02-28:壊れたハートを蝕んで
「昨日は散々な目に遭ったわ」
「洞月さんさぁ……お酒はダメって言ったじゃん」
「いや誤解だから」
「あはは」
「まっ、そーゆー事もあるわな」
火曜日のお昼休み。今日は珍しく異能部の二年生で食堂に集まって昼食を済ませている。
単純に皆朝起きて弁当作る暇が無かったのが理由。
パーティが終わっても起きる気配のなかった姫叶と雫ちゃんは事の顛末を何も知らない。話題に上がったせいで誘われて来ては非常に困るので伝えていない。
それにしても、昨日のあれこれが全部ボクが首級の犯人扱いなの酷くないかな。確かに教えるなって言明したのはボクだけど、嘘を押しつけていいとは一言も言ってないんだよなぁ……
なんなの、そんなにボクのこと嫌い?
色々納得できないから絶対に後で八つ当たりしよ。
「真宵ちゃんほっぺにケチャップついてるよ」
「取って。取れ」
「仕方ないなぁ〜……ぺrわぎゃっ」
「かかったなアホめ」
頬の汚れを指摘してきたので言葉巧みに誘導して、予想通り舌を伸ばしてきたところで、阿呆の足を勢いよく踏んづけてやった。
ハハッ、制裁完了ボクの勝ちだ。気分爽快。
お陰で今日のお昼ご飯はより美味しくなりそうだ。
「そーいえば二組の次の授業って何?」
「ライライ先生の空想学」
「うっっっわ。僕あの人の授業苦手なんだよね……」
「そう? 他の先生よりマトモだと思うけど」
「どいつもこいつも大差ないでしょ」
個性強めの学院の中で一位二位を争う名教師だぞ。こんなボクみたいな非人間でも相談事があれば律儀に聞いて対応してくれるいい人なんだぞ。
現代文の雪街先生とタメを張るレベルでいい人だ。
……あの髪型はどうにかすべきだと思うけど。何故某魔法学校スタイルをチョイスしたのか……
そうやって他愛もない会話を続けていれば、時間はあっという間に過ぎていくもの。食べ終わったご飯を洗い場に放り込んで、駄弁りながら食堂の外に出る。
廊下は今日も大盛況、静寂はどこかへ吹っ飛んだ。
チラッと周りに目を配れば、二年二組の同学級らが他の誰よりも騒いでいた。
流石は優等生と問題児の二面性を持つクラスだ。
この前の職員会議を盗み聞きした時、真っ先に名を挙げられたクラスだけはある。他の学級もやべーにはやべーんだけど、うちは最もヤバいんだとか。
不名誉だよねぇ。
なんでか知らないけどボクと日葵の名前が真っ先に挙がるのも遺憾である。
「じゃ、また放課後」
「サボるんじゃないわよ。特に真宵」
「心外な。そん時は紙出すよ」
「堂々と申告しないでくれる?」
「絶てぇサボらせねぇからな」
早退とか休暇届が許されないとか、異能部はなんて罪深いブラック部活なんだ……退部しなきゃ。
意味の無い使命感に駆られながら二人と別れる。
姫叶と雫ちゃんとも同じクラスだったら楽だったんだけど、残念ながら別々だからなぁ。ホント学院側のあれこれが邪魔してきやがる。
……そーいや今日の授業内容ってなんなんだろ。
空想学って言っちゃえばエーテル世界の一般常識を教える授業だからね。
魔物などの生態や派生、国の文化に歴史など。
挙句の果てには魔王軍やエーテル七勇者の偉業とか経歴とかも取り上げる。そこまで専門的に教えるわけではないとはいえ、詰め込みすぎだとボクは思うよ。
あ、教室に着いたね。さっさと席に座ろっと。
「ひっまちゃーん! ごめん課題見せて」
「やーだ☆ だって私もやってないから」
「優等生!? 皆大変! ひまちゃんが壊れた!!」
「「「いつもの事じゃね?」」」
「そいえばそだった、めんごめんご」
「めちゃくちゃ心外なんですけど……?」
宿題一つでワーワーギャーギャー騒ぐ同級生たちは相変わらず煩く、日葵の隣にいたボクの鼓膜は見事に破れた。いや勿論比、喩……本当に破てないよね?
