01-01:プロローグ的な一人語り
───紅白の錆びた鉄塔の上。遥か昔、国の名所に数えられていた電波塔の展望台にて。
黒髪の少女が一人、つまらなそうに黄昏ていた。
冬明けの凍える空気を風と共に浴びながら、感情の灯らぬ冷めた目で、目の前に広がる夜景を眺める。
黒く塗り潰された大天蓋、閉ざされた星なき空。
空間衝突によって生じた新世界特有の異常気象は、かつて少女が見た、創り出した景色を想起させる。
暗闇の中、世界を使った群像劇の情景を───…
「………ふふっ」
人間となった今でも記憶に遺る、楽しくも辛かった激動の終生は、少女の存在を確立させる大事な記録。
生まれた時から胸部にある刺傷をなぞって、笑う。
昔の彼女を知る者が見れば、卒倒する様な朗らかな笑みを浮かべていた。
数秒目を瞑り、懐古を終えた少女は視線の向き先を下の方に移し、遠くに栄える街を紫色の瞳に映す。
前々世で見た面影があまりにも少ない“日本”の姿。
その見慣れぬ変わりようを見て、何処となく疲れた表情を浮かべた少女は、溜息を漏らした。
「はぁ……にしても、上手くいかないもんだね」
血が滴る右手を撫でながら、少女は地を睥睨する。
展望台の端、壊れた柵の間に行儀よく座る少女は、宙に投げ出した足を、ブラブラと揺らして遊ぶ。
落ちれば即死の高さをものともせず、少女は静かに独り呟く。
日頃の愚痴を、己が永き生へ向ける深い絶望を。
「あー、死にたい死にたーい。楽になりたい!」
血に濡れた右手で、触った場所を余すことなく朱に染める。壊れた少女は手を高く挙げ、虚無に唄う。
それは、明日なき世界を望んだ魔人の零れた本音。
「ほんと……どうしてこうなったんだか」
退廃と諦観を込めた呟きが、少女の全てを物語る。
少女───洞月真宵は、異世界で生きた記憶を持つ異端の転生者であり、血に汚れた非行少女であり……
前世にて、業を積みに積んだ生粋の“悪”である。
その経歴が因果となったのか、真宵は望まぬ人生を再び与えられ、なんやかんや今を無為に生きている。
否、生かされている。
約束に縛られて、生きる未来を強いられている。
「ん゛っ……寒い。早く始めるか……」
冬明けの空を舞う風は、肌を凍て刺す強風となって展望台に吹き込み、真宵の身体を急激に冷やす。
丈夫な肉体の持ち主である真宵でも環境には弱い。
それを証明するかのように、今の彼女は寒さに少しだけ怯んでいる。
加えて、風に煽られて乱れた前髪に視界を遮られたせいで気分も急降下した。
真宵は短気であった。
黒軍服を模した仕事着の装備である、比較的綺麗な左手袋を外す為に、手袋を口で啄み器用に抜き取る。
そして、いらんとばかりに無造作に放り捨てた。
自由になった左手で、肩より少し高めの位置で切り揃えた黒髪を指で解き、前髪にある自己主張激しめの白色のメッシュを退かして目の行き場を確保する。
真宵の目に再び映るのは、暗い夜空と眼下の廃都、遠くに栄える“魔都”───新しい日本の全て。
視界に映る全ての光景が、何処となく憎々しい。
影で血に汚れる真宵とは反対に、夜の魔都は輝きに満ちていた。
「……よし」
できるなら壊してやりたい。やろうと思えば本当に確実にできてしまう事を考えながら、真宵は嗤う。
笑って嗤って情けなくも咳き込んで。
身体を前後に激しく揺らしながら、立ち上がる。
いつも通りのルーティンを、惰性で続けている変な習慣を、性懲りも無く今日もする。
決意を新たに、今宵こそ死ねる様にと虚空に願う。
神なんかには願わない。関わるとロクな結末にならなかった事を、真宵は知っている。
そして、気軽な気持ちで身体を滑らして───…
「さーて、今日こそ終われるかな?」
かつて魔王だった少女は、笑いながら飛び降りた。
◆◇◆◇◆
まずは、真宵が転生した世界について語ろう。
場所は地球。真宵が最初に転生する前に生きていた地球とは、ほんの少しだけ違う並行世界。
壊されたが故に、生まれてしまった可能性の世界。
願望の果て、歪みによって造られた空想の地にて。
