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02-13:永久なる地の救い手


「うおっ!? ……びっくりした。なんだお前か……」

『〜〜〜///』

「なんで照れてんの……?」


 入部試験から二時間後───気絶から目を覚ましてすぐ、視界いっぱいに広がる光の精霊の照れ顔に驚いた一絆は、気絶する前の記憶を掘り返し、試験を思い出してから慌てて身体を起こし、辺りを見回した。

 視界に映ったのは、薄暗い真っ白な部屋。

 ごちゃごちゃと、用途不明の機材が所狭しに並び、複雑怪奇な図面は髪の山を無数に築き、毒々しい色合いの薬品は、これでもかと適当に散乱している……

 あらゆる全てが白で構成された、研究室であった。


「ここって……確か……」


 見覚えがある。部屋の全面を構成する白も、奇怪な形の装置も、全て、この世界に来た初日に見たもの。

 なんならさっきまで寝ていた寝台も見覚えがある。  

 空間を塗り替える異能で、自分の身体を、遺伝子の隅々まで解析され尽くされたような苦い記憶がある。

 脳裏を走るは、ケラケラと笑う白い少女の声。

 ひしひしと感じる嫌な予感に、当たりそうな未来を描いた一絆は、その顔を顰めて……小さく唸った。


 そして、隣にいる精霊に再び話しかける。


「……すまん、一緒にいてくれるか?」

『♪』

「ありがとな」


 長時間の呼び出しに文句を言わず、戦闘が終わった後も傍に居てくれる精霊に一絆は感謝して、思わずその小さな頭を指で撫でてやりながら、立ち上がる。

 向かうは、隙間から少しだけ光が漏れている扉。

 ほんの僅かに聞こえる、聞き覚えのある三人の女の声を頼りに、一絆は一歩踏み出した。


 進む度に聞こえる声は大きくなる。徐々に徐々に、姦しい三人の声が一絆の耳に届く。

 そして、最後の一歩を踏み込み、扉に手をかけた。


 そこには。


「───だから無理だって」

「いけるいける! 闇ちゃんなら行ける!」

「信頼がすごい……」

「がんばえー、真宵ちゃん」


 まず目に入ったのは、先程まで居た部屋と同じ様な色彩の、真っ白すぎる研究室。

 そして、ジェンガを囲んでワイワイと騒ぐ三人。

 真宵と悦、日葵の転生体トリオである。

 遊びは佳境を迎えている様で、交互に抜いたり積んだりを繰り返した結果、穴だらけの歪な塔が出来上がっていた。そこから更に、真宵は崩れる寸前の位置を狙って、静かに一本を引き抜く。

 グラグラと揺れる塔の上に、ゆっくりと置き……


 崩れた。


「あーあ」

「闇ちゃんもそんなもんか〜」

「えっ酷くね?」


 勝手に信頼をジェンガ等と一緒に崩された真宵は、ボク心外ですと表情で苦言を呈しながら、開けられた扉の方───ジト目で己らの遊戯を見つめる一絆を横目で見て、視線で「来なよ」と促した。

 アイコンタクトが通じた一絆は、渋々歩き出す。


「むぅ……おはよ、かーくん」

「おっおっおっ。起きたんだねぇ……あはっ」

「怖っ。やっぱおまえキモいよ」

「えっ酷くね?」

「……あー、おはよう?」


 突然笑った悦を、真宵が引いた目で見て呟いた。

 前世からの親友だからなのか、辛辣な物言いをされた時の反応が一緒の二人にヤキモチを焼く日葵は横に置いといて、真宵は寝起きの一絆に話しかける。


「おはよ。取り敢えず二時間ぶり」

「そんな気絶してたのか、俺」

「逆だよ。そんなんで済んだ、が正しいんだよ」

「マジか……」


 バリバリに手加減されていたとはいえ、神室玲華の雷撃を浴びて、ギリギリ意識を保ち、横腹に一発当てる気概を見せた時点で、彼の“強さ”というモノは把握できた。

 それに加えての生命力。本来なら半日は沈んでいる筈なのに、一絆はたった二時間で起きた。悦が真宵と日葵以外にこっそり隠れて調べた結果、やっぱり身体はそこら辺の人間と同じ……だったらしい。

