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行ってらっしゃい

『アオには危害を加えないでください。彼女は眷属ではありませんから』


ミハエルが彼女を眷属にしなかったのは、これも理由の一つである。眷属になってしまえば確実にバンパイアハンターに狙われる。吸血鬼と関わっているというだけでも危険が伴うのだから。ましてや眷属ともなればそれこそ問答無用だった。


だとすればそもそもアオのところに来なければよかったのにという話にもなりかねないが、実は、気配を消していたミハエルに気付いてしまうということからしても、アオにはそもそも吸血鬼との親和性があったので、遅かれ早かれこういうことに巻き込まれていた可能性が非常に高かったのである。


つまり、ミハエルがアオの傍にいるというのは、彼女を守る為という意味合いもあったのだ。


だが、『勝負をお受けします』と言われたさくらの方も、なお迷いはあった。


『こんな迷惑を掛けてしまって……』


という後悔もあった。どのみち避けられないであろうことは察していたものの、それでも、本当にこれで良かったのだろうかという想いはある。


傷付け合わずに済む方法はなかったのだろうかと。


そんなさくらの想いは表情に表れていた。それを見たミハエルは言った。


「気にしないでください。あなたのせいではありません。これは僕が吸血鬼である以上、避けられないことなんです」


ふわりと柔らかく微笑みながら自分を気遣ってくれる、一見すると十歳になるかどうかという印象しかないいたいけな<少年>に気を遣わせてしまった自分が情けなくて仕方なかった。


「ごめんなさい……」


『気にしないで』と言われてもそこまでは割り切れなかった。


なのにミハエルはなおも優しく微笑むだけだ。


「アオ、ごめんね。ちょっと出かけてくる」


口出しもできずに呆然と成り行きを見守るだけだったアオに、ミハエルはまるでコンビニにでも行くような感じで声を掛けた。


「ミハエル……!」


『行かないで!』と言おうとした気持ちは言葉にならず、ただ手を伸ばすことしかできない。


ただこの時、アオには不思議な予感があった。不安なのに、心配なのに、同時に彼がちゃんと帰ってきてくれるという気がして仕方なかったのだ。


だからつい、


「行ってらっしゃい。今日はうどんにしよう?」


などと、場違いと言えばあまりにも場違いなことを口にしてしまった。


そんなアオにミハエルも、


「うん。分かった。そんなに遅くならないと思う。だから待ってて」


と気軽に応えてくれる。


それからベランダに出る窓を開けて、とん、と床を蹴ったかと思うと、彼の姿は一瞬で見えなくなってしまったのだった。



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