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02-14:夢見る王の憂鬱

2023/01/10、二つの転生特典についての描写に少しばかり変更を加えさせて頂きました。


「闇ちゃん」


 絶崖の上に建てられた漆黒の魔城。幾つもの尖塔が天を貫き、闇が支配する空は紫電が轟いている。

 人外魔境の中心地、闇の使徒たちが跋扈する魔窟。

 その最奥、王が坐す深淵にて……


 石の玉座に、漆黒の鎧を纏った王が腰掛けていた。

それは、物語に出てくる様な巨躯の怪物でも、全てを堕落させる蠱惑的な美の悪魔でもない───ナニカ。

 不定形の存在でありながら、人の形を真似るモノ。

 この魔界を統べる───最初にして最後の絶対者。


 手足の指先から首の根元まで、身体を余すこと無く特殊加工された魔神鉄(まじんてつ)で覆い隠す全身鎧と、顔全体をすっぽりと隠す、蛇腹型の黒仮面を身に付けた女王。

 胸の起伏と身体のライン、腰まで伸びる闇より深い黒色の長髪が無ければ女とまで分からない……そんな悪印象を周囲に与えるような、人を象る悪の華。

 仄暗い雰囲気を漂わせ、世界を蝕む魔界の女主人。


 〈黒穹(こっきゅう)〉の名を冠する魔王───“カーラ”である。


「……なんだ、ドミィ」


 時期は楽園戦争真っ只中。深奥の玉座で一人静かに黄昏ていたカーラは、 己の名を呼ぶ声に気付いた。

 フルフェイスの仮面越しに隣を見れば、石で出来た硬い玉座の肘掛に顎を乗せ、心配そうな顔でカーラを見上げる、紅い瞳以外は真っ白な少女がいた。

 無遠慮に王の傍にいる少女は、王の側近にして友。

 身に纏う露出度の高い魔女ローブは、肌や髪の色と同様に白く染められ、深く被った唾の広い三角帽子もまた白い。所々に紫色のラインが引かれてはいるが、白のインパクトに負けて、白を際立たせる装飾に成り果てている……そんな魔王とは正反対の衣装を着た、カーラの腰ぐらいの背丈しかない、長耳の娘。

 魔王のはじめての友であり、側近である……魔女。


 領域外の魔女、狂儀(きょうぎ)のドミナ・オープレスだ。


「いやさぁ? なーんか気分悪そうに見えて……ね?」

「心配になった、と」

「うん。最初はあの勇者……リエラ? だっけ? あの勇者ちゃんが闇ちゃんの“空”をたたっ切ったからだと思ってたんだけど……よーく思い返してみて、なんか違くない? って思ってさ?」

