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幸田露伴「蹄鐡」現代語勝手訳(5)

 其 五


 一々(いちいち)聞いてみれば、客にも主人(あるじ)にも言い分はあるけれども、お互いに落ち度がないこともない。通訳の者がそのままに取り次がないのが()ずもって不都合だが、これもお互いを気遣ってのことなので、強いて咎めることもできない。注文の内容を事細かく伝えなかった客の不手際から生じたことだと言えば、客だけが悪いようにも聞こえる。しかし、普通とは違うものを作るのに、たとえ親切心からとは言え、客に一応断らなかったのは鍛工(かじ)に配慮がなかったとも言える。あっちもこっちも共に我を張って、相手を責め合うだけとなっては文句の言い合いが果てしなく続くだけだと、早くも理解した髭面(ひげづら)の男は、西洋人に向かっては、

 この鉄沓(かなぐつ)を一概に悪いものだと言ったことを鍛工(かじ)に謝らせ、鍛工に向かっては、自分の考えで普通式(つうじょう)のものを作らなかったことを客に詫びさせて、その後、客は約束の額の半分を与え、鍛工も約束の額の半分を受取り、一方は金子半分の損、もう一方は労力の半分の損と諦めさせようと、双方に説き伏せるが、もう感情的になっており、たとえその捌きが公平だとしても、それには従わず、客は、

(ひと)の労力を無料(ただ)で盗ろうとは思わない。これは自分が注文した時の不手際から生じた間違いであるので、約束した金額は払い渡す。しかし、こんな不都合な鉄沓を悪いと言ったことについては、謝らなければならない理由はない。まったくどうしようもない悪い鉄沓だ。話にもならない代物だ」と言い張る。また、鍛工は、尚更に顔を真っ赤にして

普通式(なみ)のものを作らず、好いものを作って遣ったのに、詫びるのは道理に合わない。いっそのこと、一文ももらわずに、手間賃をまるまる損するにしても、この異人めに謝罪(あやま)らせる」と、腕組みに力を籠めて気焔を吐く。


 なかなかお互いに我を張って、相手の言うことに応じないので、仲に立った男は、さぞかし迷惑をするかと思われたが、思いの外、これまた笑みを頬に浮かべて、お互いの言葉の語気まで、そのまま写して勢い強く相手に伝えると、通訳の男は内心驚き、おどおどするが、何ともし難く、口を(つぐ)んで(むな)しく心を痛めるだけであった。

 鍛工(かじ)はますます怒り出し、

「どんなことがあっても、この沓は悪くない」と、口から(あわ)を飛ばして言い張ると、西洋人は、

「こんな馬鹿げた鉄沓(かなぐつ)が何の役に立つか」と、足踏みをしながら罵り騒ぎ、まさに掴み掛かろうとするまでに双方は怒り猛っているけれど、何を考えているのか、髭男はさも面白げに、二人の言うことをそのまま取り次いでいたが、そこへふと、又一人の英国人らしいのが口に(くわ)えたパイプを左手にあてがいながら、つかつかと近寄ってきた。


つづく

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