02-09:日本史は日葵の敵
レポートやら中間試験やらで執筆が進まない……
コロナ禍の時に投稿しとけば良かったと思う今日この頃。
後半でちょっと日葵ちゃんがシリアス入ります。
「はい、今日からこのクラスでお前たちと共に勉学に励むことなった転入生くんだ。望橋くん、挨拶を」
「はい。望橋一絆です、よろしくお願いします」
「「「わー! パチパチパチパチ!!」」」
あの出会いから二日経って、今日。
王来山学院2-2教室。担任である空想学の教師、ボートライ・レフライに呼ばれた転入生、一絆くんが壇上に上がって挨拶をする。
二組の生徒たちは拍手を返し、彼を歓迎する。
対してボクは、二組の異能部比率が高くなったなと思いながら、すまし顔になって手を叩いていた。
数年前までは、クラス分けの際異能部の部員はある程度バラけるように組み込まれていた……らしい。
要するに、1クラスに一人とか。
しかし、近年はメンバー間の相性や該当部員の性格などを鑑みて、二年生以降は複数人を同じ学級に編成するようになった。一年時は元からバラけている。
……まぁ、つまり問題児が多くなったってわけだ。
嫌だよねぇ〜。学院のボクらの見方がよく分かる。ボクと日葵が同室なのもそういう理由。どっちがどう問題視されているのか、気になりますね、はい。
で、王来山学院にある学級は一学年に六つ。
二組にはボクと日葵、一組には雫ちゃん、五組には姫叶……と編成されている。
ご覧の通り均等な振り分けではない。
三年生も性格面の問題を考えて、多世先輩と玲華部長が同じクラスだったり、廻先輩と弥勒先輩が同じクラスだったりする。全然バラバラじゃない。
あ、この前姫叶がうちのクラスにいたのはぼっちが寂しくて知り合いがいる教室に来てただけだ。
よく二組にいるから紛らわしいって言われている。
寂しがり屋め……これからは一絆くんと手を繋いで仲良くつるむんだぞ。
んで話を戻して、一絆くんが二組に入ったことで、この学級の異能部率が他クラスよりも高くなったってことにボクは気付いたのだ。今更って言うなよ。
ぶっちゃけ弊害は無いんだけど……多分、知り合いがいた方が彼も楽だろっていう上の判断なのだろう。
正直に言って、ここでもボクら二人と彼を絡ませて縛りに来たかって思いましたけどね!
思惑なんてバレバレなんよ。懐柔作戦でもする気?
もうその必要は無いと思うけどな……
ほんと、ボクが居ないうちになにがあったんだか。
そう思案している間に、一絆くんの自己紹介は滞りなく進む。並行世界の地球から来た云々、邪神がルーレットで決めた云々は省き、『田舎から社会勉強で魔都に来たら、空想に襲われました。でも奇跡的に異能を発現して撃退できました。そしたら異能部に勧誘されました』という嘘か真か八割嘘の経歴を流布する。
うん、バックボーンは完璧だ。監修はボクだ。
何処の田舎かって? “霊峰フジ”の麓だとか底だとか言っとけって伝えてあるから問題ない。
……修羅かな? 要らん勘違いされそうで草だ。
「ハイハイ質問! 好きなタイプは!?」
「過去未来現在の全時間軸において彼女いますか!? いましたか!? 付き合ってください! 付き合え!」
「ちょっと待てなんだその質問」
「洞月派!? 琴晴派!?」
「おい」
「……私語を慎め貴様ら」
「「「はい」」」
「統率力高いなこのクラス」
そーんな感じで自己紹介は終わった。好奇心旺盛な生徒達によって強制的に質問タイムに移行しそうだったが、ライライ先生の一喝で軌道修正。静かになった教室で、困惑した一絆くんの声のみが響いた。
それとそこの女。貴様ナニを質問している。
ボクと日葵を見て眼福眼福って顔で頷くんじゃないさては貴様虚伝流布者だな?