「……それで?」

「さてはこの前の実験のせいでは? あれれれと思った次第……で、やっぱりそんな感じだったりする?」

「肯定しよう。その通りだ。悔い改めろ」

「はい。で、どっか痛いの? だいじょーぶ?」


 勝手に巻き込んでおいてよく言う。口から出かけた本音を慎んだカーラは、溜息を一つ吐きたくなった。

 確かに今、憂鬱な気分なのは事実である。

 ドミナの考え通り、カーラの気分を害した主原因は先日の無意味な実験だ。人様を勝手に巻き込んだ上に頭を無駄に刺激したよく分からないアレ。

 何が「人に近づけてあげる」だ。善意でもやるな。

 結局謝罪の言葉は無いし、もういっぺん頭を潰してやろうか悩んだが、そんなことをする元気も気力も生憎と今は無い。有り体に言ってダルい。

 というかなんで生きてるんだろコイツ。不思議。

 はじめての親友であり、名付け親であり姉でもあるドミナを仮面越しに睨みながら、カーラは考える。


 最近現れた、あの忌まわしき神たちの本命であろう勇者の出現には、確かに思うところはある。あるが、今は後回しにしたい気分なのだ。

 不壊の概念を付与した黒い(そら)。アレを聖剣とやらで壊した勇者よりも厄介な案件が今あるのだ。

 そう、今優先すべきは、この突如生えてきた記憶。

 ……否、故意に封じられていた記憶と言うべきか。


 この摩訶不思議な現実を、思い出させてくれた友に話すべきか否か。

 それをカーラは、仮面の奥で目を瞑り……決める。


「まぁ……良いか」


 ほんの僅かな逡巡の後、カーラは思い出した全てをドミナに話す事にした。

 今の今まで、いや今も邪悪な存在として君臨する、世界全土に喧嘩を打って全面戦争を仕掛けたカーラのかつて、前世の種族が───人間だったことを。

 予期せぬ出来事で、彼女は己の前世を思い出した。

 それも、エーテル世界を滅ぼす戦争の真っ最中に。だいぶやらかした後で、純粋な人間性を欠片ほどだが手に入れたカーラは、己の所業を改めて振り返り……


 うわぁ、ボクやばぁ……やばやばのやばだ。


 語彙力が崩壊した。頭が混乱している中、やれ真の勇者が現れただの、空が斬られただの、マジか一目でも見てみるかと軽い気持ちで戦場に飛んだりと、久しぶりに濃厚な一日を過ごした気がする。

 四日ぐらい現実逃避で寝込んだが、まぁ無問題。

 取り敢えず知識の擦り合わせと人格の変化の有無、そういった諸々の問題は片付けた。特に変わらず己が己である事に安心しているカーラは、この軽くは言えない真実を、言葉を濁さずドミナに伝える事にした。

 懐かしい過去を想起しながら、カーラは紡ぐ。


「……驚くなよ」

「うん? なに、そんなにぼくの知的好奇心を突っつく話だったりするの……!?」

「何故、私の魂に邪神の残り香があるかわかった」

「……マ?」


 数百年前からの疑問の一つ。そこから紐解く。


 邪神。エーテル世界とはまた違う、別の次元にいるとされる外の一柱。

 本来なら観測できない、知覚もできない高次元体。

 その存在を、何故かカーラ越しに感知した───それが、今から五百年前の秋。これまた実験の手違いで判明した真実は、長年ドミナの頭を悩ませていた。

 そして今、真相の一端がドミナに明かされる。


 もったいぶった前述をすぐ止めて、残酷に告げた。


「私の前世、人間だったらしい。しかもエーテルとは別の世界の……うん、まぁなんだ。人間だった」

「……ふーん???」


 頬杖をついて呟かれた言葉は、溜息と共に溶ける。

 魔界の女主人───それも世界の全てに対して戦争を、崩壊を齎さんとしている親友の前世が、人間。

 その言葉を、真実を、魔女はゆっくりと咀嚼する。


 このエーテルに転生の概念や、無意味にリソースを消費する転生の秘儀があるのは知っているし、かつて魔王軍にいた記憶喪失の天使がモロにそれだった。

 なので、まぁ転生云々は納得した。

 カーラ本人は自覚していないが、出会った当初期は行動の節々に人間っぽい気配が垣間見えていたのを、ドミナは知っているから。最近は滅多に見ないが、あの時はちょっぴり、フレーバー的な感じで人間っぽさが見られた事をドミナは覚えている。

 その時のちょっとした疑問が、今丁度解明された。


 ドミナは思った。今この空間に、自分以外の魔人が居なくて良かったな……と。

 私用だから出てけー!と駄々こねた甲斐があった。

 これを知られたら真っ先にカーラが質問攻めされて色んな目に遭うと確信しているから。彼女が理解しているかは怪しいが、危険な事になること間違いない。

 取り敢えず自分だけで良かったと思った。


 叡智が詰まった頭脳をフル回転させて、与えられた情報を整理し、ドミナはやっと一息ついた。


「ふぅ。だいたい理解したよ」

「流石だドミィ。そこに痺れる憧れる」

「なにそれ」

「前世の格言。使ってみた」

「ほーん?」


 他者を圧倒する天才的な頭脳を持つドミナは、軽い気持ちで出生の秘密のようなモノを話したカーラを見つめる。黒鎧に包まれた顔を、肢体を、その紅い瞳でじっくりと見つめていく。

