表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/82

02-23:まだ見ぬ虚ろの影


 ───絶命するその寸前まで、オーケン・ロイフは己の身に何が起きているのかわからなかった。

 異能部に捕まった経緯もイマイチだ。

 要領が良くない彼は、自分が生きることに精一杯で状況をあまり理解できずにいた。いきなり襲われて、逃がされて、気付いた時には捕まっていて。

 連続する苦難を前に、彼は怯えるしかなかった。


 ……組織が滅ぼされたあの日も、仲間が一瞬にして斬り殺されたあの日も。


 何もできず、何も成せず、無意味に息をする。


 見捨てられてもおかしくないのに、変わらず自分を引っ張ってくれる上司や同僚に何も返せず。

 運だけが良いオーケンには、異能しかなかった。

 亜空間に物品を収納する異能───【空間収納(エアポケット)】。この異能があったからこそ、オーケンは重宝されたと言っても良いだろう。逆になければ、ジョムたちは彼に見向きもしなかった筈だ。

 オーケンは最期の時までそう自虐する。


 三日月のように歪んだ笑みが、自分に向いていないことに安堵しながら……

 

 自分を守ってくれた、守ろうとしてくれた二人まで死ぬのは嫌だな、なんて。

 漠然と思いながら、その人生に幕を下ろした。






◆◇◆◇◆






 その日、望橋一絆は初めて夜の街、邪悪が闊歩する魔都の裏町に足を踏み入れた。

 部員たちの先導の元、異能犯罪者に立ち向かった。

 ───異能部の戦いにおいて、“死”とは身近なモノである。幾度となく現れる空想との戦いによる負傷や精神的苦痛、異能犯罪者との死闘、それら全ては常に彼らに付き纏う。数多くの生徒たちが苦しんできた、最早“当たり前”となった痛み。

