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02-17:子鴉の止まり木

章題を追加、サブタイトルの数字を変更しました。


 海上の斜塔ビルの上階、その一室にて……裏部隊の切込隊員、黒伏斬音が任務帰りに拾ったのは、鳥脚と鴉の黒い羽を備えた女の子。

 黒い髪の毛はボサボサで、纏う衣服は汚れが酷い。

 それも十に満たない幼女……完全に事案である。

 誘拐事件として扱われないことをボク達は願う。


「子供の気を引くアイテムでも持ってた?」

「持ってるわけないよぉ♡♡♡ 子どもなんて斬り甲斐ないもん♡♡♡」

「理由が残虐。精神科送れよ」

「匙投げるよ多分」

「二人ともひどくなぁい♡♡♡?」


 刀をチラつかせるな。キミの異能が乗った斬撃ってかなり痛いんだよ。ボクだから死なないけど、普通にエーテルで通用するダメージを振るわないでほしい。

 ……斬音が魔王軍にいたら結構楽だったのに。

 死徒十架兵(しとじゅっかへい)───十人の軍幹部に名を連ねる程度の能力は持ってるんだよね。実力は兎も角、だけど。


 ところで……この子どうしよっか。


「起こす?」

「えぇ〜……まだ寝んねしたばっかだよぉ?」

「取り敢えず揺するか……リーダー」

「ボクなの?」


 いや発案者は蓮儀キミだろ。なんでボクなんだよ。


「はぁ〜……まぁいいか」


 仕方ないので、斬音の腕の中でいびきをかく幼女の肩を揺する。なるべく痛めつけない様に……

 お、目ぇ開けた。意外と寝起きは良さそうだね。


「んゅ? う〜……ぅ? きー…きりねー?」

「ここにいるよぉ♡♡♡」

「んぎゅ……おあよ……、きりねぇおあよ!」

「おはよぉ♡♡♡ 朝だよぉ、こーねちゃん♡♡♡」

「あさ!」


 覚醒と同時に眠気が吹き飛んだのか、舌っ足らずの口を幼女は動かす。その瞳は海のように青く、まん丸お目目と称して良いぐらい丸っこい目をしていた。

 両腕の翼をバサバサと上下させ、楽しそうに笑っている。


 うん……思ってた以上に……懐かれてんね、斬音。


「幼女……」

「幼女だな……」

「でしょ?」


 殺人姫の膝の上で、鴉幼女は小さく跳ねる。起きてすぐなのに激しい動き……ボクには無理だ。

 ……これが若さ?

 んでもって、二人は何が嬉しいのかギューッと抱き着きあっている。あの斬音も満更ではなさそうで、楽しそうに抱き返している。あの斬音が……

 本当に予想外だ。


「……んゅ? だーれ?」


 おっと気付かれた。まぁ真後ろに居れば気付くか。


「はじめまして。ボクは真宵だよ」

「蓮儀だ」

「まよい…れんぎ……ん! こーねおぼえた!」

「こーねちゃん? で合ってる?」

「うん!」

「そっかぁ」


 自己紹介。思ったより善性が強くて、その純情さに目が焼けそうだ。というか初めて出会うタイプだ。

 ボクこんなに純粋無垢な女の子知らない。

 どうしよ、対処の仕方わかんない……お願い助けてひまえもん……子供の扱い方全然わかんない……


 ……取り敢えず聴くか。じゃないと何も進まない。


「何個か質問……お話聞いても良い?」

「? いいよー? よ?」

「ありがと〜。じゃ蓮儀くんパス」

「……わかった」


 おまえじゃないんかい、って目で見ないでほしい。蓮儀は呆れた様子で頷きながら、こーねちゃんとやらの前に立って視線を合わせ、対話を始めた。

 いやさ、別にひよったわけじゃないんだよ?

 幼稚園児との喋り方がわかんないとかじゃないよ?

 本当にひよったわけじゃないよ?


「家はどこにあるんだ?」

「いえ?」

「……お家だ。お家」

「ぉ! んとねー、ぼーぼー? した!」

「ぼーぼー? ……あっ」


 それ燃えてね? 焼けてね? 火事の擬音じゃね?


