02-21:アナタの傍にきっと来る
「ん。多世、場所どこ」
「えっえーっと……ここ、ここですここ……か、顔が近いいぃぃぃ……」
「ん。ありがとう」
大型バスに揺られながら、七人の強盗集団達が潜むアジト近辺に向かう異能部一行。隣に座る弥勒先輩のガチ恋距離に戸惑い、呻きながら多世先輩はスマホで地図を広げて場所を示す。
……万年無表情の弥勒先輩を見てると、どうしても昔のボクを……魔王時代の前世を思い出してしまう。
知らん人が見たら生き写しと勘違いしそうだ。
まぁ、あんなホワホワした雰囲気を見たら違うって頭を振る程度には差異があるけど。
……あるよね? ボクはそんな空気纏ってない筈……
忘れよ、この話題。弥勒先輩は似てない。以上。
「基本、琴晴くんと洞月くんは遊撃に回ってもらう。これは二人が他のメンバーと比べて突出しているのもあるが……まぁ、理由は言わないでおこう」
「難があるってことっすか」
「……ここだけの話、二人共独断専行がすごくてな」
「聞こえてますけど」
「あはは……なんかごめんなさい」
学院から40分ほどかけて進む傍ら、対異能犯罪の戦闘が未経験の一絆くんに、部長があれこれ教えている。フォーメーションを組む場合の注意点や動き、敵の見方や誘導、もしもの為の逃げの選択肢。
実践で学ぶ形式になるが、基礎的な知識を短時間で彼の頭に叩き込んでいる。
なんかさり気なく褒められてディスられたけど。
勇者は兎も角、魔王を連携に組み込もうとするな。
……一応、ボクがいるここの異能部は、国の方針で制約はあるが結構自由にやっても文句は少ない。
隣の大陸の地下帝国みたいに無理に徴兵して戦力を増やす様な強制も無いし、軍隊みたいに足並み揃えて死にに行けなんて縛りも無い。結構緩いんだここは。
何処ぞのアメリカはマジの軍隊風味だからね。
日本、じゃなくてアルカナももしそんなんだったらボクは笑顔で即抜けしてたけど。
兎に角、部員皆でカバーし合うから好きに暴れても良いってことだ。
色々問題はあるけど、そういう感じで良いのだ。
死にそうになったら元勇者の日葵さんが全力で皆を助けに行くし。もう空飛んでビューンって来るよ。数キロ離れた距離を一瞬で来て皆をドン引きさせてたのは本当に苦い思い出だ。超人認識されるから隠せよ。
……もう手遅れな気がしなくもないけどさ。
「───そろそろ、目的地に到着です」
「! 了解です」
と、いったところで運転手さんからアナウンスが。もうじきアジトに着くみたいだ。あ、やー違う。その近くの到着ポイントだった。紛らわしい紛らわしい。
もうバスで突撃破壊轢き逃げ突破しちゃおうよ……
やば、考えたらやりたくなってきた。
「ダメだよ」
「だから軽率に心読むな」
「えへへ」
褒めてない。照れるな。ええい鬱陶しいぞ離れろ。
「皆、相手は手練の悪人たちだ。それもチームで戦う集団戦が得意のな。今回もいつも通り……」
「ん。奇襲」
「そうだ。分断できれば各個撃破だ。いいな?」
「はい!」
「りょ〜」
返事をしながらチームを三つに分ける。真正面から敵アジトに突入する玲華、一絆、弥勒の第一チーム、伏兵を仕留める為に裏から回る姫叶と雫、多世の第二チーム。そして、遊撃のボクと日葵の第三チーム。
毎度の事ながら廻先輩は学院で司令塔を務める。
戦闘能力が高い三年二人は初戦の一絆くんを守りながらの戦いになるけど、まぁ心配はいらないだろう。第二チームも心配はない。雑魚に見られがちな多世先輩もやろうと思えば廃人を作り放題な異能の持ち主だし、三年間も異能部として戦っている下地があるので死ぬような心配は不必要。怪我はするかもだけど。
ま、今回の相手は殆ど死んでるし、問題ないしょ。
ボクと日葵はいつも通り、好きなように動いていきますよっと。
……日葵にだけは四人死んでるって話しとくか。
「わかった?」
「なにが?」
「こーゆー時に心読めよ」
「無理……」
