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02-29:幸せはお腹に溜まる


 カタカタカタ。不規則なリズムをもって奏でられるキーボードを叩く音に耳を傾けながら、ボクは微睡む気持ちでソフトに寝転び、悠々とくつろいでいた。

 機械音は快眠BGMにはならない。けど悪くない。

 寝ちゃえ寝ちゃえと飽きずに懲りずに誘惑してくる眠気と戦いながら、ノーパソから情報を集める先輩の横顔を眺める。

 先輩───枢屋多世は元ハッカー、らしい。

 中学生時代に国営サーバーを落としたとか裏社会の首領とやらの主要施設をスマホ一つで破壊したとか。

 武勇伝なのか黒歴史なのか、最早わからない。

 断定口調じゃないのはボクが詳しく知らないから。教えて教えてってせがむような内容でもないし、別に興味が湧く話題でもないからね。


 今異能部に居るのは……なんでだっけ。忘れた。


 パソコンと向かい合う今の多世先輩の姿は、普段のおどおどした頼りない雰囲気は何処にも見当たらず、それこそ天変地異やら人智超越の災でも起こるのかと言った具合の変わりよう───そう、真剣な顔でキーボードを軽快に叩いている。

 息継ぎも静かで、人違いのようにしか見えない。


「……多世先輩、でけた?」

「も〜〜〜ちょっと待ってください。ホントに時間をください。思ったよりデータの壁が厚い」

「それハッキングでは」

「黒寄りの白です。罪は背負ってください」

「めっちゃ流暢に擦り付けるじゃん」


 いつもの吃りは何処に行った。帰ってこーい。


 そもそもなんで多世先輩が調べ物に集中しているのかと言うと、先日ボクがお願いした犯罪組織の残党、あの強盗に走った復讐敗残兵以外の残兵の有無を確認してもらっているのだ。

 組織関係なく個人的に知りたかったのだ。

 方舟所属のハッカー共に頼んでも良かったのだが、法外にも程があるレベルの対価を要求されるのは目に見えているので却下。対して多世先輩はフィギュアや缶バッジなどの推しのグッズを与えてやれば交渉成立秒読みなので楽なのだ。

