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神の箱庭 〜氷水の魔女編〜  作者: 杯東響時
第一幕「マリン・ブリテンウィッカの事件簿」
8/59

Case04「ではまず自己紹介から」

 場所を改めて町長の屋敷。町のはずれに大きく建てられたそれは年代物であるが、隅々まで手入れが行き届いているせいかそれを感じさせない造りに感心していた。


 到着するなり待っていたのは屋敷の使用人。屋敷内を案内させ、奥にある一室の前で立ち止まる。おそらくここが町長の部屋。


「入ってくれたまえ」

「失礼します」


 部屋の奥、執務机に座っていたのは長い髭を丁寧に整えている四十ほどの男性。この町の長であり今回の依頼者でサルビア・エリック。そして隣にいるのは町長の娘ダリア。先程も会った女性だ。それとその後ろに控えているのは——誰だ? 三十代前半くらい、中肉中背の身形の整った……。しかしそれほど立場の良い者の雰囲気を感じないような気がする。なによりそういった人物なら自分が知っているはずだ。


「やあ初めまして、かな。私はサルビア・エリック。この町の長を務めさせてもらっている。こちらが私の娘のダリア。その隣にいるのがベネティクトゥス・ブルーガーデン、ダリアの婚約者だよ」

「——婚約者?」


 そう半信半疑に問うたのはマリン。疑問が表情に出ているのが非常に彼女らしいといえば彼女らしいが、初対面の人間に対してはあまりそういう態度をやめてほしいというのが正直なところ。ベネティクトゥスの方は特に気にしていないようだったが、ダリアはそうはいかないらしく少しだけ語気を強めるように、


「——悪い?」

「いいえ? あまり身分の良い振る舞いには見えなかったから意外だな、っと思ってね」

「なっ——」

「ま、まあ待とうよダリア」

「でもあなた!」

「僕の身分は高くないのは事実だ。本当にただの花屋で勤めているだけの一般人なんだから……。でもどなたか存じないが、その気がなかったのはわかるけど言葉を選んでくれると助かる」

「——あら、これまた意外。もう少しなよなよしてると思っていたけれど、芯の通った良い男じゃない」

「————」


 バチバチである。女性という生物の感情、思考に疎くともわかるくらいにバチバチである。


 と、サルビアは咳払いをした。話を戻そう、ということらしい。そのことには大いに賛成だ。この空気を無理矢理にでも変えてくれたこの人はきっと良い人なのだろう。


「次はこちらの紹介だ。左手にいるのがアーサー君。それに右の女性はマ——」

「待って」


 制止したのはまたもマリン。またかね……、と少しだけ冷や汗を拭ったサルビアは続きを話すよう促す。あくまで平坦に、心を揺さぶらず、真っ直ぐに口を開いた。


(ワタシ)の名前を知るのは依頼者とこの助手だけ。第三者には開示しない。少なくともこの依頼が解決するまでは。それがこの依頼を受ける条件です」

「——娘達も第三者か……?」


 迷いなく。


「えぇ、素性を晒す趣味はないし。それにどこで《《犯人》》が聞き耳立てているかわからないでしょう? 隠すに越したことはないわ」

「素性を晒すことにデメリットがある、と?」

「特に(ワタシ)はね。自分で言うのもなんだけれど有名人だし。対策を取られたら流石に今の力じゃ太刀打ちできないかもだし」

「——わかった、名は伏せることにしよう。だが呼び名が無ければ何かと困る」

「呼び名、ねぇ。では《《メイリーン》》と」


 サルビアの言うがまま客用のテーブルにつくと召使いと思しき女性がティーカップを並べる。中に入っているのは、紅茶か? 花が特産のこの町らしいといえばらしい。


 受け取ったマリンはまずカップを一周撫で、次に匂いを確かめる。匂いを嗅ぐという行為自体は紅茶の楽しみ方としては間違っていないのだろうが、彼女のそれは楽しむためのものではない。


 ——《《完全に警戒しているな》》。


 そもそもこれはここに限った話ではない。人から提供されたものはまず念入りに調べる。毒はないか、罠が仕組まれていないか、魔法が封じられているのではないか、などなど。彼女をよく知る人物でも過剰な警戒だと思えるそれは、知らない他人から見ればあまり気持ちの良いものではないだろう。それでも顔に出さないサルビアは良く出来ているのか、余程彼女の力を借りねばならないほどに切羽詰まった状況なのか、あるいは両方か。あるいはどちらもハズレか。


 ——どれだけのことを経験すればこうまでも歪んでしまうのだろうか……。


 思ったことは思ったことのままで自分の中にしまうとして。出されたものはいただかねば失礼に値する。彼女から教わった中で数少ない吸収している教訓の一つだ。


 一口。


 最初に出て来た感想は「甘い」だった。普段から特別良いものを口にしているわけではないが、これは一口で特別なものだと理解できる。この味を表現する術を持たないこと自分に肩を落とした。


 対してマリンは——


「グイッ!!」


 一口で全て流し込んでしまった!????????!!?!?!?!?!?!?!?!?


 紅茶ってそういう飲み物じゃあないだろ!? あ、いや詳しいというわけではないが、詳しくなくともわかる。これは断じて一気に飲み干すものではないと!!


 そして一言。


「甘いわ」


 とだけ口にする。それは間違っている。それだけを口にするのはとても間違っている気がする!


そんな様子に気付いてかめんどくさそうに頭の後ろを搔くと、うんうんとだけ頷く。


「この紅茶、美味しいわね。砂糖を入れているわけでもないのにこんなに甘いのは何故かしら?」

「我が町の特産花から作らせた茶でね。紅茶の独特な後味が苦手な人も飲める甘い仕上がりになっている」

「ふーん、どうりで。————これなら彼でも飲めそうね……」

「彼?」

「あぁ、こちらの話。では自己紹介も済んだことですし早速依頼の内容を聞こうかしら、ミスター?」


 相手の考えを探るように。相手の瞳を覗き込み、手を組み、そう切り出した。


 ——これは、マリン・ブリテンウィッカの事件簿。その一つである。


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