 同じ真実に辿り着いたのか、蓮儀と視線が合った。気持ちはわかるけど早く進めて。多分聞けば聞くほどダメージ増えるから。このパターンボク知ってる。

 斬音なんかも衝撃のあまり固まってしまった。まぁ懐いてきた子に家無し宣言されたらそうなるよね。

 察したわ。斬音と遭遇する経緯とか色々。


「そ、そうか……じゃあ今まで何してたんだ?」

「ぅ〜……わかんない! おとーしゃのね、においね、かいでね、い〜っぱいあるいてた!」

「成程、彷徨ってたのか」

「頑張ったねぇ♡♡♡ 偉いねぇ♡♡♡」

「えへへ〜」


 父親の匂い……ねぇ。キミは犬かな? まぁ動物系の異能って普通の人間より五感が強化されるみたいだから、あながち間違ってはいないのか。

 この子鳥だけ……実は異能者じゃなかったりする?

 ワンチャン改造人間だったりしない? 両手足を鴉に変えちゃうぞ〜的な。


 ……面倒だから聞かんとこ。怖気付いたわ。


「じゃあ……こいつに抱き着いた理由はなんだ?」

「こいつ呼ばわり酷〜い♡♡♡ 斬るよ?」

「急に素に戻んな」

「……もうえちえち口調やめたら?」

「や〜だ♡♡♡」

「「めんどくせぇ……」」


 ニコニコ笑顔から一転、殺意の無表情で刀の鯉口を切る斬音。物騒すぎるので頬をむにむにして、強制的に笑顔に戻してやった。

 思ったよりもちもちしてた。なんかムカつく。

 ヤク中の癖に……


「で……こーねちゃんはどうして斬音おねーちゃんに抱き着いたんだい?」


 まぁ兎も角、疑問はさっさと消費しておくに限る。


「んぅ〜、あのねあのね? きりねぇみっけ! したときにね」

「落ち着け落ち着け。羽やめろ」

「なんかねなんかね、おんなじにおいしたの!」

「「「……同じ???」」」


 興奮で鴉羽をバサバサさせながら告げられた事実を飲み込むのに、もって三秒。

 三人揃って停止した。そして再起動。


「匂い……臭い?」

「斬音のにおい……くさい? え? え?」

「落ち着け。まずは事実確認だ」


 首を傾げるこーねちゃんを囲んで、やいのやいの。


「取り敢えず……心境をどうぞ」

「なんかショックぅ……」

「いや待て。まだ加齢臭とは決まってない」

「まるで斬音から加齢臭するみたいな事言うのやめてくんない!!?」

「ワロタ」

「りぃ〜だ〜???」

「ごめんごめん」


 加齢臭がする未成年女子とか辛すぎワロタ。これは裁判に持ち込んでも勝てる風評被害だわ。

 取り敢えず謝っとけ蓮儀くん。あとが面倒だ。

 律儀に言いすぎたと頭を下げて、それはそれとして死臭はするぞと指摘するうちの狙撃手と、死臭はアクセサリーとアホな事を言い出すうちの殺人姫は横に置いといて、ボクはこーねちゃんを抱き上げる。


「ぅ? まよねぇ?」

「その言い方だとマヨネーズみたいな……んんっ」


 キラキラお目目やめてほしい。ボクの調子が狂う。


「……まま?」


 違う。キミを孕んだ覚えも産んだ覚えもない。


「それは絶対違う」

「まま……」

「……まよねぇって呼んで?」

「あい」


 素直でよろしい。なんでボクを母と認識したのかはわかんないけど、見逃しといてやろう。

 日葵に聞かれてたら大変な事になってた。

 蓮儀と斬音も目をかっぴらいて、真偽を確かめ……おい聞けよ。頷くな。裏社会あるあるじゃねぇよ!


 変な期待をする二人をしばき、渦中のこーねちゃんへの質問を再開する。

 もう二度とボクをママって呼ぶんじゃないぞ。


 取り敢えず今はママじゃなくてキミのパパの話だ。


「お父さんの匂いって、どんな匂いかわかる?」


 ボクの質問に真っ先に反応をしめしたのは、加齢臭疑惑を持ちかけられた斬音。

 まだどんな匂いかは聞いてないからね。

 だから決めつけはよくないよ。


「ん〜っとねぇ……おくすり? おくすりのにおい!」

「……白い粉?」

「あまくてねぇおいしいの!」

「ふーん」


 確かに斬音はヤク中だ。やべー薬の匂いがするのは分からなくもない。生き物を斬りたいっていう特有の殺人衝動を抑える魔剤から始まり、日常生活を犯すレベルで斬音は薬を飲んでいる。いや飲まされている。