 ただ、先輩の対価を集めるのに苦労したのはあまり嬉しくない。たかがフィギュアだと高を括っていたら酷い目にあった。

 入手困難すぎて路頭に迷う所だっわ。闇市最高。


「あっ……! できました! 情報収集完了! 疲れた〜頑張ったんで寝ますぅぅぅぅぅ……」

「いや話せや。伝達伝達」

「はぃ……只今お待ちをぉぉ……うぐぐぐ……」


 良かった、吃りは帰ってきた。生きてたんやな。


 腕を伸ばして頑張ったアピールとお休み宣言を堂々言い放った阿呆にアイアンクローで掴み起こして、情報収集の結果を問う。

 頭部を襲う痛みに悶えているが、自業自得である。

 さっさと話せば寝させてあげるから。早く調べた琴話した方がキミの為でもあるよ。


「えーっとえっと、うう、洞月ちゃんが懸念していた残党たちはそのその、みんな捕まったか、お亡くなりになったみたいですぅ……」

「情報筋は?」

「警察機関のサーバーから……た、確かな筋、です」

「軽々と犯罪してて草。ワロタ」


 内容に対して無神経だけど流石に笑う。過程含めてバリバリの犯罪祭りで情報手に入れて来たとか、もう笑うしかないでしょ。

 はぁ〜…あ。正義の異能部に現行犯いてホント草。

 まずコイツを捕まえろよ。全ッッッ然反省してないでしょこの人。


 ……んまぁ面白いから良いや。放置しちゃお。


 というかそんな事より、あの強盗集団……ジョムとユンだっけ? アイツら残して他は全☆滅したってのはマジの話なんだ。

 ホントに生き残ったの七人だけだったのか……

 斬音がいなかったら今も活動できてたろうにな。


 ま、遅かれ早かれってところか。ただ異能者七人が寄って集ったところで方舟に勝ち目なんてゼロだし。できたとしても蚊に刺されたテゴの軽い損害しか出せないのが現実だ。

 操作系異能の持ち主であるジョムは別だが。

 よく倒せたな……やはり当人の精神状態や心持ちが敗因に繋がったのか。


「ありがとね多世先輩。はい報酬のフィギュア」

「っわ〜いひゃっほぅッ!!! ありがとうございます神様仏様洞月様〜〜!!!」

「すんごい食い付き。成程これがオタク」

「ぅへへへへ……推し、推しがいっぱい……えへへ」


 取り敢えずお目当てのフィギュア二体をハッカーに捧げて、気持ちの悪い笑みを浮かれる先輩から静かに遠ざかる。

 もう今日は用ないしね。酷い? 今更では?


 多世先輩が勝手に占領している引きこもり部屋こと異能部部室棟一階の空き倉庫から、扉を開けて廊下に出る。定期的に部長が掃除して綺麗にしてるからか、埃などの不快な臭いはしなかったが……

 うん、廊下の方が空気は澄んでるね。当たり前か。小窓しかない密室よりは勝つよねそりゃそうだ。

 肺いっぱいに新鮮な空気を取り込みながら、静かな部室棟の中を歩く。


「やけに静かだな……今日ってなんかあったっけ?」


 えーっとスケジュール帳は……そもそも持ってないから除外、あっても絶対に書かない、じゃあスマホのカレンダーとかメモには……なんも書いてない。

 やばい、日葵もいない。どこ〜? どこどこ〜?


 待ってマジで何処……あっ、そこか。地下だ。


「ん〜……気配からして鍛錬、とかではないな。でも戦闘中、か。う〜ん……あッ!なんかの催し? ボクを差し置いて? ははーん成程ね? ……絶対違うわ」

「ん。自己完結が早い」

「びゃっ!? ……びっ……くりした。居たんですか」

「ん。今来た」


 だとしても気配消すの上手すぎでは?

 棟の入り口から歩いてやって来た弥勒先輩の気配に察知できなかったボクにも落ち度はあるが、独り言を聴かれてたのは普通に恥ずい。

 ……ホントに見る度に思うけど、髪色と瞳を除くと前世のボクにそっくりな見た目なんだよな、この人。

 先祖返り? いや先祖誰だよ。ボク未婚なんだが。


「ん。みんな……どこ?」

「地下ですね。何してんのかは……ボクも知らない」

「ん……行く?」

「行きますか」


 でもその前に。ボクの頭に顎を乗せんな不届き者。


「先輩、邪魔なんで退けてください」

「ん〜……ヤ」

「子供かよアンタ。ボクは丁度いい顎置きじゃないんですけど? まったく……世が世なら不敬ですよ」

「ん。大丈夫。多分。きっと。メイビー」

「確証性ゼロで草」


 なにを根拠に……まったく、マイペースめ。


「……迷子防止」

「顎から上消し飛ばすぞ」

「ん。やめて」


 ボク=迷子を共通認識するのやめてくれない?


 トコトコと、二人分の足音を鳴らして廊下を歩く。窓から差す光に目を眩ませながら、遠くに見える地下への入り口を目指す。

 等間隔に置かれた灯りも暗く、あまりに頼りない。

 太陽が見え隠れする曇り空なのも相まって、どこか不安を煽る雰囲気を漂わせている。

 なに、知らん間にホラースポットにでもなったの?

 てか暗すぎ。何故…… って、あ〜確かブレーカーが焼け落ちたんだっけ。今は非常用電源で補ってるとか聴いた覚えがあるような無いような……

 まったく何やってんだよ部長。雷神パワーやめろ。


「ん。暗い……真宵、ライト」

「そんなん持ってないですぅ〜……そこ降りればすぐなんだから、我慢してください」

「ん……わかった」

「てかアンタの実家霊が出るタイプのボロ神社だろ。暗い世界は慣れっこでしょうが」

「ん。それはそう」

「なんなん……?」


 風靡な夏の肝試しにしか使わんぞ普通あんな廃墟。流石のボクでもアレにはビビる。日葵だって二の足を踏んだんだぞ。めちゃくそに躊躇ってたからな。

 地球と異世界の霊は全然別モンなんだってはっきりわかったよ。

 わかりたくなかったけど。


 っと、棟を縦に繋ぐ階段を発見。地下に降ります。


 首筋を掠る弥勒先輩の息遣いにほんの少しだけ身を震わせるボクは、地下行きの下り道を降りていく。

 まるで冥界下りの一幕。ボクらの恐怖を駆り立てる暗い一本道は、いつだって最悪を想起させる。ただの階段だと思うなかれ、世の中には背筋を凍らせる様なありえないが満ちているのだ。異様に、異常な程に。