「はぁ???」
なんだコイツ……肝心な時に役立たねぇ……
「到着します」
「了解。皆、降りる準備を」
装備の点検や最終確認を終えたその時、ボクたちを乗せたバスはゆっくりと停車。
同時にドアが開き、皆一斉にバスを降りる。
部長が最後に忘れ物が無いか確認してから降りて、安全の為に一旦バスを下がらせる。
襲撃されたらたまったもんじゃないしね。
「では、手筈通りに。行くぞ!」
号令を合図に、異能部は駆け出した。故郷を脅かす敵を倒しに、止めに、未来を守る為に───…
んで、それをボクらは高みの見物するとしますか。
「気分はフィクサー、ってね!」
「今の真宵ちゃんに黒幕要素ないよ……?」
「黙って」
謀、されるのは嫌いだけどするのは好きなんだよ。
◆◇◆◇◆
───その男たちは、生まれも育ちもなにもかも、何の変哲もない普通の人間たちであった。ほんの少し普通との差異を上げるならば、彼らは裏社会に身分を置いていたこと、異能力を持っていたことだろう。
それなりに悪巧みして、稼いで、昇進して。
気付けばそこらで悪名を轟かせる犯罪組織に勧誘、功績を積めば幹部にまで成り上がった。
順風満帆。成功しか見えない、そんな毎日だった。
……たった一夜の出来事で、崩れ去ったが。
『平伏せよ、服従せよ───その身を裂き、貴様らの血肉を星杯に捧げよ。さぁ、楽園を築く礎となれ』
それは少年だった。小さな小さな、身なりの整った富裕層の人間にしか見えない……しかし、彼らを睥睨する紅き瞳に、底知れぬ力を秘めた少年であった。
ただの若人とは到底思えない、王のような来訪者。
背後に百を超える人間を、まるで臣下のように引き連れて現れた少年は、物言わぬ骸となった頭目を足蹴にし、号令と共にその華奢な右手を天に掲げ……
───…無慈悲に、無感動に振り下ろした。
瞬間、始まったのは蹂躙。一方的な殺戮の夜明け。
建物ごと人間を串刺しにする茨の鞭、大気中に漂い全てを爆破する粉塵、夜空を覆い隠す黒染めの雨雲、あらゆるモノを食い尽くす紫煙の龍……
数えるのも馬鹿になるぐらいの、異能の展覧会。
地元で栄え、周辺の組織を吸収した挙句、国すらも飲み込んだ巨大犯罪シンジゲートは、とある島国を根城とする新世界最古の異能結社によって滅ぼされた。
事前告知も、宣戦布告もない。無慈悲な血の夜。
その組織───異能結社『メーヴィスの方舟』は、異国で勢力を増していたとはいえ、この組織の事など眼中にも無かった。無かった、のだが……
ある日突然、彼らを贄に選んだ。
その経緯も、理由も、殺される側である無法者たちには、知る必要も機会も無く。
好きなだけ狩り尽くして、奪って、食い尽くして。
『……もういいや。どうせ生きてても意味は無い』
玩具に遊び飽きた子供のように、少年は配下たちに殺戮を止めさせ、無法者たちの血で彩られ、見る影もない瓦礫の山から立ち去った。
損傷のない味方を引き連れ、何事もなかったかのように。僅かに残った塵芥などには興味を示さず、わざわざ手を下すまでもないと嗤い、血煙の向こう側に消えていった。
生き残ったのは……幹部を含め、たった16人。
恥も外聞もなく逃げ惑い、三百を超える数の仲間を見捨てた敗者のみが、無様を晒して生き残った。
彼らはある意味幸運だった。
きっと、あの少年が帰還命令を下さなければ彼らは更なる殺戮の中で無惨に殺されていただろう。少年が退屈にならなければ男たちは死んでいた。生き残りの確認を怠ってくれたお陰で、彼らは生き延びた。
……命が無事であっただけだが。
地位も財産も、居場所も。その身心臓以外の全てを彼らは失った。因果応報と言うべきなのか、命だけは助かったものの、それ以外は残る事無く塵となった。
泥だらけ傷だらけ、血だらけの男たち16人。
朝日を拝めはしたが、明日を迎えられるかどうかもわからない。
そんな彼らを襲う悲劇、絶望は……まだ、始まったばかり。
