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02-06:覚悟を胸に少年は進む

本文一万字越え。時間がある時にお読みください。


2022/10/24、真宵sideの内容をちょこっと修正しました。


「はぁ、はぁ……はぁ……!」


 生まれてこの方、戦いなんて喧嘩ぐらいでしかしたことがない。つまり経験が無いのだ。

 そう言い訳しながら、俺は必死に逃げ回る。


 遊ばれているのか、あのデカい黒狼は軽いジャブのような攻撃しかしてこない。前足で軽く叩かれて吹き飛ばされたり、尾に叩かれて転がされたり……致死の噛みつきだけはギリギリで避けることに成功したが、学生服の裾とかは普通に千切れてしまった。

 必死に駆け回り、助けを求めて……脳を回した。

 俺の中にあると言う【異能】に可能性を賭けて、逃げ惑いながら頭を使って、身体を動かして。それでも何も起こってくれなくて……ただ無様に転げ続けた。

 惨めで情けない。こんな屈辱は始めてだ。


 助けが来ないのも不安の種となった。


 あの二人は、琴晴さんと洞月は大丈夫なのか? 俺よりも酷い目にあってるんじゃないか?

 自分の身も危ないが、あっちも心配になった。

 さっき聞こえた不穏な警報音も、不安を煽った一因となった。結構怖い音だった。脳の警鐘かと思った。

 そんで、このまま公園を出て市街地に逃げようとも思ったんだが、本能的にそれはヤバいと予感して、やめた。なんでヤバいと思ってやめたのか、その時が来るまでわからなかったけど。


 きっとそれは、正しかったのだ。


「ひっぐ……ひっぐ……」

「! こ、こども!? まっずい……!?」

「グル?」


 そう、聞こえたのだ。幼い子供が、啜り泣く声が。


 遊具の下、滑り台の影になる所に、小さな女の子が蹲って泣いていた。何時からそこに居たとか、なんで気付けなかったのかとか、言いたいこと考えたいことは無数に、それこそ沢山あったが……

 一つ、確信が持てた。

 このまま公園を出ていたら、俺の代わりにこの子が酷い目に遭ってたかもしれないって。

 逆に、この場に居続ける事で被害を与える可能性も考えられたが……まぁ、それは今考えても仕方ない。取り敢えず、俺よりこの子を優先せねば。

 こんな小さい子を犠牲にするなんて、夢でも嫌だ。


「グルルル…!!」


 俺が気付けたのだ。俺に意識を割いていた黒狼も、泣き声を聞き、匂いを嗅ぎ……

 ニヤリと嗤って、小さな獲物を睨みつけた。

 そして、魔獣は少女の方へと駆け寄り、その前足を大きく振り上げた。


「危ない!」


 距離が足りない。やばい、やばい!

 伸ばしたその手は届くことはなく───巨狼の無慈悲な一撃は、滑り台を呆気なく破壊した。

 子供は……無事だ、良かった。だけど、衝撃と風圧で地面に投げ出されてしまったようだ。瓦礫となった遊具の傍で、少女は痛みに悶えて泣き叫び出した。

 それが魔獣をおびき寄せる、餌となることを知らずに。


「っ、間に合え……!」

「いっ、たぁい……ひぐっ、ままぁ……!」

「グルルル……」


 今まで、俺たちが気付くまでは声を抑えられたのだろう。だが、痛みと恐怖により限界が来たのだ。

 それを不快そうに見た狼は、あろう事か前足を持た上げて、黒くに濁った鋭利な爪を伸ばし、少女に突き立てようと踏み込んでいた。


「させるかよ……!」


 狼の前に再び躍り出る。少女を庇うよう、前に。


 もう身体はボロボロだ。手加減されていたとはいえ服も身体も傷だらけ。かすり傷とか打撲ばかりなのは幸いだろう。後でめいっぱい治療してもらおう。

 その為にも……ここを、切り抜けなくては……!


 痛みと苦しみで、胸がいっぱいになる。

 ───守らなくては。それができるのは、今ここに俺しかいない。


 だから俺は、覚悟を決めた。


 思考を切り替える。怯えて鈍くなった身体を気合いで震え立たせて、目の前に立つゴミを睨みつける。

 相手は取るに足らない奴だと自分に誤認させる。

 俺の方が強い、俺なら勝てる───


 そうでもしないと、また逃げ回りそうになるから。


「かかってこい……俺だけ見てろや、クソ狼!!」


 威勢を込めて言い放った、その時───カチリと、何かが嵌った様な音が聞こえた。

 そう。なにか足りなかった物が、揃った気がした。

 意識が冴える。視界が広がる。なんだろう、これ。


 なんだか、胸の辺りが……あったかい?


