ヤポン王国の首相はお怒りモード ~ なぜ、マスコミは反対ばかりなのさ? しかも言うことはコロコロ変わるし、平気で手のひら返しするし 『ざまぁ!』ってされても知らないよ
ここは会議室。
ガス・デヒシーヨは、官僚や関係者たちから報告を聞いている最中だ。彼はヤポン王国の元老院議員であり、現在は行政府の最高責任者でもあった。
「で、流行り病の感染状況はどこまで広がっているかね? 王都だけでなく主要な州都についても教えてくれたまえ」
「どの都市も罹患者の数は増加傾向にあります。もうパンデミックの第三波と判断しても間違いありません。
二週間後には、死亡者や重篤者が増えると予測されます。今後、受け入れ先の病院や救護院が満床になるのは確実ですね。
なお、各州の知事から都市封鎖を発令すべきだとの意見が多数あがっています。緊急事態宣言では感染拡大を抑えきれないとのことです。」
「いやいや、ロックダウンは無理だ。王国憲法には緊急事態条項がないからな。法的根拠もなしに、外出禁止にするだとか、逮捕や罰金刑を科すなんてできやしないぞ。州知事たちも分かっているだろうに。いや、それほど切羽詰まっているということか…… 」
ヤポン王国は、流行り病に苦しんでいた。
発生源は大陸の中央共和国だとされている。
この病気は感染力が強くて、あっという間に世界に広がった。
犠牲者の数は凄まじく、全世界での死亡者数は四百五十万人を越えている。やがては五百万に達する勢いだ。
大陸発の病が猛威を振るいはじめて、二年以上経過しているが、終息の兆しはみえない。
この病魔はとても厄介な性質があった。
単なる感染症ではなく、【呪い】の要素を含んでいる。
分析した錬金術師によると、コイツは、人間の意識や精神状態に反応するらしい。たとえば、怒りをため込んでいる人にとり憑くのだ。
しかも【呪い】の発動条件はコロコロと変化する。
罹患しやすい人だとか、重症化しやすいタイプが次々に変わってしまうのだ。変異が早すぎるせいで、対策が追いつかない。
「では、次の議題だ。広報のほうはどうなっている? 」
「マスコミの態度は相変わらずですね。我々はキッチリと情報提供しているのに、連中は無視することが多い。感染症対策で上手く対応できている点には見向きもしません。ニュース価値がないと判断しているのでしょうね」
【報道しない自由】が指摘されて久しい。
マスメディアは、【報道する自由】を主張しているが、その裏で【しない自由】を臆面もなく行使していた。
世の中でおきる事件や物事の価値を決めるのは、自分たちだと思い込んでいるのだ。
「まったくもって酷いな。彼奴らは、政府がうちだす政策を批判するばかりだ。しかも、言うことがコロコロと変わる。やってられんよ」
報道関係者の政権批判は、もう条件反射の域に達している。
典型的なのは、行政府が王国民に外出の自粛要請をだしたときのこと。
新聞各紙は『飲食業界や観光業界が苦しむ』と一斉に非難した。
逆に、景気刺激のキャンペーンをすれば『病人を増やす気か』と抗議するのだ。彼らの主張は、一貫しない。
【万国大運動会】のときもそうだ。
放送局や新聞各社は、大運動会の開催に反対していた。
諸外国から病原菌が入ってくるだの、流行り病がさらに拡大してしまうなどと、開催中止の大合唱。
ところが、大会が始まると連中の態度は一変する。
どの選手が一等賞を取っただとか、惜しくも予選敗退したとか、参加者の一挙一動を報道しはじめた。ヤポン王国の金メダル獲得数が史上最高になると、もう大はしゃぎだ。
みごとな【手のひら返し】である。
大運動会に反対するのは良い。意見として真っ当だし、この国には表現の自由があるのだから。
しかし、開催に反発するなら最後まで首尾一貫すべきであろう。
たとえば、『運動会の様子を放映しない』とか、『競技結果を記事にしない』などのボイコットをすればよかった。ずっと大会中止を訴えていれば、市民から【手のひら返し】なんて言われずに済んだものを。
報道関係者の厚顔無恥さにはあきれるばかりだ。
会議は続く。
ガス首相は、内心に湧きあがる報道陣への怒りを押し鎮め、保健省の担当官僚に質問をした。
「では、次に予防ポーションの状況はどうかね? 」
