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02-22:だんだん染まってきた


 犯罪組織の生き残りである幹部のジョム、構成員のユンとオーケンは死んだ仲間たちの屍と夢を背負って今を生きている敗残兵の集まりである。

 くどい程何度も言うが、彼らは地獄を経験した。

 異能結社準幹部〈王冠〉による襲撃、裏部隊が誇る辻斬りとの遭遇など、彼らが今まで経験した事がない程の苦境であり、濃密な死の連続であった。


 そんな彼らに迫る次なる試練は、異能部との戦闘。


 襲われる度に、戦う度に減っていく仲間たち。もう三人しかいない今、彼らに残された道は少なかった。

 すなわち……敵を迎え撃ち、生き延びる道。

 逃亡などは実質不可能。目の前にいる正義気取りの子供だけが自分たちの身柄を狙っているわけがない。工場の外や逃走ルートなど、見えない所に他の人員が配置されているのは考えなくともわかる。

 ここで勝っても負けても次がある。

 それでも、ジョムとユンの二人はプライドにかけて戦う道を選んだ。敗走など、無様に這うのはイヤだと意地を張り、捕まって溜まるかと虚勢を張る。

 ……だが。


『あ、兄貴ィ!?』

『テメェは邪魔だ。荷物持って逃げてろ! 終わったら合流すんぞ! ……わかったな!?』

『ッ……』

『安心しろ、ジョムの兄貴は俺が守ってやるからさ』

『何様目線だテメェ』


 戦闘能力のない臆病者のオーケンだけは遠ざける。異能で操った砂の濁流で後方に放り、ジョムは一塁の望みを荷物持ちの部下に託してこの場から逃がす。

 逃げに徹すれば必ず生き残る、運だけは良い男だ。

 邪魔だからどっかに行けという意味もあったが……戦闘に巻き込まれて死ぬよりはマシだろう。


「行かせるか───む」

『悪ぃな嬢ちゃん。足止めだぜ』


 オーケンの逃亡を阻止しようと玲華が一歩踏み込むが、それを遮るようにユンが研ぎ澄まさた異能の刃を振るって妨害する。

 それを契機に、ジョムとユンは目の前の若き脅威を撃滅せんと本格的な攻撃を開始した。


『砂に呑まれて派手に死ね、アルカナのガキ共!』


 坊主頭を掻いてからジョムは大きく足を踏み込む。工場に積もった砂は全て彼の操作対象。砂浜や砂漠であれば、その脅威度は国家規模にまで跳ね上がる砂の異能───【砂塵操作デザート・ドミネーター】による先制攻撃。

 蠢動する砂粒は波となり、宙に浮き、流動する塊となって振るわれる。


『こーゆーのもなんだけど、切り刻まれてくれ!』


 そんな上司と比べて柔和な笑みを浮かべるユンは、両腕に風を纏わせて腕を振るう。

 縦と横、腕から真空の刃が射出された。

 直線上の全てを切り裂くユンの異能【風切包丁(カッターブレード)】は斬撃性のある風を作り、腕を振るったり、拳に纏わせ殴ると同時に敵を斬り殺したりできる異能である。

 己の異能を知り尽くしたと自賛するユンは、目にも止まらぬ速さで腕を振るい、風の刃を量産する。


「ん。無駄」

「遅いな───<雷網>!」

『な、にっ!?』

『oh......』


 そして、二人が放った砂と風の攻撃を、前線にいた玲華と弥勒は難なく跳ね除けた。

 死神の鎌は砂の暴流を切り裂き、道を妨げさせず。

 刀から迸った雷電が網のように広がり、十を越える風の刃を包むように収束、瞬く間に消失させた。


『チッ、だがまぁ……斬られただけなら問題ねェ』

『オレ結構フリじゃね???』


 驚愕で一瞬硬直したジョムだったが、切られた砂の主導権が奪われていない事から、弥勒の斬撃は普通のモノであると即座に看破。二つに切断された砂の塊を一旦引っ込めて、ジョムは再び砂を掻き集める。

