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02-27:異邦人は“■”を見る


 狂乱のような騒ぎが置き、やや時間が経って終息を迎えた都祁原邸のお祝い、もといパーティ。

 最早なにを目的に始めたのかわからない祝会は……


「すやぁ……」

「おっぷ……むぎゅぎゅ……」

「すぅ……すぅ……」

「………んぅ」


「───なんで俺以外寝てるんだよ」


 祝われる側の人間である俺こと、望橋一絆を除いて全員が眠りについていた。なんでだ……?

 寝息は上から順に日葵と姫叶と雫さんと真宵。

 とあるバカがアホみたいにデカいクラッカー使って昏倒させてきてから、二時間経った今がこれだ。

 なんで? 気付いた時には全員こうなってた……は?


『〜……?』

『〜♪ 〜♪』

「あぁうん、ちゃんとお前らも居るな。安心してくれ忘れてないぞ……お前らまで撃沈してたら俺は諦めて皆に混ざりに行ってたよ」

『『???』』


 あぁ正確には……人間一人と精霊二匹だった。

 サーモンの切れ端を啄みながら心配げに此方を覗く精霊たちの頭を指で撫でる。

 その無邪気な姿を見て、思わず溜息が一つ零れた。

 原因はわかってるんだ。わかってるんだけどな?

 こう、なんやかんや受け止めたくない現実って……あるじゃない?


 酒精の匂いが漂ってくるとか、誰も思わんやろ。 


 真宵の為に弁明しておくが、今回アイツはちゃんとお酒を我慢していた。しっかりと断酒していたのだ。

 では何故、こんなにもリビングが酒臭いのか……

 それは俺にもわからない。

 マジで俺にはわからない。にによんとやらのお店のケーキを皆で食べていた時の話だ。いきなり特徴的な酒の匂いがキッチンの方から漂ってきて……

 リビングは瞬く間にアルコールに支配されたのだ。

 酒に弱いのか姫叶と雫さんは気付いた時には撃沈。

 真宵はうつらうつら眠気と戦っていたが途中で諦め日葵の腕に抱き着きおやすみタイム。珍しく真宵からアプローチされた日葵は身を悶えさせて喜んでいた。

 うん、最後一名おかしいな。アホかよ。

 でもってそんな風に身動きが取れなくなった日葵は仄かに酔ったのか、蕩けた顔で……俺にこう言った。


「我が勇者人生に一片の悔い無し……かーくんごめんだけどあとは任せた」

「おいこら待てふざけんな!? ちょ、おいぃぃ!」


 安らかな死を迎えるように馬鹿は意識を手放した。

 勇者だかなんだか知らねぇけど全部押し付けられた俺の気持ちを率直に表したいと思う。


 頼む、死んでくれ。せめて原因を見つけてくれ。


 きっと原因はキッチンにあるんだろう。でもなんか近付きたくない。任されたけどめっちゃ放棄したい。

 臆病ですまん……犠牲は四人で充分だったんや。


 ……あー、俺が無事な理由? 実は母方の叔父さんが居酒屋でして……ここまで言えばもうわかるな?

 耐性があった。ただそれに尽きる。ありがと叔父。

 精霊たちも何処と無く平気そうで、酒にダウンせず俺の周りを飛び回っている……が、油断は禁物。若干光の精霊は眠そうなので、早めに楽にしてあげたい。

 ……悪ぃ意味に取られるなこれ。あぶねあぶね。

 対して水の精霊は比較的元気だ。水を司ってるからなのか……まさかだけど希釈してんのかな?