いつかコロす。顔も名前も覚えたからな。
「席は……琴晴の後ろ、洞月の左隣の席だ」
「はい」
殺意の波動に目覚め、どうやって部外者にバレないように女を粛清しようか計画して、それを察知した日葵に撫でられて思考を止められている間に、ライライ先生は一絆くんの座席を伝えていた。
指さす先は後ろから二つ目の中央列、ボクの左隣。
彼の転入に先立って、クジ引きによる席替えを昨日行った。結果、ボクは中央の六列右席、日葵は五列目の左席をゲットした。で、一絆くんはクジで空いたボクの隣の席、日葵の後ろにある座席を与えられた。
作為を感じる。きっと気の所為ではない。
まぁ、気にするだけ無駄なのだろう。別に、彼を近付けられても問題は無いのだ。上層部の考えに沿って一絆くんを支えてあげるのもまた一興。
いやぁ、学院生活がより楽しくなりそうだね!
……さて、ここで一つ。先日からボクを蝕む疑問を聞いてほしい。
「あー、よろしく。日葵、真宵」
「よろしくねー、かーくん」
「……??? よ、よろしく…………」
……なんでか知らんけど、日葵と一絆くんの距離が縮まっている件。
具体的に言うと下の名前で呼びあっている。
なんならボクも苗字の“洞月”じゃなくて“真宵”って呼ばれている。いや名前で呼んでいいかって聞かれて何も考えずに二つ返事で許可したけども。
つか日葵、なんで“かーくん”呼び? あだ名? マ?
ボクが酒呑んで寝た日の後、つまり一昨日の朝からこんな風に仲良くなってるんだけど……
『あー、洞月さん洞月さん?』
『なんだい一絆くん(ダミ声)』
『……おまえのこと下の名前で呼んでもいいか?』
『? 別に……良いけど……』
回想終了。寝てる間に風呂歯磨きその他諸々を日葵に世話された夜、その翌朝の会話だ。
いきなり過ぎて宇宙を背負った。説明をください。
「……なにがあった???」
そんなボクの呟きに、二人は苦笑して「なにも」と答えるだけ。
ぜーんぜん説明してくれないんだけどこの二人。
……マジでなにがあったの???
◆◇◆◇◆
尽きぬ疑問はそのままに、時は等しく進んでいく。
転入するまでの二日間、彼はこの世界で生きる為に必要な手続きを全て終わらせた。同時に、先日まで住んでいた地球との差異をある程度把握して、この王来山学院の門扉をくぐり抜けた。
短期間での記憶速度は凄まじく、定着度も高い。
頭がいいと自称していたが、あながち間違っていなかったことが証明された。
そして今日、望橋一絆は初めて授業に参加した。
───1時限目、現代文。
「肉体と精神の軛、これを正すことにより───何で哲学的な話になってるのかしら。現代文をさせなさいよ。現代文を」
「せんせー、教科書を叩き捨てないでください」
現文の担当は雪街好栄。水色がかった銀の髪、冷たく細められた無感情の青い瞳など、全体的に“冬”を感じさせる御歳24歳。飛鳥姉とは同期らしい。
そんな女教師は、朗読していた内容が段々哲学的になって来たことに対して嫌気を差し、遂には教科書を床に叩きつけた。何やってんだアンタ。
と言っても、それは去年から既に見慣れた奇行。
学級委員長も慣れた様子で言及した。先生は渋々教科書を拾い、嫌そうな顔をしながら朗読を再開した。
そんなにイヤなら内容変えようよ……
「初っ端から濃いな……」
驚愕している一絆くんには悪いが、うちの教師陣は総じて変人ばっかなので、驚きは積み重なるばかりだろう。でも、すぐに慣れる筈だ。日常茶飯事すぎて。
それに教科書を叩き捨てるなんて序の口だ。
真面目なヤツほど狂うっていうのを、ここの教師らは体現しているとボクは思っている。
あぁ、そういえば。一絆くんは既に、学院教師との顔合わせを済ませているらしい。早朝おじさんに連れられて挨拶したとか。お陰で毎時間自己紹介を挟む必要も無くなり、授業は滞りなく進んでいる。
普通に進みすぎて、一絆くんは若干遅れているが。
まぁ仕方ないよね。頑張れ頑張れ。