あー、やっぱ大声とか苦手だわボク。静寂大好き。
度が過ぎた静寂は嫌いだけど……我ながらホントに面倒臭い性格してんな。
てか日葵の癖に課題やってないとか珍しいな。
ボクはって? 手にすらつけてないですけどなにか。
「一絆くんはやった?」
「おう、やったぞ。勇者の偉業を暦順に並べろっつうやつだろ? 経歴的に俺不利だから一昨日歴史書片手に頑張って終わらせたぞ」
「……あー、成程ね。そういうこと」
「?」
「いや、日葵ちゃんがなんで課題サボったのか理由がわかっただけ」
「はぁ……?」
つまりはそういうことだ。皆からすれば勇者なんて過去の偉人だが、日葵やボク、悦は当時の生き証人。
特に今回の題材は勇者。
自伝語りが始まると自分の他人の関係なく羞恥心に襲われる日葵にはキツい話だろう。自分から嬉々として教え広めるタイプじゃないもんねキミ。
ライライ先生もそれに配慮して指して来ない。
よくできた先生だよ。他の無遠慮なヤツらだったら逆に話してもらいたくて指名してたと思う。
はぁ〜。内容知ると一気にサボりたくなってきた。
「ひまちゃ、帰る?」
「帰るかぁ」
「いやどうしたお前ら……」
やる気を削がれたボク達二人を訝しむ一絆くんには悪いが、こればかりは許して欲しい。
真面目に辛たんなんだ。はぁ〜あ苦痛苦痛。
でもなぁ、ライライ先生の授業ってサボるにサボりづらいんだよねぇ。しゃーない腹くくるかぁ。
あー、もうチャイム鳴る。時が経つのは早いなぁ…
そう黄昏ているうちに、空想学の教師にして我らが担任ライライ先生───ボートライ・レフライが扉を開けて教室に入場した。
今日も今日とて彫りの深い顰めっ面……不機嫌?
「ふむ、時間があったにも関わらず私の課題をやっていないとほざく痴れ者が多数いるようだな」
「痴れ者……」
「今時痴れ者って使わなくね?」
「Shut Up。成績下げるぞ」
「最大限の脅し文句じゃんか」
教鞭で机を叩くライライ先生の脅し文句に怯える者多数。後ろの席で呑気にそれを眺めるボクと日葵は、お前らもだろと向けられた視線に笑顔で答えた。
それはもう、媚びっ媚びの飛びっきりの笑顔で。
「「ゆるして♡」」
「異能部のお前たちは先日の件で多少は免除してやるつもりだったが、仕方ない。課題を増やそう」
「ごめんなさいごめんなさい」
「大人気ないって言われん?」
「それが教師の仕事だ」
やっぱりライライ先生に媚び落としは通用しない。わかりきってた事だけど、女の子的に少しは揺らいで欲しいよね。
まるで魅力がないって言われたみたいじゃないか。
これだから堅物陰険教師って言われるんだよ。
「さて、時間だな。授業を始めるぞ……日直」
時計の針が決まった場所を指した瞬間、5時限目の始まりを告げる鐘が鳴る。
号令起立礼着席をパパっと終わらせ、授業開始。
教壇に立った先生は、教鞭を振るって意識を散漫とさせる生徒たちに早速喝を入れる。
いや皆集中切れんの早過ぎない? 問題児すぎる。
「今回取り扱うのは、かの戦争で人類の先頭に立った英雄の中の英雄、七人の勇者───エーテル七勇者について、だ。居眠りなどせずしっかり学ぶように」
何度も補足するが、ボクが出会った勇者は一人だけだと言っおく。他のヤツらはついぞ出会わなかった。
だいたい四天王と死徒十架兵が相手してたからね。
あ、死徒十架兵って言うのは四天王の下の位に着く魔王軍幹部たちの事を指す。所謂チーム名、総称。
