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幸田露伴「蹄鐡」現代語勝手訳(1)

幸田露伴「風流(ふうりゅう)微塵蔵(みじんぞう)」のうち、「蹄鐡」を現代語訳してみました。

本来は原文で読むべきですが、現代語訳を試みましたので、興味のある方は、ご一読いただければ幸いです。

「勝手訳」とありますように、必ずしも原文の逐語訳とはなっておらず、自分の訳しやすいように、あるいは勝手な解釈で訳している部分もありますので、その点ご了承ください。


浅学、まるきりの素人の私がどこまで現代語にできるのか、はなはだ心許ないのですが、誤りがあれば、皆様のご指摘、ご教示を参考にしながら、訂正しつつ、少しでも正しい訳となるようにしていければと考えています。

(大きな誤訳、誤解釈があれば、ご指摘いただければ幸甚です)



前回「つゆくさ」のあらすじ


大陸へ行きたいという思いを抱いた遠藤雪丸。亡き父の遺産を預かっている眞里谷のお静の家を訪れ、自分が相続できる資産を渡してくれるよう頼んだが、大陸行きの理由も判然とさせない申し出に、後見人となっているお静はそれを拒否。物別れに終わった後、雪丸は自力で行こうと、船に乗るべく横浜に向かう。

そこで、お静から(めい)を受けた眞里谷の使用人の木工助が雪丸を見つけ、お静から預かって渡すように言われた三百円を無理矢理手渡す。

又、出航直前に雪丸を引き止めようする若い女が現れるが、それも振り切り、木工助から渡された金をそのまま女に渡して出て行ってしまった。


※ 今回はさほど気にならないと思いますが、これまでの人間関係については、「さゝ舟」(9)にファミリーツリーを掲げていますので、参考にして下さい。雪丸は図の右端「遠藤兵太夫」の子です。


この現代語訳は「露伴全集 第八巻」(岩波書店)を底本としましたが、読みやすいように、適当に段落を入れています。


 蹄 鐡(てい てつ)


 其 一


 シティオブ北京(ペキン)号に乗り込んだ人たちを見送った人等が乗った端船(はしけ)は、徐々に漕ぎ戻し、市街(まち)燈火(あかり)がちらほらと()き始める頃、桟橋に着いた。誰も皆しばし振り返って、渦巻いて上る黒煙を空に曳きながら遠ざかって行く本船(ふね)の行方を見送っていたが、皆それぞれの船宿の方へ、別れの辛さを抱きながら思い思いに散りかかった。と、そこへやって来た洋服姿の背が非常に高く体格の良い人物が車を下りて、

「しくじったか」と、一言つぶやき、沖を見やって突っ立ったまま身動きもしない。正体もなく泣き乱れた女を介抱して、困っている木工助爺は、その男を怪しげな眼で見ながらも、

「とにかく老夫(おやじ)の宿にお出でなさいませ。泣いてばかりいても(らち)の明くことではございません。雪丸様はもう出ておしまいになられました。ここにいつまでこうしていられるものでもなし、老夫(おやじ)がとっくりとお話しも伺い、ご相談もいたしましょう。また、雪丸様の叔母様もおられますので、次第によっては叔母様にも申し上げれば、どうともなりましょう。まずは、宿へお出でなさいませ。日は暮れましたし、寒くなって参ります。さあ、聞き分けなく、泣いてばかりおられずに、この老夫(おやじ)は悪いことは申しません。一緒にこちらへお出でなされ」と、袖を捉えて引きにかかり、気を揉んで焦るが、女はただ(こうべ)を垂れて、すすり泣くだけで返事もしない。


 傍に立っていた大男は、雪丸という名を老夫(おやじ)の口から出たのを耳に留めて、二人をしげしげと見ていたが、何か頷き、爺に向かって、

老夫(おやじ)、お前は雪丸を送ってきたのか。それで、雪丸は今出た船で遂に行ってしまったか。で、その泣いている女は何者か?」と、大きな声で偉そうに問えば、何とも礼儀の欠けたものの言い様をする奴だ、雪丸様を呼び捨てにするこいつは誰だと、木工助はムッとしながら顔を上げてみると、顔はよく分からないが、鼻は高く、眼が輝き、頬髭、顎髭が(すすき)のようにもじゃもじゃと生えている。その様子に田舎者の眼には何となく豪傑(えら)そうに見えたので肝を抜かれて、

「ハイ、ハイ、雪丸様はただ今の船でお発ちになりました。私は雪丸様の叔母様のご用で参りましたが、ついでにお送り申し上げたので、ハイ。この(むすめ)()は何か私にも分かりませんが、雪丸様を引き留めにかかったもので、イエ、どういたしまして、雪丸様は到底引き留められるような方ではございません。この娘ッ子を突き放して、私めに預けて別に口も利かれずそのまま発ってしまわれましたもので」と、片手は娘の背中を撫でつつ、ありのままを答えると、男は笑って、

「おう、よしよし、ムム雪丸め、(うま)くやりおった。老夫(おやじ)、その娘に構うことは無い、あの雪丸に交誼(よしみ)のあるほどの女だったら、無分別な事をし出来したり、値打ちの少ない涙ばかりをボロボロと何時までも(こぼ)しているような下らない者では無いはず。ナニ、大丈夫だ。介抱などしなくても、大胆不敵な男と(ゆかり)のある女がくだらぬことをする気遣いは無い。構わず放って置けばよいのだ、自然と泣き止むことであろう。アハハ」と、軽くうち笑う声を残したまま、車夫を従えて、

山手(やまて)に尋ねる人がいるので、ぶらぶらと半分だけは歩くつもりなので、後からゆっくりついて来い」と言い置いて、杖を振り降り、税関の傍から本町通、それからあっちこっちを経て、とあるさびれた小さな町に入った。すると、少し離れたところから奥州訛りのあるような声がして、もの凄く烈しい口調で、

「べらぼうめぇ、べ、べ、べらぼうな、二本松の傳五郎(でんごろう)だぞ、鍛冶屋(かじや)にはなっているが、異人めらにやり込められる男児(おとこ)じゃねえわ。笑わせるな」と、何かは分からないが、怒鳴る濁声(だみごえ)が聞こえた。


つづく

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