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週刊言責は追求せり!  作者: 壱ノ瀬和実
彼と彼女が目指すもの
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4-2

 誰しもに概念や固定観念というものは存在し、それは人間の悪しき性分として屡々否定されるものであるが、私は全てに於いてそうであるとは思わない。概念も観念も、大衆や個人に固定されるほど浸透した、実に分かりやすい人間の判断基準たり得るからである。

 然りとて、やはりそれは大枠に過ぎないということを忘れてはならない。

 目の前にいる人間が固定観念の枠で捉えて良いものかどうかは、至極当然の話であるが、ケースバイケース、その都度判断せねばならんのだ。

「すみません、カルビ二つと牛タン一つお願いします」

 個人経営のこぢんまりとした焼き肉店に、女子高生アイドルの可愛らしい声が響き渡った。

 そこは我らの隠れ家からたった徒歩一分の、外観にはお世辞にも綺麗とは言えない、ともすると近寄りがたい雰囲気の焼き肉店であった。しかしいざ入ってみたらば、テーブルから床に至るまで、年季は入っているが実に清潔感があるではないか。名の知れたチェーン店でもここまで念入りに清掃活動を行う店はそう多くあるまい。丁寧な仕事の賜物であろう。

 概念も固定観念も、それらは常に覆されるものである。何事も印象で語るべからずとの教訓であると心得よ。

 そしてそれは、目の前のアイドル、神渕桃子にも言えることであった。

 神渕桃子は、緑色のフード付きパーカーに制服のブレザーを重ねた撮影衣装のままで、次々焼かれていく肉を止まることなく頬張り続けている。

「ごめんね、踊り続けるとお肉欲しくなるタイプでさ」

 卓上のロースターに載せられた肉に私が食す分はない。

 私は酷く怯えていた。この払い、一体どちらが持つのだろうかと。当然、私は払いを持つつもりでこの店を提案した。他に店がないのだ。薄っぺらな財布から幾許かの金が消え失せようと取材の為なら仕方がない! と腹を括った記者魂に一縷の後悔もないと断言しよう。

 とは言え、である。

 このスマートな体型の女性が、一切の遠慮もなく肉をかっ食らう姿を一体誰が想像できるというのか。

 彼女は素人とは言えアイドルである。一般人とは思えぬほど細い。さほど飯は食わぬのだろう、と想像するのは至極当然と言えるのではなかろうか。

 即ち、これが間違いなのである。

 先入観は持っても良い。固定観念も肯定しよう。だが得てしてそれらは覆されるものなのだ。観念も概念も、それらは常に一方的で、己と大衆の都合の良いように理解される。しかし、人とは実に多様であり、目の前の人間と誰しもが無意識に抱く人間像とは切り離さねばならない。それを忘れては、視野が肉食動物のように狭くなってしまう。

 反省せよ! 財布を苦しめたのは、固定観念を神渕桃子そのものと定義した私の未熟さなのだと知れ!

「あ、大丈夫だよ。自分の分は出すから」

 解決を見た! 杞憂であった! 

「あれ、でも先輩だから、君の分も出した方が良いのかな」

「いやいや、そこまでは」そもそも私はお茶以外頼んじゃいないが。

「遠慮しなくて良いよ! 私、結構好きなんだよね、後輩に奢るの。喜んでくれると嬉しいじゃん」

 高校生でその考えに至る人間が世の中にどれだけいようか。焼き肉であるぞ。そこらのファストフードとは比べものにならぬと心得ているだろうか。

「その為にバイトしてるってところあるからね。グループの後輩も最初は遠慮してくれるけど、なんだかんだで結構食べるよ。笠木芽衣って子いるでしょ? この間なんてその子と二人で行ったファミレスで三千円も払ったもん。二人でその値段って結構じゃない? リーズナブルなお店でだよ? まあ、めっちゃ喜んでたから良いんだけどさ」

 彼女は卓上のロースターを指差し、

「まあ気にせず食べようよ。ほらほら、焼けたのから取って良いからね。タンとか良い感じだよ」

「ご相伴にあずかっても?」

「もちろん。良いお店教えてもらったお礼ってことで」

 言いながら、彼女はにこっと笑う。

 神渕の笑顔は、常にアイドルのそれだった。これはこれは。むくつけき男共がアイドルの握手会に並びたくなる気持ちをとうとう私は知ってしまったのである。なんだそのえくぼは。恋に落とすつもりがないのにそのえくぼは罪であるぞ!

「……ところでさ」

 小皿になみなみ注がれたタレに牛ロースを付けながら、神渕は私に真剣な眼差しを向ける。

「どこでその名前を知ったの」

「はい?」私がタンを口に放り込んだタイミングであった。

「ミライギフト企画。普通の人は、なかなかそこに辿り着かないと思うんだけどな」


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