02-20:投げられたブーメラン
「はいかーくん頑張れ頑張れ〜」
「ぅ、おぉぉお……!」
「……なにやってんのこれ」
放課後、異能部のよく皆が集まっている部屋にて。何故か日葵が一絆の背に乗っていた。なんなら一絆はそれを受け入れて、なんなら腕立て伏せをしていた。
つい最近、というか昨日見た光景だな。
お手荒に行っている間に筋トレが行われているとは流石のボクでも思わなんだ。
というか……今やるかよ普通。朝やってるじゃん。
「こんちゃーす。姫叶宅急び……なにやってるの?」
「え、見てわからない?」
「わかった上で聞いてるんだよ」
ダンボール片手に颯爽と現れた姫叶も、この二人のトレーニング風景を見て困惑した様子。ついでに言うと日葵と一絆の師弟関係も初耳だった為、その分彼は困惑しているようだ。青色の目を白黒瞬かせている。
わかるよその気持ち。ボクもそう思う。
ところでそのダンボールはなんなんです?
「普通にトレーニングルーム使いなよ……」
「余った時間の有効活用だよ。ねー?」
「お、おう。そうだな、そうなんだと思うぞ俺も」
「君も困惑してんのかよ」
はい、今日突然のトレーニングは日葵の思いつきで始まった事が確定しましたね。
いやはや、日葵という重し付きの筋トレとはいえ、たった少しで一絆くんの身体はより引き締まっているように見える。
これが勇者を鍛えたスパルタ将軍の鍛錬か……
いやまだただの筋トレだわ。【天使言語】で歌って重くしてるだけだったわ。
……なんで歌で身体が重くなるんです?
天使語怖っ。宣戦布告で滅ぼして正解だったわ。
「で、なに宅配したん?」
「あー、これはね、副部長に持ってけって言われて。すれ違いざまに押し付けられたんだよ」
「ふーん……開けていい?」
「だめ〜」
拒否られた。つーか何かわいこぶってんだよキミ。そんなんだからメス扱いされんだぞ……
……いや無意識かい。
無自覚爆発した挙句ガチ照れして恥ずかしがってんじゃねぇよ。それでも男か。死ぬまで女装させんぞ。
皆が姫叶を見る目が変わっちゃうね。
「やめてくれ。後生だから」
「世の性へんん、ニーズに合ってるのが悪い」
「ニーズって言うのもやめよ?」
「……何話してるのよ貴女たち」
「あ、雫ちゃん」
足蹴り入室する雫の冷めた目付きに悶え死ぬ姫叶は取り敢えず床に捨てておこう。そのダンボールはボクが貰うね。勝手に開封させてもらうわ。
どーせ部費で買った備品とかでしょ……お?
「なにこれ……調査報告書?」
「え、そうなの?」
「私にも見せなさい」
ダンボールに入っていたのは、堅苦しい文字が並ぶ紙の束と、用途不明のよく分からない器具の数々。手に取って読んでみれば、書かれているのは最近起きたとある事件についての調査報告書であった。
なになに〜……あぁー、連続強盗事件のヤツか。
「生き残りいたんだ」
「「え」」
「……いや、前に噂で実行犯が死んだ〜って聞いたんだけど……二人は知らない感じ?」
「うん。知らない」
「どこ情報よ……」
「じゃあデマか……いや別の話かな?」
「それはそれで怖い」
っとぉ。危ない危ない。斬音が辻斬りしましたとは口が裂けても言えないねこれは。
お口チャック。まったく全滅させとけよ……
……記載されている通りだと、実行犯の数は七人。確か斬音が辻斬ったのが三日前の話で……証拠隠滅で処理った死体の数は四つだった筈。
と、いうことは……生き残ってんのは三人か。
「……ねぇ、これ。まさかだけどさ」
「あは……ここ見てみ。特務局からの依頼っておっきく書いてあるわ」
「完全に押し付けじゃない」
若い子に経験を積ませろってか? ふざけんな。
「───斡旋、もしくは適材適所と言え。まったく」
やいのやいのと薄汚い大人たちに文句を言い合っていたら、顰めっ面の副部長……廻先輩が現れた。