 その中の一つに、甘い薬物があった筈だ。

 となると、だ。

 斬音が愛用する“甘い”薬の匂いと、こーねちゃんも飲んだことがあるその薬の匂いが一緒なら……

 そして、その薬の出処がアレ経由なら……


「ちょっとごめんよ」

「ぅ?」


 試しにこーねちゃんの黒髪を持ち上げ、首を確認。

 うん、数字あったわ。機体番号って言うか、生態番号って言うか……モルモットの番号って言うか。

 あ、こら。もっと触って〜みたいに首元をグリグリ擦りついてくるな。話を聞きなさい。


「薬……TPレミコン? ってことはぁ……」


 どうやら斬音も同じ結論に思い至ったらしい。


「……ねぇねぇこーねちゃん♡♡♡」

「なーに?」

「おとーさんの名前って、ほおずきやひと、だったりするぅ?」

「うん! おとーしゃのなまえ!」

「はい確定」

「……こっち側だったか」

「そっかぁ♡♡♡」


 ほおずきやひと───鬼灯八碑人。


 メーヴィスの方舟の幹部。ボクみたいな準幹部より上の地位に座る、年齢不詳の研究者。

 先日の研究所襲撃で色々あった幹部〈疫蠍(やっかつ)〉だ。

 そういやまだお礼のクッキーもらってないや。丁度良いし貰いに行こ。


「先生の実っ……娘か」

「今言ってたら刺し殺す所だったよ」

「危なかったねぇ♡♡♡」

「俺も反省してる」


 そして、この鴉娘の父親。まぁ確実に血縁関係ではないだろうね。

 二人に関係性があるとする根拠は三つ。

 一つ、研究所に入り浸る斬音と父の匂いを同じだと断定していること。

 二つ、よく見たら服が入院服とかそんなんなこと。

 三つ、首元にある番号。被検体とかに使うヤツ。


 スリーアウトです。どう考えてもモルモット。


 それにしては大分扱いが良さそうだが  なにせ、実験者と実験体を結ぶ関係性はだいたい悪いのがお決まりだ。殺意とか怒りとか憎悪とか、色々抱いていてもおかしくない。

 だが、どういう訳かこの子は彼を慕っている。

 ……なんとなーくだけど、あいつ父親ムーブしてんなこれ。真偽は兎も角、直接会って確かめてみるか。


 こーねちゃんを家元に返さなきゃだしね。


「こーねちゃん。これからお父さんに合わせてあげるけど……一緒に来るかい?」

「! いく! こーねもいく〜!!」

「おっと。はいはいわかったわかった」

「カチコミだぁ〜♡♡♡」

「やめろおまえ」


 さて、会いに行こうか。ボクのかつての部下に。






◆◇◆◇◆






 影に四人分の身体を沈めて、日が当たらぬ影の道を進んでいく。道中は無言……ではなく、何故か頬を赤らめてキャッキャッと喜ぶこーねちゃんに癒されながら、道無き道をボクたちは運ばれていき……


