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週刊言責は追求せり!  作者: 壱ノ瀬和実
彼と彼女が目指すもの

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30/77

1-4

 谷汲華奈が部室にやって来るのを待って、雫は旧文芸部部室を飛び出した。さすがの春日雫でも尾行の一つや二つ、一人で充分ではないか! と思った読者諸君には、春日雫という人間のポンコツっぷりを今一度思い出して頂きたいので、坂内アンナの一件に絡む彼女の失態を反芻することをお勧めする。

 さて、当然のことながら私とて寸暇を惜しむほどには忙しい身。そそくさと部室を出た私は、平成の中頃に書かれたであろう古びた「自転車置き場」の看板に毎度のことながら嫌悪感を抱きつつ、久瀬、と油性マジックででかでかと書かれた愛車に跨がり、重たいペダルを踏み出した。

 バスで向かえばあっという間なのだが、移動費の四百円を惜しむか時間を惜しむかで言えば本日はお財布の中身を惜しみたかった。どうせ急がずとも、さほど結果は変わらないのだ。

 彼がそこにいるとき、彼はいつまでもそこにいる。彼がいないときは、どれだけ待とうが急ごうが、あの大きな体躯はいないのだ。

 週刊言責に経済的余裕はなく、それはすなわち私の財布に余裕がないことを意味していた。言責の発行には金が掛かる。儲けなんぞは雀の涙。であるにもかかわらずアパートの一室を借りてしまうのだから阿呆の極みだ。四百円とて侮るなかれ。おにぎりは三個買ってお釣りが来るし、その釣りは幾らか駄菓子を買うことさえできる。そんなことに無駄遣いはしないが、無駄も愛するのがこの私であるから、どこかで過ちを犯すことはあろう。

 田園風景と言うほど一面田んぼでもなく、地方都市という言葉を使うと都市の部分に違和感を覚える程度の長閑な町並みを、一人立ち漕ぎする男子高校生の斯くも爽やかな汗を見よ。

 皆が一様に帰路に就く時間帯に、私は自宅とは真反対の方角へと向かっていた。

 車道を走るトラック、軽自動車、社名の刻まれた白と黒の社用車。まだ就業中であろう時間帯を生きる諸君らの勤勉さに勝るとも劣らぬ青春が、ここにはある!

 私の青春は金にはならない。だがしかし、達成感はそんじょそこらの働き甲斐を遥かに凌駕するだろう!

 目的地に近付くにつれ、心臓の鼓動は早まった。疲労と高揚である。

 梅雨の真っ只中でありながらほどよく陽の出た一日に、しかし纏わり付いてくる嫌な湿気と格闘すること三十分。私はようやく駅裏までやって来た。

 自転車を漕いでいるときには感じられた風が、地に足を付けた瞬間には微塵も感じられない。あの爽やかだった汗は不快極まりない油のように皮膚と服とをくっつけている。

 青春のべたつきの何と煩わしいことか。荒れた息と上下する肩に、私は後悔の念を禁じ得なかった。

 節約のためとは言え、軟弱なこの身体でここまでの運動量は生命維持に必要なエネルギーさえも消費しかねないとんでもないことであり、財布の中身を節約するどころか、人生に於いて最も大切な財産を投げ出すように思えて、有り体に言えば、もう二度とご免である。

 駐輪場に自転車を置いて、私はサドルに臀部を付けたまま風を待った。

 火照った身体を如何に冷ますか。運動と情熱が生み出した高熱を僅かでも落ち着かせなければならない。

 目の前で、前髪が揺れた。

 肌にへばりついた服を風が剥がしてくれる。気持ちが良い。そして、気分も良い。乱れた息が治まるのを待って、私はサドルにサヨナラを告げた。

「いざ!」


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