お、よく見れば後ろから部長の玲華先輩、眠そうな顔をした弥勒先輩、あとキョドりながら呻く多世先輩も続々と部室に入ってきた。
三年生が勢揃いだ。今日は来るの遅いのね。
「すまない、待たせたかな」
「ん。おはよう」
「ふぇ……ここ、こんにちは……」
うん、多世先輩が正しい。時間帯を無視しないで。
「よっと。かーくん終わりにしよっか」
「りょ……っと、すまん汗頼む」
「はいよ〜。えーっと……これかな。《────♪》《─────♪》───はい、<浄化>っと」
「サンキュ」
三年生の入室に気付いた日葵たちも、暇潰しの突発トレーニングを中断。ついでに一絆くんに清浄の歌を届けてから話の輪に飛び込んできた。
歌一つで汗消えるとか、やっぱ変なスキルだ。
いやぁ、世界の書き換えって怖いね〜(どの面)。というか一絆くんってば日葵の扱いが大分手慣れてきたね。どんどん馴染めてる証拠かな……今更か。
「今日は何するんですか?」
「あぁ、今から説明する……その紙を見た三人はもう察しているとは思うが」
「やっぱりぃ?」
「ボク帰っていい?」
「ダメよ」
「はい座れ座れ。部会議の時間だ」
廻先輩に促され、皆好きな場所に腰を落ち着ける。ここの部室はソファやらダイニングチェアやら色んな種類の椅子が置いてあるので、各々が気に入っている椅子に座るのだ。格式もなにもない。自由すぎる。
ホントなんでこんなバリエーション豊富なんだか。
取り敢えずボクはソファの右側に座る。どうせ……ほら座った。こんな感じに日葵が隣に来るからね。
一絆くんはダイニングチェアに、姫叶や雫は壁際のベンチに、弥勒先輩はボクたちが座るソファの背もたれに胸を乗せ、多世先輩はカーペットの上で体育座りして話を聞く体勢に入る。後者二人おかしいな?
部長副部長コンビは座らず、立ったままのようだ。
「今夜の任務はとある強盗集団の捕縛だ」
任務概要書を片手に、玲華部長が会議を始める。
「最初の犯行は三週間前。於菟安銀行が覆面の集団に襲撃された事件があったんだ。望橋くんは知らないと思うが……まぁ兎も角、それ以降アルカナ各地で強盗事件が多発してな……転移系の異能があるのか、まんまと逃げられ続けてな……」
「仕事しろよ警察」
「姫叶くん黙って」
「……それ以降、アルカナ各地で強盗事件が多発していたんだが……先日、各現場にて破壊されていた監視カメラの復旧に成功してな。解析の結果……あっ」
「っ、あー……はぁ」
そこで部長は一旦区切り、後ろを振り向き解析した結果を貼ろうとした。だが貼る為のホワイトボードがそこにはなかった。準備不足すぎる。
再び顔を顰めた廻先輩は慌てて走り、準備の悪さを愚痴りながら壁際に寄り、ガラガラと音を立ててホワイトボードを運んで設置した。お疲れ様です。
玲華部長はすまんと一言告げ、苦笑しながら写真を七枚ホワイトボードに貼っていく。
写真は全て、成人男性が写った顔写真であった。
「残念ながら顔は覆面のせいで特定できなかったが、使われていた異能から犯人を推測、国内外の指名手配犯の情報と照らし合わせた結果特定に成功した」
「……後はアジトの場所もな」
「わ、私が頑張って……かか解析しましたぁ……!」
さっき読んだ調査報告書通り、実行犯の数は七人。黒人と白人の混成で、どいつもこいつも外国籍。
成程、国外の指名手配書は優秀だったようだ。
追加情報を見れば名前や性別、異能の特徴まで掲載されている。
……よーく見てみれば全員見覚えがあるな。
えっと確か…… うち四人は斬音が辻斬った死体顔でご対面したな。可哀想に、一撃死なんて……
他三人は何処で見たんだっけ? えーっとえっと……
あっ。
「……コイツらってどんな集まりなの?」
現実逃避も兼ねて問う。当たって欲しくないなぁという気持ちと、ボクの記憶力すごいなぁという想いに間挟まれながら。今ばっかりは忘れたかった。
邪神仕込みの記憶力が……憎い……忘れたい……!