「辞書を使いなさい。分厚ければ分厚いほど、辞書は便利なのよ───鈍器として」
「せんせー、ちゃんと使ってください」
両手で持ってやっと持ち上げられるサイズの辞書をどうやってこの教室まで運んできたのか……
クールビューティなのは見かけのみ、中身は阿呆。
外見詐欺である。うちの日葵と一緒だ。
───当学院の授業時間は五十分。基本は六時間。毎授業の合間に十分の休み時間を挟む。
好栄先生の教本八つ当たり授業はすぐに終わった。
進んだページ数は四、黒板を書いて消した回数は七回。時間かけすぎじゃないかな。
で、次の授業。
───2時限目、数学。
「ではこの問題を……朝食に特大ステーキを出されて胃もたれしている能登、ギャルに変わろうとグレたがギャルの定義が分からなかった足高、試しに褌を買ってみたが着る機会がない二千六。順に書け」
「「「なんで知ってんだおまえ!!!」」」
「先生におまえと言ったか……?」
「「「言ってません!!!」」」
プライバシーという権利が完全消滅した恐怖政治を展開しているのは、数学の担当教師。
名を岩蕗龍吾。学院一の情報通である堅物眼鏡だ。
ワックスで固めた灰色の髪を後ろに流すこの男は、ライライ先生と並んで辛辣な発言が多い男でもある。
ついでに言うと、暴露されたのは全員女子生徒だ。陸上部のエース能登ちゃん、学級委員長に恋する副委員長足高ちゃん、軽音楽部の小動物二千六ちゃん。
情報源は彼女たちの母親である。
何故岩蕗先生の元に情報が集まっているのかは不明だ。
授業自体は普通の数学だ。これといって変な内容は無い、教師が手軽に教科書を投げることもない、ただ単純にしょうもない隠し事をバラされるだけの授業。
うん、全然普通じゃない。何故バラす。
お口チャックできないのかな?
「正解だ。だがこの点はなんだ、山彦少女二千六」
「それも知られてんの……? ……それは最近流行りの学術用語です。特に意味は無いです」
「減点」
「嫌いだ!!」
嫌いな教師ランキング堂々の一位にして殿堂入りを成し遂げた男は伊達じゃないね。すぐ嫌われる。
授業が始まって既に四回は嫌いって言われてる。
授業中なのに。躊躇いがないなうちのクラス。
「よし、次は……朝起きたら洞月に観察日記を書かれていた上に笑顔で死刑宣告をされた望橋。読め」
「……えっあ、はい……マジか……」
「……おじさんの仕業か」
「そんなことしてたなんて私知らなかったなー」
学院長、娘と息子のじゃれ合いを部下(教師)たちにわざわざ報告してんのかな? なにやってんの???
経緯は話すまでもない。一絆くん観察日記を作って書き始めただけだ。多分三日ももたない。すぐに飽きるだろうけど、やりたくなったのだ。仕方ない。
死刑宣告は形式美だ。寝惚けたアホにいきなり頭を撫でられたら言うに決まってるだろ。
……どいつもこいつもなんで撫でてくるのかね?
まぁそれは兎も角、人を呼ぶ時にくだらない真実を添付する大人はどうにかすべきだと思う。教職者としても問題しか無いと思う。
PTAは動けよ。あらあらうふふじゃねぇよ。
岩蕗イケメンスマイルに負けてんじゃねぇよ。
───3時限目、日本史。
「三百年前の大厄災、“魔法震災”による破壊は、この地球が生まれ変わる理由を作った。史上類を見ない被害を被った祖先は、この日の本に新たな国を再建。
それがアルカナ。皇国と呼ばれる群島国家だ」
お決まりとも言える前演説をして、生まれ変わった日本の今、皇国になってから三百年しか経っていない震災後の歴史を振り返る老教師の授業。
先週は江戸の話だったのに、一気に飛んだな。
日本史の老耄教師の名は荒久田院次。御歳78歳。
顰めっ面がデフォルトで、鋭い目つきで生徒たちを睥睨しているが、別に睨んでいる訳では無いらしい。
彼は苦手な教師ランキング四位を拝命している。
そして……
「……む? 仕事中は連絡するなどアレほど……」
どんな時でも奥さんからメールが来たら躊躇いなく開いて授業放棄する愛妻家である。でも授業を止めるのは良くないと思う。学院祭で奥さん見たことあるけど、ただのボケ老人だった。めっちゃ聞き返してた。