悲嘆に暮れ、絶望に沈みながらも、男たちは逃げるようにその場を離れた。何故なら、崩壊したアジトに居続けるのは危険だったから。
騒ぎを聞きつけた警察が駆けつけて来たのだ。
脳裏に焼き付いた今は亡き者たちの悲鳴や、残虐に無差別に、監禁されていた女子供さえも等しく殺していった結社の殺戮者たちの笑い声は、逃げる彼らの頭の中で反響し続ける。
そう、地獄には更なる地獄を。
犯罪組織同士の抗争と見立てた警察機関は、生き残りから少しでも情報を搾り取る為に捜査を始め、逃げ惑う彼らを執拗に追い詰める。
捕まれば拷問、捕まらなくても生き地獄。
逃げ場を失いつつあった彼らは、少しでも可能性を求めて後者を選び、死力を尽くして国外逃亡を決行した。
そして。
『ハァ……ハァ……生き残りは、オレたちだけか』
決死の国外逃亡は、多大な犠牲を出して成功した。
『……ジョム、無事か?』
『なんとか……生きて、る……死にそう……』
『腹減った……』
『おいオーケン、なんか出せ』
『リンゴなら……ありやす……』
『でかした』
『───腐ってんじゃねェか!』
『すんません…』
最終的に生き延びれたのは、幹部三人と彼らとよくつるんでいた構成員四人。空間転移のロバーツ、砂を操るジョム、永続再生のバオバブ、空間収納のオーケン、肉体硬化のライアット、鎌鼬のユン、気配消しのカイム……全員が異能を有する、組織の中でも上澄みだった男たち。計七人の生き残りである。
幹部だったロバーツ、ジョム、バオバブの三人は、警察の追っ手を撒き、上手く生き残れた今を皆で祝福しながら、今後どうするかを話し合った。
はっきり言って詰みも詰み。暗雲は常に立ち込めており、彼らの未来は閉ざされたままである。
軽口を叩いてはいるが、皆心中穏やかでは無い。
血と裂傷、土汚れで見目も悪く、裏道から一歩でも外に出れば指を指されること間違いなし。かつて裏社会で名を馳せた身として、それは許容し難い未来だ。
地獄の中、束の間の平穏の最中、罵詈雑言と聞くに絶えないスラングが飛び交いながら、会議は進む。
『……なぁ、オマエら。このままやられっぱなしってのも、悔しくねぇか?』
『あぁ? ……ロバーツ、テメェ……まさか』
『……アルカナに行く』
生き残りの中でも頭脳派であったロバーツの提案に耳を傾けた一同は、彼が何を望んでいるのかすぐにわかった。
それは復讐。己らを破滅に追いやった、異能結社に捧げる怨念であり、命を捨てた無意味な特攻。
同調すべきか反対すべきか。男たちは悩み……
『……しゃあねぇな。癪だし、一発ぶちかますか』
『お、オレは皆についてくぜ……!』
『震えてんじゃねぇか。ったく、いいぜ。やろう』
『かー! 死にたくねーけど、メンツがなァー!』
『取り敢えずあのクソガキは絞めたい』
『わかる』
熟考の末、男たちは『復讐』の道を選んだ。
それから彼らは海を渡った。何度も死にそうな目に遭いながら生き延び、密航して密入国して、飲みたくもない泥水を啜り、想いを一つにして戦い続けた。
男たちは裏社会での生き方しか知らない獣である。
表で上手く生きていける自信もなく、考えを改めることも無く、生き方を変える事もできない愚か者でもある。
そんな社会不適合者たちは、新日本アルカナ皇国へ辿り着いた。
苦節三ヶ月、死にものぐるいで彼らは駆けた。
ただただ、メーヴィスの方舟という特大な怨敵への殺意と復讐心、ほんの少しの恐怖を抱えて。
金がなかった。顔を隠して人を襲い、施設を襲い、生きる為、戦う為の資金を稼いだ。
飯がなかった。奪って奪って、必死に食いつなぐ。
家がなかった。都市開発と表と裏の攻防、空想との戦いにより残された旧特区の一部に潜み、復讐計画の決行を今か今かと待っていた。
全てが順調だった。天上に御座す神が彼らの行いを肯定していると錯覚する程には、事は上手く進んだ。
進み過ぎた。