「あぁ、それも話そう。彼らは四ヶ月前、とある異能結社との間で勃発した抗争に敗れ、壊滅してしまった異国の犯罪組織……その生き残りだ」
「……ふーん?」
四ヶ月前……いや、覚えがありすぎるね。うん。
「そいつらがなんで僕らの国に?」
「……敵討ちだろう。自暴自棄になっているがな」
「あー、だからか……」
「成程ね」
いったい何処の異能結社の仕業なんでしょうかね。この世界で異能結社と言ったら一つしか指さないんですけども。左から密かに向けられる日葵からの視線は全部無視だ。気にしたら不味い。
確かに四ヶ月前、一夜で海外産の犯罪シンジケート潰したけどさぁ……
あ、ボクは不参加だから違うよ? なんでか知らないけどお呼ばれしなかった。
「えーっとその勝った方の……異能結社っていうのはそんなに有名な組織なんですか?」
「そうか、望橋くんは知らなかったな……教えるよ」
「メーヴィスの方舟、だよ」
「琴晴くん、私の台詞を取らないでくれ……」
「あはは」
並行世界生活1ヶ月未満の一絆くんが、いい感じのタイミングで話を遮って、無知から来る疑問を玲華に質問した。結局答えたのは日葵だったけど。
はぁ〜ついに知られてしまった。なんだろこの胸を燻る衝動は。知らないで欲しかったって想いと、逆に知ってもらいたかったって想いのせめぎ合い……
自己顕示欲……とは違うか。なんだろうね。
「三百年前から続くやべー組織だよ」
「ん。危険」
「歴史すげぇな……」
ま、よーするにボクらが殺し尽くせなかったせいでアルカナが被害に合ってるわけなのだ。
困った。責任問題とかあったりする? ないよね?
「おそらく、これまでの犯行は全て復讐計画への活動資金に費やすモノだろう。銀行だけでなく一般家屋も幾つか襲われている。これ以上の被害を防ぐ為にも、正体や居場所が割れた今、早急に捕まえるべきだ」
「これ以上時間をかけるわけにもいかないもんね」
「あぁ。それと、主犯格以外の残党らも潜伏している可能性が高い。補佐に回っているかもしれん。場合によっては総力戦になる事も視野に入れるべきだな」
ふむ、どうやら今回の任務は異能部全員で挑む事になりそうだね。
と言っても廻先輩は部室棟で待機だろうけど。
気迫さえ感じる異能部トップ2たちのやる気を見た姫叶と雫は、より真剣な顔つきとなり本気で挑もうと気を引き締める。
異能犯罪者を相手にする事自体が危険だが、今回は危険度がより高い相手になるだろうからね。その心意気は大変好ましく、応援したくなるモノである。
ま、もう実行犯四人死んでるんですけどね。
教えないよ? だって教えたら教えたでなんでお前が知ってんの? って話になるじゃん。さっきは噂話の体ではぐらかしたけど、二度目三度目は難しいだろう。
だから黙る。今回の任務、クソ楽ですよとは。
はぁ〜……まったく、辻斬りするんなら全滅させといてほしいよ。やるなら徹底的にやれや。
なんでボクこんな働いてんの? 過労死しちゃう……
「特務局の連中は今、別件に追われている。俺たちにこの任務が来たのはそれが理由だ」
「つまり楽ってことね」
「一気に気を抜くな神室妹」
「その呼び方やめて」
大人たち……特務局の捜査官たちは今回の強盗集団よりも派手に面倒なヤツらを相手にしているらしい。
良かった、それがこっちに来なくて。
……あ、そっか。三年生達が遅れてやって来た理由それか。多分だけど鳥姉とかがわざわざ足運んで依頼してきたんだと思う。もしくは社畜局長さん。
ボクの周りの大人、さては社畜しかいないな?