 そんな苦しみを、これまで平穏に生きてきた一絆は味わされていた。


「っ、はぁ……はぁ……」


 この世界に来てから、身近に溢れた“死”を知った。生まれて初めて、魔獣の命にトドメを刺した。生きる為に戦う道を選んだ。選ばされた。

 異能部に狩られる空想たちの死を沢山見た。

 初日に見たゴブリンを除き、彼が見てきた骸は全て獣のモノだった。


 初めて見る人間の死体を前に、一絆は痛みに喘ぐ。


「なっ……」

「い、いつの間に……!?」

「全員下がれ!」

『う、嘘だろ……なんで、オーケン……!!』

「ッ、逃げろガキ共! あの刀に少しでも掠ったらすぐ死ぬぞ!!」


 部員の誰にも悟られず殺人を犯した少女と、呆然と天を見上げたまま動かない男を前に、他の部員たちも硬直する。一瞬の思考停止の後、すぐさまその場から瞬時に遠ざかる。

 玲華はジョムを、弥勒はユンを抱えて後ろに。

 一絆も辛うじて足を動かして、雫に支えられながらその場を離れたが、イヤに冷えた頭と激しく動悸する心臓のせいで、その光景から目を離せない。


「んひっ♡ かわい〜……その怯えた顔、好き♡♡♡」


 三日月のように歪んだ笑みから、目を離せない。


「ッ、一絆! しっかり!」

「……あっ…」

「くっ……多世! 望橋くんに軽めの精神干渉を許可! 今回ばかりは許す! 今放心されては不味い!」

「は、はいぃ!」

「……………………はっ!」


 恐怖に取り憑かれていた一絆は、必死に肩を揺する姫叶の呼びかけと、玲華に命じられて【脳波干渉(サイバージャック)】を行使した多世のお陰で、なんとか正気を取り戻す。

 ……本当に、辛うじての話だが。

 憑き纏う死の恐怖は多世の力により幾分か和らぎ、精神の安定化に成功。硬直は解け、慌てて頭を振りながら一絆は目を覚ます。


 ほんの少しの怯えはそのままに、一絆は謝る。


「すいません、迷惑かけました」

「いや、構わない。その想いは正しいモノだ……今は多世の異能で抑えているが、それも一時的だ。いずれぶり返す。なんとか……耐えてくれ」

「……はい」


 神妙に頷く一絆は、気を引き締めて敵を見据える。


「あれ? 元気になった? 良かったね♡♡♡」

「っ、どの口が……」

「雫、怒りに我を忘れるな……気持ちはわかる」

「……ふぅ……ごめんなさい」

「気にするな」


 怒りの矛先を向けられた斬音は、萎縮する所か逆に嬉々としてそれを受け入れている様子。

 なんならもっともっとと急かしている。

 どっかのリーダーが頭を悩ませる原因その二十三は今日も今日とて笑っている。


「おまえは……誰だ。何者だ」


 その問いかけに、少女は刀を頬に添えて答える。


「黒伏斬音で〜す♡♡♡ 人斬りやってま〜す♡♡♡ なんてね♡♡♡ あはっ♡♡♡」

「ッ……多世、廻! 犯罪者データベースは!」

「ななないですぅ!!!」

『載ってない!』

「えっ……なんで載ってないの? 載らなきゃ……」

「そんな率先するもんじゃねぇ」


 古の夢女子のような挨拶で斬音は口を開いた。

 職業ではなく趣味を述べ、ケラケラと笑って名乗る斬音は、自分が犯罪者リストに名を連ねていない事に不満を抱きながら、ゆら〜と身体を揺らす。

 動きの一つ一つに警戒する異能部とジョムたち。

 物言わぬ死体となったオーケンの隣で、どうやって欲を満たそうかと、斬音はほんの少し悩んで考える。


 元は逃がしてしまった強盗犯らを殺しに来たのだ。ぶっちゃけてしまうと後はジョムとユンを殺してしまえばこの地に用はない。

 ない、が……斬り甲斐のありそうな異能部と彼女は出会ってしまった。


 故に、斬音がやるべき事、やりたい事はただ一つ。


 異能の瞳───【死閃視(デッドライン)】を煌めかせ、視界に入る全ての生命の死を見極める。

 次々と身体に引かれていく不可視の線は、腕や足の一部分だけではなく、全身に満遍なく引かれていき、どこを斬っても死に至るという致命の印を描き出す。

 強制的に死を定義する死神の瞳は妖しく輝き。

 その力をもって、斬音は幾つも線が引かれた身体を狙っていく。


「んーまー、う〜ん……死んで♡♡♡?」


 軽率に死を齎す彼女は獲物を選ぶ。その選出方法に大層な理由などはない。弱そうだからとか、強そうだからとか……そんな安直な理由で死を与えはしない。

 彼女は気分屋だ。

 気分で誰を殺すか選んでいる。頻繁に夜を共にする真宵も、よくお世話になっている蓮儀も、その気分が来れば刃を向ける。斬音はそういう人間なのだ。

 故に彼女は……気分で二番目の犠牲者を選んだ。


 獲物を狩らんと腰を落として、一歩踏み込む。

 その一歩をもって、後方で主戦力の援護と捕まえた犯罪者たちの防衛を任された……姫叶の背後に回り、一瞬にして間合いを詰めた。

 驚異的な脚力は、玲華すら目で追い遅れる瞬間的な移動を可能とし……

 無防備な背中を晒す姫叶に、斬音は刀を一閃した。


「ッ、小鳥遊くん!」

「えっ……あっ」

「まずは1人……も〜ら〜いっ♡♡♡!」