 邪神に選ばれた人間は、何かしらの異常を抱えているのかもしれない。真宵と悦はそう思った。


「精霊ちゃん、目覚めのキスした?」

『〜〜〜///』

「あっしてないんだ。そう……」

「ちょっとどういう意味か説明プリーズ」

「仕込んだ」

「仕込むな!」


 眠り姫は王子様のキスで起きるを、異邦人は精霊のキスで起きるに改変して精霊に教えた日葵は、嘘を吹き込んだにも関わらず残念そうである。

 今後、一絆のファーストキスが光の精霊に奪われる可能性が高くなった。


「それはそれとして……なんで俺ここにいんの?」


 今後唇は死守するとして、一絆は三人にこの場所に───『魔法研究部』に自分がいる理由を聞く。

 気絶前は異能部の部室棟に居た筈だが……

 なんで少し離れた研究室にいるのか。これがわからない。


「それはね……」

「それは?」

「これから第二試験を受けてもらうからだよ」

「……はぁ?」


 無論、入部試験の関門は一つしかない。


 ありもしない試験の存在に目を白黒させる一絆に、日葵は安心させる様に真宵の言葉に補足を加えた。


「ま、非公式だよ非公式。安心して?」

「いやできねぇよ普通」

「ハイハイ、愚痴は後で聞くから。本題入るよ。これからキミには、あるモノに異能を使ってもらうよ」

「あるモノ?」


 エーテル組の三人がお送りする非公式の第二試験。

 その内容は……


「問題です。魔法研究部、スライム、捕獲済み」

「あと“呪われている”───これらは一体、何を表しているでしょーか?」


 真宵と日葵が並べた語彙の羅列。頭の中でそれらを並べた一絆は、ふと一つだけ思い至るモノがあるとに気付く。

 それはこの空想溢れる世界に来た、初日の話。

 隣の部屋で身体を調べられた後、自分に向かって何度も、ガラス越しに突撃してきたスライム……


 否、“水の精霊”ウンディーネ。


「ウンディーネ……」

「そ。キミの力は精霊に干渉する。それはもうわかってるね?」

「おう……治せ、ってことか?」

「そうなるね〜!」


 真宵の言葉を引き継ぐように、悦は語る。

 仮説となるが、望橋一絆の異能【架け橋の杖(アルクロッド)】にはある種の特異性がある筈だ。かの魔王と同じように、同一の邪神の干渉下にあることが、その仮説の一番の理由である。

 【黒哭蝕絵(ドールアート)】という前例があるが故に。

 無論、その辺りの内容はぼかして、悦は邪神由来の特異性を提唱した。


 精霊のみに対して、なんでも出来る……なんて。


「なんでもって……なんでも?」

「そーそ! なにせ、今の時点でモルモットくんは多彩なことしてるんだよ? 無自覚だろーけどさ?」

「またモルモットって言われた……」


 ここで一絆の異能について少し触れよう。


 現時点での一絆の異能は、発現したてにも関わらず常軌を逸しており、能力の内容は多岐に渡る。

 中でも最も異常なのが、“精霊の可視化”である。

 本来地球では見ることが叶わない精霊の可視化を、他者の視界にも干渉して見えるようにする能力。一絆本人だけなら普通の“瞳”の異能で終わったが、関係の無い筈の第三者にも作用しているのがこの可視化のおかしなところである。