 対してユンは意気消沈。だって雷。音も凄まじい。

 完全に戦意を削がれたわけではないが、こう何度も襲ってくる強敵を前に、早くも心が折れかけていた。


『日和ってんじゃねぇよ! オラ、さっさと終わらせんぞ!!』

『……あー、はいはい。やってやりますよォ!』


 ジョムは落ち込む部下を鼓舞する傍ら、集めた砂で巨大な右腕を作り、異能部に向けて振り下ろした。

 ───その攻撃を、今の今まで心の準備をしていた彼が、意を決して迎え撃つ。


「ウンディーネ! <水浴び>!」

『〜♪』

『ッ、水の……いや、なんだそのちっこいの』

「ん。ナイス一絆」

「良いぞ、その調子だ!」

「うっす!」


 玲華たちの後ろで敵の出方を見ていた一絆は、先日契約したばかりの水精霊に命令。虚空から生み出した大量の水を砂の腕に上から浴びせて邪魔をする。

 水分を含むとジョムの能力は阻害されるのか、砂は濡れた箇所から浮遊が解けて、あっという間に宙から地面へと崩れ落ちる。

 悪態をつくも、一絆の周りをふよふよと浮いている精霊二匹の存在にジョムは疑問符を浮かべる。だが、今度は遠隔で飛んで来た水の塊を顔面から浴びた事でブチ切れ、思わず怒りを露わにする。

 だが、ジョムはすぐに平静に戻って3対2の戦況を覆す為の作戦を練り直す。


『……よし、ユン。テメェはあのチッセェの連れてる坊主狙え。嬢ちゃんらと比べてかなり練度が低い』

『あー、まぁ雷ちゃんよりは通じそうだな』

『恐らくルーキーだ。ド派手に可愛がってやれ』

『……OK。じゃあこの二人は頼むわ』

『誰に言ってやがる。あと敬語使いやがれこの野郎』


 ひと目で一絆の未熟さを見抜いたジョムは、相性の悪さを考えて計画を立案。ユンに一絆一人を任せて、自分は玲華と弥勒を同時に相手取るという。

 無茶無謀に思える作戦だが、今はそれ以外にないと理解しているユンは、嬉々として上司に従った。風の刃が効かない女傑たちを相手取るより、まだ弱そうな男を狙った方が楽だ。


『兄ちゃん悪ぃな、オレと死合ってくれ!』

「ッ、だよな、俺んとこ来るよな! 俺弱いもん!」

『〜!』

『ハハッ、可愛いなぁ、そのちっこいの!』


 意気揚々と駆け出したユンは、天井を蹴り、側面を走って撹乱しながら、風の刃と共に一絆へと一直線に向かう。

 通常の身体能力では有り得ない動きで移動する敵を見た一絆は思わず悲鳴を上げ、玲華と弥勒はジョムに邪魔されて救援できず、ユンの接近を許してしまう。


「ッ、しまった……望橋くんッ!」

「ん……邪魔」

『悪ぃな嬢ちゃん達。アンタら二人は俺が相手だ』

「ぅお!?」

『へへっ、流石兄貴』


 そう言いながらジョムが指を弾くと、地面から砂の壁が突き上げ、戦場を二分する。

 戦いは二対一と二(精霊含む)対一に遷った。

 砂塵が舞い、雷が迸り、死神の大鎌が猛威を振るう戦場と、精霊が踊り、風の刃が飛び交う戦場。素人が入れば死んでもおかしくない攻撃の数々を浴びせ合う中、一絆は精霊たちを駆使して戦いに専念していた。


