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神の箱庭 〜氷水の魔女編〜  作者: 杯東響時
第一幕「マリン・ブリテンウィッカの事件簿」
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Case12「元熾天使い」

「——へえ? 貴方(アナタ)が、この(ワタシ)に?」

「勿論君にだ! 君が勝てば好きなようにしろ。だが僕が勝てた時は……、僕の好きなようにさせてもらう!」

「————大きく出たわね、アーサー」

「ッ——!? こっちだ!」


 まずは彼らを巻き込まないように少し距離を取る。つられて冷気が後を追いかけてきていた。やがて森を抜けて広い道に出たところで振り返り剣を構え——


「遅い」


 振るわれた歪な左腕を切り払って衝撃を殺し、なんとか踏みとどまる。構える——隙は与えてくれないらしく、大きく薙がれたそれを避けると剣を握っていない方の拳を振るったがそれすら正面から受け止められてしまった。単純な腕力勝負なら自信はあるが、あちらは本人も制御できていない不明な異能で強化された怪力。鎧に付加されている肉体強化の施しでは到底及ばない。


「——何故剣を振らないの?」

「……ぐっ、それ、は——が、あっ!? があああ、ああああああああ!!」


 受け止められた拳がみしりと音を立てる。当然(湖の精霊の加護を受けた)ガントレットを装備しているがその上からでも握りつぶされそうなほどの圧力。骨が、肉が悲鳴をあげているのが伝わってきていた。だがこちらもこの程度で敗れるわけにはいかない。


「お」


 渾身の力を込めて。


「おおおおお」


 ふわりとマリンの足が地面から離れる。そこからは一瞬だった。思いっきり大地を踏みしめて、一振り。なんとか彼女を振り払うと一旦距離を取る。距離を取ったところで自分には遠距離攻撃手段がないため状況は動かないが、あちらだって人間なんだ。距離さえ取れば考える時間が——


 思考が止まる。確実に距離は取った。全力の自分でも三秒はかかる距離だったはずだ。それを彼女は一秒にも満たない一瞬のうちに詰める。その獣のような眼光、灰色に反転した視線が合った瞬間に思考が氷解し、追撃を辛うじて避けることができた。だがそれで終わりではない。彼女の視線が動く。その軌道に合わせて精製されたのはざっと十二の氷の槍。


 ——だがそれだけなら……!


 《《構わず突っ込む》》。氷の槍は勿論直撃したが全て鎧に弾かれ最初から無かったかのように跡形もなく霧散した。


彼女がかつて使っていたという極大魔法クラスであれば傷を負うことくらいはあったかもしれないが、普通の魔法程度であれば全て無力化する加護を受けた鎧を身に着けているため全くの無傷。相対する者が魔法使いであればほぼ勝ちが確約されてしまう反則級の鎧を身に着けているのだ。


 それでも油断はできない。完全に全てを無効にできるわけでもないのでこれ以上の無茶はしないように心がける。これはあくまで「自分には魔法は効かない」というのを再認識させるためのアピール。


「うおおおおお!」


 走る。剣は振るうがあくまで本命は拳。氷の腕を切り払い、ぐんっと距離を詰める。やはり距離を空けるのは得策ではなかったと理解した今、勝つためにするべきことは——


 ——とにかく休む暇を与えずに攻める!


 覚えているだろうか。マリンは左腕と右目の維持に相当の魔力を持っていかれているという話を。彼女はぼーっと突っ立っているだけでも魔力を相当量消耗している。そこで更に戦闘行動をすればどうなる? 魔力が空になれば人間は生命維持のため強制的に意識を落とすと聞いたことがある。つまり答えはこう。


 ——絶望的に長期戦に向いていない超短期決戦型! このまま粘っていればいつかガス欠で動けなくなるはずだッ!


 格上相手にだって丸一日戦い続けることができるほどの持久力があると自信があった。拳を当て続け小さなダメージを与え続ける。勿論剣で叩き斬ることなんてできないし、強く殴ることも女性には正直したくはない。たとえあちらが本気だとしても——


「——あァ、そう。つまりアンタは(ワタシ)を舐めているのね」

「ッ……!?」


 轟ッ! と熱が奔る。魔法は当然のように効かないが、吸い込む空気の熱さが火力の高さを物語っていた。まるで肺が焼けているのかと錯覚するほどの熱量を放出したのはマリン。直接見たのはこれが初めてだったがエイカムから聞いたことがある。


 ——マリン・ブリテンウィッカは炎の使い手でもあると。


 いやむしろ本来の彼女は炎使いだったという話もあったはずだ。


 厄災戦。五年前に彼女に大きな傷を残した戦いでは魔法使いの秩序である『魔法協会』。その協会の定めるランクの中で最も高い八枠の魔法使い、通称『熾天使い』として戦っていた彼女。規格外の氷と炎を以て戦いに貢献した記録の残る英雄中の英雄。その全力が今まさに自分に牙を向いている。こんなに恐ろしいことはそうそうないだろう。


 と、考えている時間はない。熱風のように駆けたマリンの右足が軽やかに頭部を捉える。見た目の軽さに反し重い一撃は脳を揺さぶるには充分すぎるほどだった。なんとか歯を食いしばり軽やかな足を握りしめることができたが、掴んだ先から氷の結晶が手の甲を串刺しにしていく。結晶の浸食は手首までで止まってはくれたがあまりの痛撃に思わず手を引いてしまったのが間違いだった。


「ふんっ——!」


 即座にマリンの左腕が叩き込まれる。勿論この腕だって魔法による攻撃という判定にはなるのだが。この鎧、魔法威力はほとんど効かないが物理衝撃までは打ち消せない。ならばこれも道理と言わんばかりの衝撃が鎧を貫通して全身へと広がり、いくつもの樹木を薙ぎ倒しながらやがて森の中にある広場に投げ出される。


 骨が何本も折れて出血も激しいらしく《《鎧が破壊された隙間隙間》》からも溢れ出ていた。喉に粘性のある血液が溜まっていて呼吸がままならない。ズキズキと痛む腹に思いっきり力を入れてなんとか鮮血を吐き出すとゆっくりと、ゆるりと立ち上がる。


 視界が定まらない。今こうして立っているのがやっとといったところ。深く、深く深呼吸。呼吸を乱してはまともに動くことすらままならない。ゆっくりと息を整えて森の奥にゆらりと近づく赤く青い《《化物》》を視界の中心に捉えた。


「——これを化物と言わずなにを化物というんだ……」


 実際彼女に恐怖したことは何度かあった。命の危機を幼いながら感じたことも何度か。しかし《《こちらも殺す気でかからねば間違いなくこの先に待つのは死だと本能が訴えていた》》のは今が初めてだと断言できる。


 今思い返してみれば判断が甘かったと言わざるを得ない。長期戦に持ち込めば勝てる、なんて次元の話ではなかった。《《そもそもアレと対等に戦えるなんて前提が間違っている》》。


 やがて化物はその姿を見せる。その足が踏む大地は凍り、その吐息は空気を焼く。これが——


「元熾天使い……。厄災戦の、英雄——!」

「お祈りは済んだかしら? 早速で悪いけれど」


 その眼光に力が宿る。


「ここで倒されてちょうだい」


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