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ハードボイルド

作者: 汽口はると

「先輩、なんでこの仕事に就こうと思ったんです?」

車でかれこれ1時間半、ターゲットをおしゃべりしながら待っていると、そんな話題を振られた。

「ヒミツ」

「はー、いい女でもないのにその返しはダメですよ〜」

「何を言ってんだ、俺はいい男だろ。」

「…マジで言ってます?他所で言わない方が良いですよ。」

「冗談だよ冗談。ネタくらい分かれっての。」

「先輩なら素で言いかねないじゃ無いですか。」

「いつもどんな風に俺を見てんだよ。俺はいつも普通に真面目…おい、来たぞカメラ用意してるよな。」

「あっ!はい!」

「しっかり顔が写るように撮れよ、枚数は必要ないから、確実に撮れ。」

「はい。」

アパートから出てきたターゲットである男女を指さして後輩に写真を撮るように言う。

パチリ

強いフラッシュと共にシャッターが切られる

「おいバカ!なんで、フラッシュ切ってないんだ!バレるだろうが!」

車の中とはいえフラッシュをたいたら普通に相手にバレてしまう。

バレると相手に警戒され、もっと強い証拠を入手方法し難くなる。

「す、すみません!」

「もういい、俺が撮るからお前その写真確認しとけ!」

そう言って8年間使い続けている相棒のような安いデジカメを右のポッケ取り出して男女の写真を狙いすまして撮り始める。

5枚ほど撮ったところで手応えを感じ撮るのをやめて助手席の後輩に渡し、確認しとけと言ってもう1台のデジカメをもう一方のポッケから素早く出して車を降りて2人の後を付ける。

2人は2、3分ほど腕を組みながら歩いて行き、大通の1本手前でキスをし始めた。

『ラッキーだな。』

そう思いながら暗がりの中で写真を撮る。

今回は枚数を撮った方がいいと思い、ディープキスをしている間に15枚ほど撮影した。

男女はキスし終わると大通で適当なタクシーを止めて男の方だけタクシーに乗り込んでどこかへ行ってしまう。

大方妻と子供が待つ家へと帰るのだろう。

タクシーが見えなくなるまで女は手を振り続けていた。

『馬鹿だよなぁ。』

この仕事を始めて9年経つが毎回そう思う。

『まあ、勝手に人のプライベートに首突っ込んで、悲観的になる奴の方が馬鹿なのか。』

左のポッケに役目を終えたカメラを滑り込ませ、大通から戻ってくる女と自然にすれ違って大通に出る。

後輩に電話をかけて大通まで車を持ってくるように言って煙草に火をつけながら後輩を待つ。

もう12時を回った11月の空気は冷たく澄んでいて煙草で少し暖まった肺に少し痛いくらいの刺激を与えてくれる。

吐いた煙を目で追いかけて上を見上げると満月でも三日月でもない月にに半端に雲がかかっていた。

こんなの誰も絵にしないだろうな。

そんなことを思いながら後輩の質問を思い出す。

「なぜこんな仕事に就こうと思ったのか。」

簡単だ、就活が上手くいかなかっただけだ。本当はもっとやりたい仕事だってあったさ。

そこそこの大学を出ればそこそこの仕事に就けてそこそこの人と結婚して人並みの人生を送れる。

そんなふうに生きていた。

自分は大学に行かしてくれる親に感謝していたし、気にかけてくれる友人に恵まれたと思っていたし、別に社会を憎んではいなかった。

だから不採用しか来ない通知を聞いていた時最初に思った、いや、最初に思わなかった。

何も分からなかった。

自分にそれほどの価値があるとは思っていなかったが、価値がないとは思って無かった。

これまでの人生はなんだったのか急に分からなくなった。

結果、街で見かけた興信所に就職した。

特に信念も無く、特にこだわりも無く仕事を続けている。

自分の夫を、自分の妻を信じられなくなった人の話を聞いて、淡々と話を聞いて。

自分の仕事をするだけ。

その点後輩はいいのかもしれない、彼は探偵に憧れがあってこの仕事に就いたのだから。

まあ、理想の探偵像にが離れた人の不幸で飯を食う今の仕事に大分ガッカリとしているようではあるが。

ましであろう。

1本吸い終わって、2本目に入ろうとケースに手を伸ばそうとしたところで車をが来たのが見えたので、手を振りながら車道に出る。

「先輩、どうでしたか?」

「オーケーだ、あいつら道路でキスしてやがった。」

「うわー全然警戒してないんですねー。もう少しで後悔することになるのに…」

「そう言うな、人の不幸で飯を食うのが俺たちの仕事だ。」

そう言って運転席を代わって事務所に向けて車を出した。

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