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週刊言責は追求せり!  作者: 壱ノ瀬和実
彼と彼女が目指すもの
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4-1

 週刊言責編集部が次に起こすべきアクションは神渕桃子への追及であることは明白であり、その為の材料を十二分に揃えることには最大限注力した。皆が、これは別段急ぐ用件ではないのではないか、と私を諭したが、私は「いやいや、次号に間に合うよう取材すべきだ」と断固として譲らなかった。理由を述べることはできない。私にも分かっていないからだ。

 情報の収集に努め、取材をし、直撃は雫らの尾行が行われた日から二日後の土曜、夕方頃と相成った。

 所属するアイドル部、通称21クラップのミュージックビデオ撮影があるとの情報を得、川沿いの児童公園に向かった。なんとその公園は坂内アンナのアパート近く、即ち我々が現在隠れ家として使用している部屋から徒歩五分と掛からぬ場所であった。

 映像制作部の協力を得て行われる撮影は随分と大所帯で、機材も素人目には本格的な物が並んでおり、誰もこの光景が高校生の部活動とは思うまい。

 土曜日であるにもかかわらず子供の姿が見えないのは、少子高齢化の現実を物語っているのか、はたまた撮影隊が排除したのか。後者であればこれまた言責の出番であるだろうが、恐らくは前者だろうから深追いはしまい。

 私は一人物影に潜み撮影終了を今か今かと待っていたのだが、現在十七時、一時間押しである。

 見事な晴天の下、選抜されたと思しきメンバー八名は皆が一様にバラバラの制服を着て幾度もダンスを踊っていた。

 飽くほど公園内に流れ続ける新曲はいい加減歌詞も覚えてしまったのだが、『誰かが押しつけてくる日常に、誰でもない自分を示すしかないんだ』と歌い、『だけど自分の色を、自分は見つけられないままで』と締められる。

 髪を振り乱しながら曲に溺れるように踊る彼女らに少しばかり魅入ってしまった私は。つい本懐を忘却の彼方へ葬ってしまうところであった。いかんいかんと思い出せたのは、神渕桃子がなかなか良いポジションで、かつ曲を体現するかのように実に情緒的に踊っていたからである。

 そして、十八時。ようやく彼女らの撮影が終了した。打ち上げでもあるのかと思ったが、さすがにそこは健全なアイドル部。映像制作部の面々に邪な企みがあろうとも、それを瞬く間に打ち砕く女子マネージャーによる非情な現地解散の一言が響いた。

 撤収作業に入り、アイドル部の面々も機材の片付けを手伝おうとするが、慣れない人間に値の張る機材を触られる方が怖いと、映像制作部は半ば八つ当たりのように断りを入れる。

 メンバーが散り散りになった。アイドルとは言え一介の高校生。無論送迎などはなく、近くに住む者は自転車で、家が遠いメンバーはバス停に向かっていった。衣装そのままであったが、皆バラバラとは言え制服だ。コスプレ感が強いものもないようだし、問題あるまい。

 さて、ようやく私の仕事である。

 神渕桃子は一人、映像制作部の撤収作業を待っていた。映像制作部の女子生徒とは友人関係であることは取材で掴んでいることから、恐らく一緒に帰ろうとでもしているのだろう。

 そうはさせまい。

 私は物影から颯爽と飛び出し、公園の遊具に腰掛ける神渕桃子に声を掛けた。

「突然申し訳ありません神渕先輩殿。『ミライギフト企画』、ご存じですよね。少しお話を伺いたいのですが」

 神渕桃子は驚いたように身体を跳ねさせ、すぐ横に迫っていた私の顔を見るなり、動揺したように視線をうろつかせた。

 私は慣れない笑顔に努め、彼女の返答を待つ。

 神渕桃子は立ち上がると、私の服の袖を掴み小走りで公園の外へと飛び出した。我が校のトップアイドルの一人である神渕桃子に掴まれるなら、私のたるんだネルシャツも本望であろう。折角なら記念の皺を残して欲しいと思ったのは、私の脳みそが甚く冷静な証拠であった。

 愛の逃避行かと思わせる二人の小走りは、しかし行く当てなどなく、私の先を行く神渕桃子は辺りをきょろきょろ見渡して、仕舞いには立ち止まって私の方へと振り返った。

 涼しい顔で見事なダンスを見せていた彼女だが、今は額に汗をびったり付けて、

「ね、この辺ファミレスとかあったかな」

 ない。一つとしてない。田舎町である。相棒はいつでもコンビニなのだ。あるはずがない。

 とは言え私も、考えなしに突撃するような愚かな真似はしない人間であるから、事前に用意していたプランはご提案させていただこう。

 私の中にある清純派アイドル像に、その店はどうにもそぐわないが、果たして受け入れてくれるだろうか。それは一つの賭けであった。


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