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02-15:勇者が師匠になった!


 ───明朝。登校時間よりも更に早い朝の刻。


「きゅうじゅごッ……きゅうじゅ、ろっく………!」


 中庭で鍛錬に励む歳若い男の声が、閑静な住宅街に小さく響く。

 場所は都祁原(つげわら)邸。異世界人が潜む大きな屋敷にて。

 一家の新入り───望橋一絆が、涼しい風に吹かれながら腕立て伏せをしていた。


「………ひゃ、く!! っ、とぉ……ふぅ〜………」


 計百回。荒い息を吐いて、一絆は筋トレを終える。

 スクワットやシットアップなど、凡そが思い浮かぶトレーニングは既に終えた後。

 これらは彼が前から続けている習慣の一つである。

 最近は忙しなかった為やり損ねていたが、なんとか状況に慣れて余裕ができた為、今日再開したのだ。


 ……そして、一息つく一絆に近付く、少女が一人。


「朝から精が出るね〜、はいタオル」

「おっ、サンキュ」


 少女の名は琴晴日葵。

 ウッドデッキから一連の鍛錬風景を、文庫本片手に見守っていたのだ。

 本の内容は戦記物である。ジャンルはSFだ。

 読みかけの本を閉じた日葵は、腰掛けていたガーデニングチェアを降りて、汗をかく一絆の為に用意していた新品のタオルを投げ渡した。

 一絆は礼を言って汗を拭い、グッと伸びをする。


「っ、ふぅ〜……今何時だ?」

「まだ六時だよ。早起きだねほんと」

「まぁーな」


 伸びをしてから草の上に倒れる。朝露でジャージが濡れてしまうが……まぁ問題ないだろう。

 既に汗で汚れているし、今更気にしても仕方ない。

 他人行儀な思いはとっくのとうに捨ててしまったので、気にせず一絆は汚れにいく。怒られから素直に謝るだけだ。その都度改善していけばいい。


「……昨日の戦い、凄かったな」

「ん? あー、クルドホーンのこと?」

「そうそれ。鹿ってあんな強かったんだな……」

「肉食動物なめすぎだよ」

「いやどー見ても草食だったろ」


 話は変わって昨夜のこと。時系列で言うと研究部で水の精霊を浄化した日の次の日。

 予知されていた空想との戦いに、一絆は参加した。

 否、正確には現場に連れて行かれて、彼らの戦いを観戦した、というのが正しいか。

 見学と称されて、一絆はその戦い方を見せられた。


 そこで彼は、己の弱さを改めて自覚したのだ。


 脳裏を掠める情景は、異能部の面々が入部したての彼に見せた───空想の群れとの戦闘風景。

 異能【星盤図(アストロラーベ)】による先回り。

 敵意ある空想を相手取る異能部の戦法は、一貫してそのような待ち伏せで始まる……訳では無い。


 この世に絶対がないように、異能にも絶対はない。


 時には、予知が通用しない相手もこの世にはいる。


「廻先輩の異能って、今ん所国内限定なんだよ」

「いや広いな……十分だろもうそれ」

「うん。でも欠点がいっぱいなんだ。例えば、国外で開いた《洞哭門(アビスゲート)》は予知範囲外だし……海外から来た空想にも通用しない。アルカナって意外と狭いだよ」

「……つまり、それが昨日の奴らってわけか」

「そゆこと」


 アルカナ内部に発生した門ならば【星盤図(アストロラーベ)】で対処できる範囲だ。しかし、領海を超えるとその精度は著しく落ちる。未だ成長途中というのもあり、時たま予知が外れたり、場所がズレたり、そもそも感知できなかったり……なんて事もざらにある。

 そういった取りこぼしとも、異能部は戦わねばならない。

 国軍の戦闘部隊や特務局のエージェントだけでは、どうしても手が回らないのが現状だ。


 そして昨日の相手は……海から来た空想であった。


 歪な形の巨角、赤い剛毛を身に纏う巨獣。咽頭から垂れ下がる肉垂が特徴的な空想生物。

 ヘラジカとよく似た魔獣……名をクルドホーン。

 その大きさはダンプカーをも上回る。主に湿地林に生息しており、ヌーの大移動のような川渡り……否、海渡りをして大陸間を移動する魔獣だ。

 ついでに言うと食性は肉食だ。見た目鹿なのに。


 今回、クルドホーンは七頭の群れで海渡りを決行。中国大陸───日本と同じように魔法震災で海に国土を分断され、沈まされ、挙句の果てには巨大植物に地上を乗っ取られた───から来た彼らは、海上警備隊の防衛を無視して突破、アルカナ各地の海上都市や農村を無視して、只管魔都を目指して……上陸。