「接種は順調にすすんでいます。むしろ、想定以上に薬液注射のペースが早くて、在庫状況が厳しいくらいですね。製造会社と協議して、調達スケジュールを再調整せねばならないでしょう」
「ほう、うれしい悲鳴だな。良いニュースなのは間違いない。まあ、最初の出だしで“足を引っ張られた”のは痛かったが、ようやく挽回できそうだ」
ガス首相が言う『足を……』のこと。
予防ポーション接種の開始が遅れたのだ。
理由は、マスコミがワクチンの副反応が危ないと煽りたてたこと。
連中が悪辣なのは、具体的な数値を示さない点だ。
たしかに副作用はあるけれど、そのほとんどは軽いものである。重篤化する確率はごく希だ。
にもかかわらず、彼らは数少ない事例をあげて、誰にでもキツイ副反応がでるかのように、視聴者を錯覚させた。
そのせいで、予防ポーションの承認が遅れてしまう。
認可検証を担当する薬剤師たちは、検査作業をいつも以上に厳しくせざるを得なかった。感染防止のためにも、早く承認許可を出したかったが、けっこうな時間がかかってしまう。
それでも、なんとか認可をとりつけて接種開始にこぎつけた。
だが、報道機関は『対応が遅すぎる』と批判する。
彼らが不安を煽らなければ、もっと前から時期から薬剤接種を始めていたはずなのに。
しかも、ここまでの経緯を振り返って、反省する新聞記者は数少ない。都合の悪いことには口を閉じて知らぬ顔なのだ。
ガス首相は、遅れを挽回すべく関係機関に発破をかける。
目標は『一日百万回の接種』。
これに対して、新聞記者たちは『絶対に無理だ、馬鹿なことを言っちゃって』と嘲笑。
しかし、ヤポン国の官僚たちは優秀だ。
実行するための予算だってしっかりと用意してある。医療従事者も、ほかの関係者もほんとうに頑張ってくれた。
おかげで目標をクリア。
時間を要したけれど、さらに百数十万回と回数の上乗せまでできた。
だが、マスコミは『予防ポーション』が足りないと騒ぎたてる。
接種スピードが順調すぎて在庫不足になったのだ。
確かに、一時的に注射ペースと予防ポーション供給のバランスが崩れたが、それでも『一日百万回の接種』を達成している。
しかしながら、連中はこの成果を評価することは断じて“ない”。
彼らは、否定的側面をみつけて大騒ぎするだけ。
報道機関は、ものごとの否定的な面ばかりに焦点をあてる。
しかも、質が悪いとおもうのは、自分たちが原因をつくったのに、それに言及しないことだ。
典型的な例は、【定額支援給付金】に関して。
行政府は、国民の苦しい家計を支援するため、ひとり十万Gを配る施策を実行。
個人を特定し、振込み先口座の確認などを郵送でやり取りしたため、非常に手間と時間がかかった。
案の定、報道関係者は『遅すぎる』とバッシング。
しかし、連中が言及しないことがある。
【社会保障番号カード】についてだ。
コレがあれば、給付金を速やかに配布できたはず。正確に表現するなら、当初に計画していた機能をもたせていれば、スピーディに配れたであろう。
だが、現実にはカード機能は限定的で普及率も低い。
原因は、マスコミのネガティブ・キャンペーンである。
彼らは、カード普及に否定的な態度をとり続けている。
今回の『業務処理の遅れ』を反省するなら、あるいは、次の非常事態に備えるなら、【社会保障番号カード】は必要だ。
しかし、連中は頑なにカードに反発するばかり。
アレも嫌、コレも嫌では、いつまでたっても問題解決なんて不可能だ。
まるで幼子のイヤイヤ期みたい。
現実社会は判断と実行の連続であり、議論ばかりではなにも実現できない。報道関係者は責任ある大人になるべきだろうに。
「まあ、彼奴らのことはどうでも良かろう。我々は、仕事に専念しよう。なんとかして感染拡大を防ぐ。いっぽうで疲弊する経済にテコ入れせねばな。
皆には、さらなる苦労を強いることになるが、頑張ってもらいたい」
ガス首相は、会議参加者に“お願いする”と一礼する。
政権支持率が下がっていた。
首相とスタッフたちは、流行り病を終息させるべく奮闘し続けたが、事態は一進一退のままである。
人間がどんなに頑張っても、自然の猛威に対抗するのは難しい。
マスコミは、対策が不充分だとして、ガスに責任をとれと言いはじめた。