時は西暦20XX年───桜が咲き始めた春の初め。旧世界の理は、唐突に崩壊した。
事の発端は南極にて確認された底の見えない巨大な縦穴。その存在を知った世間が騒然とし始めてすぐ。
天災が連鎖するように起こり、地球を襲った。
序章としては星全体が揺れる大震動。全ての海域で津波が起き、地下を流れる溶岩流が地上に噴出。
異常気象による大雨や洪水、歴代最強の大型台風。
更には、軌道上の全てを消滅させる光線や空を覆い蠢く闇の侵蝕など、超常現象が数秒だけ発生する等。
気軽に星を滅ぼせる規模の天災たちが同時に発生。
ありえない出来事が、一日にして起きたのである。
日本だけの被害を語ると、地震や噴火、津波やらのオンパレードによって国土の七割が消失した。
海に沈み地割れに巻き込まれ、無くなっていった。
それに付随して、多くの国民が犠牲になった。
最早、統計に残せない程の数、日本という国家から人が失われた。
そんな災禍は、朝を迎えると同時に終息した。
誰にも止められなかった大災害。それが世界全土で同時に起こり、たった一夜で静寂に戻ったのだ。
当時の混乱は推し量れない。
星を滅ぼしかけた厄災は、地球という歴史に一つの終止符を打った。
それから幾つか経って。
日本は残存国土である旧東京を主軸に、新たな道を歩む事となる。襲い来る様々な苦難に苛まれ、変わり行く世界の激動に身を任せ、時には逆らって……
そうして百十年もかけて完成したのが、海と廃墟に囲まれた新たな日本───“新日本アルカナ皇国”。
首都を魔都アルカナと名付けた、新しい群島国家。
名の由来は、天災後に観測された世界の変化が理由とされているが、真実かどうかは今もわからない。
当時の首相らがとち狂ったとの噂もあるが。
そして……旧世界と新世界、この変わり果てた並行世界の相違点は、これだけではない。
なんとこの世界、ファンタジーが存在する。
否、存在するようになった。なってしまった。
厄災───“魔法震災”から三年後、世界各地に白い空間の裂け目が開いた。謎に満ちたその亀裂からは、今まで空想の産物であった存在、俗に言う“魔物”なる摩訶不思議な生物たちが現れ、地球に進出し始めた。
ゴブリン、オーク、スライム、果てにはドラゴン。神話や二次元の領域でのみ語られていた存在が、幻の向こう側から、崩壊した現実にやって来た。
そして、魔物たち───総じて“空想”と呼称された生物たちは、人類に残された生存圏を脅かし始めた。
復興が始まっていた街を、徒党を組んで襲う空想。年齢関係なく人を殺し、喰らい、時には奪い攫い……
最初期に現れた空想は、悪逆の限りを尽くした。
天災後の僅かな平穏を奪われた人々は、既存の兵器で空想に対抗したが、兵力供給を遥かに上回る数の暴力によって、どんどんと空想の襲撃を許してしまう。
今度こそ人類は滅んでしまうのか。
誰もが悲嘆に暮れ、諦め、空想たちの蹂躙が過激になっていく中。
───何の前触れもなく出現した、【異能】という不可思議な力により、窮地を救われることとなる。
発現する基準は不明。理由、構造、原理、その他あらゆるデータも“未知”で彩られた異常な特殊能力。
そんな摩訶不思議な【異能】に、世界は救われた。
最初にこの力を発現した青年を筆頭に、異能を得た人々は立ち上がり、攻め込む空想たちの群れと激突。
数ヶ月の激闘の末───見事、勝利。
最も大きな裂け目の破壊・封印にも成功して、襲来する空想の数は激減。復興にも大きく貢献し、人類の生存圏の奪還、拡大にも成功。“異能者”と呼ばれた彼らは、混沌に呑まれていた世界に救いの光を齎した。
たった数十の力が、人類の窮地を救ったのである。
───彼ら異能者の出現が、新たな世界の行く道を定めたと言っても過言ではない。
それから三百年経って───魔法歴300年。
世界の何処かには異界と繋がる《門》が開き、空想の怪物たちがやって来る。そして、それらを対処する為に希少な力を振るい、異能者たちが戦う時代。
当たり前の明日を、未来を守るために戦う歴史。