 悦はこれを一種の現実改変能力だと捉えている。

 精霊を見れるように、他者の視界を、ひいては世界そのものにちょっとだけ干渉している……と。

 影響の範囲は狭いが、異質な事に変わりは無い。


 ……改変自体の危険度はそこまで高くはない。他の同系統の上位改変スキルを持っている猛者たちよりは遥かに劣る。

 例を挙げるならば、魔王(カーラ)戦天使(いくさてんし)無貌(むぼう)の三人。

 左から順に強力な世界干渉のスキルを持っていた異世界のやべーやつらである。しかも全員、元を含めて魔王軍にいたボスと幹部たちである。

 一絆の力は、そんな彼女たちとは似て非なる指向性を持つ異能なのだ。


 その凄さを一絆はイマイチ理解していない。悦渾身の長ったらしい説明は、ただ睡魔を呼び起こすだけに終わってしまった。これには日葵も真宵もにっこり。

 後日、一絆がその魔王規模の改変のヤバさを身体に覚えさせられるのは、また別の話。


「あと精霊の顕現維持の長さかな。……いや、これはモルモットくんの魔力量に比例……あとその杖という補助具の賜物か。うん、やっぱり調べ足りない……」

「?」

『?』


 プラス、今も光の精霊が一絆の傍で浮いているのもおかしなことである。疑問に思った悦はモノクル型の魔導機器を使って、一絆の魔力を詳細に見る。

 すると、精霊可視化と顕現維持の為に、常に魔力を消費していることがわかった。それに加えて、常に杖から魔力が供給、体内で循環して回復している事も。

 調べれば調べるほど、異常性が湧き出てくる。

 先程の入部試験で起きた魔力切れから、自然と体が学んだのか、無意識にそれらの工程を行っている。

 これには悦もニッコリ。今すぐ【魔法工房(アトリエ)】をこの場で展開して解剖したいぐらいにっこりしている。


「えーっと、痛いのは嫌だ」

「そんなこと言わずに! ぼくの被検体になってよ!」

「嫌だわ!!」


 両手にペンチとノコギリを持ち鼻息荒く近付くのは精神衛生上よくないし、ここで一絆を死なせるつもりも殺させるつもりも無い真宵は、全力で悦を止めた。

 前世の時から親友の衝動を止めるのは得意である。


「んっんん。まぁつまり、そんだけ機能満載な異能を持ってるなら、精霊の治療もできんじゃね? ってのがここにキミを呼んだ一番の理由だよ」

「成程な。……確か、手段が無いんだったよな?」

「そだよー。なにせ精霊。自然の権化だからね! そう易々と治療法が確率されるわけないじゃん? 唯一知ってるであろう精霊術師はほぼ(・・)全滅状態だしね!」

「……あれ、全滅確定じゃないの?」

「アメリカ」

「「……あぁー」」

「? 何処に納得の要素があったんだ?」

「「いや別に」」

「はーん……?」


 ヒント。アメリカではエルフ化現象が起きている。

 今やその力を失ったが、かつては精霊と共に生きた異種族へと変わりゆく人々が暮らす大地。

 そこに、ただ一人だけ純正のエルフがいるのだ。


 あらゆる意味で濃い男の姿を思い浮かべた真宵は、思わずお腹を摩った。無言で天を仰いだ。

 前世の負い目で会いずらい男トップであるが故に。

 世界樹を黙って燃やした罪は重い。


 何度も本題から脱線したが、真宵の軌道修正により話はやっと元の場所に帰ってくる。

 今回行うのは、水精霊ウンディーネの治療。

 現在、治療する気のない真宵や悦、人間以外を治癒できない(・・・・)制約の異能を持つ日葵を除いて、ウンディーネを救けられる可能性があるのは一絆しかいない。

 何故日葵の異能が制限されているのか?