 神経を研ぎ澄ませていた玲華は、死角を縫ったその攻撃に遅れて気付き、そして誰よりも早く気付いた。

 しかし、時は既に遅く。

 声に気付いて振り向いた姫叶は、眼前に迫る凶刃を前に、ただ呆然とするのみ。


 振り下ろされた凶刃は、呆気なく振り下ろされ……


「───あっぶな。修羅場ってる暇なかった」


 天井から降ってきた日葵が、光の剣で受け止めた。


「琴晴さん……!」

「日葵!」

「ごめん、でも間に合って良かった」

「遅いぞ全く……」

「あはは」


 口々に文句を言われ、まぁ当たり前だよねと粛々と言葉を受け入れた日葵は、そのまま剣を振り払う。

 その勢いに乗って斬音は後ろに飛び、着地。

 斬音は猫のように目を細め、舌なめずりをしながら笑みを深める。


「あはっ♡♡♡ 屋上にいた子だ♡♡♡」

「流石に同級生が死ぬのはちょっとね……かーくんの精神衛生上的にも良くなかった。反省反省」

「マジで早く来て欲しかった」

「ごめんね、真宵ちゃんと修羅場ってた」

「なんで???」


 油断なく敵を睨む日葵は、一絆からの苦情を笑って受け流す。

 そもそも修羅場になった原因は斬音である。

 余計な一言で時間を取られた挙句、問い詰めている隙に死体を作られた。それも人の死体を見た事のないある意味純粋無垢な一絆の目の前で。

 絶許である。取り敢えず斬音をしばくと決意した。


 そんな風に人知れず過保護を拗らせ始めた日葵に、助けられた姫叶は自分自身の力不足を憂いながら感謝を述べる。


「ごめん、ありがとう……」

「どーいたまして。お礼はケーキね」

「安いのでいい?」

「それが姫叶くんの命の価格になるけど」

「めっちゃ悲しいこと言うじゃん」


 茶々を入れながら対価を求め、日葵と姫叶は笑う。ジメジメと苦しんだり悩んだりするのは、終わった後で良いのだから。

 ポンポンと頭を叩いて、日葵は剣を握り直す。


「子供扱いすんな……キレそう……」


 後に感謝のパイ投げならぬケーキ投げが開催されることを、日葵はまだ知らない。


「れーか先輩、合わせてくれます?」

「勿論だとも。久しぶりに組もうか」


 未来の話はさておき、互いに睨み合いながら斬音がどうやって日葵を斬り殺すか悩んでいる隙に、刀に雷を帯電させた玲華が、日葵の隣に並ぶ。

 目で訴えかけ、口で告げれば承諾が返ってきた。


 ……そして。


「姫叶くん、雫ちゃん」

「ん?」

「なにかしら」

「私が合図したらアイツに攻撃。具体的には……」

「……成程、よくわかんないけど良いよ」

「半信半疑だけど……わかったわ」

「ありがと♪」


 同級生二人に作戦を提案。チラッと後ろに目をやりオーケンの死体の影でこそこそとめぼしいものを選んでいる真宵を見て、溜息を一つ。

 金銭とかちょろまかされるんだろうなぁ……

 元魔王の手癖の悪さには流石の日葵も呆れている。集めた金で何をやろうとしているのか、もしくはやっているのか。後で問い詰めようと決めた瞬間である。


「あ、弥勒先輩も二人についてってください」

「ん。了解」


 私は私は? とソワソワしていた弥勒にもしっかりと作戦を伝達する。


「かーくんはそこの二人守っといて?」

「りょーかい」

「廻と多世は援助を頼む」

「は、はい!」

『勿論だ。……で、洞月は』

「悪いことしてまーす」


 ドーム状に展開された光の盾が、一絆を中心に現れジョムとユンを守る。せっかく捕らえた犯罪者を、そう易々と殺されてはたまらない。

 二度目三度目は未然に防がなければいけないから。

 誰かさんが裏でこそこそしている事に総じて溜息を吐きながら、異能部は喝を入れ直す。


「……あはっ♡♡♡」


 異能部側の動きを見守りながら、迎えが近付くのを待って膠着状態を受け入れていた斬音は、あちら側が改めてやる気になったのを見て喜び、ニヤリと笑う。

 この世で唯一“殺せない”リーダーの同僚、表向きの仲間たちを殺したら、彼女はどんな顔をするのだろうか。裏部隊の誰かさんが欠けても表情一つ変えない彼女だけれど、案外顔を歪めるかもしれない。

 そう予想するだけで、なんだか楽しくなってくる。


「じゃ、始めようか。第2ラウンド」

「いいよいいよぉ♡♡♡ 楽しもっかー♡♡♡」

「神妙にお縄についてもらおう! 行くぞ!」


 再び鳴り響いた開戦の合図と共に、斬音は持ち前の瞬発力をもって日葵に接近、瞬く暇も与えずに斬りかかる。

 日葵は光の剣で妖刀を受け止め、一瞬拮抗。

 そこですかさず敵の背後に回った玲華が雷刀を振り下ろす。その斬撃を避ける為に斬音は光の剣から刀を離して飛び上がり、天井に張り付くように着地。

 二振りの刀剣を避けた後、すぐ降りて斬りかかる。


「うーん、速いね」

「すごいでしょ〜♡♡♡ リーダーも褒めてくれたよ、これ♡♡♡」

「むか〜」

「なんでキレるんだ……?」


 日葵が褒める通り斬音の素早さは異常の域にある。戦闘後で多少気が緩んでいたとはいえ、異能部の真ん中に誰にも気付かれずに侵入する技量も含め、彼女がその“速さ”を保持しているのには、理由がある。