 幹部〈疫蠍〉の研究所に迷うことなく到着する。


「ここ? なんかデカくなぁい??」

「前潰されたのは施設の一つにすぎないのさ。ここがラボの総本部ってところかな」

「へぇ〜♡♡♡」

「……そういや二人共来るの初めてだっけ」

「うん♡♡♡」

「あぁ。ここに来るのは、な……」


 そこは、かつて秋葉原と呼ばれた地区。地殻変動と空想たちの暴虐により、地下に埋まった虹の楽園。

 時が止まったかのように健在の雑居ビルの群れ。

 海上の廃ビルたち以上の魔素に当てられた建物は、今も尚空気中に漂うエーテルの魔力によって、より強固な石牢と化している。マジで異常だな魔力って。

 三百年前の建物が風化せずに残るとか、物理とかに喧嘩売りすぎだろ。


 さて、そんな旧秋葉原にあるのが、この研究所。


「ここは魔道塔。方舟が有する叡智の中枢さ」


 大筒のような建造物が無数に連なる、紫色の巨大な研究所。天を貫く塔を彷彿とさせるこの施設は、かつて魔界に建てられた彼の“城”と殆ど同じ。

 見る度に懐かしさを感じる研究所へと、足を運ぶ。

 毒々しい色の建物に呆気に取られる後列を他所に、ボクは中央にある巨塔を目指す。


 此方に視線を寄越す監視カメラや、チラチラと影を見せる機関銃、魔導杖の群れは全て無視。

 入館証でもあるIDカードを手に、迷いなく。


「ちょちょちょっと〜なんかものものしくなぁい?」

「そういうモンだよ」

「軍隊制圧用の兵器がチラホラと……すげぇな」

「おそらなーい……」

「地下だからねぇ」


 まず空の有無を確認する当たり、鳥っぽいねキミ。


「ここだよ。開けるね」


 足を止めた眼前に広がるのは、壁。無数のラインが縦に切り込まれているだけで入り口は見当たらない。

 ただの壁を前にする皆の疑問を余所に……

 ボクはその縦線の一つにカードを無造作に差込み、下に向けてスライドさせた。


 瞬間、軽快な機械音が鳴り響き、カードに刻まれた情報が素早く読み込まれていく。

 本人確認中だ。勿論、これだけでは終わらない。

 次に必要なのは生態情報。カードを読み込み終えた機械が虹彩認証のカメラを起動して、ボクの紫眼に光を当てる。

 ……数秒待った後、また別の軽快な音が鳴った。


 それは、厳重な解錠作業が終わった合図。


「ご開帳〜」

「眩しっ♡♡♡」

「ぉ〜」

「へぇ……」


 ボクらの前で、ゆっくりと、機械の扉が開かれる。


「───やぁ、君たち。(やつかれ)の城に……何の用だい?」


 そして、扉の向こう側で待ち構えていた男の声が、ボクたちを出迎えた。

 逆光で見えづらいが、ボクは彼を知っている。

 目はやがて光に慣れて、特徴的な一人称を持つ彼の姿をボクらに見せた。


 顕微鏡のような黒い片眼鏡が目立つ、頭に黄土色のターバンを巻いた細身の男。布の隙間から除く黒髪は乱雑に飛び出ていて、何処か不衛生さを感じる姿。

 三白眼の赤い瞳を右目に輝かせる、白衣の大幹部。

 名を鬼灯八碑人。〈疫蠍〉のコードネームを有する方舟の研究部門トップにして、この魔道塔の主だ。


「端的に言うと……お届け物」

「ほぅ? 気になるねぇ、見せてくれるかい?」

「はい」

「おとーしゃ!」

「……んん?」


 デフォルトでにちゃりとしている顔が、お届け物を見せた瞬間、驚きで固まった。

 具体的に言うと、死人を見たかなような顔で。


「……562番、かい?」

「うゅ〜♪」

「番号呼びとかさいてー」

「噛み付くな阿呆」


 そして番号呼び。これには斬音も殺意がにっこり。


「ただまー!」

「おかえり……てっきり死んだか、逃げ出したのかと思ってたんだけどね……ちゃんと帰ってくるとは」

「ぅん!」

「まぁ……元気で何よりだよ」


 嬉々として抱き着くこーねちゃんを迷わず受け止め持ち上げた八碑人は、そのまま空いた片手でボサボサにはねた髪の毛を弄び、左目の機械で怪我の有無を確認し始めた。

 ふむ。思ったより関係性は良好のようだ。

 あの疫蠍が実験対象を可愛がるとは……思い返せば普段からか。ぞんざいに扱ってるのは親友の方だった。


「感謝するよ君たち。この子は特別性故、失う痛手が大きかったんだ。いやぁ、見つかって良かったよ」

「謝礼上乗せでね」

「勿論だとも。……そういえば前回の後始末分の礼もまだしてなかったね。入りたまえ、茶でも出そう」


 以前、彼管轄の研究所が別組織に襲撃された事件があったのだが、その時の報酬を彼から貰っていないのだ。残業気分で挑んだものだから、しっかり払ってほしい。

 幹部を先頭に塔の中を歩く。

 壁、床、天井は全て白く、外観の紫色は何処にも見当たらない。稼働する機械音や魔力が巡る異音に耳を傾けていると、八碑人が口を開き、会話を再開した。


「この子は件の研究所にいてねぇ。時間が時間だから寝させてたんだよ」

「……そんで襲撃されたってことか」

「そ。良い感じに燃えたからねぇ……望み薄、だったんだけども」

「斬音に感謝してねぇ♡♡♡? ねぇ〜♪」

「ねー!」

「ははっ、ありがとう」


 施設丸ごと燃える火災だったもんね。ニュースにはあんまり出てこなかったけど。まぁ円卓会の重鎮が死んだってニュースの方がデカかったのもある。

 で、そん時にこーねちゃんは……


「なんかね、なんかね、おきたらぼーぼーしてた!」

「なんで生きてんのキミ」


 燃える研究所からパパどこ〜して、炎の中を飛んで走って脱出して、そこら辺をフラフラしてたらしい。

 尚かすり傷はあるが、火傷はない。おかしい。

 これも研究の成果ですか?