「なんかこう、水圧縮して撃てるか!?」

『〜♪』

『うおっ!?』

「ナイス!」


 土壇場で新技を作りながら、一絆は迫り来るユンと相対、精霊たちと共に倒す方法を模索する。

 ウンディーネの両手から水の弾丸を連射する新技、大量の水を浴びせる水責め、死角から飛んでくる風の刃を防ぐ光の盾、杖を使った棒術、格闘技……

 今の一絆ができる戦術はこれぐらいだ。

 それら少ない技を使って、一絆はたった一人で敵と戦わなければならない。


 そして、それを部長として玲華は心配する。


「ッ、望橋くん、一人で耐えられるか!? ……いや、君の力だけで倒せるか!!」

「はぁー、ふぅー……大丈夫です! やれます!」

「そうか……よし、なら任せたぞ!」

「はい! スゥー……来いや外国人!」

『ハハ! 良いぜ、その威勢は好きだ! 何言ってんのかわかんねぇけど!』


 普通ならば力不足の後輩を支えるべきだが……

 成長しようと意気込む一絆の姿を、やる気に溢れる意志の強さを見て、玲華は彼を信じると決めた。

 慣れない戦いだろうが、彼なら勝てると信じて。

 信じたからには、自分達は眼前の敵を必ず倒さんと気合を入れ直す。


 ついでに、相手が使っている外国語がわかるように後で教えようとも心の中で決めた。

 放課後、一絆が補習を受ける未来が確定した。


『まったく、ビリビリくるぜ……!』

「ん。何言ってるかわかんない」

「……日本語以外を覚える努力をしろ、弥勒」

「ん。嫌。無駄だから」

『ァ゛……?』


 弥勒も一絆と一緒に補習を受ける未来が確定した。


「……悪ぃがな、オレ日本語わかるからな! 軽々しく無駄とか言うんじゃねェぞクソガキ!!!」

「ん……!? なんか、ごめん……」

「……私の友人がすまない」

「謝んなや! こっちがみじめな気持ちになるわ!」


 そして案の定、実は日本語を理解できる上に話せるジョムはブチ切れた。

 怒りのあまり地団駄を踏み、二人にキレ散らかす。


「磨り潰してやらァ……!」

「ん。切り刻む」

「頼む、殺す方向に進むのはやめてくれ」


 廃工場の戦況は、新たな展開へと進んでいく───






◆◇◆◇◆






 風の異能犯罪者、ユン・ストーリングは中流階級の生まれでありながら、御家騒動で裏社会のどん底まで滑り落ちた……元は裕福な家庭の出身だった男だ。

 楽観的な性格や口調は犯罪者になる前となった後で大差なかったのが救いとなったのか、精神崩壊などはせず、前向きに裏社会を生きてこられた。程々に悪事をして、程々に日銭を稼いで、自分なりの楽しみ方で新しい世界を謳歌していた。

 そんな生活が変わったのは、今の上司……ジョムと出会ったのが始まりである。


 強靭な身体能力と風の異能。生まれ持ったこの二つだけで、ユンはここまで成り上がった。両腕から風の刃を出す。たったそれだけの異能ではあったが、もうすぐで幹部に昇進できる程度にはユンは強くなった。

 ……もうその道は絶たれてしまったが。

 そんなユンが、恐らく最後に戦うであろう敵として選ばれたのは……


『ほほーん! 水だけじゃねェのか……スゲェな!』

「今のなんか褒められた気がする! 多分!」

『んー……やっぱし言葉が通じねェってのは辛ェな。まぁ〜でもいっか! 楽しけりゃあなんでもヨシ!』

「うぉ!? なんかスピード上がってんだけどー!?」


 現代の精霊術師───望橋一絆と二匹の精霊たち。


 縦横無尽に飛び交う風の刃は光の盾で防がれ、隙を見せれば水の弾丸が放たれる。一絆からの攻撃は全て避けながら、ユンは中距離を保ちながら戦闘する。

 振れば振るほど刃は増える。

 たった一人の命を奪う為に、ユンの刃は飛び回る。


「くっ……ホントやべぇな、この世界!」

『───望橋、無理そうなら此方から手を貸すが……本当に大丈夫か?』

「なんとかな……いや、します! 平気!」

『……わかった。裏取りチームは既に仕事は終えた。遊撃チームは……多分サボっているな。兎に角、後はお前たちの所だけだ。頼んだぞ』

「うす!」


 風の刃を避け、時に盾で防ぎ、そして杖で弾いては廃工場を駆け回る一絆の耳に、通信機を通して廻から激励を授かる。

 思考の片隅で同居人二人が何をしているのか不思議に思いながらも、一絆は思考を一切止めずに打開策を考えて……


「わりと惨いけど……いけるか?」


 光と水の精霊二匹を見て、悪いことを思いついた。


「一か八か! 悩んでる暇はねぇ!」

『お? なーんか張り切ってらっしゃ……って、おおいなんで突っ込んで来るんだ!?』


 思い浮かんだ案は、はっきり言って外道と言っても過言では無い。

 だが、確実に成功する予感がする。

 勝つ為には手段を選ばない。この世界で生き抜くと決めたあの日から、一絆は様々なモノを学んできた。その中には、日葵と真宵から教わった正攻法や、裏を突いた奇策や騙し討ちなどもある。

