02-30:無計画な日常の一幕
部員が増えるよぉ〜なんて言う突然のお達しがでてからも、異能部の日常は変わらない。
いつも通りやって来る空想を討伐して、休んで。
時には犯罪者を相手に大立ち回りを演じて、警察に引き渡す毎日。プラスで黒彼岸の深夜徘徊、メンタル死にかけ日葵セラピーを受けるという苦渋の日々。
そんな忙しいだけの一週間はやっと終わり、今日は週最後の休日としてボクたちはだらけきってた。
……起きたのは昼過ぎ。めっちゃ時間を無駄にした気がする。
空腹を紛らわす為にパピコを吸い、休日を楽しむ。
やっぱ定番が一番美味い。変にテコ入れして味変したアイス程不味いモノは無い。
「ねーっむい。一絆くんなんかおもろい話して」
「んな無茶な……ガスコンロ消し忘れて翌朝を迎えた話でもいいか?」
「やばやばで草」
日葵が買い物という名の露店巡りに行っている間、ボクはソファに腰を預ける一絆くんの膝の上に両足を乗っけて、肘置きを枕に寝そべっていた。
何一つ文句を言わない彼には真宵ちゃんポイントを二十個ぐらいプレゼントしよう。一億貯まれば願いを叶えてやらんこともない。
……早く帰ってこないかな、日葵ちゃん。
「テレビつけていいか」
「ダメ。いーよ」
「どっちだよ。俺で遊ぶな」
「くふくふ」
明るくなった液晶に映ったのはお昼の情報番組で、やれイギリスがどーのこーのと叫んでいる。なにあの国まだ生き残ってたんだ。
もう沈む寸前だったと思っ……あ、沈んだのか。
三百年前の魔法震災と毎夜度重なる空想災害(魔物の大暴れ)で終焉間近だったからなぁ。ついに海の底に沈んでったか。
「えっ……嘘だろ。知ってる大国が現在進行形で滅ぶ歴史的瞬間を見ちゃったんだけど……」
「世知辛い世の中だね。てか大国なのは昔の話だよ」
「……そうなのか?」
「百年も前から国外避難が始まってたぐらい、色んな意味で終わってたんだよ、あの国」
「……そうなのか」
並行世界、本来の軸のイギリスとは違って、うちのイギリスは衰退の一途を辿ったからなぁ……
島そのものがどんどん削られてったからね。
人が長らく住める場所とかは二十年前の時点で無くなったんだとか。
……トドメを刺したのは空から降った闇色の雨粒。
へー。この世界って異常気象多いけど、遂には雨もおかしくなったのか。
……同僚の準幹部に異能該当者がいるなぁ……
気にしないでおこう。
よくよく考えると新世界っていつ滅んでもおかしくないな?
「ん? 異能部特集……?」
「……ぁー、アレか。あったねそんなん」
「……これ一年前のか」
「うん、再放送って言うか……過去の振り返りみいなヤツだねぇ。クッソ懐かしい」
物騒で悲劇的な話題から避けたがった一絆くんは、すぐにチャンネルを切り替える。そうして次に映ったのは、異能部の活動を取材した報道番組のであった。
内容は言った通り去年の再放送だ。世間から見ればボクたち異能部は学生なのに空想と戦える特殊部隊。話題に事欠かないだろう。
新聞や雑誌からのインタビューはよくある話だ。
懐かしい。入部してから半年経った時にされたね。
「なにも異能部はアルカナ、つまり王来山のだけじゃないからね。他の都市にも大抵一つはあるよ」
「え、初耳学。いっぱいあったのか……」
「中でも王来山と、古都にある神来社の異能部は二大巨頭だなんだって言われるぐらいには強いらしいよ」
「ほーん……神来社ってのは?」
