02-19:お父さんと一緒
「───で、今日は特大ステーキなのか……時成さん何歳だよ。歳によっては重くね?」
「私たちを拾った時40だったから……」
「57じゃない?」
「そうそれ」
「胃もたれするだろこれ……」
今夜の都祁原邸の夕飯は、豪勢なステーキ料理。
ジューっと肉が焼ける音と、キッチンに立つ二人の談笑をBGMに、学生ニートの真宵は床に寝そべってボーッと天井を眺めていた。
対照的に日葵と一絆は忙しなく動いている。
父親の久々の帰宅に浮き足立った日葵はスーパーで正気を疑うサイズのステーキを四枚も買ってくるし、料理スキルが高いと知られた一絆は強制的に徴兵されて台所戦士の仲間入りを果たしていた。
真宵? なにもしない、できないじぇーけーである。
「甘やかしすぎじゃね?」
「いーんだよアレで。下手に動かすと……壊れる」
「……ぐ、具体的には」
「かーくん」
「!? 俺か……俺なのか……」
何気ない表現で一絆を脅しながら、日葵はトングを使って分厚い肉をひっくり返し、裏面を焼き始める。勢いよく焼ける肉の音は、調理する二人の空きっ腹を激しく刺激する。つまみ食いの衝動に駆られるが、そういうわけにもいかない為、苦渋を飲みながら二人は肉を眺めている。
尚、真宵は完全にボーッと虚空を眺め黄昏ている。我ここにあらずを体現している。
「あいつ大丈夫なのか? 家だとほとんどあーなってるけど。あまりにもボーっとしすぎててなんかの病気を疑うんだけど……見てて不安になる」
「大丈夫大丈夫。昔っからあーなってるから」
「それはそれで心配になるんだが?」
昔(前世)から。以前あまりにも無防備に虚無ってる真宵が心配になった日葵が、病院ではなく悦に聞いた所、魔王になる前からそーだと言われたことがある。
加えて安心できる場所でしか虚無らないとのこと。
これを聞いた日葵と時成の二人は思わず頬を緩め、微笑ましい気持ちになって真宵の頭を撫でた。
嫌そうに手を払った真宵の照れ顔は今でも鮮明に思い出せる。
と、数年前を懐かしみながら付け合せのじゃが芋に焦げ目をつけていると……
玄関の扉が開いた。
「ただいま、と……おや、好きな匂いだねぇ」
一家の大黒柱、都祁原時成の帰宅である。ようやく帰ってきた養父を日葵は足早で迎えに行った。
「おかえり〜、遅かったね」
「今日中に片付けたい物を片付けて来たからね。でもちゃんと帰ってきたよ。偉いでしょ?」
「普通」
「あ、おはよう真宵ちゃん」
「ん。……おかえり」
「ただいま」
でっぷりと肥えた身体を包んでいた茶色いスーツをハンガーにかけてクローゼットに吊るし、日葵は時成の背を押してリビングに上げる。近づく気配に気付いた真宵も文句を言いながら起き上がり、床からソファに這い上がり……そしてまた虚無り始めた。
あまりにも短い、短すぎる覚醒時間に呆れた日葵は濡らしたタオルを顔面に投げて起きるよう促した。
真宵は気絶している。
そして、ここで一絆は久しぶりに時成と対面する。
「こんばんは時成さん。お久しぶりです」
「あぁこんばんは望橋くん。すまないね、君のことを随分と放置してしまった」
「いやいやお気にならさず。部屋くれただけでもありがたいですし、めっちゃ助かってますし……」
「そうかい?」
見ず知らずの自分に衣食住をくれて、保護者として後ろ盾を作ってくれた時成に対して、一絆は敬意全開フルオープンで接する。
要するにめちゃくちゃ恩義を感じている。
……別に養子としてどう接すれば良いかわからないから敬語で接しとけと脳内で完結したわけではない。
「ま、なにか困ったことがあったら言ってくれ。私ができることなら大抵は叶えてあげるからね」
「わかりました。そん時はよろしくお願いします」
「あぁ、いつでも待っているよ」