「グルルルルオオオオオオオ!!!」

「っ、来いよ……!」


 身体の不調、いや変調に疑問はあるが、今は横に置いておく。まずはコイツをどうにかしなくては。

 俺の煽りに乗っかった黒狼は、今更怒りを剥き出しにして大きく口を開き、その口腔に光を溜める。

 ズラリと並んだ犬歯と見慣れぬその現象に一瞬だけ怯むが、根性で耐える。狼の口内で煌めく禍々しい光に嫌な予感を抱き、今更新技かよと思いながら、俺はその場を動かず、静かに右手を魔獣に向けた。


 なんとなく……そうした方が良いと思ったから。


 不思議と、恐怖はなかった。さっきまでのビビりは何処に行ったのか、ただ守りたい、助けたいっていう意志だけが、今の俺を突き動かしている。

 血迷ったと自分でも思えるが、漠然とそう感じた。

 これが正しいと。その想いに従ったのだ。


「……お、おにぃちゃん……?」

「安心しな、俺が……俺が守ってやるから」


 この子も今更俺に気付いた。悲しいなぁ、おい。

 俺ってそんなに影薄いか?


 殆ど無意識に手を出したが、後悔してももう遅い。最早この右手で止めてやろうと意気込んだ。

 空いた左手で少女に逃げるよう指示し、構える。

 ヤッさんの意識は俺に釘付けだ。少しでも時間を稼いでやる。そんな俺の気持ちが届いたのか、少女は躓きながらも離れてくれた。良かった、ありがとう。

 あぁ、今から逃走は間に合わないな。でもあの子が逃げられる時間は稼げた。それだけでも偉い人から及第点を貰えるんじゃないだろうか……いやなに悲観的になってんだ俺。まだ死ぬ気ないぞ。しっかりしろ。


 さぁて、んじゃあこっからどうすっか……

 手段も選択肢も無い無いだけど、なんとかしねぇと生還できないぞ。考えろ考えろ……頭をフル回転……

 ちょっと誰か助けてくれませんか???


「……えっ?」


 そう考えていた直後、何故か右手の掌が明るい光を灯っている、異様な光景に気付いて───…



 瞬間、轟音と共に目の前が真っ白に染まった。



 ───遅れて、それが狼が放った破壊光線なのだと気付き……まず右手が無事であることに驚く。

 そして、煙が晴れて見えてきた惨状、いや、奇跡に愕然とする。


「っ、はっ……?」

「グルッ!?」


 身体に傷は……無い。内傷もない。強いて言うなら伸ばした腕が痺れる程度か。地面は俺を避ける様に抉れているが、それだけ。無傷で受け止めた、のか?

 だが、凄まじい違和感が一つだけある。

 ……なんか、何かを右手に握ってる気がする。

 何一つ理解できていない頭は、何故か手の中にあるソレを確認しろと強く主張している……気がした。


 恐る恐る、俺は光っていた手の先を見る。

 そこには───…


「……杖?」


 優しい光を灯す透明な水晶が頂点についた、魔法が使えそうな白い長杖があった。

 どこか神聖そうな、清らかな気配を感じる。

 そう、つまり。なんか知らんが杖を持っていた。

 ……は?


「……なんだこれ」


 にぎにぎ。俺と違って顎を開いたまま、理解できず固まった狼の前で、呑気に杖を何度も握る。

 握り心地いいな。素材は高級品とみた。

 しかし、なんでいきなり杖、が…………がっ!?


「っ、つぅ……! な、んだこれ…、ぐっ」


 ───突如流れ込む、俺の知らない知識群。


 俺は感じた事ない程の強い頭痛に襲われる。

 杖の存在を再認識するように、何気なく強く握った時、俺の頭の中に脳のキャパを遥かに超える量の知らない情報が、一気に流れ込んできたのだ。

 頭痛が痛い。いや酷い。とんでもなく痛い。

 痛む頭を抑える。あまりの痛みに気絶しそうになったが、気合と根性でなんとか耐えて、原因であろう右手の杖を睨みつけた。


 ……この杖がなんなのか、今ので……わかった。


「これが、俺の異能───厨二臭ぇ名前だな……」


 俺に発現した異能の名は───【架け橋の杖(アルクロッド)】。


 おどろおどろしい名前ではない。明るい雰囲気そうな名前の杖、異能だ。異能。アレ俺異能発現してね?

 ……これ俺の異能か(再確認)!!!

 いきなりの覚醒でびっくりした。

 それにしては肝心な要さんがいらっしゃらないようですけど……ん?


『〜〜〜♪』

「……ど、どうも?」

『!』

「わぁ、きれー」


 多分、今の俺の目は点になってると思う。


 違和感を感じてふと見たら、なんか俺の肩に小さな女の子が乗ってるんですけど……何時から居た???

