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神の箱庭 〜氷水の魔女編〜  作者: 杯東響時
第一幕「マリン・ブリテンウィッカの事件簿」
9/59

Case05「ホワイダニット」

「実は最近私の娘に対する嫌がらせのようなことが起きていてね」

「————この際規模の小さい大きいは気にしないでおきましょう。それで?」


 再びカップに注がれた紅茶を一口飲むと、心底不機嫌そうに言った。マリンとしては嫌がらせなんて上流階級社会ではよくあることだと認識しているだろうし、一々気にしないのが正解だとでも思っているのかもしれない。


「ある日帰ったら部屋が荒れていたらしいのだ」

「物盗りという線は?」


 当然その線は疑ったのだろうが、返ってきた答えはノー。どうやら盗られた物があったとかそういう話ではないらしい。


「その晩から部屋の前と屋敷外から部屋を見張れる場所に一人ずつ使用人を配置したのだが……」

「また部屋は荒れていた?」


 静かにダリアは頷いた。その表情からは恐れ、というより困惑などの中途半端な感情の色が読み取れる。ベネティクトゥスはやはり冴えない顔をしてはいるが、震える彼女の手をしっかりと握っていた。地位とか家柄とかそういうものではなく、ただの等身大の人の良さがわかる一枚絵である。


「部屋の配置は?」

「二階の一番端にある」

「なら一番考えやすいのは部屋の前を警備していた使用人?」

「私は使用人には告げずに部屋に軽い結界を張らせてもらった。娘がいない時に魔力を持った何かが窓、扉に触れると軽い電気が流れるちょっと仕掛けだが、それが作動すれば私が察知できるようになっている」

「でもそうはならなかった」


 魔力とは生きているもの全てが大なり小なり持っている生命リソースのことである。これが無くなれば生命は死ぬし、これが潤沢であれば元気になる。非常にシンプルな構造だ。


 まあつまり彼女らは何が言いたいのかというと「使用人も含め誰も正規の方法で侵入はしていない」ということである。


「困ったな。それではどうやってこの部屋に入り、部屋を荒らすことができたんだ——?」

「——違う。間違っているわよ、アーサー」


 口から出た言葉を即座に否定したのはマリン。あまりにも瞬間だったので少しだけ凹んでしまう。しかし間違っている、とは一体どういうことなのだろうか。部屋に入って、という部分か? それとも困ったな? まさかもう既に答えがわかっているとかか?


「《《この魔法世界》》においてはハウダニット、どうやってやったのかなんてものは些末な問題よ。だって《《魔法》》さえ使えば部屋に入らずとも荒らす方法なんていくらでもある。それが可能なのが私達(ワタシたち)魔法使い。ならどうやったか(ハウダニット)にはそれほどの意味はない」


 確かに。自分は使わないがこの世界には《《魔法》》という技術が存在している。


 では少しおさらいをしよう。


 魔法とは上位種の神秘を人間が借りるための技術だ。上位種というのは天使や神といった存在のことを指す。実際に目にしたことがあるわけではないが、魔法という超常が使えるのだからおそらくいるはずだ、というのが一般的な見解だ。


 この神秘を借りるための代償が先程も話した生命リソースである魔力。これを上位種に献上することによって人間も神秘の行使が間接的に可能となるわけだ。その神秘には様々な種類があるが、いずれも既存の物理法則に依らない超常現象を引き起こす。この技術がある限り、この世界ではいくらでも理不尽やありえないなんてことが起こりうる。


 つまり彼女が言っていたことをよーく噛み砕くとこういうことだ。


 ——魔力に反応する仕掛けは窓と扉にしか設置されていなかった。ならば部屋の中に直接魔法を放つことができれば部屋を荒らすくらい造作もないということか?


 基本的に魔法の射程は魔法使いの視界の範囲だと言われているが、それだって狙いを定めるならってだけの話だ。彼女の部屋は広いと聞く。多少テキトーに撃ったとてどこかには命中するはずだ。


 となると犯人を絞ることができなくなる。使用人はおろかただの通行人にだってやろうと思えばこんなことできるのだ。疑いだすとキリがない。マリンの言う通り、手段から犯人を導き出すのはあまり現実的ではないだろう。


「けれどだからといって疑わしきが無数にいるわけじゃないわ」

「というと?」

「——《《ホワイダニット》》。何故そのようにしたのか。どんな小さな事件にも人の手によって起こされているのであれば必ず《《動機》》が存在するはずよ。それから辿ることが出来れば案外簡単に犯人なんて特定できちゃうかもしれないわねぇ、ダリア?」

「————なるほど、確かにその通りです」

「おおよそ怪しい人物は絞ってあるのよね?」


 勿論、とダリアが差し出してきたのは人物名が書かれた一枚のメモ紙。マリンが受け取ったそれを横から覗き見る。当然だがどの名前にも見覚えはない。上から——


 ——スターチス・イエイロウ


 ——ヴィンカ・グラスフィールド


 ——トリッシュ・ブラックローズ


 以上三人だ。名前と簡単な人物像が書いてあるがそこまで詳細には読めない。というよりマリンが角度的に邪魔で読めない。身長は俄然こちらが大きいというのに見えないということは——


「——わざと見えないようにしているだろ?」

「あら、これは(ワタシ)への依頼だったはずだけれど」

「それは——っ。そうだが」

「なら口出し無用。——じゃあ早速聞き取りね。この事件、(ワタシ)の予想通りなら結構すぐ解決するかもだから」

「——?」

「さ、ほら行くわよ」


 マリンはそうだけ言って席から立つと手を引っ張って《《腕を絡めてくる》》。そんな仕草に少しだけドキっとしながら(唐突にしばかれるのかと思った)後ろを振り向く。


「——す、すみません! 調査結果はまた後日伝えに伺いますので——?」

「っ——————」


 あれ、今誰か舌打ちをしたのか——?


「あぁ、そういえばメイリーン様。花は受け取っていただけましたでしょうか?」

「——ふふっ」


 思わせぶりな呼吸。こういうことをする時は何かを仕掛ける時だ。それで何度も痛い目を見たのを覚えている。


「ええ、しっかりと受け取らせて頂きました。今は宿泊先の部屋に置いてありますが、とても鮮やかな赤いヒヤシンスをありがとうございます。それでは」

「良い報告を待ってます」


 ほら早く、と急かされて部屋を出る。再び後ろを振り向くと手を振るサルビア。静かに見送っているダリアとベネティクトゥス。失礼な奴だと思われていないといいが……。


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