マンガじゃん!
お風呂に入る為に服を脱いでる間、アオは本当に気を失いそうだった。
なのに、実際に一緒にお風呂に入ってしまうと、存外、自分が落ち着いてるのが分かる。
『アニメみたいに鼻血ふいて気を失うとかしないもんなんだね……』
フィクションの中のそれは、あくまでそういう<演出>でしかないことは分かっている筈なのに、違っていると奇妙な感じがしてしまう。
とは言え、頭に血が上っている感覚があるのは間違いない。鼻血くらいは出てきそうなほどに顔が熱い。鼓動も明らかに速いし、腰から下に力が入らない。
しかし、そんなアオとは対照的に、ミハエルは落ち着いたものだった。
彼にとっては何一つ焦る必要もないから当然なのだが、
むしろ、アオが転倒したりして怪我をしないように気遣ってもいる。実際、風呂場で転倒し大きな怪我をしたり亡くなった人間も見てきたからだ。
そのミハエルの体は、とても華奢にも見えつつ、けれど一分の隙もない力強さも感じさせるものだった。たとえ一糸まとわない姿でも、いや、一糸まとわぬ姿だからこそ、引き締まったそれが際立つのかもしれない。
もっとも、姿かたちは子供であっても、野生の獣以上の強さを秘めているのだから、当然か。
『ぐわ~っ! 尊い…! 尊過ぎる……っ!』
あまりにも神々しく見えて、アオは直視することができなかった。
だからミハエルに気を取られて足元が疎かになったりしている可能性が高いことも、ミハエルにはよく分かっていた。
そして案の定、
「!? うわっとう!!」
お風呂場の床で足を滑らせてしまう。
普段ならできている注意が疎かになっていたからだ。
そんなアオを、スッとミハエルが支える。
「あ…ありがと……」
重心を支える為に彼は腰の辺りに手を添えていた。その触れている部分に意識が集中し、カーッと熱を帯びてくる。
一緒にお風呂場に入っただけなら想像していたよりは落ち着けていたものの、こうなるともうそれどころではない。
「あ……!」
と思った時にはパタパタと滴が垂れていた。胸に、真っ赤な滴が。
「うひいぃいぃいぃっっ!」
鼻血だった。
「ひぇええぇい! マンガじゃん!」
思わず声を上げてしまう。まさかとは思っていたが、本当に鼻血を噴いてしまうとは。
しかしそんな醜態も、ミハエルは嘲笑ったりしない。
新鮮な血を目の当たりにしているのに、我を失ったりもしない。
「鼻の根元を押さえて、真っ直ぐ立って。変に力が入ってると血圧が上がって余計に出血するから」
フィクションの吸血鬼だと血を見ると抑えている本性が表れたりするのが定番かもしれないが、今は特に飢えてもいなかったこともあり、ミハエルは冷静でいられたのだった。