 さっきの女の子ではない。というか指サイズ。

 若干光ってるし、透明な羽生えてるし……

 俺が知覚したことに気付くと、満面の笑みを浮かべて、俺の肩の上で飛び跳ねた。

 浮いてるからなのか、不思議と重さは無かった。

 鱗粉も綺麗だ。こそばゆくもない。そこにあるって見ないと感じられない、不思議な現象の数々。


 彼女を見て、今目の前にある現実がなんなのかを、俺は正しく理解した。

 だからこそ、問う。俺の最初の相棒を。


「……精霊、か?」

『! !』


 こくこく、と可愛らしく頷く小人……否、精霊。

 異能力が発現したことで見えるようになった空想の住人。本来なら見ることのできないこの子と、いやこの子たちと意思疎通できるようになった……らしい。

 さっき脳内に溢れ出した情報で理解した。


 そして、この杖───【架け橋の杖(アルクロッド)】は、この子の力を借りられる異能なのだとか。

 狼の破壊光線を防いだのも、この子のお陰らしい。

 ありがとう。助かったよ。


「にしても、こういう異能もあるんだなぁ……」

『〜♪』

「……俺と戦ってくれるか?」

『! 〜〜〜♪♪♪』


 元気に承諾してくれた精霊ちゃんを見て、不思議とまだ頑張れそうな気持ちになった。

 どうやら、俺と戦ってくれる仲間ができたらしい。


 嬉しそうに俺の杖、水晶の部分をぺたぺたと触る、本日見るのは四種類目の空想生物。

 二つは死体の山だったからノーカンかもしれんが。

 ふざけた事を考えながら、俺は未だ惚けていた狼を睨みつける。なんだか知らないが、精霊ちゃんの出現に驚いたのか、何時になっても固まったままだ。

 ……だが、俺の意識が向いた瞬間、あっちも意識を取り戻して睨み返してきやがった。

 タイミング悪。異能使って不意打ちしようと思ったのに。というかなんで固まってたんだよ。アホか?


 さて、こっからどうするか。ま、決まってるけど。


 なんだか、もう……負ける気がしない。


 ひとりじゃないから、かな。気合い入れてこ。


「グルル……グルラァァアアアア!!!」

「っしゃあ、気合い入れ直してと……行こう!!」

『! 〜〜〜♪』


 威勢よく吠える獣との、第2ラウンドが始まった。






◆◇◆◇◆






「成程。それが……キミの異能か」


 ───元気よく叫んで転んで、ボクの魔造生物から逃げ回り続けた一絆くん。他者を守る為、勇気を振り絞ったその行動は、彼を観察していた“光の精霊”を味方につけた。勢いに乗った彼は、異能の杖を手にし、初めての相棒と共に、再び黒狼と対峙する───……