 それは肉体改造。非人道的な“メーヴィス”の祝福。

 物心つかぬ頃から始まった人体実験により、斬音が最も重点的に強化されたのは───“脚”。

 目にも止まらぬ速さで無防備の標的を弑する為に。

 王に仕える暗殺者を量産する為に始まった、数ある人体実験の一つ。その成功例が黒伏斬音である。

 発芽した驚異的な瞬発力、隠密性を高めた移動術。

 華奢な脚に秘められた異常な身体能力は、現時代で神速と謳われる玲華に冷や汗をかかせ、同等の速さを有する日葵を感嘆とさせるレベルの脅威を誇る。

 廃工場という限られた空間においてもその危険度は健在であり、こうして発揮されている。


 ……純粋な身体能力で斬音の“ソレ”を上回っている日葵は日葵で凄まじいが。


「雷を纏わんとついていけんな」

「ついてけたら人外です」

「じゃあ琴晴は人外だな……」

「めっちゃ風評被害ですね???」

「雷ちゃんに同意〜♡♡♡」

「かみなりちゃ…???」


 約一名生まれて初めてあだ名をつけられて宇宙猫を晒しているが、斬りあっている最中である。

 紫電や閃光が飛び散り、金属音は鳴り止まない。

 縦横無尽に空中を駆ける三人の姿は、既に常人では剣同士がぶつかる瞬間や残像しか見えないぐらい戦闘スピードが跳ね上がっている。

 斬音の刀に斬られたら即死、玲華の刀に接触したら感電……日葵の光剣を除き、どいつもこいつも向ける刃が危険である。

 現に斬音はちょっと腕がビリビリしてきた。


「まま、楽しくやろーね♡♡♡」

「楽しめる要素ゼロなの。ごめんね」

「くっ、すばしっこいな……!」


 玲華たちが手練な為か、斬音の斬撃は未だ届かず。二人の攻撃は、斬音の腕や足に傷を増やす。

 劣勢なのは誰もが見てわかる。

 それでも斬音は笑って踊る。刀を手に、血を吹き、死を誘いながら楽しく踊っている。

 斬音にとって痛みと苦しみは“辛く”はない。

 世界を楽しく生きたいと願う、ちょっとした人生のスパイスでしかない。

 痛いのは大好き。生きている実感が得られるから。

 苦しみも大好き。生きている確証が得られるから。


 いつ死んでもおかしくない少女は、そうして今日も笑っている。


 今日も、明日も、いつまでも。ずーっとずっと。


 死ぬその時まで、永遠に。






◆◇◆◇◆






「……あのガキ共、ナニモンだよ」

「うちの部長と同級生。所属歴は二人共俺の先輩」

「何言ってんだテメェ」

「殴っていいか……?」


 ところ変わって、廃工場中央の安全地帯にて。

 光の精霊が展開した結界の中で、人外地味だ攻防を続ける女たちを見て呆けた顔を晒すジョムに、一絆は普通に返したが、どうやらお気に召さなかった様子。

 一絆を戦闘初心者だと見破った彼にとって、日葵と同級生と言われたら色々と脳がバグるのだ。同級生で先輩後輩と言われても困るのだ。

 情報量の問題である。

 取り敢えず一絆は有言実行した。酷い異邦人がいたものである。


『………はぁ……』


 尚、生き残った犯罪者の片割れであるユンは、一人虚空を眺めていた。現実逃避とも言う。

 言葉も通じないし頼れる上司は捕まっている。

 今の彼にできる事は、今後の牢生活が悪くない事を祈るぐらいである。

 加えて、友人が死んだ事も尾を引いていた。


「……ほんと、情けないよなぁ……」

「あ゛?」

「いや俺のこと。今すげー無力じゃん?」

「あー……最初はそんなもんだろ。あんま悩んでっと禿げるぞ」

「アンタみたいにか?」

「禿げてねぇよ。ファッションだ」


 そしてここに、己の無力を嘆く少年が一人。


 対して関わりはないが、話が通じるジョムと語らう姿は、何処か悲しみを帯びている。

 一絆は弱さを痛感した。この日何度目かの弱さを。

 鬱陶しく感じるくらい、彼は置いてけぼりだった。人には役目がある。今彼に課せられた仕事は犯罪者を襲撃者の凶刃から守る事だ。そこに文句は無い。が、自分も皆と共に戦いたいという気持ちがあった。