ゲームで言う中ボス格の戦闘集団である。
……序列第一位の統率者はどっちかと言うと終章を飾るレベルのボスだけども。彼らを攻略するゲームがあったら絶対にクリアできない自信がある。
尚、一般目線の感想予想である。魔王としては別。
全員【黒哭蝕絵】で三タテならぬ十タテを余裕綽々取ってやるよ。
さて、今はアイツらよりも勇者である。勇者勇者。
「まずは勇者たちの名と異名を思い出すとしよう……
───明空の勇者、リエラ・スカイハート。
───叛逆の勇者、アイザック・モルドレッド。
───翠星の勇者、ワーニャ・バンバック。
───神仰の勇者、カロン・カンドーレ。
───天眼の勇者、ギリエル・クトゥエルアルフ。
───戦鎚の勇者、ジオグラード・ベイル。
───黄昏の勇者、ヤハネ・ストート………以上の七人が楽園戦争で戦果を挙げた英雄たちの筆頭だ」
はぇ〜、魔界の大半と違ってちゃんと苗字持ってるヤツばっかだな。ボクなんてただのカーラだぞ。
そう考えるとドミィはなんでオープレスなんだ?
あの魔女に関しては考えれば考えるほど謎が深まるばかりである。
「聖剣一振りで空を切り開いた“明空”、軍旗を翻して人類を導いた“叛逆”、星空を作り上げた“翠星”、神に背く異端者を裁き続けた“神仰”、地より天を狙い穿つ弓使いの“天眼”、大地を叩き支配する“戦鎚”。そしてあらゆる情報の一切が不明の“黄昏”……彼らの特徴をただ上げるだけでも分かるが、現代の異能者が同様の格を目指したとして……答えはわかりきっているな」
「長いしわかりづらいです。三行で教えてください」
「勇者すごい
異能部ざこ
私語を慎め」
「サービス精神高〜……ってちょっと待って今なんかさらっと私たちのこと馬鹿にしませんでした?」
「気の所為だ。質問はいいが文句は言うなよ」
「えぇ〜……」
相変わらず特定の生徒に厳しいライライ先生だが、簡潔さを求められれば情報を律儀に纏めてくれるのは本当に優しいと思う。日葵も日葵であまりの情報量にショートしてる子たちを思って行動してるし……
うーん、二人共優しさの塊ですね。
まぁ、日葵に関しては自分を含めた勇者をそこまで持ち上げんなっていう意思表示なんだろうけど。
さり気なくボクら異能部を下げたのは遺憾の意。
「人類だけでなく獣人族、エルフやドワーフ、人魚の魔族を除いた五大種族の全てが参戦した楽園戦争からわかる通り、勇者も全員が人間であるわけではない。具体的には二人。天眼の勇者ギリエルがエルフ、戦鎚の勇者ジオグラードがドワーフ、と言った具合にな」
「せんせー! 獣人と人魚にはいないんですか?」
「そう、君らの疑問通りその二種族からは勇者という英雄は輩出されていない。理由に関しては幾つか説が挙げられているが、確実な答えは未だ出ていない」
「ハブられてるってこと?」
「何故その思考に行き着いた。もっと視野を広げろ」
魔族だけハブるなんて酷いとかそーいや人間だけの限定職じゃなかったなとか色々脳裏を掠ったが、実際なんで三種族からしか勇者は出てないんだろうね。
そこんとこどうなんですか明空さん。
……流石に元勇者でもそこまでは知らないらしい。
ま、“真の勇者”がなんたるか、どんな役目を持って生まれたのかすら知らなかったぐらいだ。知らない事の方が多いのだろう。
そもそも日葵は近中遠全対応適合型の戦闘タイプ。
