Case30「ショウコウキ」
「おめでとうございます、マリンさん。無事に戻ってこれたようでなによりで」
「これはどういうこと? アナタ、ワタシに何をしたの?」
歪な氷でできた怪力の左腕でハウリッドの胸倉を寄せ上げる。苦しそうにはしているが、困惑はしていない。おそらくこうなることくらいは良そうしていたはずだ。なにせ、急に胸に風穴を空けられたのだ。誰だってこうもなろう。
——まあ何故かそれも綺麗に埋まってしまっているけれど。
「ぐっ……。マリンさんは、ガブリエル様からの呼びかけに聞こえていない様、子でした……。ですから、僕がガブリエル様と交信できるように無理矢理、接続したんです」
「事前の説明がなかったワケは?」
「今からガブリエル様と接続するから胸を貫かせてほしいなんて申し出に、誰が応じるんです……。《《特に警戒している相手になんて》》」
「…………今回のことは結果的に上手くいったことと、失礼な視線を送っていたことに免じて許してあげる」
息苦しさから解放されて一言「ありがとうございます」とだけ言うと一呼吸置けば澄ましたいつものハウリッドが出てくる。先程は苦しそうにしていたのに、こうも簡単に立ち直られると先程の態度は嘘だったのではないかとさえ思えてきた。
しかし今はそんなことはどうでもいい。結果的にまたガブリエルと接続できてまた声を聴くことができたのだ。未だ本調子とはいえず、|人の身にて天上を歩む者を連続で維持できるのは一秒がやっとくらいではあるが。そもそも発動できなかった今までに比べれば大幅な前進だと言える。
「そういえばそのバッグの中身は? 結局使わなかったみたいだけれど」
「魔力増強アンプルです。これを打ち込めば一時的に魔力量を底上げしてくれます。ガブリエル様に飲まれそうになった時のための保険として持ってきましたが……相変わらずガブリエル様はお優しい」
「…………………………要するに黙って人様の寿命を縮めようとしてくれていたワケね。危ないものなのでワタシが没収します」
「元よりマリンさんに差し上げる予定でしたから遠慮なく持って行ってください」
ハウリッドの持っているバッグを取り上げると中身を確認する。そこには五本の細い瓶があり、その先は鋭く尖っていた。その恐ろしい見た目からできるだけお世話になりたくはないな……などと思う。
それはともかく、だ。そんなことよりも先に気になることがあった。
「《《ショウコウキ》》って何?」
「ショウコウキ、ですか……?」
「ガブリエルが別れる時にそこに行け、って言ってたのよ」
謎のショウコウキなる場所を聞いたことがない。一応これでもガイナを探すために五年も世界を旅して、多少は世界に関して詳しくなったつもりだったが……。
——頭の隅から隅まで思い返してみたけれどそれらしい場所に心当たりがないわね。
しかしハウリッドは違ったらしい。まさか目の前にいる人物からその言葉が出てくるとは思っていなかった、とでも言いたげな表情。その後何やら難しそうな唸り声をあげて首を捻り続けている。それほどに厄介な場所なのだろうか。
「——そろそろもったいぶってないで教えて」
「えっ、あぁ。これは失敬。マリンさんの言う《《ショウコウキ》》というのはおそらく、昇って降りる機械のことです」
「昇って降りる……?」
「《《人間界と天界とを行き来するための装置がある場所のことを、昇降機と呼んでいます》》」
待って。少し情報量が多い。たかだか一行と少し程度の文量が持って良い情報量ではなかった。
「——よし、少し整理しましょうか。人間界ってのは今ワタシ達がいるこの世界のことで、天界は《《天使や神が住んでいると言われる世界のこと》》で間違いない?」
ハウリッドはさも当然のように頷く。天界の存在自体は古い文献で読んだことがあった。熾天使いとなるために天使なる存在の情報を集めていた時に目にしたことがある、程度のモノではあったが。
——天使なんてものが実際に存在しているのだからそういうものがあってもおかしくはないとは思っていたけれど……。
「でも行き方があるなんて知らなかったわ」
「知らないのも無理はありません。なにせ《《割と最近できたものなんですから》》」
「——なんですって?」
言葉を失いかける。今、最近できたと言ったのかこの男は。
「あ、でも天界と人間界を繋ぐ道のようなものは以前からあったんですよ。その繋がりがないとそもそも天使と交信なんてできませんし、当然我々は魔法も行使できません。それを行き来しやすいようにこっそりと手を加えていた人物がいるのです」
ハウリッドの言葉はそれで止まらない。待て待て。話が飛躍しすぎだ。それだけの情報量を素直に受け取る準備はしていないため頭にきちんと入っているか心配だ!
「しかも天使達に勘づかれぬように、慎重に、慎重に。《《およそ百年。一人で道を舗装し続けた厄介者がいます》》」
百年。この言葉を聞いた時少し。訂正、かなり嫌な予感がした。額から汗が止まらない。思考が止まらない。しかしいくら思考を巡らせてもその人物に心当たりしかない。
「約百年前の厄災戦にて厄災獣を封印した英雄であり、その後の百年を《《昇降機》》作成に費やし、《《僕らを裏切り、天界を犯さんとする大罪者》》」
どっどっどっ、と心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
「《《マキナ・クォーノス》》」