「何時に帰れるかな、これ」
「敵アジトは裏町の奥でしょ……この入り組み様から見ると深夜は行くかもしれないわね」
「嘘だどんどこどーん」
「それ古いよ多分」
「ネタに鮮度なんて求めてませーん!」
説明がだいたい終わった辺りで姫叶がボケたので、適当に突っついたら怒鳴られた。酷い。ネタに鮮度が無かったら世の中から芸能人は消えてないよ。
まぁ往年の面白いネタってのはあるだろうけどさ。
なんだろ、具体的には上がんないけど。最近お笑いとか見てないし……帰ったら見てみよっかな……
最早任務とは関係の無い事を思い浮かべていたら、あまり会議に参加していなかった日葵が、真っ直ぐに片手を挙げて声を上げた。
頭の中で情報が完結していない弟子を指しながら。
「……これ、かーくんの初戦になるけど大丈夫?」
「「「………あ」」」
「……えーっと、その……」
「よしわかった。すまない短時間で説明しよう。いや移動しながらだな……取り敢えず準備開始!」
ワロタ。よくよく考えたら一絆くんまだ空想の単独討伐してないじゃん。狼に襲われたり鹿を眺めたりしただけだったわ。んで異能犯罪者を相手に、と……
いやぁ、不憫不憫。一絆くん不憫だねぇ。
ま、そーゆー運命の元にいるとしか言えねぇわ。
「あれ、僕の手袋どこ」
「そこに引っかかって……ないわね」
「どこだー!?」
メスがうるせぇ。そろそろ口枷つけさせるか。
部長の号令と共に立ち上がり、武器を持ったり服を着替えたりする部員たち。王来山の学生服は赤と黒を基調としており、異能部の制服はそれの流用だ。
と言っても、見た目が同じなだけで性能は違う。
普通の学生服では有り得ない戦闘補助機能があるんだとか。やれ防御力とか、寒暖耐性とか……色々。
ぶっちゃけ恩恵を感じた事は個人的にないけど。
なにせ素で防御力高いんでボク。結社で受けた時の人体実験とかの影響だね。
後は……前世の補正かな。癪だけど。
っと、そうだそうだ。皆でアジトに向かう前に……
「たーよせーんぱい♪」
「ふぇ!? な、なな……ううう洞月ちゃん……わ、私なんかに何の用ですかぁ……?」
「先輩に追加で調べ物してほしいなぁ〜って」
「ぇ、えぇぇぇ……」
枢屋多世。見た目は陰気な要素を煮詰めた陰キャの権化と呼ばれても仕方ない……一応ボクの先輩。卓越したハッキング技術から情報戦のエキスパートとして名を上げているのだが……
はてさて、いったい何処で得た技術なんだろうね?
「そいつらって元を辿れば方舟に潰された、どっかの残党なんでしょ? なら、ワンチャン他にも生き残りがいる可能性もあるじゃん? 先輩にはそーゆーのも調べて欲しいなぁって思ってさ」
「ぅぇぇ……や、やる気ないですよぉ」
「え?」
「やりますぅ!?」
いやまだ凄んですらないんですけど。まるでボクが脅したみたいな反応はやめてほしい。心外だ。
ちょっと気になったから調べさせるだけなのに……
ま、これで他にも残党が生き残ってるってわかれば抗争に参加した準幹部共を煽れるし。なんなら作戦の指揮を執った幹部も弄り倒せる。
元部下の分際でボクの上に立つとか、虐められてもしょーがないよね。仕方ない。前世ぶりのパワハラをお見舞いせねばなるまい。楽しみ楽しみ。
「お願いね先輩♡」
「ぅぅ……」
……あー、対価が無いとやる気になんないか。
「やってくれたら天十字竜士団のフィギュア、ないのあげるけど」
「やります。グラート様とリーンリット様ください」
「めっちゃ饒舌じゃん。いいよ」
「ふひひ……」
最近先輩がハマってるアニメの敵キャラのお人形を対価に提示したら、すごい勢いで食いついてきた。
成程、これがアニオタのパワーか……舐めてたわ。
ハイテンションでパソコンを叩き始めた多世先輩を見ると、趣味や推しがいる人の生命力っていうか、生きる力ってのはすごいんだなって思えた。
……というか、後でやってくれって言ってなかったな。でも今言っても聞く耳あるかな、この人。
「ん。多世、行く」
「ぁう!? ま、待って待って待って〜……!」
「……大丈夫そうだな」
弥勒先輩が担いでった……あの人も筋力凄いよね。
「真宵ちゃーん、はよはよ〜」
「はーい」
ま、取り敢えず生き残り三人、狩りに行きますか。
「よーし、犯罪者なんて皆殺しだぁ〜」
「どの面下げて……」
「なに、下げてあげよっか?」
「揚げ足取らない〜」
犯罪者許せねーって話してるだけじゃんか。ねぇ?




