02-11:お昼休みと空想学
危うく背骨が折られかけたり、喉仏が気管を貫いて死にかけたり、抱っこされて辱めを受けたりと、散々な目にあった体育は無事終わりを迎えた。
喜屋武先生から少しお叱りを受けたり、女子達から遊んでんなとか言われたりもしたが、いつもの事なので横に置いておく。
取り敢えず今はお昼休みだ。ごはんごはん。
「ひまちゃー、お弁当」
「はい、これね」
「やった……んーこれなに?」
「つけ麺」
「………?」
手渡されたのは弁当箱と水筒。蓋を開けてみれば、上段に卵やらネギやらの具材が入っていて、下段には麺が入っている。水筒の中身は麺つゆが並々と。
……お弁当に麺? マジか。知らん発想だ。
うちのご飯作り担当は日葵だ。毎日のご飯、朝昼晩全てが日葵の気分で内容が左右される。どうやら今日は麺の気分だったらしい。夏とかにやったら食中毒を心配してたが、今はまだ春。まぁ平気だろう。
そういう日もあるかと箸を持ち、麺をつゆに浸して啜る。
……んー、手抜きの味だ。納得いかぬ。
「ねぇ、美味しくない」
「作らせといてその言いよう? 酷くない?」
「だって……」
ぶっちゃけ最近の楽しみってご飯だけなんだよね。
三大欲求で充分に働いているのは食欲だけだ。他の睡眠欲と性欲は食欲よりも下だ。というか、性欲に関して言えば希薄と言っても過言では無いだろう。
なにせこちとら千しゃいのまおー様なので。
欲情とか性的好奇心、興奮とか滅多にない。それに比べて日葵と来たら……
やっぱり精神年齢の差か? 百と数千っていう差?
思考回路があらぬ方向に空回りしていたボクだったが、日葵の一言で元の場所に帰ってくる。
尚、麺を啜る手は止めていない。ズルズル。微妙。
「……わかった、わかったよ。明日からはちゃ〜んとしたお弁当作るから」
「わーい!」
「その代わり……」
「ん?」
「家事、ちゃんと手伝ってね」
「一絆くんがいるじゃん」
「かーくんにはかーくんの仕事があるから」
「えぇ……」
困る。家事掃除洗濯は日葵ちゃんに一任してた分、今のボクの家事レベルは1だ。いや出来ないなんて事はないけど、何かしら失敗しそうな気がする。
こーゆー予感は外れない。でもまぁ、するしかないんだろう。なにせ美味しいご飯にありつく為だ。
疲労も寝不足も我慢して働くとしよう。脱ニート。
……いや黒彼岸してるからニートじゃないわ。
そういえば、さっき最近の楽しみは一つだけ〜とか言ったけど、少し語弊があった。今は新しい楽しみが増えたのでそれなりに充実している、筈だ。
具体的に言うと一絆くん。
彼は来てからまだ日は浅いが、やることなすことが新鮮で、とにかく見てて楽しいのだ。
こう観察的な意味で毎日眺めさせてもらっている。
「ん? なんだよ真宵」
「……その麺、美味しい?」
「美味しいけど……」
「かーくんは良い子。はっきりわかんだね」
「いや普通に美味いだろ」
えー、どうやら一絆くんとは食の好みがあんまり合わないようだ。絶賛とは行かないまでも、そんな褒めるほど美味しくないと思うんだけど。
……文句言うのもここまでにしとくか。
作って養ってもらってるの、ボクだし。どの口が〜とか言われたら立ち直れそうにない。
ちゅるちゅるとつけ麺を啜り、ごちそー様で食事を終えれば後は自由時間だ。
五時間目まではまだまだ暇がある。
いつもどーり、のんびり……あっ、そうだ。
くそ暇だしおじさんのとこ行こ。なんか仕事してたら邪魔してやる。
思い立ったが吉日。早速ボクは廊下に出た。
ふらふら〜……
「あっ、やば。ごめんかーくん。私真宵ちゃんのこと面倒見なきゃだから……」
「あー、やっぱり迷子になるのか?」
「うん。なる」
「断言……」
背後で聞こえた会話には耳を塞いでおくとする。
そんな毎回迷子になるわけないだろ。宇宙次元的な迷子なわけがない。
まったく。そこまでボクに信用がないのかね?