 それは本人の異能ではないからである。借り物だからとか、後付けとか、理由は色々あるがここで話すことでもない為、取り敢えず横に置いておく。


「ほら、ぶちょーたちがいない内にやるよ」

「……そういやなんでいねーの?」

「みんな忙しいからね。なんでか知らんけど、今日に限って任務が多いんだってさ」

「ほーん……なんか申し訳ないな」

「気にするだけ無駄だよ」


 本来なら治療の見届け人として参加すべきである他部員たちは、ギチギチに詰められた予定表に従って、せっせっと活動中である。

 今日の業務内容はいつもと比べて異様に多く、全員過労で死ぬんじゃないかと思いながら任務に励んでいる。それこそ、精霊治療の場に居れないぐらいは。

 一絆と仲のいい日葵と真宵は待機組だ。

 留守番ついでに、精霊の治療風景を録画することが二人に与えられた仕事である。後一絆の護衛。

 できることは早めにやってしまおうと言うのと、精霊の様態が悪化してきたのもあって、この忙しい日にあらゆる事を同時進行している。

 自分たちの力足らずさと、新人に頼る不甲斐なさに申し訳なく思いながら、彼らは治療の成功をただただ祈り、水の精霊を四人に任せて皆任務に出かけた。


 一絆にそれを説明している横で、悦が台車に乗せた延命措置───スライムのような姿に堕ちた、元ウンディーネ入り───をヒィヒィ言いながら運んでくる。

 キャスターがあるとはいえ流石に重かったらしい。


「ひぃ……ふぅ。重かった」

「言われれば私が持ってきたのに」

「いやぁ、いいよいいよ。下手に踏み荒らされたらたまったもんじゃないからねぇ」

「整理整頓すれば?」

「無☆理」


 四人の前に並べられたウンディーネ。培養液の中をふよふよと浮かぶ姿は、幻想的であると同時に、どこか儚さを感じさせる……

 否、より儚い存在へとなっていた。


「……で、この子……なんか前より元気ねぇ気がするんだけど」


 真宵たちの会話を横目に、一絆は、以前見た時より遥かに元気がない、いや生気がない球体を見る。

 スライムのようなそれ───精霊の成れの果ては、振動の一つも見せない。最初に出会った時は、体当たりしてでも近付こうとしていたにも関わらず……


 嫌な予感。一絆の背筋を、冷汗が一滴滑り落ちる。


「うん。なんせ消えかけだからねぇ〜」


 悦の宣告は、温まっていた場の空気を冷たくした。


 欠伸をかいて、さっさと終われ〜と場違いで無遠慮で心のない事を考えている真宵は除く。

 精霊の敵種は今日も健在だ。不謹慎極まりないが。

 こんなのが転生者ですまない。すまない……


「……死にかけ、じゃなくてか?」


 死にかけと消えかけ。言葉の違いに違和感を抱いた一絆は、悦に目を向けずに問いかける。彼の視線の先には、心配そうに、そして辛そうに水の精霊が入っているポットを見つめている、光の精霊がいた。