接近戦に持ち込まれれば聖剣を振るって斬り殺し、距離を取られれば聖剣を振るって斬撃を飛ばし、敵が遥か遠くから狙ってくれば地形ごと聖剣で斬り裂いて見事に一掃する。まさに聖剣の担い手。
聖剣ではない既製品のでも同じ戦法を可能とする。
流石は剣一振りでボクのお膝元に来た女傑である。軽武装で最終決戦に挑みやがったあの蛮勇は転生した今でも忘れられない。
あんなん忘れられないわ。ちゃんと装備しろよ。
「我々が挙げている説の中で最も有力なのは種族事に信仰する神の違いだとされている」
「……神、ねぇ」
「あぁ。エーテル世界には幾柱もの神が実在し……」
神とかいうのの嫌悪メーターがちょっと振り切って思わず口から殺意が零れ出てしまった。
反省反省。マジで神とかいう高圧的な種族キライ。
実害を与えて来た辺りで天界ごと沈めたのは愉快な思い出である。正確には沈めさせた、だけど。
まさか寝込んでいる時に滅んでるとか……ねぇ。
同情を禁じえなかったね。全然哀れんでないけど。
「───と、言った具合に信仰先が違った事が研究で既に判明している。これらの事から聖女神は二種族から勇者を選ばなかった、というのが最有力説だ」
「へぇ〜……」
「ほ〜ん……」
「……能登、二千六。相槌を打ってくれるのは嬉しいが、板書にも取り組むように。お前たちはまずペンを動かしなさい。去年の赤点地獄を忘れたのか」
「うっ……はーい」
「スイマセン……」
先生をヨイショヨイショと持ち上げて授業に対する態度を軟化させよう作戦は失敗した。立案して実行に移した陸上部と軽音部のおバカ女子たちは撃沈した。
生徒の魂胆を見透かしていたんだろうね、先生は。
呆れ顔だし、努力の方向性を別の場所に向けろっていう表情がそれを物語っている。
ふわぁ……まぁちゃんと授業を受けろってことだ。
「彼ら勇者の偉業は挙げだしてしむえばキリがない。小さな事から大きな事まで、挙げようと思えば無限に挙げられる。そして彼らは勇者に選ばれる以前より、歴史に名を残す偉業を幾つも成し遂げている……
ふむ、そうだな……誰でも良い、例を挙げてみろ」
「勇者になる前の、ですか?」
「そうだ。思い付いた者から名乗りだせ。回答者にはささやかながら成績を加点しよう」
「はいっ! 勇者リエラは生き残った女の子!」
「何の話だ」
「真宵ちゃん黙ってて」
えぇ……リエラが勇者なんかに選ばれる前に故郷が焼かれた話をしようと思ったのに……
実話なのに……あんまり浸透してない感じだね?
幼少期暴露の気配に気付いた日葵から強烈な殺意が飛んできたので諦めようと思う。
真実とは皆平等に知るべきモノではないのか……?
でもま、これで成績加点だね……え、ダメなの……
ライライ先生は理不尽だった。しまいには授業後にその話詳しく聞かせろと目で訴えかけてきた。
わがままなおじさんだな……
多分だけど言いがかりで生徒指導室に連れ込まれて日葵の過去話をせがまれるんだろうなぁ……
「ふむ……洞月、お前の意見に個人的な興味がある。放課後私の研究室に来なさい。逃げるなよ」
「また呼ばれてやんの」
「余計な事言うから……」
「ボク悪くなくない?」
ほらな。ボクの勘は鋭い。間違っちゃいないんだ。というか今日は生徒指導室じゃないんだね。
……え、私的流用し過ぎて学院長に叱られた?
どんだけ使ってんだよ。生徒叱る以外の何に使ったんだよ。
ところでライライ先生の研究室って何処?