「希釈……あ、そうだ。このお酒の匂いって薄めたりとかできる?」

『〜? ……〜! 〜〜♪』

「おっ? おー……ホントに匂いが薄まった……マジで助かった。ありがとな」

『〜〜♪』


 元気にふよふよ浮いていた水の精霊に空気中の酒を希釈できるのか試しに頼んでみたら、パパ〜っと羽から飛沫……じゃなくて鱗粉を振り撒き始めた。

 結果、たったそれだけで空気が少し軽くなった。

 すごいな精霊。【架け橋の杖(アルクロッド)】使って確認……あ、これ浄化の鱗粉って言うんだ……へぇ、やっぱり精霊ってすごいんだなぁ〜。


 酒精も落ち着き、ちょっとした気持ち悪さも俺からスーッと抜けていった。

 おぉ、俺も酔いかけてたのか……危ない危ない。


『〜!』

「ぉ、おう。お前も一緒に強くなろうな」

『〜〜……』

『〜〜?』


 自分もすごい自分もできると全身を使って抗議する光の精霊を宥める。うん、お前がすごい事は俺が一番わかってるぜ、相棒。

 ……気を良くしたのかコロンと寝に入った。

 嘘だろ? 確かに眠そうだったけど……まぁ、うん。明日から頑張ろうな。棚の上に用意されてある精霊用の編みかごの中へと寝かせてから、酒精発生の原因について思考を巡らす。


 ……なんかの拍子で酒瓶が転がったとしか思えん。料理酒とか今日バリバリに使った覚えあるし。

 唐揚げとか手羽先とかに。もしや仕舞い忘れた?

 でも蓋は閉めた筈……いや、なにかで空いたのか?

 困った。何一つわからない……わからないことしかわからない……


「はぁ……どーすんだこれ。マジでどうしよ……」


 クローゼットから引っ張り出した布団の上に並べて寝転がした四人を見下ろしながら悩む。

 マジでどうしよっかな……ホントにどうしよ……

 姫叶と雫さんはお互い向き合って寝ている。満腹になるまで食い過ぎたのか、姫叶は少し苦しそうだ。

 日葵と真宵は……なんかくっつき虫して……あっ。

 おい待てカメラ止めろ。空気の色がピンクになってきたぞ……頼むから俺の前で百合百合すんなおい。


「まよちゃ……んふふふ……」

「んぅ……ぅ、………」

「……下手に関わらんとこ。命大事に」


 百合の間に挟まった罪状で滅ッされるのはイヤだ。我ながら賢明すぎる判断である。俺って偉い。

 別に胸揉みとか股触りとかは見ていない。

 久しぶりにセクハラしてるされてる同居人二人たちなんて俺は見てないし気付いていない。

 墓穴だって? うるせぇ気の所為だその目潰すぞ。


 ……ていうかホントに寝てんの? 実は起きてるって反応じゃない? アナタの事よ日葵さん?

 ……気にするだけ無駄か。多分逸らされる。

 うちの同居人らは謎が多い。それに比例して秘密も多い。なんで時成さんの子なのか〜とか、養子なのに苗字が違うのか〜とか、真宵は夜な夜な何処行ってんの〜とか、日葵も偶に黄昏ててどうしたの〜とか。