 そんな勇姿を、近くの屋根から眺める転生者二人。

 今回の黒狼騒動の首謀者であるボクと、致し方なく共犯者となった日葵である。


「悦ちゃんが笑ってた理由がわかったね」

「最悪だ。ボクとの……“私”との相性が悪すぎる」

「えっ、そうなの?」

「……聞かなかったことにして。忘れて」

「……いつか話してね」

「ふんっ、検討しておくよ」


 精霊と交信し、精霊を使役する……否、交流により力を借りる【異能】か……

 これまたデタラメな異能が現れたもんだ。


 ……彼の奮闘の裏で何があったのか、少しだけ時を遡って見てみよう。

 一絆くんが“色つきの影”と出会うよりも前まで。


 さっきの演技で攫われた後、日葵以外からの視界が切れた瞬間に離脱、二人でここに移動した。

 使った一匹目? 街に放流した。すぐ死んだけど。


「生命体の創造……これがチートってや?」

「あの戦争で活躍したヤツ、全員チート持ちだけど」

「言われてみれば確かに」


 解説をすると、ボクの異能【黒哭蝕絵(ドールアート)】は影を操るだけでなく、既存の生物データを元に新しい生命体を創造することができる。

 仔犬の腐肉から強靭な体躯を誇る黒狼を。

 ドラゴンの骨や肉片から流動する泥の魔竜を。

 鴉の亡骸から天空を征する破壊の大翼を。


 魔王軍戦力の三割は“カーラの作品群”で構成されていた程、その数は多かったのだ。

 全て全てがボク渾身の出来であった。ふふん。


「私が殆ど斬ったけど」

「異常者め」

「ごめんって」


 その件に関しては絶対に許さない。


 明らかに影を操る異能の範疇から逸脱しているが、気にしてはいけない。

 魔王クオリティ、もしくは邪神クオリティだ。

 多分だけど、あの神が初めての転生作業で気合いを入れ過ぎた結果だと思っている。もう一つの転生特典を含めて異様なんだよ、ボクのスキルって。

 ……もっとおどろおどろしくないのが欲しかった。


 そう考えると、一絆くんの異能は……まぁ平気か。


「ん〜、私はこんな方法取らなくても良いと思うけどなぁ。可哀想だよ、一絆くんが」

「最善策さ」

「どうだか」


 これは試練である。一絆くんにはさっさと異能力を知覚してもらって、この世界に順応してもらう。

 その為にこの騒動を起こしてるんだ。

 しっかり成果は出してもらわないと。


 悠長にしてあげられる程、時間は無いんだよ。


 ……む、空想出現のアラートが今更鳴り出したな。


「……ん? この音……ねぇ真宵ちゃん」

「なに」

「もしかしてだけど、街中に放ってる? あの狼」

「うん」

「なにしてくれてんの???」

「痛いたいたい」


 なんとかなるやろ大丈夫大丈夫。


 あの魔造生命体───デモンズウルフは、大気中の魔力を吸収してエネルギーに変換し続ける爆弾だ。

 一定量の魔力が溜まれば周囲二キロをドカンする。

 で、そういう時限爆弾ウルフの劣化版を学院周辺にばら蒔いてみた。

 何が劣化しているのかと言うと、爆発しない。

 今回は求めてないから、自爆と魔力吸収機能などは設定していない。単純に膂力が強くて速くて爆発しないだけの普通に強い狼にすぎなくなってしまった。


 あ、一絆くんの所にいるのは更にグレードダウンさせた代物でございます。

 パンチも尻尾攻撃もやわ仕様だ。

 だってほら、殴られたり叩かれたりしても一絆くんすぐに立ててるよ。

 ……いやなんですくって立てるの? おかしくね?


「何体放ったの?」

「あそこに見えるのも含めて13体。既にうち二匹は駆除されちゃって……あ、一匹また減った」

「優秀だなぁ、流石だね」


 取り敢えず一絆くんの耐久力は置いていて、と。


 確かに、人間にしては狩るスピードが速いね。でも相手は所詮デモンズウルフ。ボクの作品の中でも下の下、下位にランク付けられているヤツらだ。

 しかも劣化版。秒殺してもらわないと困るね。

 ……玲華部長と弥勒先輩がセーフラインか。


「あの二人は別格、か」

「……私たちの時代にいてくれたら、なぁ」

「二人増えた所で変わらないよ」

「わからないよ〜?」


 エーテル世界の終末期、百を超える英雄が現れては死んでゆく戦争を? アホなことを言うな。

 そんな簡単に変わったら百年もかかってないわ。




 ───そうやって、一絆くんが公園の中を走り回る景色を眺めながら談笑していれば。

 流石に飽きてきた。

 いつになったら異能開花するんですかねぇ……


 誤魔化しで散開させてるデモンズウルフたちの数、徐々に減ってきてるんですけど。


「……おっ、通信きた」

「適当に伝えといて」

「はーい。もしもーし」


 多分、無事かどうかの確認だろう。廻先輩と日葵の報告し合いを聴きながら、一絆くんの奮闘を眺める。

 最初は逃げ回っていたけど、途中から異能に活路を見出して何とかしようとしてた彼は、徐々に体力を消耗した為かウルフの攻撃を受けるようになった。

 軽傷で済んでるけど、痛いだろうね。

 前足による犬パンチとブンブン尻尾振り。デカい分ぶつかってくる質量やばいんだろうなぁ。


 ……彼って平和な国育ちだよね?なんであんな目に遭ってるのに、痛い目にあっているのに、泣き言を言わずにスクって立ち上がれるのだろう。

 不思議だ。ボクが思っているより、一絆くんは凄い人間なのだろうか。


 彼の足は恐怖で震えている。何度も何度も異能力を求めて身体を動かし、脳をフル回転させている。

 汗を垂らし、涙は溢れ、血を流れる。

 それでも諦めず、全力で狼一匹と対峙している。市街地を通れば他の異能部メンバーに助けてもらえたかもしれないのに、周りの被害を考えて公園に逃げ込んだのも、テンパってる癖によく考えたものだと思う。