 穴が空くまで、そんな比喩が付くほどじっくりと。


 研究者としての好奇心が大きく疼いていた。


「……あまり見るな。不快だ」

「んもー! もー! そんなこと言わないでよ! ぼくと闇ちゃんの仲じゃないか! 見てたっていいじゃん!」

「相変わらず気分の高低差がすごいな……っ、おい」

「もう! 黙って! 闇ちゃん邪魔しないで! 大人しくモルモットしててね! はい、返事は!?」

「動詞にするな……はぁ、わかった。好きにしろ」

「わーい♪」


 身動ぎをしてドミナの視線を煩わしく思ったカーラだったが、腕を掴んでガクンガクンと揺らしてくる親友の好奇心の疼きを前に諦め、抵抗も無意味だろうと更に諦め、仕方なく信なき魔女に身体を差し出した。

 最早慣れの気配があったが、気の所為である。

 解析を許されたドミナは、魔改造により超多機能な能力を搭載した魔眼となった紅い瞳を凝らして、対象であるカーラの身体を隅から隅まで覗き始める。

 視界を阻む鎧なんぞ、透視の前では無力であった。


 一秒、十秒、数分間。

 ……やがて、見るだけ見て満足したのか、ドミナは満面の笑みで顔を上げた。

 そして……


「うん! わかんねぇ!!!」


 解析結果、不明。これといって何も成果も得られなかったことを、声高らかにドミナは叫んだ。

 それはもう誇らしげに、魔女は笑顔で言い放った。


「……珍しいな。おまえがそう言うなんて」

「まぁね。でも、でもね? わからないって事がわかったんだ! それだけでも収穫なんだよ! わかる!?」

「わかるわかる」

「適当言うなー!」

「……はぁ」


 知的好奇心の対象を前にすると、おかしいぐらいに興奮する悪癖の持ち主を適当にあしらい、再び溜息。

 カーラは腕を組んで、ドミナの解析結果を聞く。

 ドミナの魔眼<視覚星(アルスター・アイ)>をもってしても、領域外と恐れられる叡智をもってしても、何も分からない。

 ただ虚空からとの繋がりが薄らとあるだけ。

 どうやって転生させられたのか、身体に何をされたのか、輪廻の輪からどうやって外したのか。その一切がドミナにすら分からない。あのエーテル世界の神の神性を丸裸にしたドミナですら解明できない謎。

 流石はそこらより上の位階の神と言ったところか。


「面倒な……」


 ドミナとは違い、カーラにとって未知とは恐怖だ。

 アンノーンという不気味な重みが、己の魂に根付き巣食っている事実に、カーラは仮面の向こう側で苦虫を噛み潰したような顔をした。


 カーラは己を転生させたあの邪神が嫌いである。

 まず第一声が「悪役になってね!」とかいう意味不明なモノだったり、望んでもいないのに二度目の生を無遠慮に投げつけて来たりと、カーラにとって邪神は地雷になるぐらい嫌悪する存在である。