 疑問は多々あるが、今は、いや暫くは横に置こう。

 二人が、時成さん達が教えてくれるその時まで……まぁ可能性は低いが、待ちたいと思う。それぐらいはできる信頼関係が築けたら良いな、なんて思うんだ。

 ……取り敢えずこの話題は横に置いておこう。今は蛇足にしかならん。


「あ〜……俺もどさくさに紛れて寝てぇ」


 パーティの主役を置いて熟睡するとか断罪ものではないだろうか。せめて俺も酔わせろ。

 大事な友達を除け者にするな頼むから。

 ……こういうのって未成年飲酒に含まれんのかな。内申とか気にしちゃう系男子にとっては死活問題なんですけど……気にするだけ無駄か。ここ異世界だし。

 あー、俺ってば元の世界に帰れんのかなぁ〜……


 ……頭がボヤいてきた。酔いではなく先の見えない暗闇のせいで。クソ、明るく生きろ得意だろ。

 ちょっと頬を叩いて意識を覚醒。よしオッケー。


「ふぅ〜……一先ず……匂いの原因、片付けるか」


 何があるか不安だが、取り敢えずキッチン目指して原因追求の捜査を始めたいと思う。

 お供が水の精霊しかいないのは心細いが……

 まぁなんとかなるだろ。即死罠が張り巡らされてるとかだったら別だが……


 そろりそろりとゆ〜っくりキッチンへと足を運ぶ。別に怖気付いたわけではないが、念の為警戒する。

 ……近付いても人の気配は感じられない。

 昨日戦った殺人剣みたいな気配のないやべーやつが潜んでたらなんもわかんねぇけど。まぁ即死罠と一緒でその可能性は殆ど無い……と、俺は思う。

 ……グダグダ考えるのも面倒になってきたな。

 もう埒が明かないので突撃しようそうしよう。


 そうして俺は、意を決して台所へと飛び込んだ。


「んんん〜……はぁ? なにこれ」


 そこで視界に入ったモノを見て、まず頭を一つ捻り首を傾げた。な〜にこれ。ホントになにこれ。

 匂いの原因はやっぱり酒だった。だったんだが……

 なんかな、キッチンの床に小人が倒れてるんだが?

 ……いや小人って言うか、羽根が生えた拳サイズの女の子って言うか。どう見ても精霊にしか見えんって言うかまんまそうって言うか……うん、はい。

 なんでか知らんが酒瓶抱えて寝ている精霊がいた。

 ……酒カスの精霊、ってこと!?


『〜……〜……』

「寝てんな……え、コイツ原因? 知ってる?」

『???』

「あ、知らんのね、はい」


 水の精霊に聞いても良い答えは返ってこなかった。つまり知らない人、じゃなくて精霊。

 ……直感でコイツ精霊! ってのはわかるんだが……

 やっぱり流石ファンタジー、精霊ってのはどいつもこいつも見た目が派手なのだろうか。

 後光が差してる光の精霊とか、髪の毛が水みたいになっている水の精霊とか……なんなら今目の前にいる奴は髪の毛がぼうぼうと燃えている。

 え、なにやっぱり火の精霊? 酒好きの火ってこと?


「───ぉ? 炎の精霊じゃ〜ん」

『!?』

「ふぁ!? ……な、なんだびっくりした……真宵お前脅かすんじゃねぇよ……」

「ごめごめ〜♪ あははッ」


 その時、俺たちの背後から頬を赤らめ眠そうに笑う真宵が気配も音もなく現れた。

 マジでびっくりした。死ぬかと思った。

 肩に顎乗せてるとこ悪いけど、背伸びしてまですることなんかそれ。体勢的に絶対キツイだろ。


 ……相変わらずいい匂いすんな。これが女の子か。


「へんたい」

「ひでぇ言い様。つーか読心すんなよ」

「ふーん? あたってるんだぁ……ふーん?」

「やっべブラフだったか……!」


 直感による奸計で一瞬窮地に立たされたが、酔いで思考が回りづらいのかそれ以上追求されなかった。

 酔ってて良かった。ありがとう酒……

 てか、コイツよく起きれたな。日葵がめちゃくちゃ絡みついて離さない様にしてたのを俺は見たんだが。


「よく逃げれたな?」

「えぁ? こぉ〜四肢もいでぇ、引き剥がしてぇ……」

「冗談でもやめろバカ」


 心配になってリビングをチラ見する。あ、良かった日葵死んでないな。

 安心s……え、なんか枕元に黒い剣刺さってね?

 ホントに生きてんのか??? ……めっちゃ小さい鼾聴こえるから、多分生きてるな良かった安心した。

 四肢剥離じゃなくて暗器強襲かよ。やめろマジで。


「なぁ、酔ってて思考回ってねぇと思うけどよ、この精霊って何処から来たとお前は思う?」

「知らな〜ぃ。キミのその溶けた頭で考えれぇ?」

「お前の方が溶けてんだよなぁ……」


 顎を右肩にグリグリすんな。酔いが覚めた時に後悔するの、だいたいお前なんだぞ……

 くふくふと笑いながら真宵は俺に身を預ける。

 蕩けた視線の先を追えば、やはりと言うか炎の精霊とやらの寝顔をじっ……と音が着くほど眺めていた。

 穴が空くほど見つめていた。端的に言って怖いんだが?


