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甘い痺れ

『まさか…これは……』


少年が唇を這わせた首筋に、ツプッと侵入してくる固いものの感触があった。


僅かに痛みはあるものの、不思議と不快な痛みではなかった。それどころか甘いような痺れがそこから全身に広がっていく気がする。


そう、首筋から背筋を奔り抜け、そしてすべての神経を伝い、体の隅々までがその<甘い痺れ>支配されていく感じ。


それと同時に彼女の頭をよぎる単語。


『吸血鬼……』


フィクションではお馴染み過ぎるくらいお馴染みの<人ならざる者>。


彼女自身、自らの<作品>に何度も登場させたことがある。それが今、自分の首筋に牙を突き立て、血を啜っている。


けれどその感触は、『吸血されている』という印象は殆どなかった。それよりは、甘美で、とろけるような感覚。


『気持ちいい……?』


そうだ、気持ちいいのだ。まるで愛しい人に抱き締められてとろけさせられている気さえする。


『吸血されるのは気持ちいいっていう話もあったけど、本当だったんだ……』


思考まで曖昧になる痺れを感じながら、蒼井霧雨は意識の遠いところでそんなことを考えていた。


『これで私も吸血鬼になっちゃうのかな……ああ…でも、それはそれでいいかな……』


などと考えた時、不意に体を包み込んでいた甘い痺れがふっと解けた。瞬間、切ない寂しさが心を支配して、


「あ……」


と小さく声を上げながら<彼>を見てしまった。


この時、いったいどれほど物欲しそうな目で彼を見てしまったのかと思うと、後々までも彼女は顔が火照ってしまうほど恥ずかしくなってしまうのだった。


でも今はそれどころではなくて、物足りなくて切なくて、縋るように彼を見てしまっていた。


そんな彼女を、彼は優しく見つめてくれた。


「ありがとう。お姉さん。おかげで少し元気になれました。でもこれ以上一度に血を貰ったらお姉さんまで吸血鬼になってしまうから、我慢するね……」


囁くような彼の言葉は意外なもので、逆にそのおかげで彼女の意識は鮮明さを取り戻す。


「あ…そうなんだ……吸血されたら必ず眷属になっちゃうとかじゃないんだね…」


「うん…僕はまだ未熟だから上手く抑えられないけど、もっと大きくなったら、仲間にするかどうか、自由に決められるんだよ……」


そう言われて、気になってしまったことを思わず口にしてしまう。


「あなたって、歳はいくつなの……?」


その問い掛けに、彼は、はにかむように微笑みながら、


「少なくともお姉さんよりはずっと年上かな……それでも、仲間の中で考えたら全然子供だけど……」


と応えたのだった。



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