非科学的な“異能”という特殊能力と、“空想”というファンタジーな動植物が存在する非日常。
それらが当たり前となった、終末後の並行世界。
そんな世界に───業を背負った少女が、二度目の転生をしたのである。
そして、少女が生まれて17年を迎える年に───
終わりと始まりの歯車は、ゆっくりと回り出した。
◆◇◆◇◆
───どうやら、今日も死ねなかったらしい。
◆◇◆◇◆
───キーンコーンカーンコーン。
「ん、ぅ……」
授業終了を知らせる、慣れ親しんだ鐘の音を目覚ましに、眠っていたボクの意識は徐々に浮上する。
未だ霞がかった頭のまま、手を支えに起き上がる。
最後尾の席から見える黒板には、最近よく見られる空想生物───“ゴブリン”の生態について、長々と解説の文字が書き連ねられている。
担当のライライ先生はもう退出したようで、教室は同級生たちの騒がしい声で賑やかだ。
時計を見たところ、四十分は寝ていた計算になる。
……ま、まぁ多分大丈夫だろう。相手は我が親愛の担任教師である。きっと成績だけは普通に優秀なボクのことを、先生は仕方なく、いつもの仏頂面で許してくれる筈だ。つか賄賂あげるんで許してください。
というか空想学の授業は得意分野だから、不理解な問題はないだろう。ないはずだ。ないと言ってくれ。
あぁ、それにしても。今日はやけに眠い。あんなに寝てたのにまだ眠いんだけど?
放課後の部活に支障をきたすレベルで眠すぎる。
昨夜は自殺を図った直後に、日葵に捕獲回収されて寝ちゃったから、睡眠は充分取れてる筈なんだけど。
おっかしいなぁ……まぁ、いいや。
「……もっかい寝よ………」
「残念、おはようの時間だよ、真宵ちゃん!」
「んぐっ!?」
再び襲ってきた眠気が一瞬にして消し去られた。
授業をサボったことで生まれた背徳感と、寝惚けた心地よい不思議な多幸感は、座っていたボクのお腹に突撃してきた女子生徒によってぶち壊される。
いや器用だな。机と腹の隙間にどうやって入った?
「痛い離れて……おはよう、日葵ちゃん」
「おはよ〜。もう放課後だよ?」
「帰りのホームルームは……あぁ、無いんだっけ」
寝惚けた脳を完全覚醒させてきたのは茶髪の少女。ボクの自殺を邪魔する幼馴染、琴晴日葵である。
天真爛漫、いつも元気で落ち着きがない女の子。
セミロングにした明るい茶髪と、澱みなく澄んだ翡翠色の瞳はまん丸と可愛らしい。
学院のアイドルなんて裏で呼ばれて、ファンクラブが立ち上がっている程の人気を持つ清楚代表。
だが、ボクへのスキンシップが激しい変態である。
「あ、そうだ。先生こめかみピクピクさせてたよ?」
「終わったじゃんボクの学生生活」
「いくら指されても、揺さぶられても起きなかったからね……こーっそりお耳舐めたのに、真宵ちゃん起きてくれなかったし」
「おい待て聞き捨てならないこと言ったな?」
ライライ先生の厳しさを思い出して目の前が真っ暗になった瞬間に問題発覚。やりやがったなこの変態。
やっぱ警察に突き出そうかなコイツ……うん、交友関係を改めた方が良さそうだ。授業中に隣の席の親友の耳を舐めるとか頭おかしいでしょ。脳外科行くか?
ボクがそう思考しているのを勘づいたのか、彼女は焦った様子で「嘘だよー!?」と弁明してくる。こういう時の日葵は信用ならないので、周りのクラスメイトたちの方に目を向けて真実か否かを視線で問う。
目を逸らされた。
「どうやらキミとはここまでのようだ」
「待ってー! 待って待って! 落ち着いて!!」
「……度が過ぎるよ、日葵ちゃん。もうしないでね」
「反省します」
「分かりましたと言えっ!」
「善処します!」
ボクの膝の上で器用に正座、敬礼してくる阿呆には後で精神に効く制裁が必要なようだ。
てか痛い、重い! 膝の上に全体重かけるな!
ピクピク震えるボクの頬に気付いたのか、日葵はアハハと苦笑いし、ごめんと謝りながら降りた。
「ふぅー……あれ、そういえば太った?」
「殺すね」
「あれ殺意たか───……」
気が付いたら床の上に寝転がっていた。ちょっと、汚いじゃないか。いや、今の一瞬の内に何が……?
