Case10「タイミングの悪い来訪者」
瞬間、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。そこそこ長く話しているので人が来るのはおかしくない。エイカムは国の重鎮、むしろここまで人が来ない方が珍しいのかもしれなかった。
「誰だ? 私は今客と話している。急ぎの用でないなら後でもいいか?」
「あら、お邪魔ならそろそろ行くわ」
「む、いいのか?」
「必要なことは話したしね。——依頼の件は承ったわ。望んだ成果が出るかはわからないけれど善処はしてみせる」
「——頼んだぞ。どこに裏切り者がいるかわからない状況だ。割と頼りにしている」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。じゃあ私はこれで——」
「ん、この声はマリンさんですか?」
刹那、空気が凍る。いや別に魔法を使ったわけじゃなく、比喩的な意味でだ。なんてタイミングの悪い、とエイカムも思っているに違いない。声を聴けばわかる。その来訪者の名前は——
「——入って構わない、《《ハウリッド》》」
「あれ、大丈夫なのですか? では失礼をして」
ガチャリと音を立てて扉が開く。そこにいたのは信心深き神徒であり、第五魔装師団団長であり、そして裏切者容疑者でもある——
「リダウテン・ハウリッド……!」
「おや、なにやらあまり歓迎されていないように感じますね。どうやらタイミングが悪かったようだ。出直すことにします」
「——いいや、大丈夫だ。用は済んである。マリン君はもう行ってくれて構わない」
静かに息をのむ。あまりのタイミングの悪さに驚いたが彼がここに来ることに何の不思議はないのだ。それよりも動揺を悟られてはいけない。むしろそちらの方が重要だ。いつも通りに、冷静に。せめて部屋を出るまでは普段通りを徹底するんだ。
「あ、あらハウリッド様。ご機嫌麗しゅう。では私はこれにて失礼いたしましてよ」
「——なにか様子がおかしくありません? お酒飲みすぎですよ」
「誰が酔っ払いだっちゅーの!」
「あぁ、普段通りのマリンさんだ。酔いは覚めていたみたいで良かったです」
「そ、そう? じゃあこれにて失礼して——」
「あぁっと、僕はエイカムさんじゃなくてマリンさんに用があって来たんですよ」
「私に?」
エイカムにならともかく彼から用だなんて珍しい気がするが。何か頼み事でもしていただろうか。いくら頭を捻っても答えは出てこない。うーんうーんと唸っているとくすりとハウリッドが少し笑った。何かおかしなことでもあったのだろうか?
「本当に雰囲気が柔らかくなったんだなーって思っただけですよ」
「……?」
「ああいえ、ここに来る途中マリンさんが来ていると聞いたもので。それも今までよりかなり雰囲気が柔らかくなっていたとあらば是非とも会ってみたくなるじゃないですか」
そんな噂話までされている恥ずかしさはあるがそれはとりあえず置いといて、だ。このままではいつまで経っても本題に入らない。そろそろ知っておかないと心臓バクバクが収まりそうになかった。
「それで、私に用って?」
「はは、毎年恒例の《《アレ》》ですよ」
「……アレ?」
アレ、アレ、と呟きながら天井を見上げる。ほぼ毎年彼には会っているが、恒例のやっていることなんて——
「あっ」
「ふふ。今年もモルドレッドが会いたがっていますよ」
一つだけ心当たりがあった。それは五年前のことである。アーサーと一ヶ月過ごした後にハウリッドが運営している孤児院へと預けたのだが、その時に少しだけ話した少女の名前がモルドレッドだった。少し話しただけだったのだが妙に懐かれてしまい、国へと立ち寄る度にハウリッドが彼女が会いたがっていると伝えるのがいつの間にかお決まりの流れとなっていたのである。
「もしかしてお忙しいでしょうか?」
少し考える。この誘いに乗ったのも正直三年前の一回だけだ。時間がないからと断ってもよかったが、《《あいにくと今はタイミングがいい》》。ハウリッドの運営する孤児院には彼の部屋も存在する。彼のことを自然に調べるとあらばむしろこれ以上にないほど自然でおいしいお誘いであった。
「——いいわよ。久々に子供達に会いたくなったし」
「それはそれは。きっと彼らも喜んでくれますよ。では僕はお先に失礼します。孤児院で待っていますよ、マリンさん」
「えぇ、後で向かうわ」
それを聞くと一度会釈をし、部屋から足早に出て行った。もしかしたら忙しくて用事の最中に寄っただけだったのかもしれない。
が、しかしだ。それにして——
「怪しいわね……」
「ほう? 名探偵マリンはもう既に怪しいところでも見つけることができたらしいな」
「彼、私が酔ってたこと知ってたでしょ? この城に入る前には酔いは完全に覚めていたのだから知る機会なんてなかったはず。ならどこかのタイミングから私の動向を見張っていた可能性もあるわね」
勿論ハウリッドと会うのはさっきが初めてだ。だというのにお酒を飲んだことを知っているのはやはり不自然である。そうだとすれば彼は一体どの段階から見ていたのか。いやなんなら常に監視されていた可能性すらある。このマリン・ブリテンウィッカをもってしても探知できないような魔法で監視していた可能性だって。
——だから手段を考えるのは無意味ね。なら何故やったのかを考えた方が、
「あぁ、それなら説明できるぞ。というか私も知っていたしな」
「いつから!? 一体いつからお酒を飲んだってこと知ってたの!?」
「ならばこちらからも問おう」
「——ッ」
「————一体いつからお前が有名人ではないと錯覚していた? 君はこの国においては有名だからな。少しでも面白エピソードがあればすぐに城内へと話が回る回る。さっき騎士達が集まっていたのも君の話をしていたからだしな」
「——なん……ですって……?」
これが有名税ってやつなのね、と改めて思い知らされたマリンであった。