 チラチラと一絆を見て、何かを期待する小人に、彼は任せろと頷きながら彼女の頭を指で撫でてやった。


 二人のじゃれ合いを悦は眺めながら、我慢ならぬと言った顔で、説明したそうな顔で言葉を紡ぐ。

 また話が脱線する気配が辺りに漂った。

 悦の口を塞ぐ為、真宵が真顔で歩き始める。


「精霊にはね、死の概念がないんだ。ないんだけど、消滅はするんだ……消滅は! するんだよ!!」

「違いがわからん」

「違うさ!! 根本的にね!! 教えてあgむぐっ!?」

「……まぁ、要するに人間とは違うってことだよ」

「そーそ。嫌な話だよね、ほんと……」


 精霊の種族解説は、カットされる前に止められた。


 長くなりそうな精霊の説明をぶった切った真宵は、目線で一絆に「やるの? やらないの?」と訴える。

 精霊のあり方に疑問を持った一絆だったが、まぁ今はそれよりも優先すべきモノがあるとわかっているので、真宵の催促に頷き、水の精霊と向かい合った。

 悦もそれをわかっているのか、知識者特有の早口が出そうになるのを寸でのところで止めて、一絆が精霊を救う姿を見ようと、視線を精霊の方に向けた。


 ……だが、ここで一つ問題が出る。


「やり方がわからん。Hey Riri!!」

『すみません。よくわかりません』

「ボクのが反応してて草」

「まだ質問してねぇよ! 呼んだだけだぞ!?」

「が、頑張ってかーくん!」


 一絆の声に、真宵が持つ最新式スマホに内蔵されたバーチャルアシスタントが反応した。

 こちらの世界ではSではなくRである。

 よく間違えられるが、決してLilyではない。


「も〜。悦ちゃん、なんか良い方法ないん?」

「杖握って念じてみる? それも異能なんだしさ!」

「……成程? やってみるわ」


 悦の助言に従い、一絆は杖を両手で持って念じる。脳裏に描かれた異能の使い方から、これだとピンと来るものを探す。

 これじゃない。これでもない。あれでもない───

 一秒にも一年にも感じる程の不思議な沈黙。

 真剣な表情の一絆の後ろ姿を、日葵は固唾を飲んで見守る。

 真宵は流し目で、悦はワクワクした目で彼を見る。


 ……そして。


「これだ」


 目を見開く。脳裏で導き出された最適解、作られた答えは、その杖の先に。異能が一絆に力を伝える。

 視線の先にあるのは頂点で淡い光を放つ白水晶。

 その一点に向けて、ぼんやりと感じる魔力をそこに流す。指先から杖を伝う魔力は、先端を目指して流れていき、頂点の水晶を輝きに染めていく。

 眩い光が目を焼くが、一絆は躊躇わずに魔力を流し続ける。


『……!』


 その横で、光の精霊は祈るように手を繋ぎ、一絆を静かに応援する。

 契約主の成功を、無力な少女はただ願っている。


 その力が完成する───否、開花するまで。


「ちょ、それ以上は暴発しちゃうよ!?」


 焦った様子の日葵も無視して、制止の声を聞かずに魔力を回す。体内を循環する魔力を、流せるだけ杖の先端に運んでいく。徐々に、水晶の形が歪んでいく。

 ただ願うは、自然を司る隣人を救う為の力。

 以前助けを求められたのに、その手を掴まなかったことを思い出す。あの時はまだ自分の力を知らなかったし、目覚めてすらいなかった。それでもあの日この精霊を裏切ったことに変わりない。