むふー! と腕を組んでボクを見下ろす日葵ちゃんが可愛い……はっ、危ないトリップしかけた。くそが。
というか、あの動きは何。一連の動作が一切見えなかったぞ? 腕を触られた感触とかもないんですが?
異能も使って無いのに? どうなってんだ戦闘力……
なんでボクが攻撃されてんだ? する側じゃなくて?
全く、意表返しのつもりだったのに。やっぱり体重関係は禁句らしい。別に怒ることないだろうに。
ぜーんぶ胸に行くんだからさ。死ねばいいのに。
「あれ、今嫉妬した?」
「してないよ。ほら、さっさと部室行くよ」
「! うん、行こ行こ!」
自力で立ち上がって、机の横にかけていた鞄を手に取ったボクは、そのまま教室の扉に向かう。
慌てた様子でついてくる日葵ちゃんを連れて、ボクたちは2-2の教室を後にする。放課後特有の騒がしさに包まれた廊下を二人並んで歩くが、暫く会話というものはなかった。そんな静寂の中でも、横目に見た日葵は、いつも通りニコニコと嬉しそうにしている。
……スキンシップがなければ素直に可愛いのに。
「おおー、またやってる!」
「んー、何が……あぁ、アレか」
「先輩も熱心だよね」
「カラスを追い払う為だけに、大鎌を振るうってのはどうかと思うけどね」
二階の窓から見える中庭には、ボクたちが所属する部活の先輩が、カラスを相手に自前の大鎌を振るって大暴れしていた。見敵確殺の執念で溢れておられる。
よく見れば副部長もいる。止めろよ。
「いや〜、今日は何事もなく帰れるといいね〜」
「……人はそれをフラグと言う」
「やめて!? それ言ったらホントに立つから!!」
うるさい奴の心配を余所に、ボクは小さく笑う。
その時、窓から見える時計塔の大きな鐘が、陽光を反射して煌めいた。光で両目がやられた。痛い。
なんなんだ、ボクは笑うことすら許されないのか。世界ってのはボクに理不尽だ。神様って酷い……
いや、そーいやボクが知る神ってクソばっかだな。
結論。新世界も滅んじまえ。もっかいアポカリプスしてしまえ。極論になるがボクと一緒に死んでくれ。
なーんて、所属している部活的に言えないけど。
───ボクらが通う学校、『王来山学院』は魔都に建てられた最初の学び舎であり、“空想生物”についてなどの学習を義務化した最初の教育機関である。
新生日本・アルタナ皇国の象徴とも言えるだろう。
新世界で異能者の数が最も多い魔都は、この学院を基軸にして動いていると言っても過言ではない。
勿論、非異能者の数の方が大きく上回るけれど。
そして、この王来山には特殊な“部活”が存在する。
その名は『異能部』。
学生異能者で構成された、政府公認の戦闘部活だ。空想生物の討伐や撃退、魔都内外に巣食う異能犯罪者の捜査や逮捕などの多岐とした活動を行う。
……いつどう考えても、ボクら学生の領分を超えているとしか思えない部活動である。死の危険が普通に隣り合わせにあるんですけど。
なんでそんな部活が存在が許されてるのかって?
それは、異能者は重宝される戦力になるだからだ。部署とか防衛軍とかに入って戦う前に、若いうちから経験積んどけって理由があるらしい。ブラックだ。
世界って残酷。転生先の世界がこんなのって辛い。
まぁ、戦いたくない人とか戦闘に不向きな異能者は無理に入部入隊しなくて良いんだけど。
そういう無理矢理は過去の叛乱で無しになってる。
「あーあ。タイムスリップしたいなぁ……」
「ん? 真宵ちゃんなんか言った?」
「な〜んでもないよ。ほら、手ぇ繋ご?」
「!! うん! ……えへへ♪」
ボク───洞月真宵は、肩ら辺で切り揃えた黒髪を指で弄び、溜息を漏らしながら感傷に浸る。
時折視界に入る白色のメッシュが邪魔くさい。
仄暗い光を灯した瞳には、生きた年数以上の疲れが積もって陰っている。今朝鏡を見たらそうだった。
身体は花の女子高生16歳なのにね。悲しい。
そう、身体はの話だ。内面は倍以上に生きている。老婆とか言ったヤツここに来い。刺し殺してやる。
誰が好きで四桁も生きるかっての。死なせてくれ。
……あぁ、もう。どうにでもなーれ! って叫んだ昔が懐かしいし恨めしい。いや今も言ってるけど。
ふざけた話だが、ボクこと洞月真宵は転生者だ。
しかも、前々世のつまらない記憶を保持したまま、世界を超えて二回も転生した女である。
前々世で心臓が弱かったボクは、過度なストレスに耐え切れずに心身共に崩壊。
ぶっ壊れて、倒れて、入院して───死んだ。
それはもうアッサリと、呆気なく他界した。
来世は健康で丈夫な肉体であることを願いながら。
そんな死者の願いは通じなかった。輪廻の輪に乗りかけた脆弱な魂は、悍ましい上位存在が掬い上げた。
その魂が上げる拒絶の声を、全て無視して。
あーあ。今思い出してみてもムカつくなぁ……
『良い、良いね最高だよ! おねーさんに決定!