「あると思ってるの……?」
「神妙な顔で言うな」
泣くぞ。
◆◇◆◇◆
ふらふらと教室の外に旅立った真宵と、迷子防止の為に追いかけて行った日葵を他所に、つけ麺という新感覚の弁当を俺は啜る。
真宵はぶつくさと愚痴っていたが、普通に美味しいと思うんだけどな……確かに弁当と言ったら米なのが主流だけどさ。こういうのも悪くないと俺は思うが。
……本音を言うと麺より米の方が好きだけどな。
「おーい望橋、ちょっと良いか?」
某料理レシピサービスにハマった日葵が、お試しで作ってみたというつけ麺を食べ終えたタイミングで、同級生となった男たちに声をかけられた。
顔を見れば、どいつもこいつも体育で仲良くなったヤツらだ。なんなら寝住のヤツも申し訳なさそうな顔でちゃっかり混ざってやがる。
そして、何故か全員が笑顔で俺を見ていた。
控えめに言って恐怖なんだが……
「なんだ?」
「ちーっとばかし聞きたいんだけどよ」
「お、おう」
肩を掴まれた。なにか野蛮なことでもされるのかと思ったが、相手から敵意は感じない。
なんか、どっちかと言うと嫉妬とかそういう感じ。
「琴晴さんと洞月さんと同じ屋根の下にいるってマジなのか……!?」
「待て、なんでそれ知ってんだ?」
「新聞部が……」
「盛大に暴露してっぞ。これ今日の朝刊」
「なにやってくれてんだ新聞部……」
マジで書かれてて草。しかも写真付きかよ。
なにがDead or Aliveだよ。誰だ手配書っぽく俺の写真切り取ったヤツ。肖像権で訴えるぞ。
この世界の住人はプライバシーを知らないのか?
新聞部といい、あの数学教師といい……
悶々とした思いを抱きながら、俺は嫉妬に駆られる男たちの咽び泣く声を無理矢理聞かされる。
「羨ましいぞおまえ!!」
「俺たちなんて見向きもされないのに……!」
「気に入られやがって……!!」
「処す? 処す?」
主題となる二人がいなくなったからか、寄って集る男たちの羨望と嫉妬の怨嗟は止まることをしらない。
わかる。俺も同じ立場だったらそういうこと言う。
言われる立場になったから何も言えねぇけど。なんだか場違いな申し訳なさが湧いてくる。ごめんな、俺だけ美少女とお近付きになれて。そうだよな、日葵と真宵って贔屓目なしに美少女だもんな……男としては会話できれば御の字、お近付きになれたら最高みたいな高嶺の花を体現してる人達なんだよな、あの二人。
マジの美少女なんだよな。
その二人とお近付き所か同じ屋根の下にいる俺。
確かに羨ましいわ。俺ってもしかして幸せ者?
……いや、世界跳んでるから不幸せだわ。二人との出会いは九死に一生だ。いや幸運だな?
色んな人のお陰で今がある。この言葉は今こうして実感できる。いや、できるようになった。本当に感謝しかないよ異能部や大人の皆さんには。
厄ネタがポロリポロリと出てくるけどさ。
悲観せずに楽しい異世界生活をさせてもらえるのは、彼女たちのお陰だ。
恩返しをいつかちゃんとしなきゃな。
……それはそれとしてこの状況は困るけど。
誰か助けて。
「ごめん一絆、俺の力じゃ止められない……」
「寝住はどいてろ。おめー洞月に顔も名前も覚えられてるから。仲間じゃない」
「「「そーだそーだ!!」」」
「こ、こっちにも飛び火した……!?」
喋れる陰キャは文字通り頼りにならなかった。でもよく堂々と話しかけに来れたな……見るからに陽キャな男たちの群れに何食わぬ顔で混ざって、助け舟は出せないって言いに来るとか、寝住、お前何気にすげぇよ。その後声撃の的になっても「まぁまぁ」で収めてる当たり、本当にすげぇよ。
お前もう俺が知ってる陰キャじゃねぇな。
つーか、真宵ってそんなに言われるぐらいは他人に興味無いんか。
……うん、俺処されても文句言えねぇ立場だな。
百合に挟まる云々と同レベルで絶許案件では?
……………ま、まぁ俺は天才だ。なんとかなる。
「そういや望橋って百合の間に挟まる男じゃね?」
はい、終わったーー!!!!!!
◆◇◆◇◆
喧騒に包まれる昼休みの時間は、相も変わらずまた無慈悲に終わり、五時間目の授業がやってくる。
ボクと日葵が学院長室に突撃している間に、教室で男子たちの乱闘───それも一絆くんVSその他っていう圧倒的な人数差の戦いがあったらしい。ま、乱闘と言っても怪我も損傷もない“お遊び”の範疇だけど。
ついでに言うと、一絆くんが勝ったらしい。マ?