 それら全てを組み合わせ、一絆が思い付いた作戦。

 土壇場で今、突貫工事の作戦を実行する。


『近付けば恰好の的、ってヤツだぜ?』


 まずは接近。あまり遠すぎると発動せず、失敗する可能性が高くなる。ぶっつけ本番、己の未熟さを考慮して一絆は無理にでも駆けてユンに近付く。

 勿論ユンは一絆の接近を訝しみ、床を蹴って後退。

 腕を振るって風の刃を射出しながら、一絆の接近を牽制、妨害する。

 だが、一絆は【架け橋の杖(アルクロッド)】を使った棒術で攻撃を捌き、無理なモノは頑張ってかすり傷程度に収める。


 距離が開いてもめげずに追ってくる一絆を相手に、ユンは背を向けて走る事で疾走開始。

 二人を隔てる彼我の差は、大きく広がっていく。


「追いつけねぇ〜! ……あ、これ使お。えい!」

『いぶっ!?』

「よし! 流石俺!」


 そこで一絆は、偶々拾った拳サイズの鉄屑を投擲。ユンの後頭部に目掛けて投げたソレは、なんと奇跡的にクリティカルヒットした。

 バランスを崩してたたらを踏むユンを好機と見て、手と杖を伸ばせば異能が届く距離まで近付き……遂に一絆は思い付いた作戦を実行する。


「聞こえてねェだろうけど……<光の盾>って、水も通さねェんだよ」

『ぐッ……な…んだ、盾……?』


 光の精霊に無理を言って頼み、自分ではなくユンに向かって盾を複数展開。囲むのではなく、包むように展開してもらい……

 ハニカムタイル模様の結界の中に、ふらつくユンを閉じ込める。

 

 外界と閉ざされた事に気付いたユンが、慌てて盾を叩くが何も起こらず。

 そんな精霊の強固な盾に覆われた敵に、一絆は……


「<水浴び>」

『なっ!? ごぼっ……まさ、んぐッ……!』

「……さっきまでのアンタの斬撃で、俺の盾が割れる予兆はなかった。つまり、閉じ込めちまえばこっちの勝ちだ。んでもって水を流せば……うん、勝ったわ」


 その作戦とは、光の結界で敵を囲み、空いた空間に水を流し込む───つまり水責め。

 空間を超えて虚空から溢れ出る精霊の水は、容易く中の人間を溺れさせて無力化する。現に、手足をジタバタさせて藻掻くユンは非常に苦しそうである。

 極悪非道。これには司令部の廻もドン引きである。


『おい、望橋おまえ……洞月の影響か……?』


 返答は沈黙である。肯定はしない。実は最初っから持ってますとはいえなかった。

 無論、いつまでも水責めするわけにはいかない。

 結界内が水で満タンになる前に能力を切り、ユンが溺死する前に解放する。ごほっごほっと辛そうに咳き込んで倒れるユンを見下ろしながら……


『げほっ! クソ……!』

「トドメの一撃」

『えっ』

『ぐはっ!?』


 一絆は心を鬼にして、異能の杖を振り下ろした。


 ……瀕死で苦しむユンの頭に。


『がふっ……』

「ふっ……勝利のVポーズ」

『『〜♪』』

『……まぁ、その……なんだ。おめでとう』

「あざっす!」 


 頭にたんこぶを乗せ、水浸しで気絶するユン。その隣で、敵よりも傷だらけの一絆が勝利を自賛する。

 釈然としない廻も、まぁ勝ちは勝ちだと賞賛した。

 一緒に喜ぶ精霊たちと共に、両腕を天に伸ばす形のVポーズ。足も左右に開いているせいで最早Xポーズだが……兎に角、一絆は異能犯罪者との初戦を制したのであった。


 そして。


「ッ……砂の壁が……」


 戦場を二分していたジョムの砂壁が、崩れ始めた。






◆◇◆◇◆






「ここは通さないぞ☆」

「えっ、リーダー? なんでいるのぉ???」

「……知り合い?」

「部下」

「成程把握」


 ───同時刻。寒空の下、廃工場の屋根の上にて。


「リーダー、そんなことより認知しよ?」

「ぇぁ?」

「待って待って斬音待って。まだ言ってんのそれ」

「だってこーねちゃんが……」

「だ か ら!! ボクは! 孕んだ覚えも! 羽付きのガキを産んだ覚えもないって言ってるだろ!?」

「まよいちゃん……?」

「キミも真に受けないで!?」


 遭遇した部下の殺人衝動をなんとかしようとして、ちょーっとだけ発散させようとした魔王が。


 何気ない告げ口により、勇者と修羅場っていた。






◆◇◆◇◆






「オレを怒らせたこと、死ぬまで後悔するんだなァ、クソガキ共!!!」


 ───感情の振れ幅は異能に大きく影響する。その証拠とでも言うべきか、ジョムの操る砂の波は徐々に激しさを増し、工場内に残っていた機械類を破壊しながら二人を攻撃する。