改めてなんでも助力する事を伝えて、洗面所に行き手洗いうがいを済ませた時成はキッチンへと向かう。流石に一絆と日葵がいて手狭なのと、時成本人の横に大きな図体のせいでスペース的な問題がある為、手前の冷蔵庫までしか立ち入らないが……
手馴れた様子で……否、久しぶりに開けた冷蔵庫の中身が見覚えのない配置だったせいで一瞬固まり、それでもお茶を見つけて冷蔵庫から取り出す。
再び移動して、机の上に予め置いてあった人数分のコップに並々とお茶を注いだ。
夕食を頂く準備はほぼほぼ完了した。
「真宵、そろそろ起き…………し、死んでる……」
豪速球で投げられたタオルを顔面キャッチした事でガチの気絶をした真宵をなんとか生き返らせ、時成は日葵が次々とカウンターに並べていく小皿や箸を机に移動させ並べていく。
目覚めた真宵は寝起きの辿々しい足運びで顔を洗いに行った。
「はい、おとーさんデカいのいいよ」
「じゃあ……これかn「ボクもーらい」ぁぉお!?」
「便乗。俺これにするわ」
「望橋くぅん!?」
「まよちゃー? かーくーん? やめよーねー?」
「むぅ」
「はい」
途中でステーキの奪い合いが起きたが、怒気を纏う日葵の一喝で争いは怪我なく終息した。
ステーキの大きさは時成一絆日葵真宵の順である。
基本お腹が減らない真宵は一番小さい肉を選んだ。先程の争いに意味はあったのだろうか。ない。低燃費少女マヨイは頭を使わない動作が大の得意なのた。
「「「「いただきます」」」」
手を合わせて挨拶した四人は、ナイフとフォークを両手にステーキと向かい合って夕飯を楽しみ始める。
肉は滑るように切れ、頬ばれば肉汁が溢れ出る。
付け合せに作った人参のグラッセと、程よく焼いて焦げたじゃが芋も大変美味。真宵はステーキ本体よりそっちが気に入ったのか、時成のプレートから人参とじゃが芋を躊躇いなく掻っ攫っている。
奪われた時成だが、ステーキ肉への興味関心の方が強いのか特に気にしてないようだ。
「美味しい?」
「うん」
「うめぇ」
「とっても美味しいよ」
「良かった♪」
こうして、初めての四人揃った家族団欒は、料理を受け持った二人のお陰で無事に成功するのだった。
……約一名、マジのガチで何もしていないのは最早ご愛嬌である。
◆◇◆◇◆
深夜、草木も眠る丑三つ時。居間のソファに座って酒を傾ける、二つの人影が暗がりの中にいた。
影の正体は───真宵と時成の二人。
久方ぶりの晩酌である。
未成年飲酒を教職者の目の前で堂々と嗜む真宵は、我我関せずと言った無表情で酒を煽っている。対して時成は肉体と精神の年齢のどちらを優先すべきか頭を悩ませながら、静かにワインを喉に潜らせていた。
日葵と一絆は既に夢の中。各々二階の自室にいる。
故に、今この空間にはこの二人しかいない。
「銘酒だねぇ、この赤ワイン。どこ産だい?」
「龍火圏ベルドゥーツ。六百年前にルゥ……ルインが趣味作りの一環で極めたヤツ……の、献上品」
「へぇ……美味しいわけだ」
忘れられた龍の起源地、業火の花咲く灼熱の剣山に囲まれた巨大火口。その中に造られた赤き地底都市。
───龍火圏ベルドゥーツ産の銘酒だ。
そして、一応“炎”の属性を司る四天王が治めている魔王支配領域の一つである。
「〈紅極〉か……会ってみたいねぇ」
「丸焼きになるよ。アイツ脂肪の塊が嫌いだから」
「おっと、それは困った」
時々談笑を交えるが、二人の間には静寂が支配する時間の方が大きく、ツマミを相棒に酒を傾け合う。
……こうして二人っきりで過ごすのも久方ぶりだ。
一絆が来るよりも更に前、二年生に進級してからは格段に夜会の数は減った。ほとんどは時成の多忙さが原因だが……
前世で酒の味を知った真宵は、死んで転生した今も未成熟な身体なんぞ無視して酒を楽しんでいる。
当時の感動と喜びは計り知れない。
病弱を理由に禁酒されていた彼女にとって、初めて飲んだ酒は全て異世界のモノ。それだけでも満足していたが、こうして三度目の生を受け、地球の銘酒も呑めるようになった。楽しまないわけがない。