多分、メールするなって言葉覚えてないよアレ。
まぁこの先生はマシな部類だ。ライライ先生を除く殆どの教師が変人奇人の中、この老人とあの人は真面目な部類なのだ。荒久田先生奥さんに弱いけど。
ボケられる前は尻に敷かれてたんだと思う。
話を授業に戻そう。今までの現代文も数学も対して異様さがない普通の科目だったが、日本史は違う。科目名を未だに日本としているが、それは過去の名残りというものだ。懐古とか記憶とかそういう感じの。
荒久田先生の日本史は、新世界になる前となった後の二つに別れて展開される。やはり、濃密なのはなる前の話、つまり普通の日本史だ。なにせ新世界ができたのは三百年前。まだ三百年の歴史しかない。
薄いのだ。小さいのだ……その割に多彩だが。
多彩な知識を学べる日本史の授業は、時にボクらの情緒を襲う。
世界を壊した原因その1その2なボクたちを。
天災の後に何があって、どう復興して、どう変革を迎えたのか。全ての後始末を他者に放り投げたボクたちは、知ることしかできない。謝ることも嘆くこともできやしない。
だからこの授業は、ボクらの心を抉る。
おまえらが壊した未来を知れと言わんばかりに。
……まぁ、ボクには対してダメージ入ってないんですけどね! どっちかと言うと日葵にクリティカル。
毎時間この授業で日葵は鬱になるのだ。
いつもメンタルケアされてる身としては、なんとかしたいところ。
いっその事、荒久田先生消すか……?
「かくして、始まりの異能者A───後世にもその名は残っておらん彼の統率と奮闘により、世界は空想の危機から脱却。安寧の一歩を踏み出したのだ」
出たよA。年齢不詳の眼鏡マン。日葵の悲痛の種。
魔法震災という天災大連発の後、異世界エーテルで暮らしていた魔物たちが、開通した《洞哭門》を渡り地球を侵略。それを食い止めたのが“A”という男なのだとか。それを初めて聞いた時、ボクは凄いなーとしか思えなかったけど、日葵はなんでか塞ぎ込んで、空を仰ぎ見ていたのを覚えている。
懺悔か後悔か、よくない感情を抱いていたのは確かだ。
「………」
現に、今の日葵は上の空。
「……なんか日葵の奴、元気なくね?」
「この話聞くといつもあーなる。理由は知らね」
「そうなのか」
頑なに教えてくれないんだよね。でも、なんとなくその反応で理解できるモノがあるってもんだ。
……悦ちゃんも同じ雰囲気だから、自ずとわかる。
きっとAくんってのは……勇者リエラと共に戦った旅仲間で、ボクの側近だったドミナの弟子だった……
賢者くん、なんだろうなぁ。
授業終了のチャイムが鳴り、次の授業に向けて皆が動く。生憎と迫って来るのは体育の授業だ。更衣室に向けて、男女全員が着替えを持って教室を出る。
「寝住くん、一絆くんのことよろしく」
「お!? 俺か……んー、わかった。任せてくれ。俺は寝住って言うんだ。更衣室一緒に行こうぜ」
「あー、助かる。望橋だ。よろしく」
「よろしく!」
体育が初めての一絆くんは近くにいた男子に任せ、ボクは未だ俯く日葵と接する。
遅刻する前になんとかしなきゃね……
ぐだぐだしている日葵を立ち上がらせて、着替えも持たせる。だいぶ皆と離れたが、二人で教室を出る。
そして、二人っきりになったからか、日葵が呟く。
「……恨んでるよね、きっと」
廊下を歩いている間に零れた弱音は、遠くの喧騒に阻まれボク以外に聞こえることはなかった。今回ばかりは、休み時間の煩さに救われた、かな。
……そう悲観するな、なんて言葉は紡がない。
いつもヘラヘラしている日葵の、珍しく弱った姿。
唆るモノがあるが……まぁ、ずっと見ていたいわけではない。
やっぱり、アホみたいな笑顔が一番だ。
だから、ただボクは、昔の日葵も今の日葵も、その全てを肯定してやれば良い。
「リエラは悪くないよ。ボクが保証する」
「でも……」