「…………酔い醒めたわ。なんでお前いんの」

『!?』

「えっ……知り合いか?」

「違う。ボクが一方的に知ってるだけ。酒呑みの精霊なんざ複数いてたまるか」


 そして、なんでか知らんが正気に戻った。いきなり素面に戻るのは怖いので金輪際やめて欲しい。

 俺の心にもっと安寧をください。安らぎプリーズ。

 お前表情コロコロ変わるから怖ぇんだよ。

 水の精霊もびっくりして俺の髪の毛に隠れちゃったじゃねぇか。あ、ちょっと冷た……うーん悪くない。

 てかこの子真宵にビビりすぎじゃね? 気の所為?


 そうふと疑問に思っているうちに、真宵が気になることを言い始めた。


「あ〜、あぶね。ほろ酔いの思考で否定しなかったら危うく一絆くんが焼け死ぬところだった」

「えっ」

「……何?」

「あの、俺……死ぬの?」

「もう平気だよ」

「そっか……」


 放たれた驚愕の真実に俺の心は死にそうになった。否定だの気になる言葉が聞こえたが、今はそれよりも優先すべきモノが多過ぎて集中できない。

 え、俺焼死しかけたの? え、マジの即死トラップ?

 何処ぞのホラーに出てくるタンスの妖精のように、ガタガタ身体を震わせる俺。命の安全を軽〜く保証されたけど、今それどころじゃない。

 流石の俺でもビビる時はビビるんだぞ。純情な男子高生を舐めるな。


 酔いが醒めた真宵はしっかりとした足取りで酒瓶を抱えたまま眠りこける精霊を、なんの対策もせずに手掴みした。

 いやあの、物騒な事言った割に対応雑だな?


 ……めっちゃ汚いもの触るみたいな持ち方だけど。


「扱い雑だけど平気なのか?」

「問題ないよ。“愛”が強いだけの精霊なんぞにボクの劫火が負けてたまるか」

「いきなり厨二病極めてどうした」

「……別に。ただ、アイ故に燃やす精霊、ってだけ」

「???」


 なにやら哲学的な、厨二的な台詞を顰めっ面で吐き捨てた真宵は、右手で持ち上げた精霊を淀んだ紫眼の奥に映す。

 その時、瞳の奥がゆらりと蠢いた───…

 そう錯覚する程、なにかおぞましい気配が一瞬だけ真宵からした。本当に一瞬だけ。


 瞬間、掴まれた炎の精霊から仄かに火の粉が舞う。それはまるで焚き火や燃える薪のような迸る程度の炎にしか見えないが、間近でそれを見る俺はその火の粉一つ一つに危機感を抱いた。

 ───あの火に触れたら、俺は焼け死ぬ。

 漠然と、確信を。平然と炎に触れる真宵と違って、俺は明確な恐怖をその炎に抱いた。


 なんで、こんなのが俺たちの家に……

 今更、そんな危機感が渦巻き始める。


『───…! 〜!!』

「おはよう、そして初めまして。ボクの名は■■■。キミの希望を摘む者、もしくは摘んだ者だ」

『〜〜!』

「ま、真宵……?」


 自身の体から漏れ出る炎で目覚めたのか、寝起きの炎の精霊は慌てた様子で真宵の指に摘まれている事に気付いて必死に暴れ始める。

 その様子を睨みながら、真宵は淡々と言葉を紡ぐ。

 一瞬だけ言葉にノイズが走ったり、何がなんなのか俺には全く理解できない事が連続して起きる。真宵は何処からそんな不穏な空気を醸し出してるんだ……?

 ほら、水の精霊ちゃん恐怖で退去しちゃったよ。


 恫喝のように、脅迫のように。真宵は精霊を言霊で責め立てる。


「───杖に惹かれたな? 彼を(しるべ)にすれば救われると本気で思ったな? 愚かだな、浅慮にも程がある。炎の貴様が頼るにはコイツはまだ弱い。出直せ、酒天婦(しゅてんふ)

『ッ! 〜………!』

「呪い殺すも焼き殺すもご自由に……さぁ、帰れ」


 命令口調でそう告げられた炎精霊は、恨めしそうに真宵を見た後に、チラッと一瞬だけ俺に目を配った。

 その目を見た時、不思議と寂しさが胸に生まれた。

 明確に表現ができない、涙も流れない寂寥感。その漠然とした違和感に首を傾げている間に話は終わってしまったらしい。炎の精霊は名残惜しそうに、そしてほんの少しだけ申し訳なさそうに顔に影を落として、火の粉と共に消えようと、いや、去ろうとしていた。


