする壁といい、やっぱ土系統の精霊ちゃんだな?

 取り敢えずまずは壁をぶっ壊そう。誰がやる?

 ……あ、部長がやるんですね? なら感電しないよう離れますねはい。


「行くぞ───…<雷纏(らいてん)掌打一刑(しょうだいっけい)>!」


ズガァァァン!!! ガラガラガラ……

 なんて、洞窟全体に響き渡る轟音を立てながら壁は木っ端微塵に破壊される。雷を纏ったあの右拳、多分一発で人を殺せる威力だと思う。

 まぁ異能持ちってのは体内魔力が作用して身体強度が異様に跳ね上がってるから、見た目よりも結構頑丈なんだよね。

 そう易々と死にはしない。死ぬ時は死ぬけど。

 あとエーテル界域って魔力濃度が濃いから、ここで殺りあったら肉体強化魔法強化異能強化バリバリの高難易度バトルになるから気をつけようね。

 星自体バラバラになったからこれでも下がってるんだけど……


 って考えると、部長の拳の威力も跳ね上がっ……てないな。通常威力だわアレ。あの人常に電磁波みたいなモノ纏ってるから、空気中の余分な魔力跳ね返してるわ多分。

 だから一定の強さを保ててる……うん、魔力酔いでイヤなバッドエンドも起きなさそうですね。


 素の物理でこれとか、世に出ちゃいけない格闘家?


「……音に気付いて襲ってくると思ったが…… 本当に奥にいるのか……?」

「あの技って奥まで浸透したりします?」

「いや、霧散させた」

「ん〜、天岩戸っていうか、引きこもりっていうか、一筋縄じゃいかない精霊案件だね、これ」

「だな。急ごうぜ、なんか二人がソワソワしてる」

「……ホントだ」


 塞がれていた壁の向こうには、まだ岩の道が続いていた。

 来て欲しくないのか、来て欲しいのか……

 相手の思惑が不明すぎる。何を思ってゴーレム共を地球に送ったのか、何故ボクたちから逃げるように壁を造ったのか……

 やることなすこと中途半端。妨害ならもっと派手にやってくれ。


 ……変に刺激したから篭ってるってパターン?


 ま、そんなことないか。


 色々と疑問に思うことはあれど、立ち止まる必要は無い為どんどん奥に進んでいく。相変わらず岩肌ばかりで視界が飽きてきたが、我慢我慢。

 あとで二二四のシュークリーム爆食いしてやら。

 何故か怯えてる精霊たちにもくれてやろう。ボクは優しい、から……んんん?


「……ねぇ、ボクこの匂いイヤ」


 なーんか臭ってきたんですけど。なんだっけこれ。どっかで嗅いだ記憶がある。遠い昔の記憶。ちょっと記憶を掘り返して……唸れボクの第五転生特典。

 油の煮凝りを千年単位で熟成させたような……


 ……あっ。


「ん〜? 知らない臭いだね」

「確かに不快だな……」

「……心做しかうちの子たちが……」

「うわ顔青。って、真宵ちゃん?」

「ぅお!?」


 思い出したボクは即座に青ざめた精霊二匹を捕獲、困惑した様子の一絆くんから杖を奪い、水晶球の中に精霊を突っ込む。

 すると、精霊たちは水に溶けるように中に入った。

 うん、これで安心。ワンチャン賭けて出入りできるかなって思ったけど、やっぱりできたね。


 ……これ、つまりはそういうことだよなぁ。

 そりゃ、助けを求めるわ。必死になって抗うわな。なんかボク、すっごい酷いことした気分……


「ちょ、おい真宵今の何? 俺が知らない杖の使い方を平然と実行して納得すんのやめろ?」

「真宵ちゃん? どったの?」

「洞月くん……これは、精霊をしまうべき、だったと解釈していいか?」

「うん、いいよ。多分このままだと食われてた」

「えっ」


 頭がいい人と行動すると話が早くすんで助かるね。取り敢えず直近の危機は去ったから、杖を一絆くんに返して、と。

 うーん説明が欲しそう。仕方ない、一から話すか。


「多分だけど、これ“精霊喰い”だと思う」


 魔王になる前、ドミィたちと旅をしていた時に突然襲われて驚いて逃げ惑った記憶がある。その後普通に闇で潰して消し去ったが、あの時は辛かった。

 なんていうの? 本能的な嫌悪感が湧いて……ね?

 あの脚で音もなく襲われたら誰でもびっくりすると思うの。きゅうりを見た猫みたいに驚いたよアレは。


 ……トラウマはともかく、三人に説明せんとね。


「精霊喰い?」

「なにその物騒な精霊特効な名称……」

「そんな空想がいるのか……」

「そ。一瞬でも精霊を見たら、食べたくて食べたくて仕方な〜いって気持ちでいっぱいになって襲ってくるやべーいヤツだよ。一絆くんが契約してる精霊程度だと簡単に食べられちゃうぐらい強いよ」

「なにそれ怖っ」


 歩きながら説明すると、皆一様にイヤな顔を返してくれた。上位精霊ぐらいにならないと対応できないタイプの怪物だからね、アレ。

 人間のボクらにとってはめちゃくそ強い害虫程度の力しかないけど、精霊からすれば死を覚悟する以外の未来がないタイプの強者なんだ。

 だから二匹を杖の中にナイナイしたんだ。

 一絆くんだって、せっかくの仲間を失いたくはないだろう?


