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平和ボケ

「いやはや、日本のタクシーというのは、気持ち悪いくらいに丁寧だな。どこのお抱え運転手かと思ったぞ」


さくらの自宅マンションの前で降りた後、少年、いや、エンディミオンがそんなことを言いだした。


「そうかな…、確かに丁寧な対応で有名な会社のタクシーだったけど……」


彼女が拾ったタクシーは、彼女が言う通り丁寧な接客が好評を博して業績を上げた会社のものだった。実際には褒められた接客態度でないタクシーも存在するのは事実である。


が、


「オレが吸血鬼を追って立ち寄った国の中には、強盗や誘拐犯がタクシー運転手をしているようなところもあったがな。何しろ、日に二度、乗ったタクシーがそのまま誘拐犯になったこともあったからな」


マンションのエントランスを通り、エレベーターを待つ間にも彼の話は止まらない。


「そのタクシー運転手がどうなったか、教えてやろうか…?」


「……」


彼の口ぶりでどうせロクな結末じゃなかったことが察せられてしまって、さくらは敢えて何も訊かなかった。なのに彼は勝手に続ける。


「お前が察したとおり、殺したよ。なに、ゴミ掃除のサービスだ。二人目のタクシー運転手は自分の家にオレを監禁しようとした。その家にはそいつの家族もいてな、そいつは言ったのだ。


『俺の家族を養う為にお前の親にちょっとばかり援助してもらうんだ』


とな。抜け抜けとよく言うものだ! だから始末した。そいつのガキ共も含めてな」


「!?」


「まだ二歳くらいから五歳くらいのガキが四人ばかりいたが、どうせそんな親が育ててるガキだ。大人になれば親と同じような人間になるだろう。いずれ強盗や誘拐犯になるような人間なら、さっさと始末しておいた方が世の中の為というものだ。お前もそう思うだろう?」


こともなげに恐ろしいことを口にするエンディミオンに、さくらは思わず、


「少し、黙っててもらえますか…? 私、そんな話聞きたくない……」


などと口にしてしまった。言ってからハッとなってしまったが、後の祭りだ。


『殺される……?』


そう思いながら恐る恐る彼の様子を窺うと、憮然とした様子ながら、


「ふん……日本人というのは本当に平和ボケした奴らだな……」


と吐き棄てるように言っただけで、それ以降は本当に黙ってしまったのだった。


彼の言ったことが本当なら、このエンディミオンと名乗る少年?は、幼い子供を含めた人間を何人も殺してきている筈だった。そんな輩を自宅に招くことの恐ろしさを感じつつも、逃げることさえ敵わずに、さくらは自室まで戻り、ドアの鍵を開けたのである。



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