 でも公園って武器になるものないしなぁ……

 せいぜい、遊具を壁にして逃げるしかできない。


 ……ここらが潮時か。でも、その前に。


「最後のテコ入れだ。これでダメなら……諦めよう」


 一絆くんから離れた場所、滑り台の遊具の下から、女の子の姿を象る“影”を出現させ、動かす。

 存在感を極限まで薄くして、わざわざ色も付けて。

 起動と同時に、声を漏らしてソレは泣き出した。


 ……かつて『方舟』で実験体だった少女を模した、ボクの異能による<影法師>で出来た人形だ。

 泣き虫だったのは今でも覚えている。その最期も。

 何時も陰で泣いて、助けを求めていて……同室の実験体達を困らせる娘だった。


 ……ちょっと性格悪かったかな。まぁ、いっか。


 偽物の幼児を置く目的は、一絆くんの危機意識を高めるのと、どういった行動をとるか見る為。

 結果は……まさか、自ら盾になりに行くとは。

 初動は遅れたとはいえ、そうそう出来ることではない。


 その無謀な勇姿に感心したボクは、彼へのサービスで偽物を消してあげる。いや、逃がしてあげた、か。

 もっと利己的だと思っていたが……

 やる時はやれる男、か。


「……ん?」


 違和感を感じた。右目を良く凝らして見れば、対象である一絆くんの肩の上に……何か、いる。

 それは、全体的に黄色い、小さな女の子。小人。

 黄金色に輝く長髪は先端部が薄ら透けている。瞳の虹彩は赤と青のグラデーション、背には蝶々のような白色の羽が発光している。そんで服は貫頭衣。何故。

 見知らぬ空想だ。見覚えはない。だが知っている。

 ……エフィが全滅させた筈だけど生き残ったのか、それとも復活、もしくは新しく生まれたか。

 捕食されて全滅した癖に、まだ懲りてないのか。


 ………にしても、これはどういうことだ? 何故今更ヤツらが表舞台に……

 まさか? そういうこと? ……あぁ、そうなのか。


 ………………………目が合った。


「すごいね、彼」

「……」

「真宵ちゃん?」

「……精霊が見てる」

「……え?」


 ボクと目が合った精霊は、何故見られているのか分からずにキョトンとしていたが、すぐさま元気に手を振ってきた……気付いてないのか、ボクが魔王だと。

 純情で間抜けだな。流石はエーテルで最も騙されやすいヤツ代表とまで云われる種族だ。

 そして、ボクの隠匿性の高さが改めて証明された。


 ……望橋一絆は覚醒した。精霊の力を借りる異能を発現した彼は、協力してくれるらしい光の精霊を肩に乗せ、異能の杖を振るって反撃に出た。

 傷つきながらの逃避は、一歩前進した。


 望橋一絆。彼は、現代に蘇った精霊術師だったのである。


「となると、あのウンディーネの動きって……嬉しくなったってこと、かな?」

「だろうね。あーあ、ヤダヤダ」

「殺すつもりだった?」

「衰弱死と言え。人聞きの悪い」

「どっちもアウトだよ」


 順を追って話そう。

 影人形を守りに行った一絆くんを更に守る為、あの光の精霊は<光の盾>を張って防御。その光景を見て惚けているデモンズウルフを横目に、一人と一匹は交流を深めて意気投合。さっきまでの激動は何処に。

 僅か四十秒、たったこれだけの交流で仲良くなった彼らは、怒り狂う黒狼との戦いに享受する……


 筈だった。


「待って、盾しか張れないの? マジ?」

『〜〜〜(泣)』

「レベル足りないとかそういう感じか!?」

『〜〜〜!』

「そうかぁ……やべぇじゃん!!」


 さっきまでの自身は何処いったんだか。

 でも、人間と精霊が一緒になってテンパる姿は見ていて面白いものがある。


「そう上手くは行かないかぁ」

「しゃあなしだよ」

「……」


 どうやらレベルが足りないらしい。そんな制約というかゲームせいあんの? いや技量不足って意味か。

 こくこく必死に頷く精霊を肩に、杖を右手に一絆くんは全力疾走。怒り狂ったまま追走してくるデモンズウルフから再び逃げ続ける。

 一応、光の盾の生成はできるらしく、杖の水晶部分から作っては狼の鼻に激突させたり、振り下ろされた前足を防いだりと、結構柔軟に防戦はできている。

 ……うん、自称天才ってのも嘘ではないようだね。

 あとは手数と実力が増せば使えるだろう。盾役としても大成できるかもしれない。


 でも、今は弱い。弱すぎる。その盾を使ってデモンズウルフの頭を強打するぐらいはしないと。

 ……言った瞬間に実行しおった。通じてる、だと?

 ちょっと意味わかんない。思考回路同じなの?

 ……早く終われ〜。


 それはそれとして、本っ当に長いな。あと残ってる魔造生命体ソイツだけだぞ。というか精霊。一絆くんと一緒に焦ってるけど、キミ確か物理攻撃効かなかったよね? 寄生主……って言い方はおかしいけど、ご主人様が死んだら自分も困るから焦ってるのか?

 わからん。でも楽しそうだな。あの精霊だけは。

 一絆くん? 涙目で全力疾走してるけど。


「ぐだぐだ……」

「あっはっはっはっはっ!! はっ、ははっ、なにあれちょー面白い!」

「笑ってる暇なんてないぞ。どうする?」

「はぁ、ふぅ……うん、そろそろ行こっか」

「了解。記録はバッチし撮れたよ」

「いる? それ……ま、いっか」


 屋根の上、うつ伏せに寝そべり観戦していた日葵は立ち上がり眼下の公園を見て、不敵に笑う。

 それを横目に、ビデオカメラを片手にボクも立つ。

 一絆くんの勇姿はバッチリ撮影しといた。

 ……音声に関しては後で編集しよう。音は撮れませんでしたって言い張ろう。ボクと日葵の会話が入ってるから色々と不味い。


 ま、観戦してたのは一絆くんの為って言い張ろう。

 下手人は不明。空想たちの正体も不明───殺せば消失する様に造ってあるから、ね。


「これがマッチポンプ、ってね」

「共犯かぁ、嫌だなぁ。全力で辞退したい」

「ダメでーす」

「ダメかぁ」


 そして、これから始まるのはマッチポンプの処理。

 始まりから終わりまで、魔王が仕組み、勇者が幕を切る。並行世界から来た渡り人は、光と闇の相反する使者に弄ばれる。

 それは世界の為。平和の為。退屈を凌ぐ為。

 止まった激動の針を、ゆっくりゆっくり動かして、ゆっくりゆっくり回していく。


 いつの日か、使えもしない引き金を引く為に───


「ま、取り敢えず……助けに行こっか」


 跳躍と同時に、ボクたちは異能を発動させた。






◆◇◆◇◆






 ことは上手く進まない。そのイカれた悲しい真実を肌で感じながら、俺は精霊ちゃんと駆ける。

 異能【架け橋の杖(アルクロッド)】───交流を結んだ精霊から力を借りる能力。右手に持つこの異能で、さっきよりも苛烈に暴れる黒狼を倒そう……と思ったんだけど。

 俺はまだ未熟。レベル概念があったら0よりの1。

 <光の盾>を生成して身を守ることぐらいしかできなくて、防戦一方になった。辛い。


 で、でもまぁ盾で攻撃はしてるし? 脳震盪しろって願いながら盾ぶつけて応戦してますし?