 そんなんと戦わなきゃいけないボクらの気分、現在急降下です。


「……離れててもダメな感じ?」

「概念的にパクっていくから……」

「怖。異世界怖」

「その杖の中に入れときゃ大丈夫でしょ。多分この中精霊用の異界になってるっぽいし」

「へ〜、あ、すごい! これ中見れるよ!」

「……ホントだ。てか顔色も良くなってんな……」

「良かったね」

「おう」


 水晶の中を覗き込むと、確かに精霊たちが地べたに座って此方に手を振っていた。顔色もよくなって、仄かに赤くなっている。

 ……これ、思ったより戸惑いがないってことは普段使いしてたな、この子たち。普段消えてるのはこの中で悠々自適に過ごしてるからとかだってりする?


 ……ま、今は一絆くんの精霊は置いといて。手早く精霊喰いの対処をしないとね。


「というか、何処かで会ったことがあるのか?」


 あっ、やべ。


「……聞きたいです?」

「……やめておこう。藪蛇だったな」

「部長好き」

「は?」

「なんでお前キレてんだよ……」


 あっぶねー。危うくネガってオダって部長の脳みそ弄らなきゃいけんとこだった。部長の気遣いと日葵の理性を犠牲になんとか乗り越えた。

 一絆くんの疑問は最もだけど、もう無視していいよそいつは。


 と、溜息を吐いたその時。ボクらの耳にイヤな音が入ってきた。


〜〜〜!!!

 ガリ、ギョリ、ジュゾゾゾゾ…………


 ……聴こえたのは、誰かの悲鳴と何かを食べ、啜る不快なナニカの音。

 洞窟を反響するその音は、確実にボクらの恐怖心を掻き立てる。


 これは、明らかに……精霊を食べている音だった。


「……声?」

「ッ! 走るぞ!!」

「───真宵、これってやっぱり」

「だろう、ね」

「急ご。手遅れになる前に」


 咀嚼する音ってのは、時に不快になる。特にナニを食べているかによってそれは変わる。

 今、すごいそれを実感しているところだ。

 走った先、洞窟の深奥は異様の一言に尽きた。岩の天井は遥か高く、鍾乳石が無数に垂れ下がっている。そして地面には赤い液体が流れており、不快感が異常に湧いてくる。


 ……その真ん中に、彼女と、ヤツはいた。


『ッ……、……ゥ、ッ……、…』


 まず目に入ったのは、大きな黄色いキノコのかさ。を、頭に被っている巨大な女の子。みずみずしい葉や蔦が生い茂った白いローブを纏った彼女は、他の精霊たちと比べてかなりデカい。

 身長173cmの一絆くんよりも遥かに高い。

 そんな森と土を司っていそうな精霊は、辛そうに、苦しそうに泣いていた。


 何故なら。


【ギュオ、ギュギュオ……ギャッギュオ……ギュ?】


 精霊のキノコをゆっくりと貪る異形がいるから。

 それは、青い飛蝗の頭を持ち、おぞましい蝿の羽を持ち、蜘蛛のような足を無数に生やした巨躯の怪物。気持ちの悪い音を立てながら、キノコを食み、精霊の力を啜っていた。


 ───巨大な異形昆虫。それが“精霊喰い”である。


「なに、あれ」

「ッ、おい聞いてねーぞあんな見た目なんて!」

「いや思い出したくないし……」

「とにかく、早急に倒すぞ、お前たち!」

「はいっ!」


 異様な捕食者を前に圧倒された三人と、記憶通りの吐き気を催す姿に気分を悪くするボク。なんやかんや改めて見ると、ホントに造形が不快すぎる。

 ……あの日葵が絶句するのも無理ないわな。てか、バッタってあんな声だっけ?


【ギュエ? ギョォォォ、ギュギュオォォォオオ!!】


 あ、気付かれた。


 ……ま、手早く終わらせよっか。あの顎と蜘蛛足ととんでも空中機動、めちゃ硬な甲殻とかに注意すれば勝てるだろう。

 ボクと日葵が本気を出さなくとも、アレには勝てる筈だ。


 ………記憶よりも一回りデカい事は黙っておこう。


 見た目からして多分土の精霊、上位かな、アレは。色々あって疲弊してるから、さっさと勝って一絆くんに助けさせなきゃだな。

 【悪性因子(キッスキッズ)】したのは墓まで持ってく。終わったら労いと詫びの肥料でもプレゼントするとしよう。


 ん、どしたの一絆くん。困った顔して。早く虫叩きしようぜ?


「なぁ、俺精霊なしで戦わないといけない感じだよなこれって」

「……がんはえ?」

「ぉぅ……っしゃあやるぞー死力を尽くせぇ!!」

「やぶれかぶれだぁ……」


 仕方ないからバールのようなものあげるよ。はい。




───VS精霊喰い、レディーファイッ!!!



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