「古都ミカヅキにある学院。うちの姉妹校」
「へぇ〜」
異世界知識は乳児レベルで無知の一絆くんに色々とうちの組織について教えてあげながら、過去の放送をボーッと眺める。
この時の部長はまだ神室玲華では無く、別の先輩が務めていた。
「この男の人、誰だ?」
「朔間京平。先代の部長で今は特務局で働いてるよ」
「……やっぱ知らん人ばっかだな」
「そりゃ卒業生が中心に映ってるからね……だいたい特務局にいるから会えるよ、多分……ふぁぁ」
安心して、当時の二年と一年も映るよ。今は三年のターンだから仕方ないさ。
ま、内容としては普段のトレーニングや模擬訓練の様子を垂れ流したり、空想との激戦を映える様にしてテレビカメラに見せたりと、結構堅実だ。
途中で後の副部長となる星見廻の予知能力について憶測やこれからの進展が語られたり、能力向上の為に訓練する雫や姫叶の汗をかく姿が流れたりなど、割と見所がある映像だったと思う。
『────皆さんの平和の為、かけがえのない明日を守る為、私たち異能部は戦います! これからも応援、よろしくお願いします!』
『『『よろしくお願いします!!』』』
おおよそ十分に及ぶ映像だ。テレビ局側も結構尺を取ってくれた為か、世間が知りたい事はだいたい目にできる内容だと思う。
いやぁ、短時間とは言えそれなりに満足できる内容だったのではないだろうか。
そこんとこどーですか一絆くん。
「結構参考になったな。あの魅せる大立ち回りとか、二人がやってた訓練方法もテレビに魅せる為とはいえ今の俺に生かせる箇所が結構あったぞ」
「そいつは良かった」
「あと……枢屋先輩とか八十谷先輩とか……お前とか映ってなくないか?」
「あー、それね」
気付いちゃったか。まぁ世間様的にはアレだけと、彼にまで隠す必要性は無いし、話しちゃうか。
「ボクは兎も角、先輩二人ってテレビ出ちゃダメな人らしいんよ」
「は? なんでだよ。なんかやってたのかあの二人」
「うん。国内最大の巨大サーバーをダウンさせた天才ハッカーの自称弟子、仇を討つ為に夜な夜な犯罪者を斬り殺していた疑惑のある死神少女……ね?」
「厄ネタが凄い。マジなのか? マジなんだな……」
「弥勒先輩については疑惑だけどね」
「その言い方だと枢屋先輩は確定なんだな……」
「本人は弟子自称してるけど……ねぇ?」
「わぁ……聞かなかった事にしよう。で、お前は?」
「サボった」
「社会不適合者め」
「酷くない?」
現役のボクとは違うけど、あの二人もやべー位置にいるからね。世間に露出した時に迫る危険を考慮してテレビ出演は控えさせたのだ。
勿論そのことを放送局側は知らない。二人は予定が合わないと理由を付けて勝手に休ませたのだ。
ボク? 勿論無許可で黒彼岸してましたけどなにか。
予定が被ったのが悪い。まさか昼間に任務が下りてくるとは思わんだろ。
「……なんか他におもろい番組ないの?」
「今探す。あ、アニマル大全だってよ」
「もうそれでいいよ……ほーん、かわいいじゃん」
「疲れきった心に染み渡る癒しってヤツか」
小さくてもふもふした小動物というのは、どうしてこんなにも庇護欲やらが湧き上がるんだろうか。
あー、やっぱ子犬とか子猫がいっちゃん可愛いや。
大きくなったらもう捨てちゃうかも。獰猛で野蛮なヤツは野生に返すタイプの飼い主である。クソ野郎。
これ地球の小動物だけなんかな。エーテル世界産のくそかわ魔物は出てこないんですか?