 効いてないけど。嫌になるぐらい頑丈だな、全く。

 内心軽そうだけど、実際は死にそうなぐらいヤバい状況だ。


 黒狼の攻撃を三枚の盾で防ぎながら、叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおお! 盾盾盾! ダメだ間に合わん逃げろ!」

『ーー!』

「グルルルルオオオオオオオ!!!」

 

 吠える巨狼、逃げる俺、肩の上で応援する精霊。

 恐怖とほんわかと疲労が同時に襲ってくるが、俺はめげずに立ち向かう。

 あ、またビーム撃つ気かてめぇ、させねぇぞ!?

 盾で防……あん!? 威力つッッッよ!! 押し返されるんですけど!? やべぇ、あっちも本気だな……!


 はぁ、はぁ……ずっと足動かしてっから、疲れた。

 精霊ちゃん助けて。


「回復技とかないのか!? 疲労回復とか!!」

『〜〜……』

「あ、まだなのね。まだ、まだかぁ……そっかぁ、頑張んなきゃなぁ……」


 しょぼん……として項垂れる精霊ちゃん。いちいち仕草が可愛いなぁ、おい。

 でもやっぱりレベルが足りないか。そりゃそうか。

 攻撃技とか回復技よりも防御技使えんのは不思議な話だけどな。つまり命優先ってか? ってことは、次に使えるようになるのは回復技……ってことか?

 完全に後方支援。それはそれとして楽しそう。

 これがゲームで指示するだけのプレイヤーの気持ちなのかな。


 閑話休題。現実逃避しすぎた。


 つーか、未来の俺って、もしかして……万能?


「器用貧乏の間違いでは?」


 ……聞こえたのは、俺の心の内を否定する声。

 この世界に来てから何度も聞いた、辛辣な物言いが多いあの小悪魔の声が、俺の上から聞こえてきた。

 そして、天より響く───清らかな天使の歌声も。


「《───♪》──…<天凱(てんがい)・裁きの光剣>」

「<暗寧の一刺し>」

「グルア、ガッアアアアアアア!!?」


 二つの声が重なる様に聞こえたと同時に、俺たちを追っていた黒狼が地に伏せた。

 それは、天と地からの同時攻撃。

 奏でられた歌声と共に、空から降ってきた幾本もの発光する眩い剣が黒狼の手足と尾を地面に縫い付け。黒狼の足元の影が蠢き、伸びた黒い棘が一本、空に向かって脇腹に突き刺さり、貫通。

 あっという間に、元気に暴れていた獣の動きを封じ込めた。


「すっげぇ……」


 感嘆とした声が漏れる。今俺が見たのは、普通ならありえない摩訶不思議な光景。

 俺の杖も、精霊ちゃんも確かに不思議だ。

 だが、今見たこれはベクトルが違う。そう感じた。歌声で光剣を作る異能と、影から棘を出す異能。きっとこれだけではないだろうが、俺の異能よりも遥かに高い次元にありそうな……なんて、感想を抱いた。


 本日何度目かの疑問を思い浮かべていると、空から声の持ち主たちがやっと降りて来た。


「真宵ちゃん、参ッ上☆」

「ごめんね、遅れちゃって……大丈夫? 生きてる?」

「おう……」


 素直にかっこかわいいとしか形容できない謎めいた決めポーズをする真宵と、俺を心配しながら駆け寄ってくれる琴晴。

 やっぱりこの人が天使だわ。そいつは小悪魔。

 救援が来てくれたことに、精霊ちゃんも心做しか嬉しそうだ。


「ちょーっとこっち来て? そうそう…《〜〜〜♪》」

「うわっ、美声……」


 未だ目の前に縛られた脅威がいるが、もう平気だと安堵していると、琴晴さんに手招きで呼ばれた。

 なんだなんだと近付けば、目の前で歌われた。

 不思議な音色の、教会とかの宗教系の施設で歌われていそうな感じのする歌だ。

 いきなり歌われてびっくりしたけど、良いな。

 でもなんで……ん? えっ。


 その時、俺の身体が淡い青色の光に包まれた。


「えっ……傷が……!」


 琴晴さんが歌を歌い始めた瞬間───黒狼に付けられた傷が、綺麗に塞がった。大きな裂傷とかは無く、打ち身とか青あざとかも綺麗な肌色に戻った。流れ出た血や付いた土泥はそのまんまだけど、見てくれは充分綺麗になった。