 今までは漠然とした嫌いだったが、前世と転生する前後を思い出した今では、唾棄すべき対象である。

 輪廻の輪から勝手に魂を外したのは万死に値する。

 本当に、余計なことをしてくれた。

 あれこれ言ってしまうと今世のあらゆる全てを否定することになってしまうが、それほどカーラは邪神が嫌いなのだ。この手で殺せないのが口惜しい。


 ついでに言うとエーテル世界の神も嫌いである。


 もう既に過半数は死滅しているが、今も同じ世界で一緒に空気を吸ってるのが……もう耐えられない。

 逃げ延びたヤツらは後ほど殲滅する予定だが。

 自陣の戦準備が整い次第、神々が潜伏しているであろう場所を一斉に叩くとしよう。

 カーラは改めて決意した。


 己の平穏を邪魔する、否邪魔しかできない神々への嫌悪と憎悪で胸がいっぱい。胸いっぱいの不快な気持ちを、カーラは幾度目かの溜息で外に逃がす。

 いらいらと己を蝕む思いとは、もう直おさらばだ。

 あと少しの辛抱で、この世界と一緒に無くなるのだから。


 前世を思い出して、人間性を手に入れたとしても、カーラは相も変わらず自身の終わりを妄執する。

 神々の呪いをも消し飛ばす、最高の結末を夢見る。

 ……そんな狂った逃避行を夢想する、壊れかけた女の妄想をぶち壊すかのように、ドミナが口を開いた。


「そうだ。闇ちゃんの前世の話、聞かせてよ」

「……何故」

「聞きたいから。闇ちゃんの昔話を……ダメ?」

「…………」


 口を閉じる。黎明より同じ時を過ごすドミナ以外の要望であれば即刻切り捨てるものの、発信源は色々と世話になっているドミナ本人。

 悩む。真剣な表情をしている白を見て、黒は悩む。

 カーラの前世の話。これと言って緩急もなく、ただ死ぬまで生きた……何もできない、できなかった女のつまらない一生。出来損ないと貶した駄作の過去。

 それを聞いてどうするのか。意味なんて無いのに。


 話したくない。例えその相手がドミナであっても、くだらない人の一生を話したくはなかった。

 ……しかし、己を覗く瞳を見て、カーラは一瞬だけ息を止める。知的好奇心に染められた紅い瞳は、今はただ友の過去を知りたいと、聞きたいと訴えていた。友愛とか親愛とか、そんな在り来りで、今のカーラにとって耐え難い概念を宿した目で、此方を見ている。

 知識の探求者としてではなく、友として……

 あまり見られない、ドミナなりの気遣いが含まれた誘いを受けて、カーラは重苦しい心情を溜息に変えて逃がす。

 随分と絆された。普通、話す必要なんて無いのに。


 長い長い逡巡の末、やっとカーラは言葉を紡いだ。


「……前世の私は……二十まで生きた。いや、生きれなかった。もとより身体は病弱、いつ死んでもおかしくない……何もできない、惰弱な女だった」


 想起する。懐かしいあの日々を。薬品の匂いが漂う冷たい白い部屋を。

 自分に絶望して、自棄になっていた二十年を。


 母親はいつも謝っていた。人前では気丈に振る舞うのに、夜な夜な少女に懺悔していた人。

 丈夫な体に産んであげれなくてごめんなさい。

 ううん。産んでくれてありがとう。ボクは辛くないよ。母の懺悔に、何度そう嘘をついた事か。何度母を恨み、母を哀れみ、与えられる愛に泣いただろうか。


 父親は諦めない人だった。自分のやりたい事があるだろうに、娘の治療費を稼ぐ為に身を粉にした人。

 無理だとわかっても、大丈夫だと笑ってくれた父。

 宣告された余命なんかには目もくれず、ただ未来を信じて笑顔を振り撒いてくれた、やさしい人。

 悲観的な母とは正反対の、その前向きさに何度心を救われただろうか。


 学校にはなんとか出れた。他者との違いを痛感したあの12年。馬鹿みたいに心配する人、大丈夫だと笑う人、色んな景色を見せてくれた人……

 病弱な己に、様々な形で接してくれた学友たち。


 病院で出会った親切な人のお誘いで、どうせと諦めていた社会人生活を経験できた。

 たった1ヶ月だけだったが、世の厳しさを知った。

 

