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優先順位

『まあいいか』


吸血鬼(眷属)を見逃したことをそう思ってしまったエンディミオンだが、先にも言った通り、それは決して吸血鬼への憎悪が失われたからではなかった。


ただ、状況が変わったことで、現状での優先順位が変化しただけである。


そのこと自体は、人間でも別に珍しいことじゃないだろう。


それに、彼の場合、おそらくさくらがいなくなれば、また、容赦なく吸血鬼を狩り始めるだろうから。


今はとにかく、さくらの傍にいることを優先したいだけなのだ。


『こいつは本当に変な人間だな……』


エンディミオンはそう思う。彼がこれまで出逢ったどの人間とも違っている。


優しいだけの人間ならこれまでにもたくさんいた。しかし彼が見てきたそういう人間は、『優しい』と言うよりはむしろただ優柔不断なだけか、単に打算の産物としてそういうふりをしていたかのどちらかだった。


だから彼はこれまでそういう人間を信用したことはなかった。


もちろん、さくらのことも無条件で信用しているわけではない。


『どうせこいつも、都合が悪くなれば本性を表すはずだ』


とは思っている。


思っているのだが、同時に、


『まあ、それでもいいが』


とも思っている。そう思えてしまうのだ。


こればかりはおそらく理屈ではない。何か明確な理由があってそうなっているのではないと思われる。


何となく。ただ何となくそう思ってしまうだけなのだから。


人は、いや、吸血鬼もダンピールもそうなのだが、そうやって変化し、成長していくものなのかもしれない。


そういう、理屈では推し量れない小さな変化の積み重ねが、<成長>というものなのだろうか。


もっとも、エンディミオンの場合は、やはり成長というよりは一時的な変化でしかないのかもしれないが。


それでも、現に無駄な血を流さずに済んでいるのならば、喜ばしい変化だと考えてもいいはずだ。


自分の前でもりもりと肉を平らげていくエンディミオンを見ながら、さくらは思う。


『私がいつまで彼の傍にいられるのかは分からない……過酷な状況になれば彼はまたきっと以前の冷酷な彼に戻ってしまうだろうな……


でも、それでも、少なくとも私と一緒にいる間だけは、穏やかな毎日を送ってほしいと思う。それくらいのことは願っても罰は当たらないんじゃないかな。


彼はどこから来てどこに行こうとしてるんだろう……


彼の行く果てには、何があるんだろう……


ただ吸血鬼を殺し続けて、彼は何を得るんだろう……


私はきっと、彼に何も与えてあげられない……


だけど、せめて今だけでも……』


そんなさくらの表情は、まぎれもなく我が子を見守る母親のそれなのだった。



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