 そう、例えば────…


「ばぁ」

「ゎぎゃッ」

「っ!?」


 踊り場に着いた辺りで、頭のおかしい守銭奴小娘が顔を出して脅かしてくる事も。


 いやふざけんじゃねぇよ。恐怖ナレーション返せ。


 ここは無限回廊とか階段数増減、降りて進んだ先はおどろおどろしい異界でした〜の定番ホラーが待ち伏せているとかにしろよ。

 ちょっと雰囲気的に期待してたのに……

 ホント、キミにはがっかりだよ。雫ちゃん。


「なんなのよその言い方……まぁいいわ。丁度二人を呼んで来ようと思ってたのよ。ナイスタイミング」

「そうなん?」

「ん。……ん? 多世は?」

「ハブよ」

「えぇ……」


 なんて可哀想な多世先輩。今頃あそこでなーんにも知らずにパソコンとにらめっこしてるんだろうなぁ。

 いや、今は推し活中かな?

 フィギュア使ってオタクっぽい遊びしてるんだろうなぁ(偏見)。


 ハブられた陰キャパイセンは取り敢えず放置して、雫ちゃんと合流したボクたちは地下に向かう。

 ……相変わらず背に引っ付いる弥勒先輩が本格的に邪魔に感じてきた。振るい落とそうかな。そしたら雫ちゃん巻き込んで纏めて死ぬな。

 まだ捕まりたくないからやめとこ。

 そこ、ビビりとか言わない。安全牌と言え。


 地上一階から地下への道程は短く、それ以降大したアクシデントもなく目的地へと辿り着いてしまった。

 ちょっと残念……

 フッと湧いて出た邪念を払い除け、賑やかしい音が聞こえる部屋……トレーニングルームに入室する。


 瞬間、むわっと汗の臭いが……アレ、してないな。


「あっ! 真宵ちゃんやっと来た〜!」


 肉体鍛錬の基礎に使われるような運動器具が無数に立ち並ぶ部屋の手前に、いつも通り姦しく笑う日葵がいた。

 おいこらギュッて抱き着いてくんじゃねぇ!

 汗! 汗が! その体操着湿ってる! ボクの制服まで濡れちゃうじゃないか! てか濡れてる! もう!


 馬鹿を突き放して服を払う。あーあ、きったねぇ。


「なにしてくれちゃってんの?」

「私の汗、私の匂い……私の想い。受け取って?」

「後半はともかく前半がキモい。死んでくれ」


 心の底から“真心”を込めて告げた言葉はそれなりに日葵の胸を抉ったのか、ヤツは悔恨を孕んだ呻き声を上げながら、死ぬように崩れ落ちた。やったぜ。

 屍を物理的に踏んで部屋を進むと、ベンチプレスで只管身体をいじめ抜く玲華部長、最高速度で加速するランニングマシンの上で悲鳴を上げる姫叶、鏡と向き合って黄昏ている上半身だけ裸の一絆と廻先輩……

 カオス。部長の鍛錬器具がバカでかいのが余計に。


「部長おつでーす」

「ん。乙」

「サボり二名、連れてきたわよ」

「あぁお疲れ様。雫もありがとう。あ、小鳥遊くんがヤバそうだから止めてやってくれないか?」

「わかっ「だれかぁぁぁぁぁ!!! たすけてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」tあーもうなにやってんのよ!!」