ボロボロで壊れちゃいそうなおねーさんが、どんな物語を紡ぐのか……ワタシにいーっぱい見せてね?』
邪神と名乗った幼女は、嗤いながら魂に命じた。
───悪役として生きることを。
かくして脆弱な魂は世界を飛び越え、ボクにとってアニメや漫画のように思える世界に送られた。
創作で紡がれるファンタジー、よくある異世界に。
で、それが前々世から前世までのつまらないお話。転生した後、悪役ロールプレイを始めるまで、ボクは故郷となった“魔界”を気侭に旅して、時に争って。
前世を思い出さず、好き勝手にしていた結果……
いつの間にか、魔界の女主人───〈魔王〉なんて呼び名の巨悪になっていた。
なんで???
前々世を思い出した時はヤバすぎて発狂しかけた。
まーそれから、なんやかんやあって〈勇者〉よりも後に死んで、悪役の道を終わらせた筈なのだが。
何の因果か二度目の転生をして、今に至る。
場所は地球の並行世界である。どーしてですか??
しかも、前世・前々世の記憶を思い出すのがかなり遅かったせいで、気付いた時には詰んで闇堕ち済み。
この悲しみがキミにはわかるか? わかれよ。
まぁ兎に角。そんな悪役転生者がボクである。
暫定とか(仮)とかを悪役の後ろにいーっぱい付けて誤魔化したいんだけど、もう手遅れなんだよねぇ。
なにせ、今世のボクは飲酒喫煙常習で血腥い荒事を夜中に嗜む非行万歳ガールなのだ。あと自殺も常習。
……荒事云々については、魔王=真宵という答式を成り立たせないように暗躍した結果であり自業自得の結末なのである。でもボクは悪くない!
にしても、これが王の末路か。笑えるんですけど。
実を言うと昨日もサクッと掃除()している。
こう見えてボクは、悪い異能結社の幹部で厨二臭い名前を持つ掃除屋集団の隊長を任されているのだ。
不本意だけど位は高いのだ。不本意だけどね!
「前世も今世も殺しすぎじゃない?」
「キミは踏み潰した人間の数を覚えているのかい?」
「蟻さんみたいな例えはやめよう?」
と、ご覧の通りに悪事を重ねに重ねているボクは、三世に渡って神様の掌の上である。
マジで退治されないかなあのメスガキ邪神。
こうなったのも原因は全部アイツだからね。記憶が戻る前に致命的な一因を打ち込むの本当にやめろ。
おかげでボクは立派な人殺しだ。クソが。
……自殺願望、希死念慮に関しては目を瞑ってほしいなと思っている。これは遥か昔から今も尚、ボクを苦しめると同時に突き動かす燃料なのだ。
ボクの歪んだ心、存在意義そのものなのである。
いや、こんなのが自己証明になるとか嫌だけどさ?
死にたい死にたいって連呼しといて、未だに死ねていない現実にはちょっと目を逸らすとして。
本当、なんでこんな死にたがりになってしまったんだろうか。
理由は前世の出来事が関係してるんだけど……
あー、この世はクソ。神とかいうのもクソ。
「ところで真宵ちゃん」
「なに」
「どこに向かってるんだっけ」
「部室だけど」
「こっち焼却炉だよ」
「……キミを燃やそうって言う無意識の表れだよ」
「迷子でしょ?」
「違うんだが?」
魔王の転生体であるボクが迷子になるとか、普通にありえないだろ。常識的に考えろ、全く。
……前々世から迷子癖も抜けてないとかじゃない!