 ……なんだろ、この胸に宿る寂しさは。


「真宵、コイツって……」

「……今のキミでは救えない類いの精霊だよ。この前救った水の精霊よりも難易度、侵食率、精霊としての汚染度が高い……まぁ、俗に言う呪詛のなりかけだ」

「じゅ、そ……」

「深すぎる“愛”は留まる事を知らず、その愛の矛先が失われた事で“哀”へと変わり、やがて彼女の身を焦がす炎は無関係の他者すらも焼いていく……捨てたくなかった彼との思い出を薪に焚べてしまいながら、ね」


 なんか、真実の愛とか出てきそうな雰囲気の壮大な話になってきた。

 愛は哀に……? それはつまり、この精霊が……?

 つまり、この精霊は今、自分自身の炎で、身も心も大切な思い出すらも、無意識に燃やしてる……って事なのか?

 ……寂しいとか、辛いとかの次元じゃないな。


「ホントに、今の俺じゃ……」

「無理だね、断言する。キミに炎が燃え移って無惨に死ぬだけで終わるよ。そんな結末は、無意識に助けを求めたコイツも望んですらいない……だろう?」

『〜……』

「うん。だから今は……いや、暫くは我慢したまえ。今ので少しは収まっただろうから」

『〜〜!』


 そうか、俺は……彼女に助けを求められたのか……求められたのに、応えられないのか。

 その事実を前に、無性に謝りたくなった。

 もっと俺が強ければ、今すぐにこの精霊を助ける事ができると、言外に断言されていうのに。弱いままの今の俺では、求められた救いの手を跳ね除ける事しかできない。


 ……己の無力さを、こう何度も突きつけられるのは辛いな。

 辛いけど、それで立ち止まるか否かは……俺次第。


「……ごめんな。お前のその炎に俺が耐えられる様になったら、また来てくれ。その時は……必ず助ける」

『───』

「あぁ、“約束”するぜ……じゃあな」


 決して触れ合わない小指を交えるように伸ばして、去り行く精霊と約束を結ぶ。

 そうして向けられたのは、戸惑いと感謝、期待。

 申し訳なさそうに俺へ微笑みながら、何処か大人の雰囲気を宿した精霊は虚空に溶けて消えていった。

 舞っていた火の粉も溶けて、忘れかけていた酒精も消えていく。


 その光景をボーッと眺めていれば、隣に立っていた真宵に腰を小突かれた。


「あのさぁ…… 考えもなしに約束はダメだよ。破れば死しか待ってないんだよ?」

「……破るつもりなんて端からねぇけど、死ぬのか」

「死ぬよ? 今回は焼死かな?」


 確かに契約とかもそういうのはダメだよな。危うく地下労働とか無償労働とかに繋がりそうな失敗をしてしまった。いやこの場合は死に直結してるんだけど。

 ……全然笑い事じゃないな。

 でも約束した方が確実性が上がっていいだろ?

 意志を強める……って感じがして。真宵の言う通り確かに浅慮すぎたが、俺は後悔なんてしていない。


「誰かの為に強くなるって、素敵なことだろう?」

「……誰の押し売り?」

「よくわかったな。日葵の教えだ」

「あのバカ……」


 溜息を零された。なんだよ、何気ない日常で貰ったマジで感銘を受けた言葉なんだぞ。

 

 あぁ、日葵はマジモンの善人なんだなってなった。


「キミもだよ」

「……そうか?」


 それにしても、まさか酒騒動がこんな事になるとは思ってもみなかった。

 パーティは中断されたが、怒る気にはなれない。


「ところで、これ言うのも薮だけどキミはあの精霊のなにをどうやって治して助けるつもりなの?」

「……あっ」


 そういや俺なんも知らねぇや。考え無しにもほどがある。え、どうしよ……今更不安が募ってきた。

 本当に今更なんだが。え、マジでどうしよ……

 心中そう焦っていると、心底呆れた様子で見てくる真宵にジト目で睨まれてしまった。

 ……これで乗り切るか。


「テヘ☆」

「精霊についての見聞とか知識、もしもの対処方法の諸々、後でしっっっかり学ぼうね」

「はい。すいません」


 よーっし、炎の精霊の為にも頑張るぞー!!!






