幸田露伴「蹄鐡」現代語勝手訳(4)
其 四
鍛工は上目遣いに英国人を一睨み睨んで、
「仔細も五細もありやしません。ダンカンというこの異人めが、この間、この通訳を連れて、私の馬の蹄鉄を作ってくれ、と頼みに来まして、しっかり仕事に念を入れて、精々巧いものを製作えろ。実は大事な競馬大会が近いので、折り入ってお前に骨を折ってもらいたい。首尾よく勝てば、仕事の工賃の他にも必ず褒美をやろう。工賃も望み通りの額を品物と引き替えに渡そう。期日を間違えるな。手抜きをするな。どうしても良いものを作ってくれ。粗悪物は作ってくれるな。これは手付けというのではないが、前祝いに気持ちよく一杯飲んでくれ、と銭までくれての頼み。私も実は頼まれ甲斐のあったようにしてやりたいと、職人の意地を見せて製作えました。ところが、この蹄鉄、憚りながら難点を指摘されるところなど少しもないのに、一目見るなり、無闇矢鱈に、不都合千万、滅茶苦茶なものをつくりおった、と頭から蔑視しつけての馬鹿怒り。余りといえば余りの言葉、腹が立つので、一言二言言い返せば、馬鹿め、馬を見たことがあるのか、こんな蹄鉄、役に立つか、と人の好意でことさらに勾配を付けて作ってやったものを、聞き分けもなく一方的に罵り、散々毒づいた揚げ句に工賃も払おうとせず、帰ろうとする図太い仕打ちに、堪忍袋の緒が切れて、売り言葉に買い言葉、そっちもそっちなら、こっちもこっちと喧嘩のようなことになりましたが、一体私が変なことを言っているのか、それとも異人めが分からぬことを言っているのか、ぐだぐだ言わずとも知れたこと。この話、最初に誂える時、仕様書でも渡していて、それに背いて製作えたとでも言うのなら、成程私が悪いか知らないが、仕様書にも別段詳しいものもなし。ただ蹄面の大きさだけを図にして持って来ただけで、良いものを作れ、良いものを作れとだけ言って、私に任せて頼んだのだから、こっちも良いものを作ってやろうと、自分に覚えのある式にわざわざ作ってやった次第。ナニ、普通体の蹄鉄を知らないものでもなし、ざらに世間で用いている蹄鉄なら作るのも簡単で、面倒もないところを、良いものを作れと特別に頼まれただけに、苦労して馬の丈までその時尋ね、このような沓を作りました。蹄にぴったり貼くところより地に着く面の方に向かって、馬の丈から割り出した割合だけ、ぐるりと沓の肉を殺いだのがこっちの親切。つまりこの沓全体の底の面を上の面より小さくしたので、こっちでは苦労を余計にしているのに、あっちでは根が馬鹿な異人だけに、いけないと見て愚図愚図言う馬鹿さ加減は果てがない程。こっちで先方の気に入らぬものを作ったのが悪いと言うなら、先方で詳しく仕様書をこっちに出さないのがまず悪いのだ。ただただ良いものをと言ったから、こっちが良いと思うものを作ってやったのがおかしいか。旦那は何か知らぬお方だが、英語がペラペラ喋れるなら、この傳五郎の理屈だけをどうか異人めに言って、ぐうの音も言わせず謝らせてくださいましな。頼みます。他のことならいざ知らず、元々、私は奥州一円を駆け回って、三春の馬市、福岡の闘牛せなどにはいつも顔を突き出して、跳ねっ返りの伯楽傳五と少しは知られた乱暴者。国におられぬ事情もあって、流れ渡った末がこの横浜。ここに留まって商売も変え、面白くもない金槌の柄を捉まえているものの、博奕は下手で、壺皿を見透す眼玉は持っていないが、嘶く声を聞いただけで、物陰の馬の歳とか毛並みの色とかは寸分違わず言い当てるくらいのことはお手のもの。それを小癪な異人めらに馬のことで言い込められては、黙って大人しくは、まあできませんや。悪いと言われる理由がない。この鉄沓は、どうあっても悪いと言わせたままにしておくことはできやせん。気に入らないのはそっちの勝手と、勝手にさせもしようが、工賃を払わせて謝罪らせなければ虫が治まらない。べらぼうめ、覇綱(*馬の口につけて引く綱)を切った暴馬でも、たった一叩きで叩き倒すくらい我の腕には骨があるわ。小賢しいこの異人め、おい、旦那、しっかり頼みますぜ、こいつ等に負けて堪るもんですか」
つづく