対策
「はあ……」
朝から重すぎる話を聞かされて気分は沈みつつも、さくらは軽く部屋の掃除を済ませ、今日の予定をチェックし、身支度を整え、昼までにはまだ少し時間があるうちに部屋を出ようとした。
と、その時、ふと気付く。
「そう言えば、ダンピールって太陽の光とか大丈夫なんですか?」
つい思ったことが口に出てしまった。
そんなさくらに、エンディミオンは、手にしていたくたびれたバックパックから何かを取り出す。
それは、真っ黒なナイロンっぽい質感の布のようなものだった。エンディミオンがするりと体にまとうと、フードのついたローブと言うかマントと言うかだというのが分かった。
「日光を完全に遮断する特性のマントだ。これがあれば問題ない。もっとも、なくても死んだりはしないがな。多少、ダメージがあるだけで。人間が日焼け止めも使わずに真夏の太陽の下で裸でいるようなものだ。何も対処せずにいれば、重度の熱傷を負う」
「やっぱりその程度のダメージはあるんですね」
「まあそれも、夜になればすぐに回復するがな。だから弱点というようなものじゃない。故にこうしてお前に喋ったりもできる」
「ああ、それはそうですね。弱点は話しませんよね」
「そういうことだ。弱点にならないということをあらかじめ伝えておくことで無駄な真似をさせないという意味もある。
ちなみに、ニンニクも十字架もオレにはまったく効果はない。好きではないから気分は良くないがな」
「そうなんですか?」
「そもそもそれらは吸血鬼に対しても致命的なダメージにはならん。銀の弾丸もだ。お前達が知っている吸血鬼の弱点は、たまたまそれで対処できた奴の逸話に尾ひれがついて広まったのだ。弱っている眷属ぐらいなら、始末できてしまうこともあるしな。
ただそれさえ、直接の致命傷じゃなかっただろう。様々試した中で何となく効果があったような気がしたものの話をしただけにすぎないだろうな」
「はあ、そんなものなんですね」
「そんなものだ」
マントで全身をすっぽりと覆ったエンディミオンを伴い、さくらは部屋を出た。すると同じマンションの住人が通り掛かって会釈してきた。
が、<真っ黒なマントをまとった子供>も間違いなく視界に入った筈なのに、その住人はまるで気にした様子もなく通り過ぎてしまう。
それについてエンディミオンは、
「気配を消しているからな。お前以外の人間にはほとんど気付かれることはない。気付くのは一部の変わり者か、眷属か、でなければ吸血鬼だ」
と、事もなげに吐き捨てたのだった。