 必ず救う。誓いを胸に、一絆は一心に力を込める。


 自分が思う理想の形を、杖に流し込む。


「っ、ぅお……!」


 身体から持っていかれる魔力の多さに、身体が軋み上げる。その痛みを我慢して、一絆は目的にモノが出来上がるまで、魔力を練り続ける。

 癒しの力を持つ、精霊を救う為の結晶を。


 徐々に、徐々に杖に変化が起こる。元は球体だった水晶は角柱状に歪んで、新たに作り変えられる。

 脳裏に描かれた形を求めて、異能を進化させる。

 一本の杖に、暴発寸前と心配される程大量の魔力を込めていく。回復したばかりの魔力を全て費やす勢いで、想いを形に、【架け橋の杖(アルクロッド)】を形成する。


 ───異能の原動力は“想像力”である。何処かの探求者が唱えた不確かな真理は、今その正しさを彼らの前で証明していた。


「わぁ……!」

「っ、これは……」

「お〜」


 力の余波は、研究室を淡い翠に染め上げる。杖から溢れ出る翠色の魔力は、空間全体を彩り、その効力を僅かに発揮する。

 練り上げられる空想の力が、部屋の中を包む。

 日葵はその温かさに頬が綻び、真宵には何故か胸にチクッとした痛みが走り、悦はのほほんとした様子でその光に微睡む。

 そして、翠の色彩は……彼女を揺り起こす。


『───………、………?』


 培養液の中。彼女───疲れ果てたウンディーネは目を覚ます。瞳のないその身体の、何処で外界の情報を確保しているのかはわからないが……

 死にかけの水精霊は、確かに彼を見た。


 己を救わんと異能の力を引き出す、青年の姿を。


「ど、ぅだ……!」


 ゆっくりゆっくり、時間をかけて───


「っ……できた……!」

『〜〜〜!!』


 完成したのは、呪われた精霊の心を癒し、壊された精霊の身体を治す、【架け橋の杖(アルクロッド)】の新形態。

 変わった点は、先端部の翠の角柱結晶のみ。

 それ以外は対して変わりのない白杖を、一絆は自信満々の笑みを浮かべて持ち上げる。ほんのちょっぴり疲れているが、表情からは伺えないよう耐えている。

 勿論気付いている見届け人の三人も、敢えてそれを指摘することはなく、素直に彼を拍手で褒める。

 隣で同じように喜んでいる光の精霊にキャッキャと頬を叩かれたり、一緒にバンザイしたりと、互いに跳ねて喜びを分かち合う。


「おめでと、かーくん!」

「でと〜」

「うーん、これも才能かな?」


 三者三様で一絆を褒める見届け人たちは、目の前で発揮された彼のセンスに、改めて舌を巻く気持ちだった。異能に目覚めてまだ数日にも関わらず、ここまで扱えている圧倒的なセンス。

 天性の才と言うべきか、三人は驚きを拍手に変えて彼に送った。


 ……だが、これはまだ始まりである。治癒の手段ができただけの初期段階である。

 喜び過ぎるのは良くないし、まだ早い。


「よし……やるか」

『♪』

『……!』


 はやる気持ちを押し殺して、一絆は杖を持ち直す。そのタイミングで、悦は延命措置のボタンを操作して培養液を抜き、ガラスを開いてウンディーネの拘束を解いた。

 環境の変化に驚いたのか、はたまた目の前で自身に不思議な杖を向ける青年に驚いたのか、ウンディーネはプルプルとその場を動かずに震えている。

 最早這う力も気力も無い、そんな精霊に心を痛めながら、一絆は変成した杖の先端を彼女に向ける。


「いくぞ……<癒しの波動>!」


 唱えた瞬間、杖の角柱水晶から翡翠色のオーラが放出される。具象化した治癒の力が、呆然と震えるウンディーネの液化した身体を包み込む。

 やさしく、やさしく……抱擁する様に、包み込む。


『……!? …っ! っ!!』


 液面を走る不可思議な感触に、ウンディーネは驚き身悶えする。それは決して嫌がるモノではなく、未知との遭遇による怯え。だがすぐに、その力が嫌なモノではなく、己に利するモノだと気付き、彼女は治癒の光をその身に受け入れた。

 翡翠色のオーラに優しく包まれたウンディーネ。

 彼女の体と心が、徐々に徐々に癒される。その身を蝕む呪いを、汚染された霊体を洗い流される。


「ちっ……ボクこの光きらい」

「うん、闇ちゃんとの相性は悪いね」

「真宵です」

「はいそこ。いい空気に水を差さないの」

「「はーい」」


 光が集い、癒し、治し、元の形に復元する。真宵が思わず口にした感嘆と同時に、ウンディーネのスライムのような身体が、光の中で大きく歪んでいく。

 まるで粘土を捏ねるように、その在り方を“元”の形に戻していく。水精霊は唸り、苦痛に呻く。巨躯の粘体だった姿は徐々に小さく萎んでいき、小さく小さくかつての風貌へとその身を、霊体を変えていく。