したり顔で「俺の勝ち、なんで負けたか明日までに考えておけ」と満足気に勝ち誇っていた。なんかその顔がムカついたからと彼の臀を蹴ったのはご愛嬌。
流れで日葵に叱られるのは何時ものパターンだ。
さて、まぁそんなのはいつも通りのことなので横に置いといて。
───5時限目、空想学の授業である。
「空想を学ぶに辺り、最も重要なのは“異世界”を知ることだ。故に、今日はかの空想の大地───エーテル界域について知見を深める授業を執り行う」
空想学の第一人者、ボートライ・レフライ。陰湿な風貌とは裏腹に、生徒一人一人と真正面に向き合う、なーんて情の熱い男だ。
イケおじってやつ? まぁ知らんけど。
そんなライライ先生の授業は、最早講義と言っても謙遜ない、というかしろってレベルの代物である。
なにせこの人、教授職を蹴ってまで教師の道を邁進するほどの奇人なので。
奇人しかいねぇな、ここの教師共。
「今から三百年以上も昔、“界域”と称されるより前のエーテルにて、長きに渡る大戦があったのは諸君らも知っての通りだろう。そう、“楽園戦争”だ。百年にも及んだかの最終決戦には、幾つもの物語が存在する」
成程、今日の授業はあの日の振り返りか。全く、先生も人が悪い。なんで当事者の前でそんな話するの?
ボクと日葵抜けていい? ダメ? ダメかな?
視線で制された。察知能力高すぎだろせんせー。
───楽園戦争。最初はただ魔王軍侵攻と呼ばれていたが、いつの間にかそう呼ばれ出した大戦。
人族と魔族の最後の生存競争にして、世界の落命。
幾多もの英雄が現れては、塵芥となって消えていく動乱の時代。世界の滅びを左右した意志の交わり。
最後にして最強の勇者が現れるまで続いた失楽園。
……はい、ボクが引き金を引いた戦争ですね。
むしゃくしゃしてやってやった。それなりに反省はしてるけど、てんで後悔はしていない。
責任も取らないけどな!! ……ごめんて。
「戦争の発端は諸説あるが、一番有力なのは神々から魔王に喧嘩を売った、というものだ。荒唐無稽に思えるが、これを理由とすることで説明のつく出来事が幾つかあってだな……」
いや合ってます。バリバリに喧嘩売られましたね。
今のボクと当時のボクはかなり違う。なにせ当時は何故か一人称を“私”に変えてたから、そこから違う。
表情なんかは転生特典で“無”に固定されてたし。
なんだったら前々世の記憶途中まで無かったし。
最初っから死にづらい種族だったけど、気にせずにボーッとしてたらボクを危険視した神々に意味不明な呪いを掛けられて死ねなくなっちゃうし。そのせいで自暴自棄になって、挙句の果てには戦争吹っかけて、そんで最後は勇者と相討ちになって、死ねた。
うーん、なんか死ぬ為に生きたって感じの人生だ。
いや死ぬ為に迷惑かけて死んだって感じか……?
今のボクは表情豊かなプリティガールだけどね!!
それはそれとして死にに逝くけど。
……何度も弁明しておくけど、世界をぶっ壊〜すと決めた時のボクには、人間だった頃の記憶や感性等が無くなっている。邪神の事を薄ら覚えていただけだ。
全てを思い出したのは戦争終盤。
勇者リエラが活躍し始めた、そーゆータイミングでやっと“私”は“ボク”を思い出したのだ。
致命的に遅すぎる……
結果論になるが、魔王就任後に神々が呪いをかけてくる前に思い出せていれば、あんな世界規模のヤバい戦争なんて起こさなかった……かもしれない。
周りの勧めで起こしてたかもしれないけど。
思い出した時は本当にビックリした。なにせ自分が人間だったとは思わなかったし、常時死にかけの病弱女だったボクが魔王なんてよくやってるな、なーんて苦笑いで感心もした。
あと自分の所業にドン引き&絶望、詰み確信。
ほんと、世の中ってままならないものだね。
「まぁ……真相を知りたければ当事の生き証人である者たちに聴いた方が一番だろう。六組の仇白とかな」
そらそうよ。いくらライライ先生が空想学、つまりエーテルについて教鞭とれるぐらい優れていても、実際にあの場を生きた者たちには叶わない。
特にドミナ……仇白悦なら尚のこと。
つーか、教えてって言っても教えてくれるかどうかわかんないよ。アイツ例に漏れずに性格悪いし。高値を吹っかける事はないだろうけど、被検体とかになれとか笑顔で言ってくると思うよ多分。
あ、前々(※01-09)に言ったけど悦は「僕ドミナ」と公言しているので、国内外問わずわりと有名人だ。
有名になる度に、こいつ制御してた魔王すげぇってなってるのは不思議でしかないけれど。いやホント、今まで通りに動いたんだろうね。アホなのかな。
「なんで悦に聴くんだ……?」
「アイツ転生体。元魔王軍の幹部。なんなら側近」
「……………嘘だろ?」
「周知の事実」
「マジかよ」
衝撃の真実、って感じかな。彼の中では。悪いけどキミの隣と前にいる女子二人も揃って転生体だぞ。
それをキミが知ることは金輪際ありえないがな!