彼らは気付かなかった。掴んだ選択肢が毛色の違う地獄への片道切符だということを。アルカナの、特に魔都の裏社会は、何処よりも血の気の濃い魔境だということを。
知らず、気付かず、理解できず。
最早死ぬ以外の道がないという運命を、彼らは最後まで気付けなかったのだ。
───あの日、人の形をした“死”に出会うまでは。
◆◇◆◇◆
三つのチームに別れ、組織崩れの強盗集団を倒しに魔都アルカナの旧首都圏を訪れていた。今や裏社会を担う基軸と化したこの地域には、国内外問わず多くの犯罪者や浮浪者が潜み、こっそりと生活している。
件の強盗たちはこの廃都の入り口付近に潜んでいるらしい。
入り口と言っても内部は複雑に入り組んでいおり、最早迷宮と化している為簡単には辿り着けない位置にある。真宵や日葵のように道を塞ぐモノ全てを粉砕して進めば簡単に辿り着けるが、異能部はそのような乱暴な突撃方法は推奨していないので不可能だ。
故に玲華と弥勒と一絆の正面突入チームと、多世と雫と姫叶の裏から回るチームの二つは、律儀に迷宮を攻略しながら、足早にアジトを目指していた。
真宵と日葵の遊撃チームは既に行方を消している。司令塔として部室に残っている廻ですら居場所を把握できていないとか。連携とは。何故か彼女たち二人は裏町に精通しているようで、六人が知らないルートで好き勝手に動き回っているらしい。
元とはいえ流石は勇者と魔王。自由すぎる。
……勇者がそれでいいのだろうか?
「やっぱり、よく見てみると……」
目を巡らせれば、廃屋や廃ビルなど、もう何十年と使われていない事がわかる景色が一絆の目に入る。
首都圏にこのような地域があること自体が珍しく、一絆は先導する先輩二人の背を追いながら、ついつい目で色々と追ってしまう。
「おー……あ、アレ見覚えある……わぁ……」
……そして、別世界の東京の姿を知っている一絆はその変わり様を見て驚き、ほんの少しだけ悲しみを覚える。なにせ見たことのある景色。観光とか旅行とかで見た覚えのある建物がチラホラ見受けられたのだ。
普段行き来している住宅街や学院付近は別物だが、ここで見る景色は何処か懐かしさを感じてしまった。
己の記憶力の高さを自賛しながら、ホントにここは並行世界なんだなと実感した。
改めて現実を突きつけられた気分である。
そんな一絆の気の緩みに気付いた玲華が、気を引き締めさせる為に彼を咎めた。
「望橋くん、気持ちはわかるが今は集中したまえ」
「あっ……すいません……つい」
「ん。わかる」
「こら……よし、では今度皆で魔都観光とでも洒落こもうか。皆が思うアルカナのイチオシを君に教える、というのはどうだい?」
「! おぉ〜……是非! すげぇ興味ありますそれ」
「ん。楽しみ」
「そうか。なら、しっかりと気を引き締めるように」
「はい!」
まだまだアルカナの事を、異世界と隣合う新世界の事を知らない一絆の前に餌を吊るしてやる気を上げながら、玲華は苦笑を噛み殺して足を進める。
弥勒も無表情ながらほくほくと嬉しそうな様子。
別ルートで行動している裏回り組も、一名を除いて賛成している。異能部では出不精である多世に拒否権は与えられていないので強制参加である。
楽しそうな未来に思いを馳せ、一絆はやる気を込め直す。
『勝手に決めないで欲しいが……まぁいい。そろそろ目標地点に着く。見張りに注意しろよ』
「あぁ、了解した。望橋くん、足音に気をつけて」
「うす……」
通信越しに廻から指示を受けながら、アジト付近に辿り着いた三人は走るのを止め、人目を気にしながら足音を立てずに目的地へと近付いて行く。
……やがて、それらしき建物を見つけた玲華が先に足を止め、物陰に隠れながら遠目に拠点を観察する。
弥勒と一絆も仲良く建物の影に隠れながら、顔だけ出して敵アジトを視認した。
「……工場?」
「百年前に放棄された製鉄所だ。都市復興が終わった今、もう不要と判断されたんだろうな」
「ん。不法投棄」