 ……その悩みに、今はそっと蓋をする。


 また、きっと多分……あの二人に甘えてしまう。

 そのどうしようもない弱さに少しイラつきながら、精霊たちと共に一絆は戦況を見守るのであった。






◆◇◆◇◆






「……そろそろかな」

「わわ!?」


 チラリと後ろに目をやって、作戦通りに姫叶たちが所定の位置にいる事を確認した日葵は、光の剣を連続生成して斬音に放つ。

 まさか剣が射出されるとは思いもしなかったのか、斬音は慌てて回避。幾つか肌に掠るが、なんとか剣で天井に縫い付けられるのを回避する。


 その剣の群れが、誘導だと気付かずに。


「ふむ、痺らせた方が良いな」

「あぶっ!? もー、だからビリビリキライ!!」


 複雑な軌道を描いて襲い来る、指向性をもった雷も避け続ける斬音は、徐々に徐々に、オーケンを殺した方向へと移動していく。

 光の盾の結界を飛び越え、どんどん近付いていく。

 刀で攻撃を捌いている内にイヤな予感をひしひしと感じ始めるが……時既に遅く。


 日葵が大詰めに入った戦いに終止符を打った。


「真宵ちゃん! ゴー!」

「ラジャ」


 位置的にはオーケンの死体から少し離れた斜め上。いつの間にか天井の梁で足をブラつかせていた真宵に合図する。以心伝心でやりたい事は把握していた為、真宵は悩むことなく異能を行使。

 闇で縛っていたオーケンの異能空間を解放する。


ドパッ!!! ガラガラガラ……!


 瞬間、オーケンの右腕を起点として空間の裂け目が出現して、そこから大量の物が流出する。

 それは金塊や銃、札束の入った鞄などなどなど……

 彼の異能【空間収納(エアポケット)】の異能空間に収納されていた中身がひっくり返されたように溢れ出る。

 床の上に山のように積み重なる財の山。

 荷物持ちとして彼に集められてきた物が、全て外に放り出される。


 ───異能力というモノは本来、持ち主の死後その効力を無くす。大半は死んですぐか、数分後には世界への影響力を失っていくのが通例である。

 燃やした箇所は鎮火し、凍ったモノは溶けていく。

 例外はあるものの、それが異能の一般常識だ。

 オーケンの異能空間もまた同じ。

 本来は死んだ後、すぐに異能が解けて入れたモノが溢れ出る筈であった。それを真宵が【黒哭蝕絵(ドールアート)】で細工して無理矢理堰き止めていた。

 尚、空間に干渉するタイプの異能は大変希少な為、持ち主の死後どうなるかはあまり判明していない。人によって違う、変わるというのもあるので。

 それを逆手に取り、日葵は真宵に異能を弄らせた。


 ……ただのアイコンタクトで。恐ろしき以心伝心。


「ぅえ!? なになになに!? なにこれ!?」


 死体の傍に着地しようと考えていた斬音は、未知の現象を前にたじろぐばかり。空中を蹴る能力は持ち合わせていない為、金属の山に仕方なく飛び込む。

 ───それを狙っていた日葵が、再び合図する。


「姫叶くん! 今!」

「ぅおー!!!」

「……えっ、あれっさっきの女の子!?」


 砂山に埋もれた機械の物陰から現れた姫叶が、全力ダッシュで斬音に接近。

 わー、なにこの金の山ーと思考停止していた斬音が気付いた時には……


「僕は男だ! 空まで吹っ飛べ! <巨大化(ビックサイズ)>!!」

「え!? 待っえ、ぅぐッ!?」


 触れた金の延べ棒に異能【玉手菓子(ビスケット)】発動。元とは比較にならないぐらい巨大化した金の延べ棒が、そのまま斬音に迫り、腹に激突。

 上方向を向いていたのが幸をなしたのか、天井へと押し飛ばす。口から嗚咽と共に空気を吐き出して、意識を朦朧とさせながら斬音は吹き飛んだ。


「で、私が追撃ってことね……<滴雨(アクアショット)>」

「───あぐっ!?」


 そこにすかさず、姫叶と同じ場所に隠れていた雫が姿を現し、液体の弾幕を放って斬音への攻撃を開始。オークの強固な頭蓋を貫く程の、あの強力な貫通力は抑えられているのか、幸い全弾着弾した斬音の身体に穴はできなかった。