 恵まれた環境。何度でも愛を注いでくれる父と母。ぬるま湯に浸かったみたいな言動の友人たち。

 優しい人達に囲まれた……その癖に。


 女は報いなかった。


 紛れもなく恵まれている癖に、自棄になって自分を大事にせず、忌避して嫌悪して……諦めて…………

 結局長く生きれずに死んでしまった、その過去を。

 親不孝なゴミの、自分嫌いな小娘の短い一生を。


 所々詰まりながら、人ならざる闇はゆっくり話す。


「……………………死にたく、なかった」


 最後に呟かれた弱音は、秘められた本当の想いは、決して誰にも掘り返されることはなく。

 虚空に溶けて、消えていった────…






◆◇◆◇◆






「っん……あぁ…夢、か………」


 夢が終わる。微睡む脳が目覚めを拒絶してくるが、それを無視して起き上がる。

 朧気な視界で辺りを見回せば、いつもの寝室。

 の、椅子の上。ベッドではなく。

 ……あぁ、そうだ。ちょっと作業してたんだった。寝るつもりはなかったんだけど……


 痛みを訴える身体をポキポキと鳴らして、目覚めたボクは椅子に座り直す。

 頭が背もたれまで下がったせいでだいぶ痛い。

 うーん、やっぱり座って寝るのはダメだね。


 時計を見れば丑三つ時。普段は布団の中でぐっすり寝ているか、黒彼岸として人をコロコロしている時間である。今日は簡単なヤツだったのでサクッとやってすすっと帰ってきた。

 あ、言い方はアレだけどボクは殺☆人してない。

 サクッとやったのは斬音(きりね)で、蓮儀(れんぎ)が援護して、その後ろでボクは殺害風景をボーッと眺めていただけだ。

 裏部隊の隊長権限をこれでもかと使ったよ。

 なにせ、殺したら変な幻覚見る羽目になるからね! アレ本当に厄介で面倒なんだよ。しかも水に触れると発症するからねアレ。毎度毎度ウザイんだよ。

 ……なんで水関係してんのか知らない。不思議だ。


 話を戻して、任務自体は簡単だった。相手は異能も使えない犯罪者だったから、心置きなく殺せたし。

 ただ、その後がね……

 うちの斬音、殺人衝動が激しいのよ。


 あの語尾にハートマークがつく甘ったるい喋り方で執拗に死体を切り刻み、近くにいた部下(廃人)を躊躇いもなく縦に切断、目撃者は笑いながら辻斬り。

 その勢いで表通りに出ようとしたから大変だった。

 影で縛って、蓮儀が予備で持ってきてたスナイパーライフルで頭を殴って昏倒させて、薬飲ませて……


 濃厚な夜だった。イヤな予感に従って二人に内緒で同伴したのが功を奏した。危うく人斬り抜刀姫が世間に晒される所だった。

 斬音が捕まって殺されんのは兎も角、監督不行届でボクも処断されたらどうするんだ。まったく。


 意識を奪って沈黙した斬音は、取り敢えず地下牢に放り込んどいた。朝日が登って正気に戻ってたら解放する……できるかな……できないかもしれない。

 だって斬音だし。なんでこう、ボクの周りの女は厄介なヤツしかいないの?


 ……後でアニマルセラピーしよ。癒しを求む。


「ふわぁ」


 ねむっ……今度は布団で寝ろってか。はぁ……


 あ、そういや一絆くんはボクが黒彼岸してることを知らない。なんなら今日外出してたのも知らない。

 ぶっちゃけ彼が住み始めたせいで心置きなく任務に行けなくなったし、帰るのも気を付けなきゃいけなくなった。おじさんにも見られないようにしてるけど。

 帰宅にもリスクがあるとか、ボクの安全圏はどこ?