スマホすらボクを裏切るとか、おかしいだろ。
マジで欠陥すぎる。なんで魔王やれてたんだ……?
「ほんと、魔王の意外な一面だよね」
「違う。それなら今の日葵ちゃんも……いや、勇者もこれじゃない感が凄まじく凄いとボクは思うよ」
「重複するほど?」
「鏡見てみなよ。鳥肌立つよ」
「そんなに私のこと嫌い?」
……あぁ、そうだそうだ。
ついでに言うと、ボクの隣でニコニコしている頭の悪そうな親友、琴晴日葵の前世は〈勇者〉である。
勇者時代は超が付くほどイケメン美少女だった。
女神に選ばれた聖剣の担い手であり、滅びを迎える世界を救う為に現れた、人類史最後の勇者。
死闘の末に相討ちとなった、心底めんどうな小娘。
ハッキリ言って、どんな感情を向ければ良いのか、未だにわかっていない相手でもある。
今や見る影もないが。なんだこの淫乱ピンク。
……なにがどうしてこうなったのか、ボクは真実を求めて、思考という名の密林へと踏み入った……
またの名を現実逃避。原因は誰なのか明白である。
ただただ、目を逸らしたいだけで。うん。
ごめん。
「……」
「真宵ちゃーん? おーい、おーい?」
「……」
「真宵ちゃん大丈夫? そんな顔暗くして……嫌なことでもあったの? 相談乗るよ?」
「……」
「あのー? 真宵ちゃーん? 無視しないでー?」
「……」
「……真宵ちゃん?」
「うるさい黙れクレイジーサイコレズ」
「!?」
そんな悲嘆とか文句とか苦情とかは取り敢えず横に置いといて、まずこの騒音駄犬をどうにかせねば。
マジでさっきから煩わしいんだけど?
いつもながら現実逃避の邪魔すんなよなクレイジーサイコレズ!! 勇者の成れの果てめ!!!
それに、手を握って良いとは言ったが、腕を抱いて胸を押し付けて良いとは言ってねぇんだよ偽物清楚。
周囲の人間に清楚だと偽っているつもりなら、辞書で清楚とはなんなのかを今すぐ調べて学んでほしい。そして悔い改めて、誰もが崇めるマジの清楚になってこのふざけた世界を救ってほしい。
……頭の中がピンク一色だから無理無意味かな?
「今、ぜっーたい失礼なこと考えたよね?」
「気の所為だよヒマカス」
「……なんか、さぁ。最近私への扱い雑じゃない?」
「胸に手を当てて考えてごらん?」
「……ほーまんなおっぱいがあるね!!!」
「その脂肪削ぎ落としてやろうか? あ゛ぁ?」
「ごめんごめんごめんごめ……いやでも真宵ちゃんも充分揉めるサイズ───」
「死ね」
「アァッ、目がァァァ!!? 目潰しは卑怯!!!」
……本音を語ると、日葵がいなかった場合のボクは今以上にぶっ壊れて更に歪んでいた自信がある。
前々世は超病弱社畜ガール。前世は魔界の女主人。今世は異能犯罪者な身としては、日葵はセラピーとかそういう意味でもボクにありがたい存在なのだ。
愛情の矛先には目を瞑るとして。
認めたくないけど、事実なのである。邪神に目をつけられる前から、ボクのながーい人生は散々だ。
本当ならこんな風に扱うのはダメなんだろうけど、そこは彼女からのアプローチの問題なので。
ボクも相応の扱いをするしかないのだ。仕方なし。
前世云々の問題も取り敢えず横に置いておく。
……でも、意外と気分晴れたな。これは感謝してやらんこともないな、うん。不本意だけど。
「───ありがと、日葵ちゃん」
「よくわかんないけど、どういたしまして?」
「……やっぱ嫌いかもしんない」
「私への評価が二転三転しすぎだよ!?」
ならばボクへのスキンシップを即刻やめろ。全てが許容範囲外だ。ぷりぷりするな可愛いからやめろ。
百合なんてぜーったいに認めないぞボクは。
これ以上、思い出にある後ろ姿と乖離していくのを見たくはないんだよ!!