「あの時。キミが役目を捨ててまで、ボクを……私を助けてくれなければ、今ここにボクはいないよ。それに、世界だってもっと滅茶苦茶だった。キミは間違ってないし、使命から逃げてなんていないよ」
「……そう?」
「うん。ボクの存在が証明するよ」
「……うん」
救えなかった罪は重い。しかし、心にくる重さは、勇者として戦った時のよりは遥かに軽いだろう。
自分の手で救った村を、街を、国を滅ぼされた。
手の届かぬところで、仲の良い人間を殺された。
自分の力が及ばず、あらゆるモノを破壊された。
それよりも、仲間の死というものが辛いのだろう。改めて、現実を直視する。自分が死んだ後の戦友がどうなったのかを、文字を通して知らされる。
手の届かない所で、パーティメンバーが亡くなってしまった。
あんなふうにキミを苦しめたボクが、こんなことを言うのも、考えるのも、区別するのもおかしいけど。
命の重さに優劣つけるのはキミに失礼だろうけど。
ただ一言、言わせてほしい。
「キミは世界を救った。そこに嘘なんてないよ」
───キミの仲間が、大切な友人を恨むだなんて、ありえないさ。
胸を張って良いんだ。受け入れるのが辛くとも。
「五英雄。キミに集った彼らは、勇者の肩書きを持つからキミについて行ったわけじゃあない。キミという人間に惹かれたんだ。そんな彼らが、キミを恨む?
馬鹿馬鹿しい。それに、キミが彼らを信じなくてどうする。キミ自身を信じなくて、どうするんだい?」
……ま、ボクが言えたことじゃないけどさ。
「……いつか、会えるかな」
「会えるよ、きっと」
「謝れるかな」
「キミ次第だよ。だから、しゃんとしよう?」
「……うん」
エーテルからの転生者はそれなりにいるからね。
……あの日、散々キミは世界ではなくボクを選んだんだとか生意気なこと言ってたけれど。
ボクを優先してくれたキャッハーとか思ったけど。
その判断が、結果的に世界を二つも救ったことに、嘘も偽りもない。
キミの想いを、キミの仲間が否定するわけがない。
だから……そう気を病むことはないんだよ。
エーテル世界が滅んだのも、この地球が滅びかけたのも、その全てはボクに責任がある。
その滅びを食い止めたのは、紛れもなくキミだ。
キミなんだ。
それでもまだ……苦しいのなら。
「泣くんなら……後で、全部わかった時に泣こ?」
辛さは色濃く残るだろう。でも、その一瞬までは。
「アクトくんはね、男尊女卑を拗らせた子なんだよ。暇さえあれば女は戦場に出るなって言うの」
「うん」
「でもね、それは優しさの裏返しでね……」
「うん」
「不器用だったんだよ、彼……」
「うんうん」
ボクはその賢者に会ったことは無い。お堅い思考の持ち主で、男尊女卑を掲げて「女は引っ込んでろ」と毎時言っていた、ということしか知らない。
ドミナの愚痴やリエラの思い出話でしか知らない。
でも、きっといい子だったんだと思う。
なにせ、彼のことを話す日葵の表情は…………
ま、言うまでもないか。あーでも、恋する乙女の顔では無い、とだけ言っておこう。
脈ナシだ。やったね。……何が???
あんまり意識したくない話だ。やーめよ。次々。
「……さて、そろそろ急ごっか」
「えぇ〜まだまだ話せるよ?」
「お家に帰ったらね。幾らでも聞いてあげるよ」
「でも今日仕事でしょ? 裏の」
「なーんで把握してるのかな???」
センチメンタルな気分に微睡みながら、未だ悲哀を背負っている日葵を歩かせて、更衣室に向かう。女子更衣室はここから遠く無いとは言え、このままズルズル参っていたら遅刻してしまう。
まぁ、さっきよりはマシになった。ふざけたことも言えるようになったし。ほら、早く進むよ。
あとキミが先導して。迷子になりたくないし。
「人の流れに乗ればよくない……?」
「その発言何回目?」
「数えてないなぁ。この迷子ちゃんめ」
「るっさい」
───いつか、“五英雄”と七人の勇者が揃った時。キミたちがどんな会話をするのか、少し楽しみだ。
ボクは全力で逃げるけどね。