「言葉違うと思います」
「ん……」
強盗集団の活動の拠点は、所々が劣化し崩れている廃工場。もう製鉄所としての機能はないが、集団で生活するならもってこいの場所であろう。
弥勒が呟く通り廃棄と同時に潰せば万事解決になるだろうが、そう上手く事が進まなかった結果がここら一体である。腐敗と怠慢、破壊による財政の傾き等、様々な問題でアルカナは今日も終わっている。
一絆が思っている以上に魔都は闇深いのである。
そんな場所にある廃工場からは物音一つせず、鴉のよく響く鳴き声のみがスラムに広がる。弥勒が鴉を殺したくてウズウズしているが、玲華が片手で衝動を抑え、突入の準備に入る。
つい先程裏手に到着した多世たちに、異能を使って廃工場の内部をまずは探らせる。
すると。
『……えっ、えっ……えーっと、その……あの〜』
『なんだ枢屋。どうした』
「ん。何か問題?」
『そ、その……三人しか、中にいないんですぅ……』
「何?」
屋内にいるのは三人のみ。ここで玲華と廻は相手が此方の存在に気付き、囮を置いて逃げたか、罠を張っているかの二択を脳裏に思い浮かべた。
……しかし。
枢屋多世の異能【脳波干渉】───電子機器などを媒体にして、脳波を飛ばしたり外部と接続したりすることで色々できる規模のおかしい異能───により、何故か再現できたエコーロケーションの真似事で廃工場を再探知した所、多世は更なる異変を発見した。
戸惑う声を上げ、首を傾げながら多世はありのまま入手した情報を面々に伝える。
『あと、その……工場内にいる人達の精神状態が……すごく……悪いんです……こう、虚無というか……なんというか……』
「……罠の有無は?」
『脳波を当てた感じ、そういうのは……』
「……ふむ」
報告の内容を訝しむ玲華は、鋭い目付きで廃工場を睨みながら、頭の中で情報を精査。
もう突入しようぜとソワソワしている弥勒を宥め、心配そうに伺う一絆に自信満々の笑みを返してやるなどの重労働を並行する玲華は、部室で同じように脳を動かしていた廻と同時に同じ結論に至り、宣言。
「『───よし、突入』」
「ん。了解」
「りょ、了解!」
取り敢えず正面突破して内部を確認する事にした。
アジトの入り口は鉄製の扉が塞ぐだけで、ゴミ等を積んだバリケードは見当たらない。扉は完全に閉じられているが、潜んでいるにしては不用心すぎる。
改めて罠の有無や監視カメラなども確認して、何も置かれていない事に疑問符を浮かべながら、遂に三人は廃工場の扉を開け───…
「ん。お邪魔します」
弥勒が蹴り破った。鉄の扉を……普通の靴で。
「は?」
『はぁ……』
「……」
驚きと困惑の声を上げるのは一絆のみで、端末から様子を見ていた廻は呆れ果て、玲華は静かに怒りを募らせた。
別チームの三人もやりやがったアイツという沈黙に包まれている。
そんな空気をいざ知らず、弥勒は内部に突入した。
「平気……じゃないよなこれって」
「大問題だ。流石は弥勒、最悪を通り化して災厄だ」
『上手くないぞそれ』
「……酷くないか?」
もう騒ぎが起こるのは仕方ないとして、玲華たちは弥勒の背を追いかける。
工場内は砂や機材が散乱しており、非常に汚い。
一絆は思わず口元に袖を当て、鉄を叩く足音のみが響く通路を駆け回る。
そして、製鉄に使われる大型機が放置されたままのだだっ広い部屋に辿り着いた。
そこには。
「ぐ、グリムリーパー……!? た、タスケテ……」
異能で大鎌を顕現、なんかもう振り下ろす気満々の弥勒と、腰を抜かして後退りする外国人が一人いた。
拙い日本語で話す彼は、ビクビクと怯えた様子。
そんな彼の後ろから、遅れて襲撃に気付いた外国人男性が二人、慌てて此方に向かって来ていた。
『下がってろオーケン!』
『ジョ、ジョムの兄貴……ひ、ひぃ……!』
『おいおい、場所バレたんかオレら!』