 一応、カモフラージュでバイトを始める予定だ。夜どこ行ってるの? 働いてまーすを地で行くつもり。


 ……詰め込みすぎて死にそうだな、ボク。過労で死ぬのは遠慮したいんだけど………


「……それにしても」


 懐かしい夢を見た。

 脳が記憶の整理をしてたからか、はたまた別の要因からか。前世の体験を夢の形で再び見るとは……

 ここ数分色々回想してたけど、やっぱり忘れない。

 玉座の間で交わした会話、その情景は未だ色褪せず脳の中で描写できる。

 驚異的な記憶力……を、ボクは持っている。いや、持たされたってのが正しいか。


 ……あ、ボクが持ってる転生特典の一つの話ね。


 魂に刻む……だっけかな? 記憶を記録するタイプの脳に干渉するスキルだ。

 これのお陰でボクは前世の全てを覚えている。

 いや嘘ついた。大抵は覚えている、だ。疎覚えとか物忘れとか普通にあるしね。脳に断片が一つでもあれば、“思い出す”という工程で思い出せるらしいけど。

 実際の所は知らん。要するに邪神クオリティだ。


 ……あーっと。また脱線した。ボクの中途半端な記憶保持能力は横に置いといて、と。


「……ドミィ」 


 生まれ変わっても白いままの友を思い浮かべる。


 神の御業もかくやという大偉業を成し遂げ、救済の代償と言わんばかりに死んだ魔法狂い。

 魔王と勇者が死んだ後、二つの世界を救った魔女。

 ……何度肉塊にしてもしれっと復活して横に立ってたから、死ぬことはないと思ってたのに。


 呆気なく死にやがった……はじめての友だち。


 夢の内容は確か……楽園戦争が終盤に差し掛かった頃の話だ。よりにもなタイミング。なんで人間だった記憶を戦時中に思い出すのだろうか。

 どれもこれもドミナのせいだ。ボク悪くないな。

 ……詰んでる前に思い出させて欲しかったなぁ……


 まぁ兎も角。なんやかんや前世の記憶を取り戻したタイミングがあの日……の、五日前ぐらいなのだ。

 いや正確には前々世か。

 長々とドミィに語ってたつまんねー話。マジで今も昔もゴミみたいな女だ。なんで生きてんだボク。


 ……せめて今世の“父”ぐらいには……うん。


「まぁ、それは後で考えるとして」


 いやぁ前世のボクはなんなんですかね。常に仮面をつけてっから怪しさ満点、ヤバさ百倍の女なんだよ。

 別に恥ずかしがり屋ではなかったよ?

 ただ美顔すぎて……あの魔族キラーなリエラでさえ初見で殺到する程美貌の持ち主だったのだよボクは。


 今もだけどね!!!


 仮面をし始めた経緯は、カーラの顔を見て拝み出す変態魔族が沢山いたから……だったと思う。

 あと身内たちが連名で訴えて来たんだったっけ。

 魔界の自称アイドルとか、三番目に友だちになった吸血鬼剣士とか、エルフのハーレム皇帝とか、魔王の命狙ってる系の褐色のじゃロリとか、存在するだけで周りを焦土に変えるドラゴンとか、魂大好きスライムとか、方舟の総帥やってる知能足りない忠臣とか……