「なにやってんのマジで……」


 超スピードに負けて吹っ飛んだ男の事は忘れよう。


 めちゃくちゃ重そうな、見るからに拒否反応が出る重量の巨大バーベルを持ち上げながら、軽〜い感じで笑みを向けてこないで欲しい。

 魔王時代の人外だった時ならボクも余裕だけど……

 いや余裕じゃねぇな。流石に強化しなきゃダメだ。認めよう、部長。キミは間違いなく異常の域にいる。


 絶叫を上げた姫叶は雫ちゃんに無事救助された。


「し、死ぬかと思った……」

「思いっきり速度上げた貴方が悪いのよ。まったく、自業自得ね」

「ぐすん。そろそろ行けるかなって……」

「無理すんなって」


 肩にポンっと手を置いて慰める。流石に無理だよ。


「で? あの男二人はなにしてんの」

「僕も男なんだけど」

「姉さんと自分達の筋力の差を前に、勝手に敗北して絶望してるだけよ。バカね」

「ん。バカ」

「諦めて最弱を享受すれば良いのに……」

「それは違うんじゃないかな?」

「そんな理由でああなっていたのか……」


 現代の英雄に何対抗してんのキミら。精霊と仲良く戦える異邦人と、星の預言者じゃ釣り合いになるわけないだろ。

 試しに玲華部長の体操服を捲れば、あらまぁ立派な腹筋がチラリ。かといって主張しすぎない女らしさを損なわない美しさ。うーん、100点。

 抜群のプロモーションとはこの事か。参考にしよ。


 ……あの二人、いつまで鏡を眺めているつもりなんだろう。

 そろそろ視界の邪魔なんだが。


 ボクの足に縋り付いて、徐々に背中へと這い上がる恐怖映像さながらの動きをする日葵を余所に、ボクをなんで雫ちゃんに呼ばせたのか、部長に問い質す。


「サボるな、だが」

「あ、帰りまーす」

「ん。お疲れ様」

「帰るな帰るな。運動しろ、ただでさえ贅肉が……」

「は???」

「ん???」


 人様のお腹を摘みながら変なこと言われた。

 え、ボクの何処に無駄なお肉があるって? あるわけないだろ幻覚見んな。

 つーかそれが理由なら多世先輩呼べや。対象だろ。

 すっげぇ不快な気持ちになりながら部長を睨むと、弥勒先輩も心做しかイラついた目をしておられる。相変わらず無表情だけど。

 マジで前世のボクに似てんな……まぁそれはいい。


「おぉ……凄むな凄むな。殺意が凄いぞ」

「感心してんじゃねぇーよ。太らせるぞ」

「ん。今夜は菓子パ」

「斬新な脅し文句だな……」

「はーい真宵ちゃん落ち着こーね〜」

「やめろ揉むなお腹揉むな! やめろってば!!」

「え、なにしてんの」

「ずっと鏡に黄昏てろ思春期男子!!」


 あーもう! どさくさに紛れて性欲満たそうとしてんじゃねぇぞガキ共!!

 日葵の仲裁の入り方いつもおかしすぎだろ。

 なんなの? キミがやらかす度にボク毎回怒鳴ってる気がするんだけど? 疲れるんですけど……?


 で、もう帰っていい? 多世先輩連れてくるからさ。


「まぁ本題は違うんだがな」

「……へぇ?」

「来週から新一年生を部に迎えるから、皆心構えとか色々しとくように」

「………」

「………」

「………」

「……ん? どうした、そんな固まって」


 へー、新一年生。時期的にそろそろかなと思ってはいたけど……来るんだ。新しい肉へげふんげふん。

 ……まぁ戦力が増えるのは良い事だ。

 良いんだけど……


「「「「「初耳!!」」」」」

「えっ、言ってなかったか……?」

「言ってない!」

「聞いてないです!」

「なんなの!?」

「流石にびっくりだわ!」

「伝達ミスですか!?」

「……玲華、お前」

「ん。私は知ってた……多分」

「私のせいかな、これ」


 入部試験とかいつしたんですかねぇ……ボクら何も知らんのだが?

 二年全員知らされてないとか、報連相は何処に?


 取り敢えず……新入部員の試験記録映像、見せてくださいな?


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