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神の箱庭 〜氷水の魔女編〜  作者: 杯東響時
第一幕「マリン・ブリテンウィッカの事件簿」
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Case07「スターチス・イエイロウ」

 最初に訪れたのはメモ紙の一番上に書かれた名前の主、スターチス・イエイロウの住んでいると思われる家だ。後はその扉を叩けば家主が出てくるはずだが——


「その前に情報整理よ。他人の評価は決定打にはなりえないけれど判断材料にはなるから。ま、アテにもならないなんてことの方が多いわけだけれど」

「それを事前に見せてくれていれば話し合う必要もなかったわけだが!」

「——誰もあなたと情報共有したいとか言っていないけれど? そもそもついてきてほしいとも言っていないし」


 ——なんということだ。僕としたことが致命的なミスをしていたらしい。この人がわざわざ他人にそんな親切なことをしてくれるわけがなかった。


 それに最初に引っ張ってきたのは誰だったかな、と問いただしたいところだが……。それは一先ず置いておこう。


「スターチス・イエイロウ」


 ——しかし。


「交友は男女共に広いが、ガラが少し悪く粗暴な言動が目立つ」


 ——なんの意味もない行動をする人ではない。


「ダリアの元彼。四ヶ月付き合っていたが彼女の方から振ってる」


 ——そして彼女も魔法使い。その行為には必ず動機(りゆう)があるはず。


「振られたことを根に持って犯行に及んでいる可能性がある、と」


 ——僕と情報整理をする以上の意味が何か……。


「これで合っているかしら、スターチスさん?」

「——ありえねェ。マジでありえねェ。まだオレ疑われてんのかよ……」


 目の前の扉と思考に夢中になっている間、後ろから声をかけられはっとする。振り返ればそこにいたのは髪をかき上げた刺々しい金、長身にほどよい筋肉が好印象の、しかし表情からはイラつきの感情が読み取れる……まあ一言で表せば粗暴そうな男性だ。


 だがどれだけ別のことに集中していたとしても人の気配に気付かないわけがない、と自負している。ならば——


「魔法で姿を消していたのか……」

「テメェらみてぇなバカに騒がれねぇようにこちとらわざわざ身を隠して行動してんだよ。……クッソ、なんでなんにもしてねぇのに行動を制限されねぇといけねぇんだ」


 表情に違わず感情を声に乗せてそう話す。これは確かに先程の人物詳細通り、粗暴な印象を受けてしまう。


 と——


「————さあ、さっきのに対しての感想はいかがかしら?」


 ここで合点がいった。なるほど、他人の認識を本人に聞かせることで効率よく感情を、回答を引き出すのが目的。特に彼女には感情を視る魔眼がある。どう視えているのかはわからないが、無駄な工程はすっ飛ばして素早く結論を導く。実に彼女らしい。


「……まあ確かに真っ当な意見だ」

「へえ? これは意外。認めはするのね」

「人から見れば、な。しっかしそれとこれとは話が別だ。誰がどう思おうとオレはんなことしてねぇししようとも思わねぇよ」


 んなこと、の指すことは振られた腹いせにという部分だろうか。でも逆恨みだとかそういうことをしそうな人物には見えない……のか?


「元々アイツは移り気で有名だった。んなこと前からわかってたことだっつーの。でわかってたことに腹立てるほど幼稚じゃねぇ」


 あの様子ならてっきり一途だと思っていたが、そうでもなかったのか。


 ——ではあの時僕に情熱的に語りかけてきたのも……。


 そういえば婚約者が居たとは知らなかった。ダリアの情報を以前頭に入れておいた時にはそういう話は聞いてなかったから最近だとは思うが。


「《《部屋に婚約を破棄しろ、なんてメモが置いてあればまずオレを疑うに決まってる》》」

「————なんですって?」

「まさか聞いてないのか? アンタらこの町にいる感じの人間じゃねぇから、もしかして雇われ探偵かとか思ってたんだが……。本当に野次馬だったってオチか?」


 その話は、初耳だった。マリンが強引に話を切り上げて退室したせいで話を聞けなかったのか? いや、それでは合わない。そんな重要な情報を話さないわけがない。強引に引き留めてでも話すはずだし話すべきだ。なら話させなかっただけの理由があるはず。あるいは——


