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彼は私の話を聞くと、驚くよりも先に少し迷うような表情を浮かべて、泥だらけの私の靴を眺めていました。
「動けるのなら、君も一緒に来なさい」
何かを思い立ったのか、彼は私が開けたゲートを潜り屋敷の方へと向かって行きました。
もちろん、戻りたくはありませんでした。
私は盗むためにこの屋敷に侵入したのですから、もし警察が来たら真っ先に疑われるのは私でしょう。
そんな私の考えを悟ったのか、彼はこう言いました。
「なに、君の身は私が保証しよう。大方、盗みに入ったら偶然見つけてしまったといったところだろう」
月明かりに照らされた彼は、英国紳士を代表するかのような出で立ちをしていました。
その姿を目の当たりにした瞬間、不思議とこの方なら信じてもいいという気になったのです。
私は彼と一緒に、血生臭い屋敷へ戻りました。
彼については、きっともうご存知ですね。
ええ、私の主だったジョシュア=メイソン教授です。
メイソン教授は当時、K大学の数学教授でした。
K大学には、比較的富裕層のご子息やご令嬢が通われていました。
ウェズリー家のご令嬢も、そのお一人だったのです。
メイソン教授は転がる死体に目もくれず、怯えるそぶりさえも見せず、一目散にある場所へ向かっていました。
「ミス・オリヴィア! 無事なら返事をしなさい! 私だ! メイソンだ!」
メイソン教授に連れられ、一際豪華な一室に辿り着くと、舶来品と思われる豪奢な絨毯の上で、同じく頭を撃ち抜かれた男を見つけました。
その男の手元には拳銃が転がっていました。
彼がこの屋敷の主人であったことは、一目でわかりました。
メイソン教授が主人の死体を確認していると、突然部屋のクローゼットの扉がゆっくりと開かれました。
中から出て来たのは、身体をガクガクと震わせ、顔を真っ青にしている女性でした。
私はその姿を見て、思わず年若い女のような悲鳴を上げたように思います。
「ああ、教授!」
女性はメイソン教授を見るなり、縋り付き泣き出しました。
オリヴィア=ウェズリー。
ウェズリー家のご令嬢であり、メイソン教授の大切な教え子の一人でもありました。