◆◇◆◇◆






「はぁ……楽しげな気配に釣られてとかじゃなくて、キミ自身と杖に惹かれて来るとか、タイミング含めてゴミすぎるでしょ。空気読めや酒逃げ女」

「酒逃げに関してはお前も人のこと言えねぇぞ?」

「逃げとらんが? 完っ全な趣味嗜好なんですけど?」


 あれから数分後、俺は一人静かに片付けを始めた。

 唯一起きている真宵はパーティの後始末を手伝ってくれず、ソファに腰を落ち着けてサボり、事の顛末を忌々しいモノを語るように炎の精霊が現れた理由を教えてくる。

 いやそれも大事だけど、片付け手伝えよ。


「まったく、キミは精霊を引き寄せる体質でもあるのかい?」

「……否定できねぇ」


 異能的に有り得なくもない。だって俺現代で唯一の精霊と交信できる者って言われてるからなぁ……

 ぶっちゃけ自覚はあんまりない。

 精霊が視えるって言っても、今んところ光と水と、さっきの炎の精霊しか見たことないし。


 あ、おいこら。日葵の顔面を踏んづけんじゃねぇ。


 ……ま、取り敢えず。今はこの散らかったパーティ会場の片付けに集中しますかね。


 日葵が主に作った料理は殆ど食べ終えられている。精々が皿に残った食べカスやソースの跡だ。四人とも食べるの綺麗だったな。育ちか? 育ちなのか?

 ……前言撤回姫叶の皿は誰よりも人一倍汚かった。

 どっからマヨネーズとかケチャップとかオイスターソース持ってきたんだよコイツ。アレンジしすぎだ。


 大皿小皿、ワイングラスやら小鉢やら。テーブルに並べられた食器を重ねて集めて、一つずつキッチンと繋がっているカウンターに運んで置いていく。

 ナイフにフォークに箸にスプーン……も回収完了。

 そういや特大クラッカー食らってたけど……うん、割れてないな。すげぇな日葵の異能。万能すぎんか?


「ん〜……あ……そういやあの酒、ベルドゥーツ産の濃度高いヤツだな……道理で皆酔うわけだ」

「へぇ、そのベルなんとかの酒ってすげぇの?」

「うん。さっきの酒は飲めば魔神の残骸が酔い潰れて真っ裸になるレベルでヤバい酒」

「すまん例えのせいでイマイチわからん」


 んな素で常識みたいに言われてもわからないモノはわからないんだが。

 なんだよ残骸って……そういや酒天婦ってのも何。

 もうなんか知らない知識がいっぱいで怖い。改めてこの世界が俺の知ってる地球とは違うんだなって突きつけられる。これがカルチャーショック……?


 というかそのヤバ酒を飲んでるのか、あの精霊は。


「……飲みたいな」

「いやお前が飲んだら秒で酔い潰れんだろ。やめとけやめとけ。自分の肝臓大事にしろ」

「なにおぅ」


 悪ぶりたいお年頃なのか、真宵はすぐ非行に走って何かしらの問題を引っ提げてくる。未成年は禁止されている酒は勿論の事、匂いのない煙草も嗜んでいる。

 いや偶に吸ってた記憶があるな。この短期間で。

 ワンチャン薬物摂取もしてんじゃねぇかなコイツ。死にたがりの側面もあるからありそう。この前リビングで堂々と自殺関係の本読み漁ってた時はどうしようかと思った。

 その後全部試した後って言われて俺は泣いた。


「あーそうだ。一絆、今回のことボクと日葵以外には誰にも言うなよ。おじさんにもだ」

「え、なんで……報告した方が良いんじゃ……」

「精霊の性質上焼死する範囲が増えるだけ」

「わかった。黙ります」


 こえーよ。ミーム汚染とかじゃねぇんだからよ。


「あの炎はボク以外でも一応対策できる。その為には悦を頼らなきゃいけないけど……その対策をした上でキミにはあの炎を受け止められるだけの肉体強度が求められる。後は杖の精度だ。今じゃどっちも燃える」