結局、政治は結果がすべて。
為政者が、善意で働いても未達成ならゼロ点だし、偽善であっても充分な成果がでれば称賛される。非情なようだが、有権者にとって途中過程は関係ないのだ。
ガス首相は、任期満了後の党首選挙に出馬しないと決断する。
つまり、数か月後に首相職を辞めるのだ。
もともと、彼は中継ぎ役でしかない。前任者が病気で退任したため、急遽、引き継いだだけで、行政府のトップを務めるつもりはなかった。
いまさら、最高権力者の座に未練などない。
強いていうなら、自分の手で流行り病を終息できなかったことが未練であろうか。
彼は与党党首の選挙にでないことを発表する。
するとマスコミは『無責任だと』叫びはじめた。
つい昨日まで、報道陣は『感染症対策は不充分だから責任をとれ』と主張していたはずなのに。節操のなさには呆れるばかりだ。
実際、報道関係者から次々と【迷言】がとび出してくる始末。
「だが、ちょっと待ってほしい」
「一発だけなら、誤射かもしれない」
「科学を振りかざして、これが真実だと言われても」
「エビデンス? ねーよそんなもん」
「サンゴ汚したK・Yってだれだ」
「保育園落ちたヤポン死ね」
「消費税はあげるべき! でも新聞料金は据え置きにしてね」
マスコミ業界人の本質は【喧し屋】だ。
時代劇のかわら版屋みたいに、『てぃへんだ、てぃへんだっ』と騒いで、世間様の注目をあつめる。
そうしておいて、かわら版(新聞)を売りつけるのが、連中の基本スタイルなのだ。正確な情報提供なんて二の次で、売上があれば他は気にもしない。
数か月後、流行り病の第六波がはじまる。
今回の特徴は、特定の業界に集中して罹患者がでたことだ。
専門家によると、病気に含まれる【呪い】の条件がピタリと合致したらしい。
で、その対象というのがマスコミ業界。
彼らは、視聴者に自粛するように呼びかけているのに、裏では深夜まで宴会をひらいていた。なかには酔った勢いで二階から落ちて骨折する馬鹿までいたりする。
言行不一致も甚だしい。罰でもあたったのだろう。
実際、『ざまぁ!』と喝采をあげる市民は多かった。
報道各社の、不安を煽るスタイルが嫌悪されていたのだ。
マスコミ関係者は、手を変え、品を変えて心配のネタを見つけてくる。ごく小さなリスクを、さも大きな危険なように過大表現し続けた。
もう、ウンザリだと一般庶民が思うのは当然の結果である。
で、気になるのが【呪い】の条件。
ハッキリとは解明できていないが、世間で噂されているのは次のとおり(抜粋で本当はもっと多い)。
『批判はするけど責任はとらない』
『安全なところから攻撃する』
『他人には厳しく、自分には甘い』
『言うことは立派だが、自分は実行するつもりがない』など。
いやはや、なんとも、どう感想を述べればよいか悩んでしまう。
確かなのは、マスコミ業界に対する世間一般の評価は非常に厳しいということだ。彼らは【マス“ゴ”ミ】と蔑称されるほどに、市民からの信頼を失っている。
信用回復するには、かなりの努力が必要だろう。
流行り病が、ヤポン王国に上陸して四年余。
ようやく感染症は終息へとむかう。
病気に有効な魔法治療薬が開発され、国産の予防ポーションが全土にゆき渡ったことが大きい。ついでに言うと、大量の薬剤を諸外国に無償提供している。
近いうちに世界連合機構は終息宣言をだすだろう。
ガス元・首相は、元老院議長と会談していた。
現在、彼は議員のひとりでしかないけれど、“とあるアイデア”があって、それを実現すべく相談しにきたのだ。
「議長にお願いしたいことがあります。検証委員会を設置しませんか。
目的はいろいろありますが、まずは今回のパンデミックで起きたことを記録として残します。感染拡大を防ぐには、どんな対策が有効であったかを振り返えるもの価値があるでしょう。
なによりも、同じ失敗をしないための提言をすべきだ。犯人捜しではなく、未来につながる情報と知恵をまとめるのです」
「なるほど、【フクジ州魔導炉】のときにも専門家をあつめたな」
【フクジ州魔導炉】。
この言葉を耳にするだけで、ヤポン王国の誰もが思い至ることがある。
それは、大型魔導炉の暴走事故。原因は王国全土を襲った大震災だ。