「琴晴、迷子防止だ。お前も来い」
「……巻き込まれたんだけど。えっ、ならないでよ」
「死ねばもろとも、一蓮托生だよ」
「セット扱いは良くないと思うの」
お前が望んだ事だろうが。今ここでコンビ解散してやろうか?
……マジでお互いの為に一旦離れるべきなのでは?
「泣くのは真宵ちゃんだけど」
「人のトラウマを気安く弄るんじゃない」
「ブーメランって知ってる?」
かくして、ライライ先生講演の空想学は鬱々とした気持ちを抱えたまま終わりを迎えるのだった。
いや抱えてんのボクだけだわ……世は不平等也……
◆◇◆◇◆
「失礼しまーす。来てやったぞボクが」
「む、早かったな……ようこそ私の研究室へ。二人共上がりなさい。紅茶でも淹れよう」
「お、先生さっすが〜♪ 有難く頂戴します!」
「ダージリンがいい」
「残念、アッサムだ」
「……ん。まぁキライじゃない」
日葵に介護されて運ばれた先、研究棟にある先生の部屋に押し入り、傲慢不遜な態度で堂々と入室する。
ファーストインパクトは大事にって悦に聴いた。
人数分の高い紅茶を用意してくれるライライ先生にぶつくさ文句を言いながら、座るよう促されたボクはソファに飛び乗り、そのまま寝そべり天井を仰いだ。
……なんだこれ。めっちゃ硬くてめっちゃ不愉快。
客人にこんな代物を……もっと上質なソファないのアンタそれでも高名な学者だろうが。
「……すまん、そのソファは前任の使い回しなんだ。新品は買ったんだがな……届くのはまだ先だ。悪いが今日は我慢してくれ」
「……仕方ないなぁ。いいよ、我慢する」
「あの真宵ちゃんが我慢……?」
「はっ倒すぞてめぇ」
「望むところだよ。おいで♪」
「ホントにブレないよねキミ……」
ライライ先生の謝罪を素直に受け入れただけなのにこの反応は如何に。ホントに納得いかないけど日葵のタガが外れた変態性は慣れたモンだからもう良いや。
……アイツいつか絶対泣かす。ビシャビシャにしてやるからなその顔面。
許可なく抱き締めてくる阿呆に溜息を吐きながら、先生から手渡された紅茶を一口含む。
うん、香りも味も美味い。アッサムも悪くない。
ちょ、飲むな飲むなお前の分は今机の上に置かれただろうがふざけんな関節キスッッッ!!!
飲むんなら口ん中清潔にしてから飲んでください!
「で、早速だが本題に入るぞ」
「勇者リエラ誕生秘話? いいよいいよ。赤裸々全てを語ってあげよう。このボクがね!」
「 や め て 」
「……悪いがそれは建前だ。本題では無い」
「……マ?」
「マ、だ」
うちの軍隊に村焼きされて復讐鬼になりかけたけど王族たちの献身的なメンタルケアで立ち直り、遂には真に世界を救わんと人類の先頭に立つという二十年に及ぶ英雄譚を聴かせてあげようかと思ったんだけど。
最終的には地球でボクと相討ちする話もついでに。
……でもまぁ話しても面白味はないか。悲しい事にボクが全面的に悪者扱いされる話になっちゃうし。
全く、そんなにボクが悪いって言うんですか!?
あーあ。復讐に走るリエラも見てみたかったな……
ところで本題って何の話です? 場合によってはすぐ立ち去るんですけども。
「なにすぐに終わる……洞月、お前の今の精神状態を聴きたくてな」
「はい帰りまーす! お邪魔しましたー!」
「琴晴」
「はーい。観念しようね、真宵ちゃん」
「やめろどこ触ってんだおい!」
回れ右して退室しようと図ったが身内に防がれた。内股を揉みながら止めるんじゃない。妨害するんなら腕とか腹とか持てや。なんでそこ触るん?