 すげぇ、これも異能……多彩だな、ほんとに。


 癒しの歌は最初の方で終わっていたが、治癒の力は歌っていない間も使えていた。

 起点になるのが、歌、なのかな。


「はい。これである程度は治療完了、かな」

「……ありがとう」

「遅れた責任は私たちにあるからね。というか全面的に悪いのはこっちだから……」


 心の底から本当に申し訳なさそうな顔をする彼女。その様子に俺は少し不満を持った。何があったかは知らないが、助けてくれたのは事実なのに。

 あっ、そうだ。忘れないうちに感謝しとこう。

 そっちの都合はよくわからないが……まぁ、俺が気にしてもしょうがない。


「いや、それでも……助かったわ、ありがとう」


 素直に礼を言う。遅いとか色々文句を言いたい気分だが、俺は大人なので黙っておく。

 ……なんで二人揃って気まずそうな顔してんの?

 特に琴晴さんが罪悪感凄そうな表情してんだけど。俺が走り回ってる間本当に何があったの?


「いやぁ、悪かったね一絆くん。色々あったんだ」

「具体的には?」

「魔都中にこいつの同種がい〜っぱい出没してたり、攫われたまま遠くに運ばれたり、なんか異能が覚醒しそうだから観戦したりしてただけだよ」

「あぁ、成程。ツッコミたいとこが沢山あるな?」


 前者二つはまだいい。あんな暴れん坊が大量に湧いてたらそりゃここに戻ってくるのが遅くなるのも仕方ないだろう。というかよく無事だったな、おまえ。

 だけど三つ目の理由は違くない?

 もしかしてその左手のビデオカメラ、撮ってたりしてます?


「精霊ちゃんに守られるシーンはバッチし」

「まるで俺が情けないみたいなこと言うなよ」

「実際無力なヤツが何を……」


 こいつ性格悪いわ。小悪魔ってレベルじゃねぇ。


「……あっ、そうだ! あの女の子は大丈夫か!?」


 そんなことより、あの子は無事に逃げれたのだろうか。ずっと見てたなら、知ってると思うが……そんな自分よりも他者を優先した俺の叫びを聞いて、二人は顔を合わせ、何故か苦笑いをする。

 そして、精霊ちゃんの小さな頭を人差し指で撫でていた琴晴さんが「ちゃんとお家に帰したよ」と教えてくれた。ほんの少し肩の荷がおりた気がする。

 安心したよ、全く。真宵のその微妙な顔はなんだ。


「……別に」

「あはは、ごめんね? 色々と」

「……まぁいいよ」


 これから世話になる身だしな。思わないことが無いわけではないが、別にキレる程でもない。

 あの子と何かあったのかもしんないけど……

 ま、いっか。無事なら無事でヨシ。みんなこうして合流できたんだ。俺も生還できたんだ。

 それに……


「ふぅ……おまえもありがとな」

『♪』


 嬉しそうに微笑む精霊ちゃんを撫でる。洞月曰く、この子は光の精霊らしい。成程。確かに光だ。

 そう納得していると、彼女の姿が薄くなった。

 ……え。なんで薄くなってんの? 前フリもなく手を振ってるのは……別れってことなよか!? え!?


「ちょ、ちょいちょどうなってんだ!?」

「帰るんじゃないかな?」

「……そっか、そういうことか?」

『♪』

「……じゃ、改めてありがとな。助かったよ」

『〜♪』


 元気に手を振って存在感を消していく精霊ちゃん。帰る場所が何処かは知らないが、無事に帰れることを祈ろう。

 ……本当に、彼女のお陰で助かった。

 見ず知らずで初対面の人間に、それもこの世界とは違うところから来た俺に力を貸してくれた。本当に感謝しかない。今日一日、世話になった人が多すぎる。

 今度会ったら、お菓子とか果物とかをあげるか。


「……さて、一絆くん。なにか他に聞きたいことはあるかな?」

「あー……そうだな。コイツどうすんだ?」


 暫く無言で俺たちを見ていた洞月の質問に対して、俺は未だに拘束されている黒狼を指さす。ずっと影と光剣に突き刺されたままで見るからに惨いんだけど。動物愛護団体とか煩いぞ絶対。

