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週刊言責は追求せり!  作者: 壱ノ瀬和実
彼と彼女が目指すもの

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47/77

5-2

 追加の取材を重ね、遂に迎えた週刊言責十四号の発売日。

 私は一冊の週刊言責を、湯之島誠吾の家の郵便受けにねじ込んだ。何度か訪れてはいたが、湯之島誠吾の新宅こと宇佐家は随分と立派な一軒家である。

 湯之島に呼び出しを食らったのは、その日の放課後のことであった。

 件の喫茶店に来い、との連絡は、彼の友人である門和佐克則を経由し伝えられた。

 私は他に類を見ないほど実直な人間であるから、もしも目の前に湯之島がいたなら本音を包み隠さず、「絶対に嫌だ」と言ったことだろう。

 あの店は遠いのだ。往復共にバスに乗れば札一枚が百円玉二枚と残らない。しかしそれをケチるには自転車のサドルと深い仲になる必要があった。しかし困ったことにサドル氏は自ら進むことが出来ない。結局は私の身体が酷使されることになるのだ。サドル氏とはプラトニックな関係のままいたいものである。

 ぶつくさ文句を垂れながら、私は自転車を漕いだ。

 翌日の筋肉痛を覚悟しながら店に入ると、湯之島誠吾は珈琲の匂いを嗅いでいるのか嗅がざるを得ないのか、やや眉間に皺を寄せて数日前と同じ席に座っていた。

「よう」と湯之島は手を挙げる。「随分明け透けに書いてくれたじゃねえか」

「勿論です。書くな、とは言われておりませんので」

 私は水を運んで来た店員に迷うことなく、オレンジジュースを注文した。コーヒーを頼むつもりは、端からなかった。

「学校、行き辛くなっちまったな」

「何を仰る。現状と何も変わらない」

「ははっ。確かに」

 私は週刊言責に、彼のことを書いた。

『実録! 優等生の真実!』と題して、湯之島誠吾の半生を、環境、人間関係、そして彼自身の告白も交えつつ、あらゆる視点から描いていくことで、湯之島誠吾とは何者なのか、何故彼は、優等生の皮を剥ぎ捨てたのか。彼について書けることは、細大漏らさず書き記したつもりである。

 湯之島は、くるりと丸めた週刊言責をぽんっと机に置き、呆れたようにこう言った。

「お前、自分の想いを隠すの、下手だよな」

 貴方には言われたくない、と内心反駁する。

「そうですかね」

「他の人にどう映るかは分かんないけど、少なくとも、俺に言いたいことは全部言ってやった、って感じの文章だった」

「はて、私は一週刊誌の記者であります故、己の感情はものの見事に隠し通したと自負しておりますが」

「嘘吐け。丸出しだよ」

 湯之島は鼻で笑い、コーヒーをぐっと飲む。

「実録っていうか、ジャーナリストの取材日記みたいだった。筆者の主観が入り過ぎてる。ドラマチックだけど、何か作りもんみたいでさ、そりゃ周りの奴は面白く読めるだろうけど、俺にはよく分かんなかった」

 テーブルの上でコーヒーが揺れる。私は私で、運ばれてきたオリジナリティ溢れる妙な形のグラスに入ったジュースを飲み、その酸味に口を窄ませた。

「それは、ご自身のことを分かっておられないだけなのでは?」

 湯之島誠吾とは何者か。私は言責で皆にこう問いかけ、最後に私なりの答えとして、この一文で以て彼の特集を締めくくった。


 ――湯之島誠吾と我々は、一体何が違うというのか。

 確かに、彼と私たちは随分違う人生を歩んでいる。そう簡単に共感もできず、励ますこともままならない。それでもこの時代、この世界に生きる我ら高校生に、大きな差異などあるはずがないのではないか。

 誰もが皆、夢を追う。大なり小なり目指すものがある。そこに向かって生きることこそがまさしく日々を生きると言うことであり、生きる意味を失った者は皆、恐らくは例外なく、絶望の淵に突き落とされることになるだろう。

 また、誰もが皆、夢を見られる訳ではない。将来のことなんぞ考えていられるか! と匙を投げる者もいるだろう。筆者がそうで、現状、湯之島誠吾もそうである。

 湯之島はその道を歩いていた。皆が今歩き、いずれ歩くことになるかも知れない道である。

 だからこそ言えることがある。生き様は違えど、同じ道を歩く我々はこう言うことが出来る。

 やはり人生は、諦めてはいけないのだと。

 夢を見る者も、なかなか叶わぬ者も、破れた者も、等しく言えるのはその一点である。

 夢を失っても人生は続く。諦めて好転するなら良し、だがそうはならない目算が高い。ならば、諦めない方が良いのだ。諦めなければどうにかなる、とは間違っても言えないが、諦めてしまえばどうにもならぬことは誰であっても言えるので、ならば私が言っても良かろう。