 飛び散る金属片は砂に溶けて混ざり合い、結合して強固な武器へと生まれ変わる。やがてソレは、弥勒の大鎌でも斬れないという恐るべき強度を持ち始めた。

 加えて、工場内に砂嵐を発生させて異能部の二人を寄せ付けない。流動する砂と砂の壁、広範囲の砂嵐という技の並行使用は、脳に多大な負担をかける。意図も容易く行えるジョムの強さが、そこからも伺える。

 更には砂を弾丸のように丸めて射出して牽制したりと、幅広い戦法をとって二人を大いに苦しめる。


「ん……硬い…ッ……痛い」


 大蛇のように蠢く砂の濁流を叩き切ろうとする弥勒だったが、大鎌の一撃を食らってもビクともせず。そのまま腕を振るうように暴れて、弥勒を吹き飛ばす。

 壁に無事着地した弥勒は、腕から血を流し、痛みに一瞬たじろいでから……今度は大鎌の刃の側面で砂塊を叩き、破壊しようと試みる。

 しかし、見掛け倒しの大鎌は最早一切通じない。

 段々攻撃が斬撃ではなく打撃になり始めた弥勒は、無表情のまま微妙に眉を顰めて、面倒臭そうに異能を一旦解除した。


 その隣で、玲華は静かに砂の流れを睨んでいる。


「ん……面倒…」

「あぁ」

「ハハッ、どうだよ。オレの異能は! 生まれてこの方二十九年……ザコだザコだと蔑まれた異能と、向かい続けたオレの努力の結晶!! オレの、オレだけの……最強の異能!! それが【砂塵操作デザート・ドミネーター】だ!!!」


 高笑いするジョムは、気分良く手を挙げ砂を操る。二分された工場内の半分は、常に砂塵が舞い続けるという裂傷不可避の空間へと変貌していた。

 肌を掠める砂粒は二人を容易く傷つけ流血させる。

 しかし、そんな傷には我関せず、玲華と弥勒は敵を見据え続けていた。


 そして……砂嵐の中を、玲華は一歩踏み出した。


「素晴らしいの一言に尽きるさ。だが……そうだな。強いて欠点を挙げるなら……」


 空間を埋め尽くす勢いで渦巻く鉄砂の世界を悠然と歩きながら、玲華はジョムの異能を賞賛する。

 褒め称えて───その自信を、己の(いかづち)で踏み砕く。


「金属成分が増えれば……私の異能はよく通るぞ」


 日本刀から迸る玲華の雷光が、まるで意思を宿したかのように乱舞する。空間を埋め尽くす勢いで広がり続ける砂の隙間を縫うように、刺さるように雷が展開されていく。

 やがて、青い雷は砂に突き刺さり……通電する。


「あ゛……?」


 瞬間、電流が通った鉄砂がジョムの支配から逃れ、硬直した後……砂塵となって崩れ落ちた。


「なっ、にがっ! どーなってやが……あー、クソ!」


 慌てて異能を行使するが、雷が邪魔をしているのかジョムの制御すら感電した砂は受け付けない。

 最早全てが手遅れとなり、砂の支配を一旦手放す。

 山のように積み重なり、崩れ広がっていく砂の山。戦場を二分していた砂の巨壁も崩れ落ちる中、呆然と佇んでいたジョムは、想定外の事態になった理由を思考して……やっと、己の落ち度を理解した。


 含まれる成分によって変わる話だが、砂という物は電気を通す。そこに鉄などの金属成分が加われば……

 呆気なく雷は通電する。

 操作していた砂の量と組み込んだ鉄に比例してか、人間が触れれば即死するレベルの勢いで、容赦なく砂の支配は破壊された。

 ここに異能の優劣なども噛み合ったのが、ジョムが砂を手放さざるを得ない結果となった。

 もしそのまま制御権を手放していなかったら……


 きっと、もう目覚めることはなかっただろう。


「怒りに身を任せたのが失敗だったな」

「オレとした事が……ちっ、こーなったら……!」

「む……」


 雷の特性と相性の悪さを考慮していなかった己への怒りと、異能が使いずらくなった事への焦りで脳を侵されながら、ジョムは最後の一手に打って出る。

 懐に手を入れ、内ポケットから勢いよく取り出したのは……組織時代から使っていた、一丁の拳銃。

 潜伏期間の内に弾は補充できたが、どうしてもこの状況では心許ない。


 だが、ジョムはその銃弾に一塁の望みを託して……


「死ね……ッ!」

「捨て鉢は感心しないな……弥勒!」

「ん───斬る…斬った」

「なっ……!?」


 再び振るわれた死神の一閃により、放たれた二発の弾丸は……呆気なく、無慈悲に切り裂かれた。

 己の身長よりも大きな鎌を使って飛んでくる銃弾を斬るという神業を見たジョムは、空いた口が塞がらない。彼が動揺している隙に、弥勒は接近。ジョムの首筋に向かって鎌を横振りして……寸でのところで刃を止めた。