 代わりに内出血や青あざができてしまったが……


 お腹への痛恨の一撃と加えて水弾の全身強打。

 流石の斬音もこれには参ったのか、辛そうな表情を浮かべて宙を舞う。

 痛みに悶えるが、それでも斬音は刀は手放さない。

 隙だらけの状態だが、近付けば即座に斬り捨てる。逃げ場も足場もない空中であろうと、どんな体勢であろうと斬る。その意志は未だ弱まっていない。

 だが、それを成すには近付かれなければ不可能だ。

 そう……斬音の弱点は戦闘術に遠距離攻撃を持っていない事。得意の脚も使えない今、彼女は体のいい的でしかなかった。


「これでトドメだ───穿て、<雷槍>!」


 玲華が〆として放った攻撃も、避ける事は叶わず。


 左手から迸る雷光を一本の槍のように束ねることで造られた青い雷の一撃が、大振りの投擲によって上へ放たれて……

 光に目を焼かれ、茫然とする斬音を貫通した。


「ガッ!? ッァ、ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛!?」


 廃工場に絶叫が響く。感電した痛みを訴える肉体に然しもの斬音もあまりの苦痛に悶絶する。

 幾ら痛み苦しみを至上としても、限界はあるもの。

 生まれて初めて異能の雷を浴びた斬音は、なんとか意識は失わずに落下していく。


 背中から床にぶつかり、肺の中の空気を噎せ吐く。


「ごふっ……なる、ほど……ねぇ……♡♡♡」


 恍惚とした笑みを浮かべながら、斬音は久方ぶりの敗北を味わうのであった。


 ───異能部の辛勝である。


 日葵と玲華の二人で接近戦に持ち込み、死の斬撃をなんとか避けながら攻撃……そこから搦手を加えた総攻撃をするのが、日葵が立てた作戦であった。


 一連の流れを天井の梁から眺めて、極力手を出さず気配を消していた真宵も、これには拍手で祝福した。同時に、自分の裏の部下である斬音の今後の改善点や対異能部戦を予測立てている。 

 近距離の斬音、遠距離の蓮儀、万能型の真宵。

 それぞれに問題を抱え、前者二人に至っては反対の弱点を持っている。

 最悪の事態を考え、対策しなきゃと真宵は思った。

 そんな事よりも早く降りて異能部として活動すべきである。

 後でお叱りを受けるのは確定だ。


「ふぅ……拘束するわ」

「雫ちゃん、スライムにはならない方がいい。確実に身体判定になるから」

「……面倒ね。死にたくないし、わかったわ」


 なんとか勝てた事を喜びながら雫は足を進める。

 日葵が直感で導いたアドバイスに従い、異能による液体化をせずに接近。

 警戒しながら異能封じの鎖を取り出した。

 ……日葵の助言は正解である。雫の本体と連結したままの液体だと、致命の線を作られて斬殺されていただろう。


「ん。何もすることがなかった」

「次はあるわよ。きっと」

「ん。期待しとく」


 弥勒は姫叶と雫の護衛として動いた為、特になにかすることが無かったのが暇だったのか、ゆらゆら揺れながら雫について行く。

 玲華と日葵と一緒に混ざって敵を攻撃しに行っても良かったのだが、連携的な問題で除外された。弥勒の速さだと二人に合わせずらいのだ。

 できなくはないが、そこまでする必要もなかった。


「あーあ、あーあぁ……負けちゃったかぁ♡♡♡」

「ッ……大人しくお縄につきなさい」

「え〜? イヤだよ〜ッ、ゴホッゴホッ……あー、これすっごい痛ぁい……リーダーの癇癪でイジメられた時ぐらい……♡♡♡」

「言ってる事と表情がヤバいね」

「そのリーダーとは誰なのかも、詳しく聞かせてもらいたいものだな……」

「ん。確保」


 続々と包囲網ができあがる。刀を持つ腕、右手首を足で踏み押さえられ、斬音は鎖を巻かれてしまう。

 ガクンと抜ける力に目を見開き、ほんの少し焦る。

 更には弥勒の鎌も首に当てられ、行動は不可能に。

 どうやって逃げようか。無理に動いて抜け出しても捕まる可能性が高い。例え片腕を封じている雫を殺したとしても、ヘイトが溜まって今後の活動が面倒になりそうだ……と、斬音は無言で思考する。