「耐炎は無いはず……いやしかし……うーん?」


 研究していた本人もわかってないらしい。アホか。


 談笑しながら通路を歩き、途中にあった重厚な扉を通り、休憩スペースがある研究室に案内される。

 室内はTheラボって感じで、特質はあんまない。

 いや特質だらけか。無駄に凝った造形の部品ばっかで目が痛くなる。何の用途なんだアレ。


「そこに腰掛けてくれ。今から飲み物を用意するよ。あー、ココアとコーヒーのどっちがいいかな?」

「ボク甘いほう」

「コーヒー飲めませ〜ん♡♡♡」

「苦い方で」

「ぅ?」

「素直にこれ飲みたいって言いなよ君たち」


 銀製ポットでお湯を沸かし始めた八碑人を横目に、ボクたち裏部隊はソファに並んで座る。

 こーねちゃんは斬音の膝の上だ。

 ボクと斬音に羽を撫でられるこーねちゃんは、満更でもなさそうな顔でされるがまま。見た目通り触り心地がいい。野生の鴉だとここまで良くないだろう。

 無言で眺めている男二人を余所に、こーねちゃんの全身をもみくちゃに撫で回して遊んでいれば、お湯が沸いた音がした。三人分の飲み物は直ぐに手渡され、ボクと斬音は躊躇いなく口をつける。

 蓮儀くんは……うん、毒を警戒してる。


「あっても無味無臭だから気付かないと思うよ」

「余計飲みづらくなったが」

「安心したまえ。(やつかれ)は客人に魔炎竜スープを飲ませるようなバカでもなければ、料理に体液を混ぜた報復で残機を二万減らされるアホでもないからね」

「なんだその例え」


 四天王の話ですね。ボクが出払っている時に古龍を砕いたスープ(普通食べたら死ぬ)を自分は飲めるから大丈夫だと善意で用意するドラゴン女とか、踊り食いした魂が染み込んだ体液を手料理に混ぜて照れながら口に運んできたあたおかスライム女とかの話ですね。

 他二人も異常にやらかしが酷かった。あ゛ぁ〜っとヤバい怒りが再発してきた。あのメス共め……

 ……でもまぁ、会いたくなっちゃったな。

 

「ね、ね! こーねのは?」

「君はこっち。 好きだろう? オレンジジュース」

「!! すき!!!」


 警戒しながら渋々コーヒーを口に含む蓮儀の横で、オレンジジュースを手渡されたこーねちゃんが満面の笑みを浮かべて器用にコップを持って飲み始める。

 というか……がぶ飲み。めっちゃ零れてる……

 それを見た八碑人は、仏の笑みを浮かべながら用意していた上質なタオルで口元を拭いてやった。ついでに膝や服の濡れた箇所も拭ってやった。

 手馴れてやがる。


「うみゃ〜♪」

「次は零さない努力をしようか、君」

「……ぅ?」


 言われてもなんの事か理解出来てない……して?


 こーねちゃんの可愛さにヤられて甘やかすことしかできない斬音はもうダメだ。八碑人もなんでか知らないけど、強く注意できてないからダメだ。

 蓮儀は……守るべきモノを見る目をしておる……

 ダメだ、犯罪者共が揃いも揃って幼女にやられてやがる。


「お茶請けで悪いけど……前回と今回のお礼はこれで失礼させてもらうよ」

「お菓子で満足すると思うなよ」


 確かに報酬はヤク入りクッキーって言ったけどさ。でも上乗せがチョコってどういうことだよ。

 つーか普通の菓子じゃんかこれ。違法も何もない。

 いつもの毒マシシリーズはどうしたの。


「健康診断最低値だよ。ナニとは言わないけど」

「皆食べよーぜー!」

「リーダーおまえ……」

「どっか悪いのぉ♡♡♡?」

「びょーき? まよねぇ、どっかいたいたい?」

「………いや、大丈夫……だよ?」


 意外だと思うが、犯罪大好き異能結社でもなんでか健康診断を受けられる。実際受けるのは疫蠍の元実験体や幹部、暇なヤツらだけだけど……

 年に数回、定期的にある健康診断を受けた、前回。

 何故かある精神の項目が、ね……はい。皆さんご存知の通り幻覚症状です。コイツにはバレてますはい。

 ボーッとして正直に答えすぎた……


「ま、暫くは大人しくしてるんだね」

「無理では?」

「……頑張りたまえ」


 キミたち幹部や政界の協力者たちが仕事を増やしてるんですよ? 心配するなら配慮して?