「………クソが」

「おまえの負けだ。このまま拘束させてもらう」

「ん……」

「……こりゃ、逆転は無理か」


 更には、ジョムが目を離していた隙に、彼の背後を取っていた玲華が後頭部に指を当てる。

 指には紫電を纏っており、いつでも放てる状態だ。

 少しでも抵抗すれば電流を撃つ…… 言外に脅迫する玲華と弥勒に挟まれたジョムは、恐る恐る手から銃を落として、両手を静かにホールドアップ。


「ちっ……わかった、コーサンだコーサン。煮るなり焼くなり好きにしやがれ。クソが」

「あぁ。弥勒、鎖を」

「ん。……異能犯罪者ジョム・エルグーン、確保」

「ぅおっ……なんだこの鎖……力が……」


 ジョムは降伏する。崩れた砂壁の向こう側、濡れた状態で気絶する部下を見た事で、最早戦意は欠片もない。居場所を割られ、傷も癒えぬまま戦わされ、例え調子が良くても己たちを捕まえてきそうな練度を持つアルカナのガキたちに感嘆とした声を上げる。

 敗北を認めたジョムは、巻かれると力が抜ける鎖に締められながら、呆気ない終わりを嘆き天を仰いだ。

 そして……

 第2チームの多世、雫、姫叶の三人が、戦場跡地となった廃工場の奥から現れる。

 戦力外として逃がされたオーケンを連れて。


「姉さん」

「む……雫か。ご苦労」

「えぇ」

『あ、兄貴ぃ……』

「……オーケン、テメェもか……」

『すいやせん……』


 真っ先に裏口に逃がした筈のオーケンが、先回りで待機していた雫に捕まり、粘液化した右腕を掴まれて宙を浮いた姿で現れた。

 粘液に四肢を包まれ、顔だけが外に出ている。

 泣きべそを搔く荷物持ちの姿は、三十を超えた大の大人とは思えないモノである。


 三人揃って捕まっている上に、もう戦う力も気力も出し切れない程、自分たちは精神的に疲弊している。これ以上の戦いはもう不可能。時間も体力も、全てが今の彼らには足りない。