 ヘイト云々は別に構うことのない話。だが、仮にも組織に属する身だ。そこら辺は微かに残った理性で無為にしない。

 リーダーに面倒をかけさせるのも気が咎める。

 一応斬音にも黒彼岸の二人に仲間意識はあるのだ。それはそれとして斬りに行くが。


(癇癪? え、なんのこ……あー、いやアレお前が悪い故の折檻だろ。なんでボク悪い扱いされてんの?)

(あ、良かった。癇癪してないのね。安心した)

(こっち見るな)

(声出した方がいい?)

(やめて。死ぬ)


 その頃、人知れず目で会話する二人がいた事は誰も知らない。


「多世、異能で意識を奪え。今なら可能だろう」

「は、はい。いきます……!」


 実は陰でこっそり異能を使い、意識誘導で雫たちを斬音の思考から飛ばす事に成功していた多世が、手に持ったテレビのリモコンを斬音に向ける。

 赤色の電源スイッチに指を乗せ、押し込み───…




(───やれ)

(───了解)




────…チュン!


 その時、音を立てて多世のリモコンが吹き飛んだ。


「あぎっ!?」

「──!? なっ、狙撃だと!?」

「また新手かよ!!」


 そう、それは狙撃された音。撃たれた証拠。

 廃工場の二階窓の僅かに空いた隙間から射抜かれた光弾は、連続で射出され異能部を襲撃する。

 度重なる乱入者に舌打ちしながら退避する。

 幾つかの弾丸は一絆とジョムたちを守る光の結界に着弾し、僅かにヒビを入れるまでダメージを与えた。


「あぶっ、嘘だろヒビ!?」

「おいガキ、伏せろ! どたまぶち抜かれんぞ!」

『oh、なんてバイオレンス!』

「狙撃とか生まれて初めて……怖……はっ! 皆、盾の中に裏から入って! 外より多分マシだから!」

「ごめん入れてありがとう!」

「助かるわ」

「ぅ、ぐすっ……」


 外殻の割れた結界はそのままに、内側から光の盾を張り直して補修。慌てて結界の中に逃げ込む姫叶、雫に抱えられた多世も反対側から迎え入れる。

 守られた空間の中、止まぬ弾丸の嵐を睨むばかり。

 多世の手に包帯を巻く雫は、結界の中に入らず外にいる姉と弥勒、日葵を心配げに見つめた。


「無事か、弥勒、琴晴くん」

「ん。問題なし」

「そっちこそ……ま、この程度ならなんとか」

「流石だな」

「にしてもこれ……異能?」

「む……どうやらそのようだな」


 飛んでくる弾丸を剣で弾きながら会話する三人は、空から飛んでくる攻撃が全て異能によるモノだと推測する。現に銃痕はできても弾は転がっていないし、飛んでくる時に見た弾は全て光の塊であった。

 普通は見えない形まで見抜いた日葵は、視界の隅で斬音が動き出したのを見た。


「れーか先輩!」

「あはっ♡♡♡ ごめんね〜、ホントはもっと遊びたいけど、お迎え来ちゃった♡♡♡」

「逃がさん……くっ、邪魔だ!」

「装填してないですよねこれ。無限弾幕かな?」

「現実逃避するな琴晴!」

「あはは……」


 刀を鞘に戻してタタっと斬音は駆ける。先程までの悶絶した姿はそこになく、脂汗もない元気な姿で逃げていく。

 この僅か数秒で回復したとでも言うのか。

 それとも意地で走っているのか……後で知っている人に聞こうと思いながら、日葵はその背を見送る。


「まったね〜♡♡♡ 次は殺すね♡♡♡ 絶対♡♡♡」


 その言葉を最後に、斬音の姿は夜の闇に吸い込まれ消えてしまった。


「二度と来ないで」

「……これは無理だな。深追いできん」

「えぇ。囲まれてますし」

「ん……厄介」


 二人が斬音を逃してしまう最大の理由は、廃工場の周囲を無数の気配が囲っているから。銃撃を浴びて気配を更に研ぎ澄ませなければ察知できない程、微弱な気配の持ち主たちに、今異能部は包囲されていた。