 故に筆者は彼に、臆することなく伝えよう――。


「湯之島先輩殿、青春を諦めるには、まだ早いと思うのです」

 湯気の立たないコーヒーカップを、湯之島は指で撫でる。

「貴方はこれまで、夢のために様々なものを犠牲にしてきた。しかしそれと引き替えに多くのものも得てきたはずです。学力、知識、仲間、そして、大いなる夢のために何かを諦める苦しみも。皆が享受する普通を擲つ代わりに、貴方は得がたいものを得てきた。そうではありませんか」

 誰もが当たり前に持つ何かは、誰かが持っていない何かでもある。彼はそれを捨ててはいけないのだ。

「湯之島誠吾曰く、湯之島誠吾は生きる理由を失ったのかもしません。受け入れがたい現実もあるでしょう。ですが貴方には、これから生きていく、これまで以上に長い時間があるのです。今この瞬間の青春さえも諦めてしまえば、かけがえのない未来と、これまで歩いてきた過去までも無駄にしてしまう。これまで多くを擲って来たのに、無限の可能性までも擲つなんて、それではあんまりにも、湯之島誠吾が可哀想ではありませんか」

 湯之島は表情を変えない。彼はそういう人間だ。感情を隠そうとするが、隠すことが下手である。どこか視点の定まらない双眼は、過去の自分と今の自分とで睨めっこをしているに違いない。

 我々は生きているのだ。人生を見つめ直すときは幾度もある。回数に制限などない。つまり何度見つめ直しても良いのだ。

 コインゲームに興じるのもよかろう。学校も義務教育でないなら好きにすればいい。しかしそれは、彼が本当に望んで手に入れたものであれば、の話である。諦めた先にあるものがこれではいけない。

「改めて言いましょう。青春を諦めるには、まだ早い」

 夢なんぞ急いで持たなくても良いのだ。いつか「あのときああしておけば」と思わないために今を生きる。それで十分ではないか。未来は無限なのだ。今を捨てさえしなければ、未来も道端からひょいと顔を出すようにやってくる。

 湯之島は背もたれに身体を預け、天井を見上げた。

 すっかり冷めたであろうコーヒーカップには、もう触れることさえしない。最近覚えたと言っていたブラックコーヒーだが、彼はきっと、その苦みなんぞ好んでいなかったのだ。

「赤の他人のくせに、好きなこと言ってくれるよな」

「赤の他人の言うことしか聞く耳を持たないでしょう?」

 湯之島は失笑し、

「……それもそうだ」

 先日の取材以降も、湯之島には二度、取材をした。とは言っても世間話である。他愛ない話しをした。それでも零れてこなかったものが、ようやく彼の表情から見られた気がした。

 素の、湯之島誠吾である。

「やっとですな」

「何が?」

「いえいえ、こちらの話しで」

「そうかい」

 と言いながら湯之島は、カップにスティックシュガーを入れ、残ったコーヒーを一気に流し込む。さすがに甘かったのか、やや顔を顰めた。

「にしても、よくもまあ俺のこと書くだけにここまでやれるよな。バイト先も昔のクラスメイトも全部行ったんだろ? 軽く引いたよ」

「勿論。必要とあらばどこまでも」

「赤の他人の為にそこまでやるか? 何一つ自分の為になんないだろ」

「何を仰います。人間の行動原理なんぞは突き詰めれば全て自己満足ですよ。私とてそうです。自分の為に、他の誰かを楽しませるのです。誰かが幸せでなければ、私も幸せにはなれない」

「そうか……何かいいな、そういうの」

 湯之島はすっくと立ち上がり、千円札一枚をテーブルの真ん中に置いた。

「奢るよ。釣りは取っといて。まあ、何十円しか残んないだろうけど」

「何十円を笑う者は何十円に泣くのです。ありがたく頂戴しましょう」

「少しは遠慮しろよ」湯之島は笑う。

「遠慮された方が面倒でしょうし」

「……確かに」

 ふっと微笑み、湯之島誠吾は店を後にした。ガタイが良いからというのもあるが、何だかんだ画になる人である。

 そういえば、先日ひっそりと連絡先を交換したにも関わらず、コンタクトを取るのに一々友人の門和佐を経由するのは何故なのだろうか。それは無駄の極みではないか。

「湯之島自身も、諦めたくはなかったのだろうか」

 これまでの一切を否定しかねない日々を生きていた彼にとって、友人の存在は過去と現在を繋ぐ唯一の糸である。

 断ち切るのは簡単だったはずだ。しかし湯之島は断たなかった。門和佐には日がな一日ゲームセンターで過ごしていることを伝えていたし、私への伝言までも門和佐を介した。その必要はなかったはずだ。だが彼はそうした。彼は糸を切らなかったのだ。

 それは湯之島誠吾にとって、未来を生きる為の道筋であるように、思えてならない。


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