事故後、調査委員会が設置された。
目的は、事故の原因と被害を調査・検証、さらに再発を防止するための政策提言をすること。
当時、ガス議員が感嘆した点がある。
なんと、同時期に三つもの委員会が設けられたのだ。
ひとつは、王国行政府によるもの。
ふたつめは、元老院が主導したもの。
みっつめが、民間人の有志が集まってできたもの。
特に、民間主導による検証委員会は注目をあびた。
しかも、その報告書は書籍として販売しており、誰でも読むことができる。
当初、出版予定はなかったけれども、入手希望が多数あったのだ。
こんな民間活動は、独裁的な強権国家ではあり得ない。民主主義国家として、まことに健全であると評価して良かろう。
「再び感染爆発はやってきます。いつかは不明ですが、かならず発生するでしょう。次はもっと感染力が強く、致死率も高いかもしれない。既存の治療薬は効かず、予防ポーション開発だって間に合わない可能性だってある」
ガス議員は訴える。常に最悪を想定して備えるべきであろうと。
行政府や地方自治体は非常時の対応能力を強化しないと。
立法府は、機動的な対応ができる法律を制定せねば。
病院や医療関係者も、相互協力できるように体制を整える必要がある。
また、マスコミも態度を改めるべきであろう。
彼らは、自らを『社会の木鐸』と任じていた。意味は『世間に対して警鐘をならし、ゆくべき先を示す』というもの。
だが、実態はまったく違う。
指し示すべき方向性に定見はなく、主張をコロコロと変えて多くの人々を惑わせるのだから。しかも、根拠のない情報を織り交ぜて、市民の不安を煽るなんて、あまりにも罪深い。
彼らは、為すべきことをせず、不要なことをした。
震災のときのように冷静で抑制の効いた報道ができたはず。いい加減な姿勢のせいで、一般庶民はマスコミを軽蔑しているくらいだ。
「私はね、この国の“力”を信じているのですよ。どんなに大きな災害に見舞われても、国土が焼け野原になってしまっても、不死鳥のように蘇ってくるとね。
ヤポン人には類まれな資質があります。
そう思うのは自分だけではない。事実、諸外国の方々も高く評価してくれていています」
【ヤポンから学ぶ十のこと】というものがある。
王国全土が大震災で被害を受けたとき、世界連合機構を中心に“とあるメール”が駆け巡った。そのタイトルが上記のとおりで、外からみたヤポン国民のことを記述している。
主なものを以下に抜粋する。
【冷静さ】
そこには騒ぎ喚く者はなく、悲嘆のあまり泣き叫ぶ人もいない。
ただ、悲しみの静寂だけがある。
【尊厳】
水と食料の配給を待つ行列には規律がある。
そこには声を荒げる人、粗野な行動をとる人間はいない。
【品格】
人々は、他者の手にも渡るように、各自が必要な物だけを買う。
【秩序】
店での略奪はなく、路上でも無謀な追い越しはない。
ただ、お互いに理解を示すのだ。
【良心】
店が停電になったとき、客は商品を棚に戻し、静かに店から立ち去ってゆく。
「ヤポン王国とは不思議な国でね。平和なときは緊張感もなくノンビリと腑抜けた状態です。でも、いざ国難となれば、風雲児や次時代を担う者たちが次々と湧き出てくる。
古くは、大陸騎馬帝国の侵略を撃退した戦士たち。
百数十年前なら、開国時の若き志士。
全世界戦争Ⅱ後の復興を支えた人々だって該当するでしょう。
今回も期待してかまわない。いや、必ず現れると私は確信しています」
ガス議員は静かに、しかも熱意を込めて語った。
「目に見えるかたちで示すことが必要なのです。厄災の感染爆発が終息し、ヤポンが新しい明日にむかって歩きだしたという象徴がね。
そのひとつが検証委員会なのですよ。
さらに、これは次世代の子供や孫たちに残す遺産となるのです」
「なるほど、貴方が意図することはよくわかった。わたしとしても、できるかぎりのことは協力しよう」
後日、検証委員会が設置された。
ただし、発起人のなかにガス元・首相の名前はない。
彼は、あくまで裏方に徹して、表にでることはしなかったのだ。
コロナでお亡くなりになった方々、ご冥福をお祈りいたします。
罹患して苦しんでいる人たちには声援を。
医療関係者や各機関で活動している皆様には心から感謝を。