 生き残った仲間は己らのみ。全員が捕まった今は、もう逆らう術も、復讐を叶える術も最早ない。


「望橋くん、よくやった。大勲章だな」

「ありがとうございます!」

『クソコンボだったけどな』

「ふむ……?」

「勝ったヤツが正しいんで。なんの問題もないです」

『それはそうなんだがな?』


 びしょ濡れのユンを背負って、一絆も仲間の元へと駆け寄る。

 廃工場の真ん中に犯罪者三人は並べられる。

 雫は【液状変性(ジェリーボディ)】を解き、オーケンの身体に鎖を巻いていく。一絆も同様に、玲華から指導を受けながらユンの身体に鎖を巻いていく。


 この“鎖”とは、巻かれた者の異能力を封じるという特殊な力を宿とした魔導具である。

 元々は異世界エーテル産のモノであったが……

 それに異能特務局局長の浮舟柊真の力と、元魔王の側近であるドミナこと仇白悦の暇潰しにより強化された、“異能封じ”と呼ばれる極めて強力で、強固な鎖。

 捕縛した者の活力すら奪うソレは、疲弊した身体に巻かれてしまえば脱出は高難度。

 布越しでも通用する、対異能犯罪者捕縛兵器。

 所有者が異能持ちであれば勿論効力を発揮する為、特別性の鞄と手袋を使って運用する。異能部の面々や異能特務局には基本装備おして配布されている。

 しっかりと鍵も閉め、三人の拘束は完了される。


『ぐっ……ッ、いてて……あ? あー、ここは……』

『オレらの負けだ。ユン』

『……すいやせん』

『気にすんな。生きてりゃ儲けもんだ』


 気絶から目覚めたユンも状況を理解。己らの敗北を理解して、静かに溜息を吐いた。

 組織崩れの異能強盗集団、完全敗北である。


「さて……一つ、聞きたい事があるのだが」

「あ゛ぁ? なんだよ」

「……お前たちの仲間はどこにいる。あと四人いると聞いていたのだが」


 そして、何も知らない玲華は残りのメンバー四人の居場所をジョムに問う。

 すると彼……いや、彼ら三人揃って顔を顰めた。

 ジョムは舌打ちを、オーケンは恐怖に震え、ユンは辛そうに。三者三様に拒絶の姿勢を取る。


「……話す義理も理由ねぇよ」

「む……それはそうなんだが……」

「納得しないで、姉さん」


 詰問に答えない三人に、ほんの少し困った顔をする玲華は、自分たちが来る時は外出していたのか、それとも戦闘中に逃げ出したのか、気付かれて囮を置いて消えたのか、思い浮かぶ限りの質問をするが、彼らは何一つ答えはしなかった。

 多世の探知や姫叶や廻達の捜索でも周辺には人っ子一人おらず、仲間の気配は一つもない。


「ふん。一緒に地獄を見た仲間を売ってたまるか」

「っ……良いから早く話しなさいよ!」

「神室さん神室さん、落ち着いて落ち着いて」

「ほ〜ら一万円あげっから。落ち着いてくれ」

「望橋くん、私のこと大分ナメてるわね?」

「そそそそんなことねーぞ!?」


 痺れを切らした雫を男二人が宥めるが、結局喧嘩に発展しそうになった……その時。今まで何も言わず、恐怖で震えていたオーケンが、恐る恐る口を開いた。

 その内容は、異能部にとって青天の霹靂のような、思いもよらぬ話であった。


「し……死んだンだ。ころ、殺されたンだ……」

「……本当か?」

「ほ、本当だ……三日前に……ミンナ、殺された」

「なんですって……」

「おいおい、マジか」


 オーケンが拙い日本語で話す仲間の死は、嘘偽りのない全て真実。

 思わぬ内容に、一絆たちは唖然とする。


『おい、オーケン!!』

『で、でもよぉジョムの兄貴ィ……コイツらに言えばなんとかなったり……』

『しねーよ!』

『しねーだろーが』

『うぅ……』


 敵に余計な情報を与えた間抜けですぐに泣く部下にジョムは怒鳴り、諦めの溜息を吐く。

 ユンも罵倒しながら、疲れたように天を仰いだ。

 上司と同僚からのお叱りをまた受けてまた泣きべそをかくオーケンの情けない姿を見て、異能部の面々もダメな大人を見る目になった。子供に舐められた態度を取られたオーケンは更に涙を流した。


