図書館流刑
借りていた本の返却が一日遅れた容疑で俺は逮捕された。
簡単な取り調べを受け、罪状は「返却期限遵守義務違反」と決まった。
初犯なら執行猶予が付くのだが、残念ながら俺は二度目であり、即刻、図書館流刑に処されることになった。
──唐突に手枷と目隠しを外され光に目が眩んだ。
辺りには背の高い書棚が幾列にも並べられていて、どうやら俺は図書館の中にいるらしかった。
目の前にはアンティークの瀟洒な椅子が一脚。そこに女が腰掛けている。
歳は俺より少し上、二十代半ばくらいだろうか。黒縁眼鏡を鼻先に載せ、長い黒髪を耳の後ろで二つ結びにしている。女が俺を見つめた。
「今日から君の看守担当になった、早坂だ。宜しく頼む」
眼鏡のブリッジをついと指で押し上げ、それきり言葉はない。どうやら自己紹介はそれで終わりらしかった。
──図書館での労役は想像以上にハードだった。
書物の整理に、破れた装丁やページの補修に……次々と指示が下され息つく暇もない。
一緒に過ごしてみると、言葉遣いこそ素っ気ないものの、早坂は案外可愛げのあるやつだった。手抜き作業には滅法厳しいが、丁寧な仕事にはぼそりとねぎらいの言葉をかけてくれたりする。
早坂の要求に応えられるよう、俺は次第に作業に没頭するようになった。時々そんな俺を励ますように、早坂がすっと目を細め、こちらに微笑みかけてくれる。
それが嬉しくて我ながら単純だと呆れつつも、益々作業に身が入った。
──月日は流れ、ここに来てはや一年が過ぎようかという頃。
突然、憲兵達が俺の前に姿を現した。
どうやら真面目に働きすぎた結果、予定より刑期が短縮されることになったらしい。俺は憲兵達に有無を言わさず羽交い締めにされ、身柄を拘束された。
図書館から連行される間際、早坂が俺の方へ走り寄り、躊躇いがちに口を開いた。
「今までありがとう。……本当に」
顔を伏せた早坂の表情は最後まで伺うことができなかった。
……元の生活に戻ってからも、心の一部がすっぽり抜け落ちてしまったような感覚が澱のように胸に留まり続けた。
借りてきた本を開いて活字を追ってもまるで頭に入らない。
無意識に、端の折れたページを指で直してしまう自分がいた。
──その日が訪れると、俺はカレンダーの日付をもう一度確認し、足早に施設に向かった。
エントランスを抜け、カウンターの司書に本を差し出す。
「すみません。本を返却したいんだけど、実は期限を一日過ぎてしまって……」
以上、998文字。