ていうか、バラす事があっても、そんなタイミングないよ。どんな奇跡だっつーの。
バレたらバレたでボクらの活動に支障が出るだけでなんのメリットもないしね。知ってる人は極僅かな方が良い。今のところ……エーテル関係者以外でボクと日葵を認知してるのは……養父のおじさんと異能で看破してきたライライ先生ぐらいか。
おっさんしかいねぇじゃん。
「───ざっとした経緯は以下の通りだ。勇者は七人もいるが、一人でも欠けていたら戦況は大きく変わっていた筈だ。勇者リエラなどその筆頭だろう」
うん。七人もいらない。エルフとドワーフの二人が勇者化しなければ五人だったのに……まぁ、ボクが対面した勇者はリエラだけなんですけどね。
正確には名乗られた、だけど。もしかしたら遭遇、いや接敵してたかもしれない。覚えてないだけかもしれないけど。
……一応、どんな勇者がいたか挙げとくか。
〈明空〉とか〈叛逆〉とか、〈翠星〉に〈神仰〉、そんで〈天眼〉とか〈戦鎚〉とか〈黄昏〉とか。確かこれで合ってた筈。それぞれ、彼彼女らの偉業や特徴から付けられた勇者の二つ名だ。
日葵ことリエラの場合だと、ボクが嫌がらせで人類から奪った青空を取り返したから〈明空〉って異名を拝命してる。
あの時は本当に焦ったよ。なにせ不壊として作った代物だったからね。四天王最強のアイツ以外に壊せるヤツがいるとは思ってもいなかった。
ま、とにかく。勇者が七人も現れたから、ボクらの魔王軍は負けたってわけです。
いや世界壊せたから実質勝ちなのか……?
劣勢になったのは確かだ。悪役は負けるっていう、世界の真理みたいなのが働いたのかね。
もし次があったら……負けるつもりはないけどさ。
「……へぇ」
そして、ライライ先生の授業に一絆くんは熱中している。普通の地球出身の彼からしてみれば、授業中にファンタジーな話、ゲームの話をしているようなものだ。ボクも最初はそんな思いだった。最初だけね。
伝記とか歴史とか好きそうだよね、一絆くんって。
……後で見繕ってあげるか。暇な時に。
「……む……時間か。では以上をもって本日の授業は終わりとする。課題はない。それと諸君は知っているだろうが、先日の空想騒ぎで明日まではこの時間帯で学校は終わりとなる。部活も大会練習を除いて、あと異能部も除いて休みだ。速やかに下校するように」
と、考えている内に授業が終わった。頬が動くのを我慢するのに精一杯だった。恥ずかしいんよね。
……って、終わり? そういや昨日もそうだったわ。
普通に六時間目の準備して来ちゃった……まぁ英語なんてやりたくなかったし、別にいっか。というかその騒動の原因ボクなんですよね。ほんとごめん。
……後で異能部の皆にスイーツ奢るか。二二四の。
帰りのホームルームは程々に、ライライ先生や他の生徒たちは教室を出ていく。一絆くんと仲良くなった寝住くんやその他諸々も、挨拶を返して帰っていく。
それを横目に、ボクと日葵は一絆くんを連れて……
「よ〜し、じゃ、異能部行こっか。かーくん!」
「今日から部員だぞ。がんばれ」
「任せろ。俺の才能が火を噴くぜ」
ここで姫叶に返したみたいに下ネタを言わなかったボクは偉いと思う。
……ちょっと日葵、ジト目で見ないでよ。
言わないってば。
「そういやかーくん、どうだった? 初めての授業」
「ん? おー……楽しかったぜ」
「えーホントに?」
「おう。新鮮味もあったし、色々面白かったからな。先生たちのアレな所が目立つけど」
「それは目を瞑ろう」
「……ま、それなら良かった!」
笑顔で喜ぶ日葵と、つられて笑顔になる一絆くんの横で、ボクも自然と笑みが綻ぶ。
うん、良かった良かった。
どうやら、彼も無事学院生活を送れそうである。