「《《話さなかった?》》」


 マリンはそう呟く。なら話さなかった理由とはなんだ? 彼女風に言うなら『ホワイダニット』。ただ話さなかった、では動機(りゆう)がない。人がやっていることなのだからそれがないわけがないのだ。


「まあでも話さなかった理由ってなら簡単だ」

「簡単?」

「そこはサルビアさんが気を利かせてくれたんじゃねぇのか?」

「彼が——」

「そんな書置きがあれば誰だってオレが犯人だって先入観を持つだろ。身分とか身形だとか、そういう外っ面だけの先入観が嫌いな人だから。だから話さなかったんじゃねぇか?」


 ……正直言えば驚いている。いやサルビアさんがそういう人だっていうのも知らなかったが、スターチスだって話さえしてみれば最初の印象から随分と変わった。先入観、というのは本当に恐ろしいもので『そうである』と聞かされれば『そうである』という評価がしつこい汚れのように取れなくなってしまう。


 ——ん? 待てよ。それだと《《矛盾》》が発生するような……。


 一方マリンはわかっていた風に笑って見せる。この女どこまで計算通りなのか。底を見せず、誰も信頼せず、誰の評価にも左右されず、信じられるのは己だけ。そしてこんな彼女が心を開いていたガイナという男は一体どんな人物だったのか。気になる。気になるが——


 ——今はその時じゃない、か。


「——ここでの目的は達したわね。それじゃ話、ありがとうね」

「……アンタはオレを疑わねぇのか? どう考えても怪しいだろ」

「——(ワタシ)、《《人を視る眼だけは確か》》だと思ってるので。だからありがとう。ここに寄ったのは無駄じゃなかったみたいね」

「…………アンタ驚くほど善人だな」

「——————そういえばもう一つ聞くわよ。婚約って誰が決めたのかしら?」

「あぁん? 確かサルビアさんが知ってる誠実な男性を選んだとか言ってたような……」

「——そう、ありがとう。それじゃあ行くわ」

「あっ、ちょっと待って——! またこのパターンか……! 話ありがとうございます!」


 足早に去るマリンを追いかける。もう失礼だとか突っ込むことはしない。一々言ってもキリはないし、意見なんて聞く気もないだろう。しかし一つだけ言っておきたいことがあったのを思い出す。


「……魔眼を使ったんだろ?」

「なに、嘘は言ってないでしょ。《《人を視る眼は確か》》、って」


 まあそれはそうだが、と頭を抱える。


 ——いや違うな……。僕が固く考えずぎなのか。彼女が事件解決に尽力しているのは事実。持ってる武器は全て使うべきだ。そこにズルとかを持ち込むのは間違っている。


「——とりあえず一人目の話は聞いたわけだが、次はええっと——」

「え、聞き込みなんて行かないわよ」


 逆にえっ、と声が出そうだった。しかし声には出てなくともマリンからは間抜けな顔に見えていたことだろう。それだけ意外な一言だったのだ。だってまだ核心に迫れているとは思えない。


 ——それとも僕が知らない新事実でも発見したのか? 彼女ならありえる。充分にその可能性はある。常人ではありえない思考の飛躍の仕方ができる人だと僕は思っている。


「っていうことはまさか——」

「ふふん。まあ落ち着きなさいな。まずは夕食を食べましょう」


 この自信満々な態度。間違いない。彼女は全てを理解している。やや性格に難はあるが、やはり凄い人ではあるのだと思い知らされた。ほんの少しの間でも彼女の弟子であったことを(自分の心の中でひっそりと)誇っていたのは間違いではなかったのである。


「————! ならば宿に戻ろう。あそこの食事は美味いんだ」

「へぇ? (ワタシ)、かなりグルメなの。満足させられるかしら?」


 紅茶を一口で飲み干してしまうような人間の言うことか……。というのは胸の内にしまっておく。しばかれそうなので。


 ——なんか僕胸の内にしまっておくこと多いな……。


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