負けた気がする
「お前のところのバンパイアハンター。確かエンディミオンとか言ったか? 最近はどうしてる?」
今日はクリスマスイブ。しかしいつもと変わらず仕事熱心なアオとさくらは今日も今日とて打ち合わせに余念がなかった。
基本的に筆の早いアオは締め切りを余裕で守るので、年末進行も怖くない。ただ、次回作の構想がなかなか決まらないので、こうしてさくらが足しげく通うことになるだけだ。
「どうしてるも何も、今日も下の公園でミハエルさんを見張ってますよ」
平然と答えるさくらに、隣の部屋で本を読みながら打ち合わせが終わるのを待っていたミハエルが、
「あはは…」
と苦笑いを浮かべる。こうまで当たり前のようにしていられると、むしろ申し訳ない気分にさえなってしまう。
「どうにかして彼にミハエルを諦めさせることはできないか?」
アオのその言葉には、
「無理でしょうね。言って聞くようなタマじゃないですよ」
きっぱり返す。
「そうか……」
がっくりと肩を落とすアオに、しかしさくらは、
「でも、そんなに心配は要らないと思いますよ。ああ見えても彼は紳士です。自分の言葉には責任を持ちます。その彼が、私の承諾なしでは攻撃しないと言ったんです。大丈夫ですよ」
と微笑みながら言った。そこに、エンディミオンの放つ暴力的な気配に怯えていた彼女の姿は既になかった。
「そうなのか…?」
さすがに半信半疑のままでアオが訊き返す。
それでもさくらは笑顔を崩さなかった。
「ええ。一緒にお風呂入っても、おとなしいものです」
「―――――な…? 一緒にお風呂だと……!?」
「ええ、毎日一緒に入ってます」
「ななな…! なんというウラヤマケシカラン…って、ゲフンゲフン…!」
思わず声が裏返ってしまったアオの様子に、さくらも思わず悪戯っぽい笑みになった。
「本音が漏れ出てますよ、先生。羨ましいですか?」
「羨ましくなんか…羨ましくなんか…ない、もんっ!!」
唇を尖らせて、子供のようにアオはプイッと顔を背けた。
その様子がまた可愛くて、しかも普段、いろいろと苦労を掛けられていることもあって、さくらとしても少しだけ、
『うふふ♡ ちょっといい気味…かな』
などと思ってしまったのだった。
そんなさくらが帰った後、
『うう……なんか知らないけど負けた気がする……』
などと落ち込んでいた彼女に、隣の部屋から出てきたミハエルが、
「僕と一緒にお風呂に入りたかったの? じゃあ、一緒に入ろうか?」
と尋ねてきた。
「イエスッ…!!」
思わずそう応えてしまった後、
「あ…! いや、そうじゃなくて…! その……!」
耳まで真っ赤にして慌てるアオに、ミハエルはやはり優しかった。
「ごめん。本当は気付いてたんだ。でも、僕の方から言い出すのは失礼かなと思って…」