 言っても無駄なんだろうけど。

 ……黒彼岸が魔王でしたーってバレたら、こいつらどんな反応するんだろ。切腹斬首? いやしないか。


「あぁそうだ。帰る時は言ってくれ。別の部屋にある転移装置を起動するから」

「ハイテクだな……そんなのがあるのか」

(やつかれ)の技術さ。移動できるのは“うち”の施設だけっていう制限はあるけどね。セーブハウスに直接転移、はできないから安心したまえ」

「……そうか」


 ボクはそのまま学院に行くので使いませんけどね。


「んっ……じゃ、ボクはもう行くよ」


 迷子のお届けは終わったことだし、学校もあることだから……ボクは帰らせてもらうとしよう。


「そうか。では来たまえ」

「ぅ? ま…まよねぇ……ばいばい?」

「………」


 ソファから立ち上がり、八碑人に転移装置がある部屋まで案内させようした……その時。

 後方から寂しそうな幼女の、こーねちゃんの声が!

 ……これ、振り向かなかったら鬼畜扱いされかねないかな、これ。

 ……まったく、これだから子供ってのは。


「またね、こーねちゃん」

「! うん! またね!」


 たまには会ってあげよう。寂しくならないように。寂しさから来る辛さを、よくわかっているから。

 まぁ……またモフりにいくよ。気に入ったから。


 こーねちゃんに困ったように微笑んでから、ボクは八碑人の背を追いかけた。



































「…………まま、ばいばい」






































「リーダー戻ってこい! 話がある!!」

「……??? ん? ん? や、やっぱりリーダーが……こーねちゃん、の……まま? なの?」

「ぅ? きりねぇ? れんにぃ? どったの?」

「「ちょっと話そうか」」

「……んゅ?」






◆◇◆◇◆






「助かったよ。あの子を連れてきてくれて」


 人っ子一人いない、足音と機械音のみが辺りに響く魔道塔の通路を歩くのは、黒彼岸と疫蠍(やっかつ)の二人。

 かつて主従だった関係性は、今や逆転。

 恐れ多くも(・・・・・)上司となった“彼”は、大きな秘密を隠す彼女に感謝の言葉を手向ける。


「どういたしまして。何度も言うけど、見つけたのはあの斬音だよ」

「ふふ……だとしても、だよ」

「?」


 怪訝な表情で頭を傾ける真宵を見ながら、八碑人は眉を八の字にして、静かに微笑む。

 何処か遠くの世界を、記憶を想起しながら。


「……あの子に母親認定されなかったかい?」

「……まぁ、1回だけ」

「そうか……そうか……なら、良いか」

「なにが???」

「なーに、こっちの話さ。貴女(・・)は気にしなくていい」


 含みのある笑みを見せながら、疫蠍は扉を開く。


「提案なんだが……あの子を貴女の庇護下にいれてほしいんだ」

「……は? ボク準幹部。掃除屋。あーゆーOK?」

「わかってるとも」

「……好きにすれば。どうなっても知らないよ」

「ふふ、問題ないとも」


 彼女は気付かない。彼の言動と対応が、普段よりも些か恭しくなっている事に。

 ほんの小さな違和感に、彼女は気付けない。

 気付くことなく、扉の奥にあるポットのような形の転移装置を、興味深げに見ている。

 そして、真宵は躊躇いなく装置の中に入った。


「今後とも、よろしくしてくれれば……ね」

「……よくわかんない。もっと会話しようとしてくれないかな?」

「ふふっ、善処しよう」


 開門。座標を王来山学院近郊に指定した八碑人は、恭しく頭を下げて……装置を起動。

 電が迸る不快な音と、空間が歪む音。

 閃光を撒き散らして起動された機械は、目を瞑った真宵を一瞬にして遠くに飛ばす。


 密かに同行させた虫型監視カメラで、転移の成功を確認した八碑人は、堪らず安堵の息を吐く。


 そして、ある英雄の転生体と思われる少女と戯れる真宵の姿を見て、今度は困ったように微笑んだ。



「……………まったく、貴女という方は………」


 ───かつて“オルゲン”と呼ばれていた蠍は、今日もまた見て見ぬフリを、知らないフリをし続ける。


 それが“主”の……望みが故に。

彼/彼女が気付いた理由は……まだ秘密で。

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