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普通にしてるだけ

『してあげられることがない』


アオがそう言った時、ミハエルは少し寂しそうに微笑んだ。


「そんな風に考える必要はないんだよ。僕はただ、アオの傍にいられたらそれでいいだけなんだ。アオは吸血鬼の僕のことを受け入れてくれた。それは、すごいことなんだよ。普通はできないんだ。


口では『気にしない』って言ってくれる人は少なくないけど、こうして一緒に暮らしてるとどうしても合わない部分が出てくる。生活リズムとか価値観とか。僕のことを他人には迂闊に紹介できないし。


アオは担当者さんに僕のことを紹介したけど、なかなかそこまで踏み切れないものだよ。『本当に大丈夫かな』って思ってしまうらしいんだ。いざとなれば僕の力で誤魔化してしまえばいいと思ってても、それはただの誤魔化しでしかないからいずれは破綻する。それが分かってしまう。


そういう、最初は小さなすれ違いでもそれが積み重なるといつか耐えきれなくなる。たいていは、十日ともたないかな」


「……そうなんだ…? ちょっと信じられないんだけど……」


「こうして実際に一緒に暮らしててもそれを『信じられない』と感じるところがもう普通とは違ってると思う。


もちろん、中には難しいことを考えないお気楽な人もいるにはいるけど、僕達はそういう人とはあまり深く関わろうとは思わないんだ」


「どうして? 細かいことを気にしない人の方が楽そうなのに」


「あはは。細かいことを気にしないのとただの『考えなし』とは違うよ。考えなしでやると、それは結局、大きなトラブルを招くことにもなりかねない。実際にそれで取り返しのつかないことになった事例もあるんだ」


「へえ……」


「とにかく、僕はたまたまアオが見付けてくれたからっていうだけでついてきた訳じゃないんだよ。アオが、僕のことを受け入れつついろんなことを考えてくれる人なのが分かったからなんだ。


アオが何もできてないというのはぜんぜん違う。何もしてないように見えるくらい自然でいられることがすごいんだ。アオはすごいことをしてくれてるんだよ。僕はそれにすごく感謝してる」


「そうなの? まったく実感ないんだけど……」


「実感がないくらい、アオは無意識のうちにそれができてるんだよ」


ふわりと微笑みながらそう言われて、アオは何だかそれが照れくさくなって頭を掻いた。自分としては普通にしてるだけのつもりだったのに。


だけど……


「…でもでも! ミハエルが血を吸いたくてしかないってなった時に他の人の血を吸うのは、なんかヤだ! だから血を吸うのなら私のを吸って! 


それでいいでしょ!?」


身を乗り出しつつそう言ったアオを、やっぱりミハエルは優しく見詰めていたのだった。



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