どうしてこんな残念になったのか甚だ疑問である。
つかお前、元とはいえ勇者だろうが。魔王と仲良くすんじゃねぇ。
体裁ってもんがあるんだよこっちには。
あと自殺妨害もやめろ。無意味なんだから。ボクの心身の健康を守る為には必須なの。
勇者的には賛成するべきでしょうが。まったく。
「うー……真宵ちゃんが冷たい。こんなにも尽くしてあげてるのに……」
「ホームシェアしてるだけじゃん」
「同棲って言って!」
どっちかと言うと異性恋愛がしたいボクは、ボク限定でハートを投げてくるこの変人をそろそろ沈黙させることにした。ギャンギャンうるさい。耳が死ぬ。
同棲云々はそろそろ解消してやろうかと思ってる。裏の仕事で金はたんまりある。引っ越し資金はキミが思ってるよりもあるんだよHAHAHAHAHA!
彼女と一緒に住んでいるのは、養父のおじさんへの恩があるからだ。そろそろ返せるだろ多分。
とりま、まずは適当に優しくして黙らせてやろう。
「ふー……、ほら。早く行くよ」
「やっぱり真宵ちゃんはわからせなきゃ……(小声)」
「え? なんか言った?」
「なんでもないよー! 気にしなくて良いから!!」
なんか嫌な予感。隣でニコニコしている不審人物は色んな意味で更生してくれるのだろうか。
いやその前にボクが更生すべきなんだろうけどさ?
マジで悔い改めて異性を愛して欲しい。キミ、ただボクが好きなだけで性対象が完全に女性ってわけじゃないの知ってるんだからね。キミのベットの下に王子様とイチャつく系の本があるの知ってるんだからね。
レベルの高い調教系があるのも知ってるよボク。
……その中に、女性同士の本もあったけどさ。
え、なに。知った経緯? 夜中にコソコソして読んでたのを見ちゃったからだね。注意不足ってこわーい。
てかベットの下とか安直すぎ。隠す気ある?
「真宵ちゃん」
「ん? なに改まって」
「大好きだよ」
「……」
だから、あのさぁ……
その好意の矢印を魔王に向けるのをやめて欲しい。悪役云々よりも悩みの種なんだけど。
キミは勇者だろう。ボクの、私の野望を打ち砕いた怨敵なんだぞ。死ぬまでに途方もない年月のあれこれがあったとはいえ、そんな恋模様は無意味だろうに。
これも邪神からの試練ってやつか? 暇なの?
「……よし」
心を強く持って、ボクは笑みを繕った。不思議そうな目で見つめ返してくる日葵ちゃんには悪いけど。
ありがたい存在をぞんざいに扱うのが趣味なんで。
「1ヶ月接触禁止令なんてどう?」
「私を殺す気ですか???」
「…………そ、そんなわけないじゃないか」
元魔王が元勇者(変態)の圧に負けました。
いや怖いから! そんな目で見んなよ!! 目からハイライト無くなってるから!
ヤンデレの素質なんていらないんだからな!?
……百合な幼馴染を止められる人、募集してます。
いやマジで。誰か、助けて。
「ところでなんだけど……勇者と魔王の仲が悪いって云うふざけた通説、否定したくない? しよ?」
「紛うことなき真実じゃないか」
「世論はクソ」
「こんなんになってるとは誰も思うまい」
───この物語は悪役転生者な少女の視点で送る、空想溢れる世界の裏側であり。
少女が“ぬくもり”に追い詰められる物語である。
▶登場人物紹介
洞月真宵/urotuki mayoi
…邪神仕込みの悪役転生者。経歴がおかしい。前世と今世のやらかしに襲われる事が既に確定している。
好感度を稼げば何でも話してくれる系のヤンデレ。
魔王クオリティなのか、色々と雑でチョロい。
琴晴日葵/kotohare himari
…魔王をぶっ殺した元勇者。ふたりぼっち生活とかで真宵を好きになってしまった罪な女。
病んでいる事に気付いていない真宵のストッパー。
好意を向けられたら全力で答えるタイプ。
────────────────────────
以下、入り切らなかったタグ
・人生三度目
・洗脳
・前世のやらかしが魔王を襲う!
・今世のやらかしも魔王を襲う!
・殺し愛
・百合の間に挟まれる男
・異世界要素強め
・主人公以外の異世界転移者
・ほのぼの