 そんな俺の疑問を、洞月は一笑に付して告げた。


「良い機会だ。キミの手で殺してごらん」

「……は?」


 一瞬、何を言ってるのか、何を言われたのかがわからなかった。

 それだけ俺には衝撃的な発言だった。

 俺の反応に首を傾げた洞月は数秒考えた後、何かに気付いたかのように手をポンっと叩いた。


「……あぁ、もしかしてだけど、一絆くんって虫すら殺せたことない?」

「いや、虫は普通にあるけど」

「そう? なら……って訳にも行かないか。日葵ちゃん説明パス」

「えぇ……まぁいいけど」


 面倒になったのか、洞月からバトンを回された琴晴さんが、ここでコイツを殺す意味を、理由を教えてくれた。

 曰く、この世界に慣れる為。

 曰く、この空想には懐柔の手段が無い為。

 曰く───俺が、望橋一絆がこの世界を生きる為の必要な糧に、初めの第一歩にする為に。


 最終的には三つ目の理由に収束する、らしい。


「……逆に、トドメを刺さないでいる方が、惨いって時もある」


 そう言って渡されたのは、琴晴さんの異能で唄われ造られた光の剣。何気なく手に取って、持てること、そしてその軽さに驚く。

 初めて剣なんて持つが、これは参考にはならないぐらい軽い。


 ……狩人みたいだ。獣を狩って己を生かす、とか。


 心中を、身体の中を渦巻く不安、焦燥、恐怖。色々なモノがごちゃ混ぜになった心の中で、思考する。

 獣とは言え、生き物を殺すことを回避する為に?

 否。内に渦巻く想いを捨てるのでも、抑えつけるのでもなく、受け入れる為に。


 必要な儀式を済ませる為に、深呼吸を繰り返す。


「みんな……異能部のみんなやってること、なのか」

「そりゃあね。一絆くんも異能部に関わる関係上、今のうちに慣れておいた方がいいよ。……こっちに来て初日にやらせることじゃないのは、わかってるけど」

「……そうか」


 それを聞いて、俺は───


「……まぁ、こっちに来て直ぐに、全てを理解できたわけでも、納得できたわけでもない」


 光剣の柄に当たる部分を握り締め、串刺し拘束から逃れようともがいている黒狼の眼前に立つ。

 噛み付こうと迫るそれを無視して、言葉を紡ぐ。


「この世界はあっちの世界とは全然違う。異能なんて無かったし、こんな聞くからに危なそうな部活は影も形も無かった。あっても創作の中だけだ」


 今の俺は苦虫を噛み潰したような表情だろう。現に心中は穏やかではない。生きた獣を狩るなんて、軽々しく出来ることではない。

 ……だが、やるしかないのだろう。

 地より空に続いた大穴は、俺という存在を異世界に飛ばして、使命を与えて消えていった。

 そして、あっちの地球に望橋一絆は存在しない。

 今、ここにいる。不明瞭な理由で立っている。

 万が一戻れたとしても、そこが本当に俺の生まれた世界なのかわからない。安易に安直に考えて、邪神の性格を想起して、己の旅が何事もなく終わることも、無事に帰れるわけもないことも、俺は気付いている。

 だから俺は縋り付こう。無様にも、無謀にも。

 情けなくても、生きる為に。戦う為に。


 ───腹をくくろう。何度でも、何度でも。

 

「決めたんだ、もう……つーか、それ以外ねぇだろ」


 虚空を見上げて天を睨み、悪態をついて宣言する。


「覚悟は決めた。俺は俺の為に、ここで生きる!」


 そうして、俺は───


「ありがとな犬っころ。おめーのお陰で、俺は……強くなれる」

「グルッ……!?」

「じゃあな。地獄で会おうぜ」


 振りかぶった一撃を、黒狼の頭部に叩き込んだ。


 沈黙する黒狼。頭に刺さった光剣と、脇腹を射貫く影の棘、四肢と尾を殺した光剣。全身を滅多刺しにされた空想生物は、最期俺の手によって息絶えた。

 散々な目に遭わしてくれた魔獣が、倒れた瞬間から粒子となって消えていく。

 そんな摩訶不思議な光景を視界に入れながら……


 俺の身体も倒れていく。


「っ……」

「一絆くん!」

「あーあ」


 霞んでいく視界。駆け寄る二人の足音と耳に、姿を朧気ながら捉えた俺は、怒涛の一日を過ごしたお陰で疲労困憊となり、ふらつき倒れかける。

 咄嗟に飛びついて来た琴晴さんに支えられ、洞月に頭を撫でられ……ん? なんで?……ま、まぁ美少女二人に囲まれながら、俺は強気の姿勢で口を開く。


「はぁ、はぁ……これで、どうよ……!」


 精神的に来るものが無いわけではない。だが、俺は意地を張って二人を見た。空元気ながら威勢を張り、認めてくれと言外に叫ぶ俺に、二人は───


「ごーかく満点。ようこそ、新世界へ」

「うん、最高だよ一絆くん! よくやったね!」


 肩を叩き、激励してくれた。それに満足感を覚えながらも、俺は意識を手放していく。全身がぬるま湯に浸かっているような気持ち悪さを持つ倦怠感に身体を支配されながら、微睡みの底へ落ちていく。


 流石に疲れた。こんなところで寝るのは悪いけど、ほんの少しだけでも休ませてほしい。

 肉体的にも、精神的にも……結構酷だな、ここ。

 まぁ、なんとかして慣れていこう……


 ちょーっと、今日は……色々ありすぎ、だ………


 そうして俺は、ゆっくりと意識を手放した。


「ふふっ、お疲れ様」

「がんばろーね、これから」

「……んっ…」


 最後聞こえた励ましに、ほんの少し頬を染めたのは内緒である。


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