 知られてしまった以上、もう隠しても意味は無いと悟ったジョムは、自分たちを脅かした三日前の襲撃を語り始める。


「いきなり襲われたんだよ。カタナっつーのをもった黒いメスガキに」

「黒い……」

「メスガキ……」


 一瞬、脳裏に容姿が一致する真宵がピースする姿が思い浮かんだが、剣はあれど刀は持っていなかった筈なのですぐに違うと除外した。

 まず身内から疑う姿勢は、ある種の信頼の証だ。


「斬られた瞬間、全員死んだんだよ」

「……上半身と下半身が分かれでもしたのか?」

「ちげーよ。傷自体は浅かったんだ。腕とか腹とか、どう見ても致命傷にはならねー傷だった」

「……まさかだけど、それで死んだってこと?」

「そうだよ。ったくよぉ、おたくの国の殺人鬼だぞ。なんとかしろよ」


 普通、人間は浅い傷でも死にはしない。治療が間に合わずに失血死で死ぬことや、傷口に毒を塗られて命を落とすことは有り得るが……

 ジョムの話を聞く限り、それとはまた違う様子。

 異能部の面々は知らないが、その殺人鬼───黒伏斬音の異能は、要するに“致命傷の強制定義”なので、斬られたら即絶命するという死因ができあがる。

 加えて裏部隊の隠蔽により死体も滅多に上がらないので、知る者は限りなく少ない。


 ……筈なのだが。


「ももももしかして、七不思議の辻斬り……!?」


 異能部のサイバー担当、枢屋多世が喚き出した。


「は? 七、不思議? なんで?」

「何言ってんのよ」

『枢屋……知ってるのか』

「ま、まぁ……はい」


 死体を幾ら誤魔化そうが、不憫な目撃者をどれだけ減らそうが。噂というモノは止められない。

 アルカナを彷徨う辻斬りの噂は、絶賛独り歩き。

 なんでも、アルカナ七不思議。

 深夜外に出て、妖刀を持った女の子に見つかったら殺されちゃうぞ……という、真実しか語られていない噂話。


 昔からあった噂話と混ざり合った、真の告げ口。


「その……興味半分、怖さ半分で調べたんです。そ、それでその……この前、実在する人物だとわかったんです……」

「へー」

『……怪異とか空想生物ではないのか』

「い、いい今もご存命ですぅ……歳下の……」

「……えっ」

「えっ」


 今は亡き過去の人物を元ネタにした噂話なのか〜と誤解していた一絆は、現存していると知って驚愕。

 他の面々も、恐怖でほんの少し身を竦ませた。

 なにそれ怖い。軽率にマジモンの怪談を流さないでほしい。


 そして歳下。多世は何処で何を調べたのだろうか。


「そのナナフシギとやらがなんなのかは知らねェが、オレらの仲間を殺したのは……ソイツだ」

『思い出したくもねェ……』

『ぅ、兄貴たち……オレが見つかったせいで……』


 ジョムが語る曰く。異能結社へ復讐する為、各地で盗みを働き資金集めに専念していた。その日の晩も、金を集める為に襲撃予定地へと足を運んでいた……

 のだが。

 月明かりに照らされて、路地の暗闇から一人の女が現れたという。

 足音もなく、気配もなく……静かに現れた。

 最初に気付いたのは、暗がりに怯えて辺りに視線を配っいたオーケン。あまりの恐ろしさに悲鳴を上げ、同僚や上司たちが胡乱げな視線を向けた、その時……




「『 …───みぃつけた♡♡♡ 』」




 聞いた人間の脳をトロリと溶かす、甘えるような、蕩けるような、不可思議に犯すおぞましい声色で……裏社会を生きる男たちを見て、一鳴き。

 それは、夜な夜な男漁りを趣味とする娼婦でなく。

 ただただ、人を斬りたい者。新品の試し斬りとか、大切なモノを盗り返しに来たとかでもなく。ただ人を殺す為に夜を徘徊する、死に愛された一人の女の子。


 フラフラと足取り悪く、殺意だけは濃厚な───…


「……え?」


 ジョムの想起を遮るように、姫叶の驚く声が響く。少しでも情報を落としてなんとか助かろうと画策していたジョムは、話の邪魔をしやがってと思い、姫叶の方に目を向けて……

 鋭利に細められていた瞳を、大きく開けた。


「な、ん……で……」


 ジョムの脳裏には、三日前からこびりついたイヤな声がある。

 笑いながら仲間を殺した、あの女の声が。

 その声が───茫然とするオーケンの眉間に、刀を突き刺すその姿が……

 過去の想起と現実にある景色と───リンクした。


『なっ……!?』


 音もなく、気配もなく。異能部の面々が周りにいて隙もない囲いの中で。

 捕らえた異能犯罪者を殺すという、無音の殺人。

 本来ならありえない、不可能な所業をやってのけた黒髪の少女は、オーケンの頭蓋を綺麗に貫通した眉間から刀を引き抜く。

 ただ作業的に。無言で、無表情で、少女は殺めた。


 絶対する有象無象の真ん中で。お得意の無音接近で誰にも気付かれずに、殺し屋は前菜を摘み食い。

 趣味の一環で、お遊びの感覚で。

 刀の錆にならずに逃げ出した連中の中で、一等一番つまらなくて、退屈な玩具を殺し終えた───今。


 彼女は、メインディッシュを平らげにやって来た。


「あはっ……あと二人ぃ♡♡♡」


 これからが楽しいのだと。これから斬る人達ことが目当てなのだと言わんばかりの笑顔を浮かべる。

 最早そこに虚無はなく。

 狂ったように笑う、愉悦に浸る女の子が───…


「でもでも〜♡♡♡ 他にもい〜っぱい斬りがいのありそうな人がいるね〜♡♡♡ あはっ♡♡♡」


 存在感を顕にした黒伏斬音が、血染めの夜を連れて来た。






◆◇◆◇◆





 ───同時刻。戦闘の跡が一切ない屋根の上にて。


「やばたにえん」

「ねぇ、こっち見て……ママってどういうこと?」

「落ち着いて。甘言に惑わされるな」

「うんうんそうだね。で、いつママになったの?」

「正気に戻れ勇者! おまえの理性はその程度か!?」

「それはそれ、これはこれ」

「誤解だから!!」


 目をぐるぐると渦巻かせる勇者と、未だに解けない誤解で窮地に立たされ、全力否定する魔王が……


 修羅場からなんとか戻ってくるまで、あと三分。


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