もふもふ毛皮は総じて好きだと言っておこう。
……おっ。
「カーバンクル来ちゃあ〜」
「丸っこ……てか実在すんのか。いや異世界……夢があるなぁ」
「ピンク色で赤い宝石の子が一番好き」
「めちゃくちゃピンポイントだな」
創作では多種多様な見た目をしているカーバンクルだけど、エーテル世界では“うさぎ”を基盤にしているのが一般的だ。
現にテレビに映っているのは白いうさぎ、額に緑の宝石が輝くカーバンクルだ。かわいい。
でも一番はピンク色だな。前世のボクのペット。
どれだけぞんざいに扱っても、必死にすがりついて甘えてきたボクの唯一無二。こう、どれだけ虐めても構ってってしてくるペットって愛らしいよね。
加虐趣味があるわけじゃないけど、ちょっとね。
「なにもかも終わったら飼おう。拒否権は無い」
「どういうことだってばよ」
「キミが気にする必要性はないかな!」
「でたよ黙秘権。あんまり隠し事はよくないと思うんですけど……ハブは悲しいんだぜ?」
「無知は罪、されど知ることは死に繋がる。聞く?」
「おけ。お前が物騒な奴って再確認したわ」
うるせーやい。マジで知らん方がお互いの為なんだから。
「ふぁ……今度動物園いく? みんなで」
「この世界にもあんの? 結構世紀末っぽいけど」
「やめろ風評被害」
「でもイギリス……」
「よくある話だよ。あの国限定じゃないし」
「……もしや日本も?」
「いつかはそーなるだろうねぇ」
どんな過程であれ、終わりはやってくるモノだよ。
だんだん近付いてくる眠気に耐えながら、集中して画面を見つめる一絆くんと話を合わせる。
……今度ゲーム機とか買ってあげようかな。
いやお古のでもいっか。彼が前々世のボクと同一の世界から来たのなら懐かしいゲームも幾つかあるだろう。
「んぁ……あ、ごめん」
「……真宵、眠いなら寝ててもいいぞ? 日葵が帰ってきたら起こすし……」
「……そう?」
眠気を誤魔化す為に伸びをしたら思わず一絆くんのお腹に軽く蹴りを入れてしまった。が、怒るどころか寝てもいいよと誘惑してきた。
なんなの、ボクが求めるモノ気軽にくれんじゃん。
気軽な感じにお許しが出たので、迷わず彼の太腿に足を伸ばして脱力する。
……そういえば、ドミィがなんか言ってたっけ。
ボクが寝れるのは……えっと、なんだっけ。完全にうろ覚えだ。
そこまで大した内容じゃない、ってことなのかな。
……ま、いいや。寝よ。日葵が帰ってくるまで。
「すべすべしてんなぁ…………おやすみ、いい夢を」
……さり気なく生足触った事は不問にしてやろう。ほら、ボク優しいから。
微睡む思考で、これからの事を朧気に考える。
実を言うと、今世でやりたい事、やるべき事なんて無いにも等しいのだ。ただ漠然と生きているだけ。死を求めても第三者の介入や持ち前の肉体強度によって失敗に終わる。人生最大の目標は今や低迷状態。
異能部としての仕事も、黒彼岸としての裏仕事も、全ては暇つぶし。いつか来る終わりをのんびり待つ為の余興に過ぎない……と、ボクは思っている。
口に出して言ったら日葵に否定されるんだけども。
……方舟に乗ったら、ボクはあの世に行けるんだろうか。
「ちゃんと……起こしてね」
「おう」
んー? 夢の内容? まぁ……悪くはなかったよ。
「ただいま〜、いやぁ美味しい物いっぱいあったよ! 二人の分も買ってき……お?」
「すぅ……すぅ……」
「………んん…」
「……ふふっ。二人とも、良い寝顔。揃いも揃って、どんな夢見てるんだろ」
手を洗った日葵が、眠気もないのに真宵に寄り添い寝むりに入ったのは言うまでもない。
数分後、寝落ちから目覚めた一絆は驚きで跳ねた。
「百合の気配……怖、逃げれん、だと……」
二人分の足が乗っかっているお陰で、逃げようにも逃げれない一絆が解放されたのは、それから二時間も経った後である。
心做しか足が痺れたのは、決して罰では無い。