いつ死んでも良いと思ってる分、余計に。
「……ねぇ。一つ聞いていい?」
そんな真宵は、チーズを啄みながら対面に座る父に問いを投げかける。
「なんだい?」
「……浮舟柊真に何か吹き込まれた?」
「………」
確信めいた口調で、時成を糾弾……否、純粋に心に抱いた疑問を真宵は呈する。
責めるつもりなどなく、ただ純粋な興味で。
数十時間前に交わした異能特務局の局長との会話を思い出し、一瞬だけ身体を強ばらせてから口を開く。
驚きと諦念を抱きながら、問いに答える。
「……まったく、どこで聞いたんだか。名高き魔王の地獄耳ほど怖いものはないねぇ」
肯定。茶々を入れながら、時成は生ハムを摘む。
「彼の方針は罪を犯した者であろうと、未来の為なら正義を捻じ曲げてでも戦力に加える。扱い易かったり使いやすけば、余計にね。その点真宵は……」
「……異能部か」
「そういうことだね」
いわゆる超法規的措置。犯罪者を登用して正義側の戦力に換算する。三百年経っても尚、対空想及び異能犯罪者へのカードが充実していない故、こういった方法を取る国は少なくない。
かつて日本と呼ばれたこの国も例外ではない。
それに真宵が組み込まれてもおかしくはないのだ。なにせ異能部という正義の機関に所属してしまっているのだから。
「……バレたら引き抜かれる、か」
「不満かい?」
「不満しかないよ。つまりボクの思惑が全て潰された後にも未来が続いてるって事だ。不愉快すぎる」
「ひねくれてるなぁ」
特務局の走狗になるつもりなど微塵もない。いずれ死ぬ予定とはいえ、それまでの過程に超法規的措置など不要である。異能部にいる事自体面倒なのに、これ以上何を求めると言うのか。退部届さっさと出すか。
割と本気でそう考えながら真宵は嘆息する。
……彼女が異能部に入った経緯は、ほとんど日葵の せいである。日葵は真宵に了承も得ず、何も考えずに無理矢理入部届けを提出したのだ。その結果、何故か知らないが仲間入りを果たしてしまった。
落ちると思ってたのに、何故か。世の中は不思議に満ちている。当時の真宵は宇宙を背負った。
学院長直筆の推薦がトドメになったのかもしれないが。
「……消すか」
「やめてくれ。私から社畜仲間を奪うのは」
「もう最早仕事からの救済だろ。最適解では?」
「魅力的だけど死ぬのはなぁ」
影から取り出したナイフを指で弄びながら、真宵は赤ワインをグラスに再び注ぐ。
ゆらりと傾く血色の水面を眺め、喉奥に流し込む。
強くて重い。そんな味わいを持つ“龍酒”で心身共に暖めながら、真宵は現実から逃避した。
よく見れば、真宵の頬はほんのりと赤く染まってきていた。どうやらやっと酔ってきたらしい。
酩酊の気持ちよさも味わいながら、真宵は喉を鳴らした。
───あぁ、そういえば一つ言い忘れてた。
「これね、実は毒酒だったんだよね〜」
「ゴホッ…ヴ……ゲホッゴホッゴホッ……ちょ待って待って今なななんて言ったのかな〜!?」
「あはは、んまぁ“元”だよ、安心して?」
「怖い! 脅さないでくれ! 心臓に悪いんだから!」
「あはは」
元々は魔王カーラを殺す為の酒だった、なんてのは言わないで良いか。
慌てふためく父の姿を見ながら、真宵は笑う。
酔いが回ってきた頭は今にも蕩けそうで。なんとも言えない不思議な心地良さに身を任せて───……
夜の微睡みに沈んで行った。
「おや……今日は、酔うのが遅かったねぇ」
寝落ちした愛娘の寝顔を肴に、時成は最後の一口を喉奥に流し込んだ。
突然晩酌に誘われた時は驚いたが……
良い息抜きになった。傍若無人な娘にしては気遣いができている。用意された赤ワインも非常に美味なモノだった。地球のと甲乙つけがたい代物だった。
言っては悪いが、ほんのちょっぴり娘に感心した。
「おやすみ真宵。今日はありがとう」
頭を撫で、眠りについた娘を父は愛でるのだった。