 やがて彼女は、小さくなった人の形を得て……


「これで、どうだ!!」


 一絆の声と共に光が収束し───復活を遂げる。


『……?』

『〜〜〜!!!』

『!?』


 癒しの光が晴れた、その中央で。女の子座りをして目元を擦る小人が現れる。髪の毛も、瞳の色も青一色で染められた、小さな小さな女の子の精霊が。

 背丈は光の精霊と同じぐらいの、手乗りサイズ。

 呪詛で汚された霊体は、かつての美しさと可憐さを取り戻した。

 思わず抱き着いた光の精霊が、同じ背丈の水精霊と頬を合わせ、ぐりぐりと押し付ける。ほんのちょっぴり流れる涙が、水精霊の頬を伝る。

 自分のことのように喜んで、泣いている。


 数十年の時を経て呪いから解き放たれた水精霊は、現実味のない顔をした後、見覚えのある小さな手を見て、やっと、やっと涙を流す。

 光の精霊と水の精霊は互いに手を合わせて、泣いて泣いて喜んだ。


 ウンディーネは長年の苦しみから解き放たれ、人の形に再臨され復活した。

 現代の精霊術師、望橋一絆の手で。


「……ふぅ。よかった……本当に、良かった」

『〜〜〜!』

『〜〜〜!!!』

「元気になって良かったぜ」

『♪』


 感極まって腹に抱き着いてくる精霊二匹を受け止めながら、一絆は初めて誰かの命を救ったことに、誇らしさと嬉しさを感じて、ほんのちょっぴり涙ぐむ。


 彼が鬼才の持ち主であったから、彼にその場に相応しい異能があったから、未だウンディーネが生きることを諦めていなかったから……

 あらゆる幸運が積み重なり、今日一匹の精霊の命が救われた。


「かーくん! すっごい! 凄いよ本当!」

「お、おう。そりゃそうだろ。俺だからな!!」

「うん! 天才! イケメン! 神!」


 日葵も思わず背中に抱き着いて喜びを表現して、ありったけの褒め言葉を一絆に投げつけた。美少女への免疫が少ない一絆は、戸惑いながらも褒め言葉を受け止めて、なんだか嬉しくなって上長しかけた。

 肉体接触付きで褒められれば、男は誰だって嬉しくなるだろう。二重の意味で。


 しかし、一絆は直ぐに素面を取り繕った。

 何故なら。


「は???」

「闇ちゃんステイ」

「……???」


 殺意の波動に目覚めた真宵の視線から逃れる為に。

 本人は絶ッッッ対に否定するが、日葵ガチ勢である真宵は馴れ馴れしく触られるぽっと出の一絆を少々目の敵にしている。

 いつか背後を刺しに来るかもしれない。


 死にたくない一絆は、百合の間に挟まってたまるかと言わんばかりの速度で日葵を引き剥がし、首を傾げ続ける真宵の方に押し飛ばした。

 真宵の機嫌は治った。元宿敵の独占欲を受け取った日葵も笑顔になった。

 悦はドン引きの表情をしている。

 なにせコイツら元宿敵。馴初めの経緯を知っているとは言え、勇者と魔王が互いに独占欲を発揮して依存しあっているのは如何なものか。

 魔王の側近は、何とも言えない気分である。


 ……それは兎も角として、水の精霊ウンディーネは救われたのだ。

 異能部に保護されてから幾数日。

 汚染されたウンディーネは、呪詛を取り除かれて、やっと外に出られるようになったのだ。


『♪』

『♪』

「痛いところは無いか?」

『〜〜♪』

「そいつは良かった……って、こらこら…」

『〜〜〜♪』


 キャッキャと喜ぶ姿は、まるで年相応の少女。この場にいる誰よりも歳上であろう二匹は、周りの目線を気にせずにはしゃいでいる。

 何処と無く和む雰囲気が、辺りを漂っていた。

 小さくなったウンディーネは一絆に近寄り、小さな手でブンブンと一絆の指を掴んで上下に振った。感謝の握手のつもりらしい。一絆の指は千切れかけた。


 ……そして。


『?』

『〜〜〜!』

『! 〜?』

『♪』


 なにやら二匹で顔を近付け、密かに会話を始めた。

 ニュアンスで精霊たちの言葉を何となく、本当になんとなくで理解できる一絆は、流石にコソコソ話までは聞き取れず、何を話しているのだろうかと不思議に思う。

 思って、疑問に思った……その瞬間。


 会話が終わった水精霊が、一絆に飛びついた。


『〜♪』

「ちょ、おい! 不味いって! ちょ、待っ!」


 咄嗟に精霊の突撃を避ける。避けた理由は、当てに行った先が先端の水晶だったから。いつの間にか丸い形に戻っていた水晶に触られるのは、色々な意味で不味い。

 なにせ、触られたら【契約】が成立してしまう。

 光の精霊と無断契約した過去を真宵たちに叱られたばかりなのに、これは不味い。先ずは確認を。あと元気になったばかりのウンディーネにはそんなことしたくない。できれば安静にしていて欲しい。仲間になったら頼ってしまう自分がいるから。