「……成程、頑張らなきゃって事だな?」

「簡訳するとそんな感じだね……応援してるよ」


 泡だらけのシンクに手を突っ込んで皿を洗いながら真宵の話に耳を傾ける。編みかごの中で眠る光と水の精霊たちの頬を指で啄く真宵は、応援してると言いながらつまらなさそうに欠伸をしている。

 うん、応援する気ないだろ。絶対どーでもいいって思ってるだろ。

 俺の目を見て肯定すんな。真宵お前マジ問題児。


「……あ、起きる」

「えっ」


 ……あぁ成程。 寝惚けた真宵に絡んで手と足の関節全部外された日葵がやっと起きるのか。

 良かった片付け要員が増える。

 いや待て、よくよく考えたら四肢の関節を全部外したの? 言葉通りの意味だろうけどやばくね? あと枕元にぶっとい剣が刺さってるのも異様すぎないか?

 ……なんか二人のあれこれにいちいちツッコミ入れんのも無粋な気がしてきたな。


 あ、起きた。


「んぅ〜……ん? んんっ…………え、めっちゃ痛い」

「おはよう。もうパーティ終わったよ」

「ぁ……あー、そっか。ところで結局何があったの? なんで私の身体動かないの? 色々教えて?」

「全部酔いどれ炎の精霊のせいだね」

「……えーっと、ごめんどゆこと?」

「かくかくしかじか」

「……かーくーん! 詳しい説明プリーズ!」


 うーわ。真宵の奴、四肢云々を意地でも精霊に押し付けるつもりだぞ。日葵なんか疑う目付きしてるけど絶対目の前のアホが犯人だって確信してるだろ。

 てか俺に説明求められてもな……まぁするけどよ。


 日葵が酔い潰れてからの一連を事細やかに伝える。ただ真宵の殺気を込めた視線が怖いので、くっつき虫でイチャついたり四肢やったり云々は黙った。

 そうして会話を続けると、日葵は……


「ふーん、成程ねぇ……よっと。いたた」

「えっえっえっ」


 なんか四肢を変な方向に曲げたりして、ポキポキと鳴らし始めたんだけど。あれか、外された関節を元に戻してんのか。

 いやすげぇな。現実にできる奴いんのか。すげぇ。

 わずか数秒で四肢を復元した日葵は、にっこにこな笑顔になって……取り敢えずと言わんばかりに真宵に向かって突き進んだ。


 ───拳を握りながら。あ、こりゃ終わったな。


「ひまちゃ……?」

「今から君を殴るね。覚悟はできた?」

「だって変態は殺さなきゃ……」

「私変態じゃないもん」


 いや、あの手の動きは変態だったぞ。敢えて日葵にそれを言う気はないけど。

 事実を言って日葵に殺されんのはイヤだからな。

 ぶっちゃけ悪いのはどっちかって聞かれたら、俺は殴ろうとしてる方を選ぶよ。肩を回してぶん殴る準備を始めた日葵を見て後退る真宵は、顔を顰めて反撃の準備に入ろうとする。影を伸ばして突き刺そうと……