はぁ……いっっっちばん聞かれたくない事を……
情報源は何処だ。何処から、誰から漏れた?
「ひまちゃん?」
「真っ先に私の事疑うのやめな? なんなら私もなんで先生が知ってるのかびっくりしてるところだから」
「全然びっくりしてる顔じゃないんだけど」
綺麗な真顔ですね、じゃねぇんだよ第一級容疑者。
「はぁ……なんでバレたん」
「……否定はしないのだな」
「意味が無いからね……で、誰から聞いたの」
「私の上司である君たちの養父から相談されてな」
「あんのハゲデブぅ……」
ほぼ答え言ってるようなもんじゃないか。なーんで娘の個人的事情を一教師に話してだあのおじさん。
……待て、ボクあの人に幻覚云々言った覚えない。
精神的に殺しがキツいのだとかも教えた記憶がないどういうことだ。
……いや、これやっぱり……そういうことだよね?
「やってんなぁ……?」
「ごめん、それは私だわ」
「死んでくれ。マジで」
力を取り戻した暁には真っ先に殺してやるからな。
「んん゛っ……で? 実際のところどうなんだ洞月」
「え〜いや別に何も……てか話さなきゃダメ? 沈黙を貫いてもいい?」
「安心しろ。誰にも言いふらさん」
「無粋って知ってる? 無意味って知ってる?」
「承知の上だ」
「………」
「お前が後暗い人間なのはとうの昔から知っている。今更罪が増えた程度で責めるとでも?」
「それはそれで辛いんよ」
相変わらず変なところで寛容で無粋な人だな。
───空想学の専攻教師、ボートライ・レフライ。三十代の若き身でありながら異世界の研究においては誰よりも前を行く男。
不思議を不思議のままにしない留めない研究者。
自国よりも魔素濃度が濃いアルカナに単身渡来した真理の探求者でもある。
そして、嘘と真を見破る───真実の魔術師。
ま、今日は彼の異能が必要な事はないと思うけど。
「……別に。倫理的にやっちゃいけない事をやったら手が赤く染まるように見えるだけだよ」
「ほぉ……続けろ」
「続けろって……まぁ、後は……前世が原因、かな」
暗殺やら拷問やらの倫理に抵触する後暗さは適当にぼかしながら幻覚の理由を話す。
ついでに思い当たる節を挙げれば日葵に頷かれた。
なんなの。さもそれもそうかって顔されても困るんですけど。
ライライ先生は学院長を除いた教師陣の中で唯一、勇者と魔王が転生している事を知っている。幼年期に出会い、その異能をもってボクたち二人の正体を当ててみせた男。
それでいて誰にも吹聴せず、何故か手助けをする。
最初は不気味に思っていたが、今ではただ気遣いが下手な大人だとわかっている。そんな人だからこそ、今こうして気兼ねなく接しているのだが。
利害関係の一致、ってのも理由の一つだろうか。
「前世……私が知る限り、お前たちの最期はこの星で終えたのだと聞いているが……」
「そうだよ。まぁ、何があったかはボクの、ひいては魔王の名誉の為に伏せておけど」
「いや話そうよ。恥ずかしい気持ちはわかるけどさ」
「秘すべき黒歴史だぞ話せるわけあるか」
「……取り敢えず、その黒歴史とやらも関係していると?」
「そ。原因の一端を担ってる……筈」
数千年にも及ぶカーラの人生において、あんなにも絶望した日々はアレが最初で唯一だと思う。
わざわざ語ったりはしないが……まぁ多分原因。
原因になりそうな隠し事なんて他にも山ほどある。前々世の何もできなかった病人時代とか、初めて人を殺した時の今更感が強い胸の苦しみを食らった今世のあれこれとか、魔王になる前に誤射で敵味方諸共消し飛ばしたのを改変で無かった事にしたこととか……
いや最後の件我ながら頭おかしいだろ。こんなのが精神の不調に繋がるかっての。
ん、なに。いきなり日葵に耳を塞がれたんだけど。
「ここだけの話、真宵ちゃんってその時だけ積極的に甘えてくるんですよ。私が寝てると思って……ふふ、かわいいと思いません?」
「……ノーコメントだ。そういう話は寄せ」
「ちぇ。このかわいさを共有したかったのに……」
「人の耳塞いでまでコソコソ何話してんの? ちょっと手ぇどかせよ。おらおら聞いてのかおい」
「あ、こら暴れないの。チューするよ」
「すっげぇ寒気が襲ってきた。なんなん怖いよ」
何を話されていて何を言われてんのかがわからないこの怖さよ。耳塞ぐってことはそういうことでしょ?
