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ささやかな可能性

「恐ろしい人でした…でも、アオを守ることができて良かった……」


さくらとエンディミオンが帰った後、ミハエルは本当にホッとしたという感じで深く息を吐き、アオを見ながらしみじみとそう言った。


疲労の色も濃い。


バンパイアハンターとただ睨み合っていただけのようにも見えても、実際には全身の筋肉が小刻みに激しく動き、百メートル走を何十本も走ったのと等しい運動量をこなしていたのだった。


加えて精神的にも極限まで張りつめていたので、そういう意味でも消耗していただろう。


もしミハエルとエンディミオンが、アオとさくらのことを全く配慮せずに全力で戦っていたなら、二人は今頃、その巻き添えを食らって人の形を留めていられたかどうかも怪しかったと思われる。


それを回避できたことは、ミハエルにとっては何物にも代えがたい幸運だった。


「じゃあ、うどん、作ろうか…」


そう言って立ち上がろうとしたアオも、腰から下に力が入らない。


「ああいいよ。僕がする。アオは休んでて」


そんな彼女を制し、ミハエルがキッチンに立った。


「ねえ、あの、エンディミオンっていったかな? 彼、また来ると思う…?」


うどんの用意を始めたミハエルにアオが問い掛ける。


すると彼は、


「分からない……」


と小さく首を横に振った。


「僕の知ってるバンパイアハンターなら、そもそもこんな風に大人しく向き合ったりはしない。彼らは吸血鬼を激しく憎んでて、それこそ問答無用っていうのが普通だった。


…だけど、そうだな……その<普通>っていうのがそもそも幻想なのかな。僕が知ってるのがそれだったというだけで、彼らにもいろんなタイプやいろんな事情を抱えた人がいるのが当たり前なんだ」


「……」


「だから、彼がまた挑んでくるかどうかは、分からない。僕は彼じゃないからね」


少し困ったように微笑を浮かべ、ミハエルは言う。


「そっか……それが当然か……」


彼の答えに、アオも納得するしかなかった。


「私がミハエルのことを完全には分からないのと同じで、いくらミハエルにだって自分以外の人のことが完全に分かるわけじゃないもんね」


そうだ。相手の仕草や表情でその心理をある程度は見抜けると言っても、決して百パーセントではない。


ただ、ミハエルには予感があった。


『最初に僕が感じた通りになりそうな気はする。あのさくらっていう人と一緒にいることができる彼なら、あるいは……』


ましてや、自分が戦うのに彼女に承諾を貰おうとするくらいの関係性を築けるのなら、あのエンディミオンというバンパイアハンターは、決して憎悪だけに囚われた殺戮者じゃないだろう。


その辺りで、なんとか折り合いつけることはできるのかもしれないという、それこそ細い細い糸のようなささやかな可能性ではあったのだが。



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