 大海を泳いだ疲れを癒すように砂浜で休み、体力が回復してすぐ、今度は住宅街に向けて驀進し始めた。


 そのタイミングで異能部が戦地に到着した。


 国の要請により派遣されたのは、神室玲華、小鳥遊姫叶、八十谷弥勒の三人。

 たった三人で、七頭のクルドホーンを迎え撃った。


 雷を纏い、神速の動きでクルドホーンを翻弄しつつ切り裂く玲華。

 足元に玉を転がし、巨大化させて転倒させる姫叶。

 死神の大鎌で両断し、綺麗な断面図を作る弥勒。


 三者三様の攻撃方法で戦う光景を、一絆は堤防の上から見せられていた。

 戦場に一番近く、最も安全で危険な観客席。玲華の神速で必ず守れる範囲内。部長権限でそこに居るよう命じられ、各々の動きを見て学ぶようにと言われた一絆は、その指示に従って三人の戦いを注視した。

 そして……己と彼らを隔てる、隔絶するその強さを知ってしまった。


 激闘であったが、勝利を収めたのは異能部の三人。


 姫叶が足止めをして、玲華と弥勒がトドメを刺す。ただその繰り返し。同時並行でタスクをこなし、多少の傷はあれど三人はクルドホーンの討伐に成功した。

 七頭の死骸と血で汚れた砂浜で、玲華ちは勝利を分かち合っていた。


「……三人とも、すげぇって思った」


 そもそも練度が違う故、当たり前の話だが……


 望橋一絆はこの日改めて、戦う為、生きる為に強くなろうと思ったのだ。

 自分も彼らについていける様に……と。


「で、まずは筋トレからだなぁ、って」

「うんうん、基礎は大事だからね。いい出発点だと思うよ」

「だろ?」


 草の上で胡座をかく一絆が、朝の筋トレを再開した理由の一端はここにもある。

 今まで目的もなく、筋肉が欲しいな程度の気持ちでこなしていた筋トレだったが、今日からはしっかり目的をもってやろうと決めた。

 お荷物なんて呼ばかれ方はしないだろうが……

 いやこの家に住む黒い方なら言いかねないが、取り敢えず一絆は鍛えることにしたのだ。


 そんな若き男の決意を見て、日葵は少し悩む。


 聖剣───女神から「これを使って」と授けられた勇者の武具。三百年前に死闘した時まで持っていた筈だが、転生して肉体が変わったせいで、何処にあるのか分からなくなってしまった、リエラの愛剣。

 真宵が黒彼岸で精神を削る自爆暗躍をしている間に探してはいるものの、収穫はない。前世死んだ場所に行ってはみたが、そこはもぬけの殻となっていた為、聖剣の所在は未だ不明である。

 最近低迷している聖剣探し。別にあってもなくても困らないのだが、普段携帯していたモノがいつまでも無いのは落ち着かない。

 だが、見つからないのも事実。

 ここは心機一転、別のことをしよう、と日葵は思い至り……一絆にこう提案する。


「かーくんかーくん」

「なんだ?」

「そんなに強くなりたいの?」

「……まーな。つーかなんだよいきなり」

「いやさ、かーくんが強くなりたい〜って言うなら、私も手伝うのもやぶさかじゃないなって」

「……まじ?」

「うん」


 提案。それは日葵が一絆に稽古する、というもの。


「最近あんまり進捗が良くなくてさ。気分転換が欲しかったんだよ。だから貴方が良ければ……私が鍛えてあげる」


 上から目線の言葉は、今ちょうど一絆が欲しい言葉であった。

 一絆は目を瞬かせ、そして真剣な目で師事を仰ぐ。


「……頼めるか?」

「ふふっ、やる気いっぱいだね」

「そりゃそうだろ」


 芝生から立ち上がる。強くなるという目標は、漠然ながら定まった。それを支えてくれる、絶好の相手も見つかった。ならば全てを有効に扱うべし。

 ───受け取れるモノは受け取れ。

 それが望橋家の家訓である。金にがめつい社畜母がゲスい笑みで言っていた言葉だ。果たして家訓になるのかは分からないが、幼い頃にこれを言われた一絆は取り敢えずそうだと思っている。

 実際、受け取って損した事は……意外とあった。

 家訓にするのやめようかな。一絆は答えを保留にした。


 友達、同居人、同級生、そして師弟。


 朝焼けの空の下で、二人は新たな関係を結んだ。


「早速いいか?」

「いいよ〜。時間なら……一時間はあるね」

「じゃ、頼む」


 向かい合う二人。知らずのうちに勇者の弟子という隠された称号を手にした男は、未来に想いを馳せる。

 強くなった己を、誰かを助ける己の姿を幻視する。

 それがどれだけ遠い道なのか、ぼんやりと理解しながらも……もう止まらない。止まれない。


 愚直にまっすぐ。望橋一絆の魔改造が、今始まる。











「ま…、まずは身体作りからだけどね〜!」

「で・す・よ・ね〜!!!」

「はい<お守りの歌>……あ、やば。字が“重い”方になっちゃった……まいっか」

「白々しいぞおまえぇぇぇ!!」


 しかし始まったのは……腕立て伏せリターンズ。


 日葵を背に乗せて、更には異能【天使言語(アンプ・エルゼ)】による肉体加重を身に受けながら、一絆は腕立て伏せを再開させられるのであった。


 まだまだ道は遠いようである。


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