どうせボクの恥ずかしい話とかそういうのだろ。
ふざけんなマジで殴ったろかな。これ一日に三回は思ってる上に実行してることだけどさ。
そうやって握り拳を作ってプルプル震えていると、ライライ先生は顎に手を置いて何かを考え始め……
思考が纏ったのか、一つ頷いてから口を開いた。
「ふむ……やはりというか、話を聞いた限りこの私が出る幕ではなさそうだな……」
「え〜、話し損じゃん。なんかないの?」
「お前たち二人でケアしあえ。琴晴も自覚していないだけでメンタルが臨界点を右往左往しているのは目に見えているからな。お前らにはそれが最適解だろう」
「……えっ」
「本当に無自覚で草」
お手上げ状態だなんて酷いや。先生の癖に教え子を手放すなんてどういう了見なんだ。最後まで諦めずに寄り添うのが大人ってもんじゃないんですかね。
ついでとばかりに日葵の心に爆弾落としやがって。
確かにコイツはコイツで闇深だけどさ。
勇者っていう“在り方”に縛られ、一度死んだ今でもそれに寄り縋っている。ボクもそうだから強く言えないけど、前世歩んだ道程にがんじがらめなんだよ。
それをハッキリ指摘したライライ先生っていい度胸あるよね。
つーかボクら子供だぞ。もっと優しくして!
「肉体年齢はともかく精神年齢が私よりも遥かに高いお前らをどう子供扱いしろと? あまり無茶振りをするな。私はそういうのが苦手なんだ」
「よくそれで教員になれたね?」
「研究専門だからな。教師を選んだのは……色々だ」
「そういえばそうでしたね……」
魔王と勇者の実年齢で対応変えてくんのはいけないことだと思う。この部屋の中で最年長なの確かにボクだけどもっと優しくして? 中身はともかく器は年相応なんだよ?
人間だった頃の記憶思い出さなければ万年生きれたレベルの長命種だけどさ、歳関係は地雷なんよ。
まぁ今世は永遠の16歳固定なんですけどね。
「……先生先生、これですね、真宵ちゃんが働いてるやばやばなバイト先が潰れれば八割は解決するんですよ」
「ほぅ……もしや、とは思っていたが……」
「いやあの。なんで余計なこと言ったのお前」
「王来山はバイト禁止だぞ。学院長の養子だとしても守るべき許容範囲というものがある。言っても無駄だろうがな」
「そん時は退学ですしおすし」
「私がさせないから安心して」
いや黒彼岸っていう世界的にもアウトな犯罪者だと知られたらもう退学不可避でしよ。
自分で言うのもなんだけど結構な悪なんよボク。
今世も前世も人前では普通に過ごせないぐらい悪い存在なんですよ。特にこれといって気にせず生活してるけども。
変なところでメンタルが強い女、それがボク。
はぁ〜、つーかマジで黙れ勇者。これ以上喋るな。
「安心しろ。万が一の時は私も手を貸す。共犯扱いは慣れたものなのでな」
「……花の教師人生に傷つくけど、良いの?」
「構わん。祖国にある研究室に戻るだけだ」
「……それはそれでどうなんかな」
うん、なるべく先生に余計な被害が被らないように立ち回ろう。できれば、ね。
無理だったら諦めて先生も道連れだ。
なんでこんなにも気兼ねなく、ボクを支えんと手を伸ばしてくるのかボクにはよくわからないけど……
……ま、使わせてもらえるなら使わせてもらおう。ありがたく、それこそ喜んで使わせてもらおう。
この一身に向けられる、ありあらゆる全てを。
「私の目が黒い内はさせないよ?」
「……翡翠色だけど」
「ことわざって知らない? あ、そっか。ごめんね?」
「こんなにも殺意が湧いたのは久しぶりだよ。死ね」
だーかーらーー!! ナチュラルに人の心(ボク限定)読むんじゃねぇって……言ってんだろうが!!!