 なんか、みんな揃って仮面しろって言ってたの。

 酷くね? 素顔を晒して何が悪い。顔面偏差値なんぞ強さの指標になりゃしない。

 なにせエーテルもこっちの地球も美形が多いので。


 見比べたらすぐわかると思うけど、今と昔のボク、洞月真宵と魔王カーラの言動は全然違う。

 面影ないよね。わかるよ。ボクもびっくりだ。

 前世……いや人間時代を思い出す前まではボクっ娘口調を封印して、“私”にしていたのだ。無意識に。

 心の中ではよくボクって使ってたのにね。


 で、無表情もデフォだった。今とは大違いだ。


 そんでもってこれも転生特典。いっぱい持ってるよ転生特典。これは表情を“無”に固定するネタ枠だ。

 ON/OFFできるからまだ良心的だった。

 無表情の代わりに得られるモノが大きすぎて、死ぬ寸前までONにしたままだったけど。表情を犠牲にすることで得られるメリットが大きかったんや……

 お陰で無表情のやべーやつになってたけど。


 で、で、で。話をドミナに戻すよ。

 今世も前世も真っ白白なドミナこと悦ちゃんとは、もう三桁後半は一緒にいる。長い長い付き合いだ。

 無垢だったボクを最初に見つけたのがドミナ。

 カーラっていう名前を付けてくれたのは、ドミナ。

 色んなことを教えてくれたのも……ドミナ。


 だいだい全部、人間性を思お出す前までのカーラを形成させたのはドミナだと言っても過言では無い。

 それだけボクにとって、ドミナは特別な存在だ。

 ……あんな魔法狂いに懐いたのは、今思ってもどうかと思うけど。幼年期の“私”は純粋無垢だったのだ。


 世界の何も知らない私を“禁域”とか呼ばれてた黒い森から連れ出してくれたり、一緒に旅したり……

 無論、二人旅ではない。

 前述したアイドルとか吸血鬼とかエルフも一緒だ。他の下四人は俗に言う四天王。出会ったのは旅の最中とか、後とか、魔界統一戦争とかでだ。


 魔界の女主人になる前もなった後も、転生しても、ドミナとは付き合いが続いている。

 ぶっちゃけよう。嬉しい。

 なにせ───アレが最後の会話になったんだ。俗に言う“アレが最後の会話になるとは思わなかった”ってヤツを、ボクたちは体験したのである。

 ……うん。色々あってね。あの会話が、ボクの前世語りが今生の別れになった。なってしまった。


「はぁ〜……」


 ……ドミナの死因は“世界を二つ救った代償”による肉体の崩壊だ。

 勇者と魔王がお空でドンパチしてなんか死んだ後、エーテル世界に衝突されて崩壊……なんていう巻き込まれ事故をされた地球を、地球だけをドミナは元通りの形にある程度再構築したんだとか。凄いね。

 神の御業ってヤツだ。ボクの前々世の故郷…々の、並行世界を救ってくれてありがとう。足を向けて寝れない。

 ま、それが原因で身体壊したみたいだけどさ。


 あ、元から滅ぼす予定だったエーテルの方の世界はそのままバラバラで……保護? 停滞? させたんだってさ。専門用語いっぱいでよくわかんないけど、魔法的なパワーで世界として維持できるようにしたらしい。

 いやすげぇよ。あんなバラバラ大陸でも一応世界として機能しちゃってるんだもん……


 ……そんな大偉業をしたから、ドミナは各国政府に頼られているのだろう。エーテル関係では引っ張りだこだ。本人が研究で忙しいって言っよくて突っぱねてるけど。

 世界を救ったって言う確かな実績があるからね。

 魔王軍の最高幹部だったとしても、か。色々と裏で思惑が蠢いてるんだろうけど、あんまりドミナに迷惑かけないで欲しい。

 ……本当に雲の上の存在になっちゃったな。


 性格がアレだし私生活もアレだから敬わないが。


 それに、下手したら肉体と一緒に魂も崩壊しちゃう可能性だってあったのだ。ワンチャン今世で再会でになかったかもしれない……それぐらい奇跡だ。

 何回も言うけど、すっっごく嬉しいんだよボクは。


 本当に……会えて良かった。


 こうしてまた夢で再確認できたのも良かった。あの最期の日を鮮明に思い返せた。望むなら、やり直してみたいところだが。

 高望みも無意味なので、そこは諦める。

 過去は過去。やっちゃったモンは仕方ない。ボクはやらかした全てを背負って歩くのだ。


 止まることなく、永遠に……歩き続けるのだ。


 あの後味わった……地獄の五千年のように。


「……もっかい寝るか」


 憂愁に浸かりすぎた。最後に思い出したクソ記憶のせいでメンタルが死にそうだ。

 勇者と友情を育んだ旅とは言え、地獄は地獄。

 二度と味わいたくない。味わう前に死んでやる。


 若干のイラつきを捨てて、ボクは不自然に膨らんだベッドへと歩を進める。電気は影を操って消した。

 二度寝になるが問題はあるまい。身体の為だ。

 あー、ったく。こういう時は寝るにかぎ、る……


 ちょっとマテ茶。不自然に膨らんだ? え???

 ……………。


ガバッ! がしっ!!! ズバッ!!!


「いちゃ!」

「おい」

「……………黄昏れる真宵ちゃんもかわいい、ね!」

「死んでくれ本当に。頼むから」

「切に願わないでもろて……」


 マジで油断ならねぇな。一人で寝かせてくれよ。


 勿論忍び込んでいたのは日葵である。つーかこいつ以外いない。今世だと。

 布団から一向に動ことしない日葵は後でシバく。

 まずは尋問だ。何故いる。


「いやさ、寝落ちしてる真宵ちゃんにドッキリ仕掛けようかと思って……ね?」

「いやそこは布団まで運ぼうよ」

「……確かに」

「脳足りん……」


 キミ勇者時代に知能を筋肉に吸われでもしたのか?






 ……え? この後? 抵抗虚しく同衾ですがなにか。

 文句あっかよ。


 ……まぁ取り敢えず……おやすみなさい。


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