 だが、その動きを日葵が許す筈もなかった。


「えいっ☆」

「うぶっ!? ……おげっ」

「うわ痛そ……」


 腹パンが綺麗に決まった。布団の上に倒れた真宵は苦しそうに呻き、恨めしそうに日葵を睨んだ。

 んまぁ理不尽だわな。お前も過剰防衛だったけど。

 取り敢えず俺は観戦は程々に片付け作業に集中するとしよう。


 え、この洗剤めっちゃ落ちるじゃん。すげぇ。






◆◇◆◇◆






 ───面倒な事になったものだ。


 頭のおかしい勇者に理不尽な腹パン制裁を食らった挙句、殴られたお腹を撫でられているボクは、一連の騒ぎを通してそう結論した。

 悪いのは日葵なのに……まぁそれは兎も角として。

 人様の家に不法侵入したあの炎の精霊は、真面目に厄介な存在だ。一絆くんには手前会った事はないと告げたが、アレは真っ赤な嘘である。

 ちゃーんと彼女とは前世で会った事がある。


 ……と言っても、精霊になってるとは思ってもいなかったが。


 後天的に精霊という概念存在へと昇華する事は別に珍しくもない。

 エーテル世界でも事例としてはそこそこあった。

 と言っても、四天王配下が精霊になるとは思ってもみなかったけどね。魔王であるボク個人とはそこまで面識は無かったとはいえ、あそこまで恐怖されるとは思わなかった。

 魔人としての自我はしっかり残ってるタイプだね。


「ん、ちょっと。そっちまで手ぇ伸ばすな」

「良いでは無いか〜」

「あーれーじゃないんだよ、やめろ」


 お腹を擦る流れで下腹部まで手を伸ばす変態の手を叩き落としながら、ボクは一絆くんに降りかかる不運について考える。

 意図的に起こしたとはいえ、異能発現時にそこらを飛んでいた光の精霊と運良く契約できたり、都合よく界域からやって来ていた瀕死の水の精霊がいたり、彼だけピンポイントに眠らず炎の精霊と遭遇したり……

 これ、精霊絡みの案件がどんどん増えんじゃねぇかなって思うんだよね。

 それも、あっち側から彼目掛けてやって来る形で。


「はぁ〜……まぁ、どーにでもなるか」


 一絆くんなら大丈夫だろ。きっと生きてけるって。


 本当は掴んだ瞬間に“劫火”で燃やしたかったけど、何も知らない一絆くんがいる手前そんな強行手段を取れるわけもなく。渋々と解放したわけだが……

 あーあ、久しぶりに燃やせば良かった。

 借り物の異能・スキルとはいえ、万物滅却の劫火は使えるからね。魔王の能力が影の支配と概念否定だけなわけないでしょ。伊達に千年は生きてないぞ。

 ……完全記憶のスキルには、たまーに感謝しなきゃだね。


 あ〜、ヤバい。久しぶりに魔王プレイしたい。


「ダメ?」

「……人類に迷惑がかからないなら……まぁ」

「じゃあ無理じゃん」

「諦めないで?」


 万が一始めたら最高1ヶ月は死の危機が迫り続けるからね。日刊地球の危機って言われても間違いではないぐらいの事が起きるよ。

 ───まぁ、ボクが自我を保てるか否かもだけど。

 ワンチャンこれで死ねるんじゃないかな? その時が来るかどうかすらボクにはわからないけどね。

 果たして肉体の死滅と魂の崩壊で死ねるのか。

 乞うご期待、ってところかな。今までの経験上絶対邪魔が入るけど。勇者とか勇者とか勇者とか。


「ん〜、我慢ならない。今死の」

「かーくーん! ちょっと頑張って包丁ケース押さえて欲しいな!」

「え……って、うおッ影が!? あぶねっ!」


 キッチンまで影を伸ばして引き出しの中から包丁をゲットしようとしたら、察知した日葵に気付かれた。

 うーん、長年一緒に過ごしたせいで早いな。

 ナイフケースごと持っていきたがる王の影と必死に攻防する一絆くんの顔も見物である。


 ……これ以上彼を困らせるのもナンセンスだね。

 仕方ない。今日の自殺チャレンジとかはここまでにしておこうか。流石の一絆くんもお疲れだろうし。


 取り敢えず、今は一絆くんの成長に期待しよう。


「ふふっ、お風呂入ってくる」

「え、この流れで? ちょ、それなら先に二人起こすの手伝ってよ」

「やーだ。寝かせてあげなよ。疲れてるだろうし」

「真宵が……!?」

「気遣い……!?」

「おらそこに直れよゴミクズ共」


 最後に、いつになっても起きない姫叶と雫ちゃんの二人は、日が昇る次の朝までぜーんぜん起きなかった事をここに記しておく。

 うん、二人の前でお酒飲むのは控えよっかな。


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