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嫌悪感

アオのマンションの近くの公園に、まるで凍り付いたかのような、明らかに周囲よりも温度が低い場所があった。


その中心に闇そのもののような塊が凝っている。


エンディミオンだった。


彼の目は、さくらが今訪れているアオの部屋を捉え、動かない。


「オレは吸血鬼を見逃したわけじゃないからな」


さくらに改めて伝えたように、彼は決して諦めた訳ではなかった。


しかし同時に、さくらの意向に反して何かをするつもりもない。


それにしても彼はどうしてこんなにも彼女のことを気にかけるのだろうか。


実は彼自身にも分からなかった。


幼い弟を事故で亡くしたという話に同情した訳ではない。ないはずだ。彼はこれまでその程度の話には、それこそ無数に触れてきた。


もっと悲惨な事例も当たり前にあった。それに比べれば本当になんてことのない話に過ぎない。


なのに、無視できない。


その理由は彼自身にも分からないのだ。


『ただの気まぐれだ』


エンディミオンはそう思うようにしていた。あまり深くは考えない。この手の気まぐれはこれまでにもなかったわけじゃない。


親に捨てられて道端にうずくまっていた幼い少女が勝手についてきたことがあって、いつもなら脅して追い払うところが、その少女は彼が凄んでも、怯えはするものの逃げることはなく、少し離れて彼の後をただついてきた。


この時、彼の方も気まぐれをおこし、それ以降は構うことなく好きにさせた。


だが、その翌日、日光を避けて休んでいた彼が日が暮れたことで起き上がると、少し離れたところで横たわっていた少女の心音が聞こえなくなっていたということもある。


『勝手に死んじゃねぇよ』


冷たくなった少女の体を見ながら、エンディミオンはぼんやりとそんなことを思いつつも、頭のどこかでは、


『もったいない』


などともよぎってしまったことに、顔を歪ませる。


それは、吸血衝動だった。吸血鬼と人間との間に生まれたが故に、決して逃れることのできない本能、


だが同時に、彼らダンピールが最も嫌悪し憎悪する感覚。


「くそっ」


そう吐き捨てながら彼は少女の亡骸を残し、その場を立ち去った。この後のことなど関知しない。


ただただ少女の死を、少女が死んでその血の鮮度が落ちたことを『もったいない』と思ってしまったことを頭から振り払ってしまいたかった。


そんなことを考えるのは吸血鬼なのだから。




「……」


なぜかそんなことを思い出してしまい、エンディミオンはひどく不機嫌な表情になる。


あのさくらという女と出逢ってからは調子が狂いっぱなしだ。こんなことはずっと思い出すこともなかったというのに。



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