 恩返しをしたいと思った水の精霊は、光の精霊の何気ない提案に乗って、必死に水晶に触ろうとする。

 それを一絆は一絆で必死に食い止める。

 光の精霊はウンディーネを応援している。あと主に期待する様なキラキラした目を一絆に向けていた。


 思わず、一絆は日葵と真宵に助けを求めた。


「ひ、日葵! 真宵! 止めてくれ!」

「良いんじゃないかな? その子たちのやりたいようにさせてあげようよ」

「で、でもな……」

「悪いことじゃないでしょ。へーきへーき」

「ほら、真宵ちゃんもこう言ってる」

「っ……はぁ……」


 日葵たちはそれを止めず、精霊たちの純粋な想いを受け止めろと言う。真宵はどうでもいいと思いながら戦力計算をして、一絆が使える力がこれから増えるなとか、面倒だけどボクの障害にはならないなとか、大して悪影響ないから別にいっかも頭の中で計算して、遂にはさっさと契約しろと手を振った。

 悦は我関せずの笑顔で、成り行きを見守っている。

 精霊との契約の瞬間は、今世ではまだ見たことない為、資料として早く見たいらしい。


「……しゃあねぇな…俺と【契約】してくれるか?」

『!(コクコク)』

「無理に戦いの場に出す気は無い。まだ病み上がりみたいなもんだし。でも、まぁ……俺が困った時は、今度はお前が助けてくれ……ると嬉しい」

『♪』

「……うん、まぁ……よろしく。ウンディーネ」


 小さな手が、水晶に触れる。

 瞬間、一絆とウンディーネとの間に、精神を通して何かが繋がる様な、不思議な気分に包まれた。

 そして、白くて透明だった水晶に、ほんの少しだけ青が混ざった。

 その色合いは契約が完了した証である。


 青と白のマーブル模様になった水晶を覗き込んで、二匹の精霊は嬉しそうに跳ねている。

 契約が無事成功した事に一絆はホッとして、背中を押してくれた日葵と真宵の方を振り返る。目が合った日葵は自分の事のように喜び、彼女たちを祝福していた。真宵も真宵で、まぁ仕方ないかぐらいの気分で精霊たちを歓迎し、作動させていたビデオカメラの録画を切っていた。

 悦は相変わらず、二匹に増えた精霊を調べたそうにうずうずしていたので、一絆は彼女の視線から相棒たちを隠した。しょぼんとした顔をされた。

 残念、そんな顔しても許されない。


「ま、一件落着だね♪」

「肩の荷が降りたってやつ?」

「そーそ♪」

「ウヒヒ、いいデータが取れた! 闇ちゃん、また後で実験手伝ってね!」

「モルモット連れて?」

「うん! モルモットくん連れてね!!」

「おいその扱いやめろ!!」

『ー!』

『ー!』

「えっ君もぼくに抗議するのか!? 精霊の癖に!」

「は? うちの子を舐めんなよロリが!!」

「ロリじゃないが!?」

「ロリなんだよなぁ……」

「ロリだよねぇ〜……」

「二人とも???」


 やいのやいのと騒ぐ四人と二匹。異能部の面々が任務を無事遂行して帰ってくるその時まで、彼女たちは賑やかに騒ぐのであった。


 そして一絆は、今度は両肩に精霊を乗せて呟いた。


「頑張らなきゃな……これからも」


 波乱万丈、イベント盛り沢山。ゲームで言うならば未だ序盤の場所にいる。

 また想いを固め、一絆は一歩前に進んだ。






「ところで魔王の側近だったってマ?」

「よく知ってるね。マだよ」

「イッツファンタジー……転生もあんのかよ」

「キミに至っては転移だけどね」

「……確かに俺もファンタジーだったわ」


 ついでとばかりに、仇白悦の前世云々は色々あってサラッと流された。

 後で色々聞けたら良いなと思う一絆であった。


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