そしてボクをバカ扱いするな(迫真)。
うん、決めた。今日という今日こそ殺す。磔にして殺してやる。
ボクの溢れ出る殺意は、留まりを知らず───…
「やめんか馬鹿ども」
「いだっ」
「あだっ」
「ふぅ……血気盛んなのは良い事だがな、お互い歳を考えたらどうだ」
「それは禁句です……」
「体罰はんたーい……」
陰険教師の鉄拳制裁は見事ボクたちの脳天を貫き、痛みと共に邪悪な思想も綺麗さっぱり吹き飛ばされてしまった。
恐るべし教師だ。PTAの訴えにも強気である。
血の気の多さは前世から濃いので諦めてほしい。
「……む、予定時間を過ぎているな」
「あれ、つまり解放? 帰っていいってこと?」
「そうなるな。今回の目的はお前たち二人に何かしら不調がないのか確かめる為だからな」
「私もなんですね」
「メインは洞月だが、琴晴、お前も危険だろう」
「危険物扱いですか!?」
複数の意味を掛け合わせた“危険物”だろうキミは。何を驚いているんだか……
というかそんなにボクってダメダメなの?
そして、本当に先生の要は済んだのか、帰れ帰れとボクたちは先生に背を押されて退室を促される。
待って押さないで。体感良くても倒れちゃうから。
たかがこれだけの為に呼ばれて時間を潰されたのは癪だが、ライライ先生だから許そう。他の先公が相手だったら余裕で頭改編してやってたぜ。
……だいぶこの人に気を許してるんだな、ボクは。
改めて思い知らされた気分だ……先生も先生だが、ボクもボクだな。
「バイバイ、先生」
「まった明日〜お疲れ様でした〜」
「……寄り道するなよ」
「コンビニは?」
「無駄遣いならやめなさい」
「はーい」
ライライ先生に別れを告げて廊下に出る。先生から言われた無自覚の虚無を噛み締め、無言で思考を回す日葵を他所に、ボクはほんの少し痛む胸を抑える。
本当に、外傷でもなんでもないチクリとした痛み。
この世界に生まれ変わってから感じるようになった自分自身の変化。なんだか不確かで、不明瞭で、別に辛くも苦しくもない、嬉しくもない無意味な変遷。
今更変わったところで何があるのか。
死を撒き散らす概念存在だったボクが、人間の心を取り戻しただけで大きな変化があるとでも言うのか。
あーもう。愚痴しか出てこない。
こんなに考えるようになったのは今世からだ。昔は小難しい事なんて考えずに生きてけたのに。
これが人間なのか。人間の精神とでも言うのか。
深く考えすぎると、前々世の病弱だった己の否定になりそうで怖い。
……やっぱり嫌いだ。
こんな余計な事を考えさせる先生も、ずっと支えに手を伸ばしてくる日葵も、壊れていくボク自身も。
ありふれた日常に、あらゆる全てに嫌気が差す。
「………本当に、余計な事を」
今日は少しばかり、いつもとは違った意味で、夜を迎えれそうにない。
いつか来る終わりまで、チクチク心は傷んでいく。
いつまでも。
いつまでも───…