 恐らく、いやほぼ確実に敵の増援である。

 下手に動けば即座に襲われる……ここは大人しく、黙って見過ごすしかなかった。


 玲華たちは忸怩に悔み、弥勒は無表情で眺める。

 日葵は「予定調和〜」と心の中で唱え、皆の邪魔をして申し訳なく思っていた。

 なにせ斬音も見方を変えれば真宵の味方。

 大好きな子の精神衛生上、及び社畜化を防ぐ為には生かして逃がさなければいけなかった。それはそれとして一絆をイジメたケジメをつけさせたが。

 金塊腹パンと雫の全身被弾、雷貫通がそれである。


「真宵ちゃん、お疲れ」

「……ボク特に大したことしてないけどね」

「うおっ、今まで何処にいたんだ洞月……」

「ん。びっくり」


 天井から降ってきた真宵と談笑を始めれば、驚いた玲華と弥勒に二度見される。

 ヒラヒラと手を振る姿は、何処と無く疲れた様子。


「外回りのヤツらとちょっと」

「……その傷はそういうことか」

「え? あー……いつの間に」


 何処かでやられたのか、学院のスカートとタイツの隙間から除く足に擦れた痕がついていた。

 血はあまり流れておらず、痛みもそこまでない。

 ……実は怪我の原因は錆びた壁に擦ったせいであり戦闘とは全く関係ない事は、真宵だけの秘密である。


 敵と戦った? 裏部隊の廃人集団を外縁部に配置しただけである。

 お迎え役の狙撃手を呼んだのもコイツだ。

 そもそも斬音がいなければ必要のない工作だったのだが……取り敢えず彼女が悪い。真宵の胃痛の種である。いなくなったらいなくなったで面倒なのだ。

 そろそろ監禁も視野に入れるべきかもしれない。


「気配は……もうないな。はぁ。任務は失敗。全員を生かして連れ帰る事が目的だったが……」

「荷物持ちが死んじゃったしねぇ……ボクも想定外」

「本当に辛勝だな、これは……いや、敗北か……」


 額に手をやり天を仰ぐ玲華は、事実上の任務失敗に溜息を吐く。もう少し上手くやれば平気だった筈だ、もっと考えられた筈だ……

 脳裏を駆け巡るもしたられば。だが、玲華はそれに押し潰されるのではなく、次の教訓に生かそうと喝を入れ直す。


「学院に帰るぞ、皆───今日の失敗は、明日に生かそう。これからまた忙しくなるからな」

「はい!」

「ぅぅ〜……」

「よし……廻、バスは」

『襲われてはいない。無事だ』

「わかった。すぐに戻る」


 様々な想いを胸に、異能部は学院への帰路に着く。


 ジョムとユンの鎖を縛り直して立たせ、オーケンの死体は真宵が影から出した遺体収納袋に入れて外へと運んでいく。異能空間から溢れ出た数々の盗品や証拠品は、姫叶の【玉手菓子(ビスケット)】でビー玉サイズまで小さくしてから袋に入れて押収する。

 未だ痛みで泣き喚く多世の手の治療を日葵が施しながら、一同は廃工場を撤収した。


「はぁ……ありがとな、お前たち」

『『〜♪』』

「おう、またよろしく」


 精霊たちにお休みを告げて、一絆も皆に続く。

 救えなかった命、組織的な動きを見せた敵の集団、脅威的な異能の持ち主たち。

 未知を前に、弱さを前に、彼らは心を見つめ直す。

 また一歩、強くなる為に。


 こうして。

 新学期初めての対異能犯罪者戦は、思いもせぬ敵の出現により、混迷を極めるのであった……














「で、ママって何?」

「誤解だってば。その話題もう畳もうよ」

「何の話だ?」

「あーほら話広がった!」


 帰りのバスの中、断片的な情報でまた一波乱あったのは、また別のお話。


異能部と黒彼岸が本格的にぶつかるのは、またいつか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