廃工場にいたのはジョムとオーケン、ユンの三人。元幹部のジョムは真っ先に現状を把握して異能発動の体勢に入り、ユンは困惑しながら目の前に立つ少女を笑い睨む。
弥勒の異能である大鎌は、確かにオーケンがビビる代物だ。加えて、玲華が腰に携えた日本刀を見て一瞬眉を顰めたが、ジョムは武器そのものに“死”が付与されていない事を見抜いて、ほんの少し安堵する。
耳打ちされたユンも、心做しか安心した様子だ。
───そして、前に出た玲華が強盗たちに告げる。
「私たちは異能部! 国際指名手配犯であるお前たちを連続強盗事件の首謀者として……捕縛しに来た!」
「ん。殺す」
「違う違う違う違う」
「抵抗せず、大人しく捕まってくれ。無理ならば…… 多少痛い目にあってもらうぞ」
『チッ、クソが……!』
『?』
『日本語わからん』
「……通じてなくないかなアレ」
「……もう一度言うか」
その空気を破る様に、玲華が罪状と理由を提示して強盗集団の捕縛にかかる。
……名乗ったは言いものの、ジョム以外は日本語を収めきれてないらしく言葉が通じていない。
バイリンガルな玲華は仕方なく、彼らが使う言語を用いてもう一度同じ内容を告げた。二度手間である。
相手の正体を知った二人は、元幹部のジョムと同じように顔を顰めて悪態をついた。
『ガキ使った軍隊じゃねェか。ふざけやがって』
『もうダメだ、おしまいだぁ……』
『イノーブってヤツらか! くっそ、ホントにオレらついてねェな!』
どうやら彼らの故郷で、そして裏社会でも異能部の名は轟いているようだ。
ジョムとユンはオーケンを逃がし、戦闘に入る。
異国語で互いを鼓舞し叱責し合いながら、ジョムは工場内に散乱させていた砂を操り、巨大な流砂を作り宙に浮かせて攻撃態勢に。一方ユンは傷だらけでロクに治療もしていない両腕に風の力を込めて、いつでも真空の刃を飛ばす準備を完了する。
強盗集団の主戦力二人は、戦いを始める気で満ちた笑みを浮かべ、異能部に向かい合った。
「まぁ、そうなるか───総員、戦闘開始!!」
「ん。了解」
「っ……よし、行くぞ、精霊たち!」
『〜!』
『〜♪』
玲華は刀に雷を纏わせ、弥勒は大鎌を正面に構えて対峙する。一絆も【架け橋の杖】を顕現させ、光の精霊と水の精霊を召喚して、戦いに出る。
砂と雷、風と大鎌、光と水。色とりどりの異能がぶつかり合う。
異能部と犯罪者の戦いの火蓋が、切り落とされた。
◆◇◆◇◆
「どこかな〜♡♡♡ここかな〜♡♡♡」
魔都アルカナの隠したい部分、月の明かりしか無い暗い夜道を、一人の少女が歩いている。
───血色に輝く紅い刀身の刀を引っ提げて。
死に愛された殺人姫が、三日前に逃した斬り甲斐のありそうな獲物を探し求めて、町を彷徨っていた。
途中途中で浮浪者を斬り捨てながら、少女は歩く。
「あっとさ〜んにーん♡♡♡ どこかなぁ〜♡♡♡?」
死体処理をしてくれる大好きなリーダーも、渋々と顔を拭いたりご飯を作ってくれる最近気になってきた狙撃手も、今日は一緒にいない。
いないのだから、好きにしたって良いのだろう。
少女はそう結論づけて、夜の魔都に踊り出た。
異能【死閃視】───致命となる線を勝手に作り、強制的に切りつけた相手を絶命させる死の力。
産まれ持った忌み極まる力を使い、少女は笑う。
笑って笑って笑って……今日も元気に生きている。
方舟が作った狂気の産物───黒伏斬音が、惨劇の夜を求めて……
「……ここかなぁ〜???」
戦いの音と人の気配がする、廃工場を目に入れた。
王様みたいな事してる準幹部の少年
→別に魔王軍関係ない
犯罪組織殲滅を観戦していた結社の幹部
→俺、あんなにド派手に潰せとは言ってねぇぞ!?
何も知らない元魔王
→生き残りいるじゃん。煽ろ〜。
何も知らない異能部
→あと四人どこだ!?
色々と知らされた元勇者
→まぁ、理不尽はよくあることだよね。
生き残った男たち
→なんで……どうして……
やりやがった女の子
→つい♡




